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2021年2月 3日 (水)

№4790 ミャンマーのクーデターを憂う

 ミャンマーで、軍によるクーデターが起きた。それもひどい理由だ。昨年11月に行われた総選挙で不正があったというものだ。ミャンマーは特殊な事情があり、憲法で軍が国会の4分の一を確保している。その上に、軍に近い政党があるのだが、この総選挙で惨敗したらしい。

 一方、アウン・サン・スーチーさんが率いる国民民主連盟(NLD)が、この総選挙で大勝した。そして2月1日には国会が開会されるはずだった。それを阻止するための軍のクーデターである。

 ミャンマーでは以前にも軍のクーデターがあった。やはり1988年の総選挙でNLDが大勝した。それを認めない軍が、クーデターで権力奪取をしたのだ。世界のほとんどの国がこれを認めない中、唯一この軍政府を支えたのが中国であった。ただ、経済封鎖の中で国がものすごく疲弊した。そのしわ寄せが国民の生活に影響をもたらした。

 なぜミャンマーにそれほど関心を寄せるのかというに、私は2015年12月にミャンマー旅行をしてきた。その旅の時は、もう軍の支配から民営化になっていた。スーチーさんも長い拘束を解かれ、国家顧問(事実上の首相)についていた。ただ、ミャンマーの国民はほとんどが貧困にあえいでいた。軍の支配が長かったせいだ。

 その後、軍の支配から脱したミャンマーは、NLDが政権を握っていた。ところが、憲法で保障されている軍の特権は相変わらずあった。多分NLDに対する軍の圧力は、相当にあったのだろう。NLDは、今回の総選挙で憲法改正して、軍の特権排除を目指した。そして、憲法改正できる議席を獲得した。今回のクーデターは、軍の権力を維持しようという意図のもとで行われた。

 そういえば、最近も某国の大統領選挙で「選挙不正」を叫んだ現職大統領がいた。さすがその国は民主主義が徹底していて、根拠のない主張は退けられた。しかし、ミャンマーではまだ民主主義国とは言えなかった。それがこのような結果を生んだのではないか。

dsc07000.jpg (400×300)

 このニュースで、私は久し振りにミャンマー旅行の記録をこのブログで読んでいた。5年前の12月の旅行記録である。上の写真は、スーチーさんが拘束されていた自宅である。ずいぶん忘れているな。ヤンゴン市内やマンダレーを訪ねている。今でも印象に残っているのは、国民の貧乏と市内に走っているトヨタ車の多かったことだ。ミャンマーは民主主義国であるからこそ、各国の企業進出があった。軍国家になって、再度貧困国になるのを憂う。

 ブログ記事でミャンマー旅行を思い出したが、肝心の旅行記の写真がパソコンのどこにも見つからなかった。多分、昨年の春に壊れたパソコンの中に収蔵されていると思う。取り出す方法があるので、いずれ試みてみよう。

【2月2日の歩行数】9,192歩 6.2㎞

【2月2日のアクセス数】197アクセス 訪問者90人

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