カテゴリー「ウェブログ・ココログ関連」の51件の記事

2019年9月13日 (金)

№4181 今日は何のブログ記事を書こうかな

 いろいろと関係の断捨離をしたら、ほぼスケジュール帖は真っ白になってしまった。毎日、家から一歩も出ない『老人生活』を続けている。その生活はそれでいいのだが、困っているのは何のブログ記事を書こうかということだ。やはり何らかの行動があって、ブログ記事になる。家に閉じこもっていては記事にならない。

 寝床にいては、さて明日の記事はどうしようか、明後日はどうしようと悩んでいる。まあ、そう悩んでいる時間も悪いわけではないが、実際書くことがないのには困る。この日の記事も、どうしようもないと思って書く与太記事だ。もう14年目に入るブログだ、もうそろそろやめてもいいのかな。

 こういう日常生活の中で書く記事なので、中身は薄いと書いている本人は一番よく分かっている。読者もこの事情を理解しているのか、最近読者が訪れる状況を反映する「アクセス数」も低調だ。ひところ一日平均200に近かったアクセス数も、このところ100前後を行ったり来たりだ。アクセス数は正直だ。

 良い記事が書けたと思ったときは、次の日と翌々日にはっきり出る。アクセス数がはっきり上がる。つまらない記事を書いた時には、この反対現象が現れるのが面白い。

 どうなんだろうか、毎日ではなく、何か記事を書くような行動があった時に書くというスタイルだ。Naoko先生のブログを見るとそうなっている。ただ、中途半端な気持ちでブログを続けるのも嫌だ。どうしたものだろうかな。

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2019年7月 2日 (火)

№4209 今年上半期のブログアクセス数

 ときどき私のブログのアクセス数の報告をさせていただいている。今年も上半期が終わったので、その報告をしたい。というのも、日本縦断徒歩・野宿旅を終えた竹ちゃんが、アクセス数の報告をしていた。

Photo_20190701100601  一般的な傾向だが、私のように日常生活をダラダラ書いているブログより、竹ちゃんの旅日記のようにテーマを絞ったブログが読まれる確率が高い。竹ちゃんのアクセス数は404あったという。私のブログは、いくら高くても200を超えた程度だ。そういえば、ブログ仲間の昭jijiは二つのブログを持っていて、島旅に特化したブログは227万アクセスを超えたと言っていた。凄いものだ。

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2015年 1~6月平均3634アクセス

2016年 1~6月平均3354アクセス

2017年 1~6月平均3810アクセス

2018年 1~6月平均3224アクセス

2019年 1~6月平均4702アクセス

 この5年でみても、今年は特別の年のようだ。

Photo_20190701101801  地域の変化もある。以前は秋田県だけが真っ赤で、他の県はそれほどでもなかった。それが上の図のように福島県も真っ赤になっている。福島で私の知っている限り、私のブログの存在を知っている人は数人しか思い当たらない。一体、だれが読んでくれているのだろうか。さらに、茨城県や群馬県も高い。その県には思いあたる人はほとんどいない。そうか、群馬県は国ちゃんがいるね。ただ、一人だけの閲覧でアクセス数が上がるとは思えない。

Photo_20190701102401  県別にアクセス数の%を見てみよう。主要県だけを切り取ってみた。前にも申し上げたが、この数字は地域のアクセス数には反映していない。パソコンの普及台数に比例しているようで、東京は32%のアクセス数があるにもかかわらず、色の変化はない。そして、福島や茨城が秋田より高いのはどうしたことだろうか。

 ブログは書くのも楽しいが、こうやって分析しているともっと楽しくなる。

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2019年4月20日 (土)

№4136 私のブログアクセス数に何が?

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 すでにお知らせしたように、3月19日から私のブログは10日間ほど中断した。私のブログを運営していたNiftyの管理画面に不具合が生じたせいだった。№4112号の記事でもお知らせしていたが、その中断時からブログアクセス数に異変が生じていた。

 大体が、日々の私のブログアクセス数は100前後だった。ちなみに、2017年の一日当たりのアクセス数の平均は123.23回であったし、2018年は112.1回であった。ブログが中断するまではその数字は変わりはなかった。それが、中断以降は大きな変化が起きた。3月19日の中断から再開した3月28日までは、一日平均200アクセス数を記録していた。これは読者の方の声援で、一時的なものだろうと思っていた。ところが、4月以降もその傾向は変わっていない。

