カテゴリー「ウェブログ・ココログ関連」の55件の記事

2020年1月16日 (木)

№4407 ブログをどう残すのか

 今日の新聞記事に、「生前つづったSNSやブログ どう残す?」の記事が載っていた。ツウィッター社は、半年以上使われていないアカウントは削除すると発表したようだが、遺族から「亡くなった人のツィートは思い出そのもの」と削除反対の意見が強く、方針を取り下げたという記事であった。

 最近、ブログもそうだが、ツィッターやLine、FacebookやYouTubeで情報発信する人が増えている。当然、そういう方が亡くなっても情報は残る。運営会社も、亡くなった方の情報をそのままにしておくと、いずれパンクするのは目に見えている。悩みは深いようだ。

 私の周りにもそういう事例があった。彩の国いきがい大学大学の同級生、みっちーが亡くなったのは2014年8月であった。彼女はブロガーで、頻繁に記事を投稿していた。私は、彼女が亡くなった後も時々そのブログを見に行っていた。彼女が亡くなって半年ほどたった時、遺族の処置だろうか、突然ブログを閉鎖してしまった。

 亡くなった後に残ったSNS情報をどうするのか、それは亡くなった本人の問題ではなく、もっぱら遺族の問題である。遺族が、思い出のために残したいと思うのか、プライバシーを守るために閉鎖するのか、それは自由だ。これはSNSの広がりとともに新たな問題である。

 私のブログも、今号で4407号になる。正確ではないが、たとえば一号当たり1000字の活字が残っているとしたら、4,407,000字の記事になる。例えば本として残すとしたら、10冊以上の単行本に相当するのではないか。もちろん、本など出版するつもりはないのだが。

 わが家で、私のブログを読んでいる人はいるのか。女房は時々覗いているようだが、子どもたちはほとんど訪問していないようだ。ただ、親族の中には私の消息を知るために、しょっちゅう訪問しているという話も聞く。

 このブログは、私が生きて来たあかしでもある。遺族が、亡くなった後は閉鎖するも続けるも自由だ。まあ、そんなに意味のあるブログでもないので、閉鎖してもやむを得ないかな。

【1月15日の歩行記録】10,177歩 6.8km

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2020年1月 7日 (火)

№4398 2019年はブログで何を書いたか

 昨年12月30日の記事で、通巻数が狂っている報告をした。昨年一年間、一体何を書いてきていたのか調べていて発覚した。その時から、昨年は一体何を書いたのかを検索していた。2019年1月1日№4033号でスタートし、12月31日の記事№4390号まで一年間で357本をアップした。今日は、そのカテゴリー結果をトップ10まで紹介したい。このカテゴリーを分析してみると、自分がこの一年をどう過ごしたのかわかって面白い。

①那須【あるるのいえ】 49本

 そもそもこのブログを始めたのは、那須での生活を紹介しようという意図だった。【あるるのいえ】がオープンしたのは、2007年5月1日だ。そしてこのブログがスタートしたのは、2008年1月22日である。

 那須【あるるのいえ】が開設当初は、年に94~5日も那須で滞在していた。畑をやったり、周囲の整備をやったりで結構忙しかった。畑仕事をやめてみると、那須で時間を持て余すようになった。このブログ記事の本数が、昨年那須に行った延べ日数である。名古屋の友だちUさんから「ブログの那須での野菜作りがなくなったのは残念」という年賀状が来ていた。

 いずれ、那須は開設当時に比べてものすごく暑くなった。女房にせかされているので、今年はクーラーを入れなければならない。暑くなってからではなかなか設置してもらえないので、5月くらいに入れるとしよう。

②俳句 32本

 俳句の記事もいつの間にか多くなった。毎月の定例句会の報告のほかに、様々な吟行参加、俳句を巡ってのあれこれの記事が多くなったようだ。当然のことだが、老人の手慰みの私の俳句は上達しない。もう少し本腰を入れてと思うのだが、さてどうなるだろうか。嬉しいこともあった。忘年会の席で、Mochiちゃんが「俳句がひところに比べて上手になったね」と褒めてくれたことだ。

 機関誌「桟雲」1月号でわが高校の先輩Senshuさんが、「津軽旅情の吟」三句ににコメントを寄せていた。簡単に紹介したい。

津軽路や十三の湖畔の蜆汁

 「作者は宿特製の味噌を使っての蜆汁を啜り、津軽路の春を味わっている句である」

白神や尾根に吹かるる山毛欅若葉

 「世界遺産の自然遺産としていまや脚光を浴び、世界各地より観光客が多く、ぶなの若葉が夏の陽を受けて照り輝き、目に眩しいほど壮観を呈している」

梅雨晴れの雲間に覗く岩木山

 「津軽平野から仰ぐ姿は美しく、作者の精進の賜物である」

③スポーツ 31本

 昨年のなんといってもスポーツのハイライトは、W杯ラグビー日本大会であった。日本チームが決勝リーグに這い上がって、ラグビー熱がグーンと上がった。私もそうだったが、俄ラグビーファンが日本に増えた。スポーツのカテゴリー31本の記事の内容を調べてみると、ラグビーが7本、サッカーが6本、野球が5本、マラソンが4本だった。

