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2021年1月10日 (日)

№4766 12月に読んだ本

 毎月、10日前後には前月読んだ本の報告をして、次月への反省材料にしている。さて、12月はどうだったのだろうか。

 いま私の生活は、読書を中心に回っているといっても過言ではない。それほど本を読むことに意識が行っている。ただ、もう一つ感じるのは、加齢とともに集中力が欠如していることだ。本を読んでいても長く続かず、すぐに他のことを考えてしまう。一日200頁は読もうと思っているのだが、実情は150頁がせいぜいである。

 本に集中力が注がれるのは、それが面白いと感じた時である。ところが、毎日読んでいると心躍るばかりではなく、忍耐を必要とする場合も多々ある。私は開いた本は必ず読むようにしているのだが、最近、忍耐で読んでいる本が多いのも事実だ。小説は100頁読んで物語が立ち上がらないと、それは失敗作だ。

 500頁以上もあるそんな本などとっとと捨てるか、読むのをやめればいいものの、そうもいかないのが私の性格だ。ある友だちに、「シンさんは本を読むというよりも頁を稼いでいるだけじゃないの」と痛いところをつかれるが、それが事実だけに反論ができない。まあ、それも読書の一つの形態、と居直っているのだが。

 さて、12月に読んだ本は13冊・5217頁であった。例月と違い、今月は何を読んだのか記し、ある本にまつわる私の記憶を書いてみたい。

鳥越碧『衣小夜がたり』220頁 NHK出版 2002年7月刊

諸田玲子『ともえ』293頁 平凡社 2013年9月刊

夢枕獏『大江戸火龍改』279頁 講談社 2020年7月刊

池澤夏樹『静かな大地』670頁 朝日新聞社 2007年6月刊

安部龍太郎『迷宮の月』413頁 新潮社 2020年4月刊

堂場瞬一『天空の祝宴』326頁 PHP研究所 2008年9月刊

佐々木譲『人質』293頁 角川春樹事務所 2012年12月刊

高村薫『我らが少女A』539頁 毎日新聞出版 2019年7月刊

加賀乙彦『ああ父よああ母よ』365頁 講談社 2013年3月刊

市川森一『幻日』388頁 講談社 2011年6月刊

門井慶喜『自由は死せず』557頁 双葉社 2019年11月刊

秋山香乃『龍が哭く』526頁 PHP研究所 2017年6月刊

堂場瞬一『絶望の歌を唄え』348頁 角川春樹事務所 2017年12月刊

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 この小説は、調布の野川公園での老女性画家の殺人事件であった。ところが539頁と大作にもかかわらず、物語のメリハリや山がなく、読むのに苦労した。大概の小説は、100頁を超えると物語にのめりこめる。ところが、何時まで経っても何が問題なのかわからなかった。こんな小説何度も投げ出そうかと思いながら、最後までで読んでしまった。

 それではなぜ取り上げるのか。この小説の舞台とわが青春が重なったからである。今までほとんど誰にも話してこなかったが、その青春の墓標について書いてみたい。直接には、この小説とは関係ない。

 この小説に出てきた野川公園は、私が住んでいたころはICUのゴルフ場だった。しかもこの公園を貫いて多磨霊園、小金井自動車試験場へと抜ける「東八道路」はまだ完成していなかった。いつ頃のことか考えてみたら、1966年ころではなかっただろうか。20歳で、上京して2年目であった。

 私は、アルバイトでアメリカ人のドライバーをしていた。主人のW氏は三鷹の大沢に住んでいて、まだ開通していない東八道路のすぐわきに家があった。私は三鷹の大沢から事務所のあった虎ノ門まで、朝晩の送り迎えをしていた。昼の間は暇なので、便利なボーイの役割だ。そのころは、すっかり大学進学をあきらめていたのだが、暇なので再度大学入試勉強をした。この事務所はアメリカの会計事務所の東京支店で、たくさんの公認会計士を抱えていた。そこで働く人々の姿をみて、私も会計士になろうという夢を持った。

 公認会計士になる一番の近道は、中央大学の商学部会計学科に入学することだった。ドライバーを始めたのは秋ごろで、その翌年の春の入学試験で、めでたく中大商学部会計学科に入学できた。公認会計士への道は開けた。

 ところがそのころの大学は、勉強するような雰囲気にはなかった。大学闘争の真っ最中で、しばしばストライキや大学封鎖が行われた。しかも中大・明治・日大・東大などがその中心で、お茶の水界隈は騒然としていた。中大商学部に入学しては見たものの、私はすぐに会計士になる道を断念した。ただ、ドライバーは2年ほど続けていた。

 私はW氏の家の近くの下宿に住んでいた。この下宿は、大半がICUの学生だった。朝食と夕食は、W氏のメイドさんが作ってくれたものを食べた。この家には、二人のメイドがいたのだ。W氏の食事の残りが供されたのだが、アメリカ人の食事が合わず、食べ残した。そのメイドに「私の料理が下手なので残すのでしょう」と嫌味を言われた。申し訳なかったので、出たものは全部食べる努力をした。例えば生野菜のニンジンやセロリなどだ。そのおかげで、好き嫌いは治った。

 旦那はアメリカ人で、奥さんはドイツ人だった。子どもは男の子2人、女の子が一人だった。アメリカ人がこういう生活を送っているんだと初めて知り、すべてが物珍しかった。50年以上も前の話なので、その後子どもたちがどうなったのかは知らない。

 この小説を読んでいながら、50数年前の当時のことを思い出したのだ。そういえば、高村薫もICUの卒業生だ。それ以降、この近くには行ったことがないね。

【1月8日の歩行数】8,707歩 5.8㎞

【1月8日のアクセス数】112アクセス 訪問者73人

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