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 一日200アクセス数がある日は、それまでは年数回程度だった。ところが、4月に入ってもその傾向は変わっていない。この3日間ほどは、連日200アクセス数超えだ。私の書いている記事に、以前に比べて特段の変化があるわけではない。日常のこまごまとした出来事を書く私のブログ記事に変化はない。一体、このアクセス数の変化をどのように解釈したらいいのだろうか。

 Niftyの新しい管理画面になって、Twitterに投稿する画面が出るようになった。毎回ではないが、思い出すときにTwitterにブログ記事をリンクしている。Twitterでも、リンクした記事のアクセス数を見ることができる。それによると№4129号の「埼玉の三偉人」の記事に67アクセス数があった。間違いなく、Twitterがアクセス数を押し上げている要因になっている。ただ、それだけでここのアクセス数の上昇を解釈することはできないだろう。

 前にも申し上げているが、私がブログを続けていることはあまり宣伝していない。ところが、周囲から以前にもまして私のブログに対する感想が寄せられるようになった、と感じている。じわじわと広がっているのだろうか。それにしても、「継続は力なり」だね。

 

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2019年3月29日 (金)

№4114 ココログ画面がどう変わったのか

 読者にとっては何のかかわりもないことかもしれないが、今回ココログがリニューアルしてどう変わったのかを紹介をしたい。

Photo_1   Niftyが運営する「ココログ」が開設なって、もう15年になるのだそうだ。この間、システム的に様々な不具合が生じ、全面的にリニューアルすることになったとの案内があった。このリニューアルは杜撰なもので、かえってこれによって不具合が出ている。ユーザーからも悲鳴ににた声が寄せられていた。それでも、管理画面には入れた方はまだいい方だ。

Photo_3Photo_4  私は、10日間もこの管理画面にさえ入れなかった。「記事を書く」をクリックすると入れる管理画面に、Internal Server Errorという表示が出たのだ。いずれ直るのかと悠長に構えていたのだが、これがいつまでたっても直らない。仲間のサンちゃんからのアドヴァイスで、@niftyデスクに電話をした。電話を何度かかけたのだが、出てくる人で対応が異なった。

 ある方は「順次繋いでいますので、しばらくお待ちください」と言うし、別の人は「デスクにはそのようなエラーの苦情は来ていません」と言っていた。とはいっても繋がらないのだから何とかしてよ、とクレームをつけた。そして繋がったのが28日木曜日だ。その後、@niftyのデスクから電話があり、「サイトに繋がらない原因がありました」と報告してきた。サイトにどういう問題があったのか、もう繋がったから詳しくは聞かなかった。

Photo_2  そして繋がった管理画面が上画だ。リニューアル画面に様々な不満があるようだが、まあ慣れるしかないだろうね。ただ、画像の貼り付けが前には任意でできたのだが、新画面は思い通りに行かないのが不満だ。

 さらに大きく変わったのが、書いた記事がTwitterにリンクしたことである。「記事を保存する」をクリックすると、Twitterにリンクするかどうか聞いてくる。「リンクする」をクリックすると、私のTwitterに記事が載った。ただ、私のブログ記事は長いので、読みに来る人は少ないようだ。Twitterにリンクするのは意味がないかな。それでもしばらく続けてみよう。

Twitter  もう一つ気が付いたのは、「画像の挿入」と「ファイルのドロップ」画面が明確に変わったことである。今日貼り付けた画像は、「ファイルのドロップ」に保存し、そこからクリックしている。ここには10個のファイルが保存でき、そこからアップロードできるという。やってみたが、確かに便利だ。

 いずれ、新画面で様々な試みをやってみたい。見難いかも知らないが、しばらくご容赦願いたい。

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2019年3月28日 (木)

№4112 10日ぶりにブログを再開

 皆様に大変ご心配をおかけしたが、10日ぶりにブログを再開する。2008年1月22日に開設した『シンさんちの繭の里通信』は、この間、一日も休まずに記事投稿を続けてきた。それが10日間もストップしていたのだから、読者の皆様には心配をおかけしてしまった。「どうしたのか」とのお問い合わせをたくさんいただいた。私のメールを知っている方にはその都度返事をしたが、一般の読者にはお知らせする術がなかった。開通を機会にこの間の経過をご報告して、ご了解を得るしかない。

 私が使っているNiftyのココログブログから、あらかじめ「3月19日の0:00から13:00までココログのリニューアルにより、編集画面に入ることができません」との連絡が入った。[編集画面]に入れなければ、記事を書くことができないのだ。それを見越して、3月19日の記事は事前に書いておいた。そして、リニューアルのメンテナンスが終わるのをしばらく待ったいた。だが、何時まで経ってもメンテナンスが終わらないのだ。

 同じココログブログを使っている仲間に、どうなっているのか聞いてみた。メンテナンスが長引いているようだが、彼のブログは間もなく記事を書ける状態になったという。だが、私のブログは記事を書こうとすると、[Internel Server Error] という表示が出て、編集画面に入れなかった。その内に書けるようになるのではないかと、待ち続けた。ところが一向に解決しないのだ。

 業を煮やして、@Niftyのデスクに相談した。当初は「徐々に回復していますので、しばらくお待ちください」との返事だったが、担当者が変わるとだんだん「そういうクレームは報告されていません」という返事に変わった。とはいっても、私は編集画面には入れないのだ、どうしてくれるんだとねじ込んだ。Niftyのホームページを読んでいても、全国からものすごいクレームが来ていたのがわかる。

 さらに、リニューアルした画面も、以前に比べてものすごく使いにくくなったようなのだ。「元の編集画面に戻せ」との声もあった。戻せも何も、私は編集画面にも入れないのだ。@Niftyのデスクからも頻繁に電話が入った。そして、今日一緒にパソコンのサポートをしてくれることになっていた。朝起きてパソコンを起動してみたら、なんと[編集画面]に入ることができたではないか。回復していたのだ。なんとも人騒がせなリニューアルであった。

 11年間も続けていたブログが突然止まったので、本当に皆さんから心配をいただいた。女房が入院していたので、私も倒れたのではないかとの心配もいただいた。ある方など、菓子折りをもって陣中見舞いに来てくれた。私が不在だったので、菓子折りだけ置いて帰ったようだ。また、ある方からは「あなたのブログを読むのを毎日の日課にしていたが、中断して寂しい。早く再開してもらいたい」との声も寄せられた。

 Photo  驚く現象もあった。私のブログは、いつも報告しているように毎日100強のアクセス数である。それが中断以降、毎日200を超えるアクセス数があった。ブログの記事の再開を、首を長くして待っていた読者がいたのだ。多分、一人の方が一日に何回もブログをチェックしてくれていたのだ。ありがたい読者に支えられていると、強く感じた。

 ブログを書けなかったこの10日間、私も毎日何をしていいのやら、当惑の日々だった。写真を撮る元気もないし、前向きに何かをやろうという気力も湧いてこない。読者の皆様と同様、私の日常生活にもブログが色濃く影を落としていることが分かった。

 とにもかくにも再開できた。リニューアル画面がどうなっているのか試す時間もなく、この記事を書いている。今後ともどうぞよろしくお願いしたい。

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2019年2月 1日 (金)

№4065 異例の1月終わる

 つい先日お正月を迎えたと思ったのに、もうすでに2月に入った。ところで、わがブログの1月は、異例ずくめだった。何が原因なのかはわからない。

Photo  表のように、1月のブログアクセス数はここ近年で最高になった。特に、1月4日と17日はとりたてて普段と違う記事を書いたわけではないが、一日のアクセス数が200を超えている。

 ブログのアクセス数を記録しはじめたのは、2014年(平成26年)からだ。そしてこの1月は、最高のアクセス数を記録して、4,202アクセスで訪問者は2,072人だった。昨年に比べても800アクセス数弱多くなっている。

 ただ、心配がないわけでもない。アクセス数は増えたが、訪問者数は漸減傾向にある。前年に比して、アクセス数は25%ほど増えているが、訪問者数は10%弱の減だ。さらに、1月31日は75アクセス数と最低を記録した。これが尻しぼみにならなければいいのだがね。

 何度も申し上げているが、私の今の最大の楽しみは、前日のブログアクセス数がいくらあったかだ。毎日通信簿をのぞいている気分だ。多ければ嬉しいし、少なければ一日が憂鬱だ。私のブログを誰が読みにきてくれているのか、本人もわからない。

 それだけに、どうやったらアクセス数が上がるのかは、11年たった今でもわからない。要するに魅力のある記事を書き続ける必要がある、ということだろう。

 知らない方から、「あなたのブログを楽しみに読ませていただいています」と突然声がかかることがある。嬉しい限りである。

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2019年1月13日 (日)

№4046 昨年書いた記事ベスト10

 これも年に2~3回やっている試みだが、一体私は毎日何の記事を書いているのだろうか、2018年を解析してみたい。2018年1月1日№3666号で開始した記事は、12月31日で№4032号になった。毎日書いているから、一年間で366本の記事を書いたことになる。

 ブログにある【カテゴリー】欄で、一体何を書いてきたのか調べてみた。これは、一年間自分がどういう生活を送ってきたのかを見る有効な手法である。カテゴリー欄は34あるが、上位10カテゴリーを見てみたい。

①那須【あるるのいえ】 61本

 この記事数は、延べて61日間那須に行ったことを表している。このブログの『繭の里通信』は、那須の別荘地の地名からとった。そもそもブログをはじめようと思ったのは、那須での生活を書きたかったからである。

 今年で12年目になる那須での生活だが、当初は年間100日も那須に通っていたが、徐々に少なくなっているね。昨年で借りていた畑を返却したので、今年はもっと少なくなるかもしれない。ただ、今年のゴールデンウィークの10日間は、那須で過ごすつもりでいる。そういう意味では、那須は私にとって重要な隠れ家でもある。

②海外旅行 34本

 海外旅行の記事は、準備段階から現地報告までいろいろ書いた。この旅行期間中のブログアクセス数が跳ね上がるので、この旅行は当分やめられないね。今でも、キューバやメキシコの様子を夢にまで見る。本当に楽しかった。

 さらに、何より忘れられないのが、キューバでNaoko先生のブログにコメントを付けたら、即座に返事をいただいたことだ。さらに、彼女のブログで私のブログ紹介をしたら、その日のアクセス数がピ~ンと跳ね上がった。Naoko先生その記事を記念にリンクしておく。

③東京シニア自然大学 32本

 東京シニア自然大学のオープン講座も、いまやブログの主要記事だ。私は、サラリーマン時代は業界人との付き合いしかなかった。この学校に通って、様々な人と知り合えたのは大きい。変な人もいて、級長のような名物人とも会えた。ちなみに、「級長」というあだ名をつけたのは私だ。

 今年も、すでに4月からのラインナップが発表されている。全部で23講座が予定されているが、魅惑的な講座が多い。さらに、4月には本科からNEXTに加入する新メンバーも増える。昨年、この学校の入学を勧めたKiyokoさんも、入学してよかったと大変喜んでいた。彼女も、新たなNEXTメンバーとして一緒に活動できそうだね。

④俳句 27本

 以前にも書いたが、俳句同好のメンバーのブログアクセスが増えている。会う毎に私のブログ記事が話題になるのは、ありがたいことだ。同好の仲間のアクセスが増えるのはいいのだが、私の俳句の腕は一向に上がらないのは情けない限りだ。加齢により、感性が鈍っていると感じている。とはいっても、いろいろな役柄を担っているので、ここでやめるわけにはいかない。

⑤スポーツ 26本

 このほとんどが、スポーツのテレビ観戦である。その内容を見ると多岐にわたるが、金足農業の吉田輝星の活躍はひときわ光った年だった。スポーツに若い人が目立ってきたね。大谷翔平、池江璃花子、紀平梨花なども話題になった。さて、来年は東京オリンピックだ。どういう新星があらわれるのか、今から楽しみである。

⑥パソコン・インターネット 21本

 昨年の6月中旬に新しいパソコンを買った。パソコンというのは厄介なもので、数年に一度買い替える必要がある。私はWindows95からパソコンを使っているが、もう20年で8台も買い替えている。最初のパソコンは35万円くらいしたのだが、今ではその半分くらいで100倍以上も性能の良いパソコンが手に入る。パソコンは文房具、と割り切っている。さて、当面今のパソコンで十分なのだが、今後何台買い替える必要があるのだろうか。

⑦読書日誌 18本

 私の現在の生活は、「読書」とともにある。眼が潰れるくらい本を読みたい、というのが理想であるが、そこまではいかない。このことは、また明日話題にしたい。

⑧日記・コラム・つぶやき 18本

 どのカテゴリーにも属さない記事を、このカテゴリーに収めている。改めてみてみると、弟の墓参りの記事がここに収められている。弟が亡くなったのは、このブログを始めた年の12月だった。ブログの年数と、弟の亡くなった年数が重なるので、覚えやすい。

⑨映画・テレビ 17本

 映画は、何よりもとっても安い娯楽だ。私は月に2~3度上京するが、帰りにはほぼ映画を観て帰る。昨年印象に残ったのは、樹木希林の作品だ。特に『万引家族』がよかった。彼女も残念ながら9月に亡くなったが、彼女の生きざまに潔さを感じた。

⑩国内旅行 15本

 国内旅行も随分した。何よりも記憶に残っているのが、2度目の小笠原旅行だ。小笠原は5泊6日でなければ行けない。時間にゆとりがあるからこその旅行だった。さらに、Kiyomiさんやその仲間、お母さんと健保保養所に行ったのも思い出に残る。

 ここまで上位10カテゴリーを見てきたが、例年と大きく変わったカテゴリーがある。「ゴルフ」である。いつもは上位に来ていたが、昨年の記事は12本だった。ということは、12回しかラウンドしなかったのだ。女房の半分くらいまで減った。今年は、少なくとも20回くらいはラウンドしたいと思っている。

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2019年1月12日 (土)

№4045 2018年のブログアクセス解析

1月もすでに10日を過ぎた。例年やっているのだが、これからの3号を使って私のブログ記事で、2018年を振り返ってみたい。

 まず最初は毎年の年初めに行っているのだが、昨年2018年のブログのアクセスを解析してみよう。ちなみに、昨年の記事はリンクしておく。

 何度も申し上げてしつこいようだが、「シンさんちの『繭の里通信』」のブログが立ち上がったのは、2008年1月22日だ。今年で11年目になる。私が使っている「ココログブログ」は無償であるが、ディスク容量は2GBでいっぱいになる。

 2013年12月末で『繭の里通信』①は限度になってしまった。2014年1月1日に②を立ち上げて、5年が過ぎた。今のところ、②のディスク容量は1286.86MBで64.34%である。もう2年くらいは大丈夫だろうか。ただ、②がいっぱいになったら③に移行するかどうかは、その時になってみないと分からないね。

 皆さんのおかげで、ブログ訪問のページビューも訪問者も、この5年間ほぼ横ばいだ。2018年はPVが40,917頁、訪問者数が延べで25,179人であった。②に移行してからの記録集があるが、若干下降気味ではあるが、まあ、ほぼ横ばいといった方がいいかもしれない。

 一日当たりで換算してみると、PV平均が112.1で訪問者数平均が69人だ。私は、ほとんどの方が定期購読者だと思っている。今年きた年賀状を読んでみても、「ブログを毎日読んでいますよ」という方が多かった。私のブログ記事も、その方に向けて書いている様なものだ。

2018  昨年も解析したが、月ごとのPV表を載せてみよう。緑線の訪問者はほぼ一定だが、青線のPV数には若干の変化がみられる。特に11月が高いのがわかる。ご存知のように、「キューバ・メキシコ旅行記」が載った月である。昨年も同じ傾向があった。昨年の同じ時期には、コーカサス三国旅行記が載ったのだ。

 ブログのために生きているような私なので、今年の秋もどこかに海外旅行に行かなければならないかな。まだ1月なので具体的にはなっていないが、いまのところキューバよりも遠いところに行きたいと思っている。そのことを先日級長に話したら、「お前は旅行から帰ってくるたびに、着る物が派手になっているな」と慨嘆していた。

 その日も、派手な帽子を被って行った。実は昨年の秋に帽子2個を買ってきた。メキシコで買ってきたのだが、「どこ製の帽子なのか」と聞かれたので改めてみてみたら、いずれもMade in Chainaと書かれていた。ちなみに、その日の仲間の帽子を見てみても、やはり中国製だったのは笑えた。

Photo  これも傾向は変わらないのだが、どこの県の人が私のブログを読みに来ているかというに、表にあるように秋田県が真っ赤だ。秋田の同級生が、そんなに多く私のブログを読んでいるとも思えないから、一体だれが読んでいるのかいつも不思議に思っている。

 この表はパソコン普及率の相対表で、矢張り絶対多数は私が住む埼玉県で29%だ。次に多いのが東京で20%、秋田県は第3位で15%だ。この傾向も変わっていない。

 いつも申し上げているようで申し訳ないが、このブログが続くかどうかは読者に掛っている。誰も読みに来ないようなブログは、続けていても意味がないと思っている。読者に責任を負わせるようで申し訳ないが、なんといっても『繭の里通信』が充実しているかどうかが、読者に訪問いただく一番の動機だ。

 最近、定年退職で家に閉じこもりがちだが、せいぜい皆さんの期待に応えられるように頑張りたい。ぜひ、今年も応援をよろしくお願いします。

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2018年11月29日 (木)

№4000 ブログ投稿記事4000号を達成

 私のブログ記事が、この号で4000号になった。2008年1月22日に立ち上げたブログだが、ほぼ毎日一記事を投稿している。もしかしたら、何度か一日に二記事を投稿したこともあるかもしれないが、それでも始めて10年10ヶ月、ほぼ4000日になったということだ。

 私は飽きっぽい性格で、かつて同じことを長く続けたことはなかった。そのことは、長く親や兄弟姉妹にも言われ続けていた。これだけ続けられたというのは、この表現方法が私にマッチしていたということだろう。

 ブログのいいところは、直ぐに以前起きた出来事、書いた記事を振り返ることができることだ。ちなみに、第1号2008年1月22日に何を書いたのか振り返ってみたい(赤線をクリックすると、当該記事を読むことができる)。

 第1号記事は、自己紹介になっている。改めてこの第1号を読んでみると、このブログの方向性がほの見えて来る。私は定年後の2007年4月に、那須の「繭の里」に破屋を買った。ブログの当初の目論見は、那須での生活をお伝えしようという試みであった。

 那須の記事は、「【あるるのいえ】での生活」で341件、「初めての農業」で131件、「那須【あるるのいえ】」で334件と、計806記事の投稿をしている。全体でみると2割の記事が那須に関するものだった。そういう意味で、私のブログ名『繭の里通信』は当を得たものであった。

 ただ、圧倒的多数の記事は、その時々の出来事を書いたものだ。ちなみに、東日本大震災が起きた2011年3月11日は何を書いているのだろうか、振り返ってみた。ブログをはじめての最大事件が、いま読んでもリアルに再現されている。再度思い出すと、私は畑を耕していた。突然、大地が揺れ始めた。これは大地震、とすぐに思ったことが懐かしく思い出される。

 このブログをここまで続けてこられたのは、読者の支えが大きい。読んでくれる読者がいなかったら、4000号は続けられなかったと思う。今でも、コンスタントに一日100以上のアクセス数があるのは、うれしいことだ。ルート36さんのように、最初から読み続けてくれている読者もいるし、最近読者になった方も知っている。

 次の目標は、第5000号だね。それまでは3年弱かかる。ただ、心配は、最近自宅に籠る日が多く、書く記事に事欠くことが多い。元気で生きていられるのかも心配だ。まあ、あまり無理をせずに、これからも続けていきたい。

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2018年10月16日 (火)

№3954 ブログアクセス数60万回突破

 私のブログを訪問してくれる人は気が付いていると思うのだが、ブログのアクセス数が60万回を突破した。このブログが№3954である。ほぼ毎日ブログを書いているのだから3954日ぶりだ。単純に割り算をすると、一日当たり151.75回のアクセス数がある。

 何度も申し上げているが、このブログを始めたのは2008年1月22日である。当初は面白くて、いろいろと友達にも見に来るようにお願いしたり、様々な宣伝をしてアクセス数を増やす努力をした。しかし、最近はあまりにも当たり前すぎて、私のブログはほとんど宣伝していない。

 ありがたいことに、それでも確実にアクセス数を増やしている。この5年間の平均でみると、一日当たり115アクセスがある。年間に直すと、約42000アクセスである。100,000のアクセス数を増やすには、約2年半かかっている。

 それにしても、よくもまあ600,000アクセスまで行ったものだと、自分ながら感心する。私のブログは、一般的な市民のなんていうこともない生活の記録だ。特に大きな波があるわけでも物語があるわけでもない。

 芸能人のブログには、一日に数万や十万アクセスを記録するものもあるらしい。私のブログには、一切そういうことはない。毎日コンスタントに訪問してくれる方が、一番有力な読者だ。

 私の仲間で、1,000,000アクセスを達成したブログがあるとも聞く。私の今のペースで行くと、100万アクセス数に行くにはまだ10年弱もかかる計算だ。まあ、それまではブログをやめているか、くたばってしまっているだろうね。

 私の元気の源は、このブログを続けていることだ。健康寿命の素でもある。迷惑かもしれないが、しばらくお付き合いをお願いしたい。

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