 以前はスポーツ観戦といえば野球だった。日本全体でもいえることかもしれないが、野球の比重は低くなったね。ラグビーは昨年の特異現象としても、サッカーの比重は上がっても野球が取り返すことはないかもしれない。なんといっても、サッカーはスポーツ観戦としても面白い。

 さて、今年はオリンピック・イヤーだ。今年の記事にはオリンピックの話題が増えるだろう。

④東京シニア自然大学 27本

 私が今活動舞台に置く中心は「東京シニア自然大学」である。昨年も27回の活動に参加したということだ。この活動が始まって早8年目に入る。良い仲間がいて、一緒に行動する楽しみを感じている。この運動はしばらく途切れることはないだろう。もちろん私が提案した時にも、終生の活動を目指した。何歳になっても「学ぶ」ことは楽しいものだ。

 今年もいろいろな活動が続く。私の今年の楽しみは、隠岐の島旅行と尾瀬探索だ。もちろん日帰りとはならない。何泊かしてくることになる。特に隠岐の島には、境港港から船で行くのだろうから、そこまで車で行き、帰りに尾道や四国の友を訪ねてロングドライブをするつもりでいる。尾道の友には、年賀状で予告をしておいた。

⑤ゴルフ 19本

 退職時には、これからのびのびとゴルフができる楽しみを抱いていた。ただあにはからんや、ゴルフに対する興味はそれほどわかなかった。をとるとともに飛距離が落ち、面白くなくなった。今では付き合いゴルフのみだ。ただある友だちが言ってが、「シンさんは新しいクラブを買うなど、考えが前向きだね」とのことだ。

⑥健康 18本

 やむをえないことではあるが、高齢化とともに体のあちこちにガタがきている。その都度このブログには書いているが、まあ、冥土に向かって一歩一歩歩を進めていることは疑えない事実だ。体と相談しながら、無理をせず一日一日を大切にしていきたい。

⑥読書日誌 18本

 毎月定期的に前月の読書報告をしているが、本を読むことは現在の生活の基本である。本当にどんどん読書が進むが、これもいつまで続くのだろうか。前にもお話ししたが、読むそばから忘れていくのも高齢のなせる仕業か。

⑧海外旅行 16本

 私は、一年に一度は海外旅行をしたいと思っている。ただ、年齢を重ねるにしたがって億劫になっているのも事実だ。昨年はバンコクに一人旅行をした。今年は、秋に20日間くらいの大旅行で、南アフリカに行こうと思っている。女房に「いつ行くの」と聞かれているのを見ると、彼女も行く気満々のようだ。

⑨住まい・インテリア 14本

 私の住む家は、もう築後43年ほど経過している。あちこちにガタが来ているが、これから新築するというわけにはいかない。昨年、次男にこの家を新築して一緒に住まないかと提案したが、一蹴された。まあ、だましだまし使って住んでいくしかないね。

⑩国内旅行 12本

 昨年の国内旅行のハイライトは、津軽路を4泊かけてドライブしたことである。この時に作った「津軽路旅情の吟」25句の俳句は忘れられない。昨年は、竹ちゃんの日本縦断旅行もこのカテゴリーで話題にした。

【1月6日の歩行記録】11,247歩 7.5km

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2020年1月 6日 (月)

№4397 2019年のアクセス解析

 ブログをやっている強みは、過去の記録を振り返ることができるということだ。毎年お正月に試みているが、昨年2019年、一体どれくらいの方が私のブログを訪問してきてくれたか、報告したい。私は記録魔というか、何でも統計をとっている。このブログ「シンさんちの《繭の里通信》2」は、2014年1月1日に立ち上がった。それ以前の「1」は記録していなかったが、「2」は6年間のアクセス解析は記録として残っている。

 私のブログ読者が、年間を通して一体どれだけの訪問があり、頁を見に来てくれたのかがわかる。2014年から2018年までの記録を報告したい。

          総アクセス数     総訪問者数

  2014年      41,135PV       27,707人

  2015年      42,312PV     27,005人

  2016年      41,423PV     26,706人

  2017年      44,980PV     27,769人

  2018年      40,917PV     25,179人

 この表を見ると、横ばいか2018年は若干下がっている。ちなみに、PVとはPageView(ページの訪問数)である。

2018 ちなみに、2018年の月別一覧表は上の図だ。4月中旬と8月中旬はピーンとアクセス数の上がった日はあったが、あとはほぼ横ばいだった。しかも年末になるにしたがって、アクセス数は振るわなかったのが2018年(平成30年)だ。アクセス数が下がったといって、私には打つ手がない。何しろ、私のブログは日々の平凡な記録だからだ。

2019  さて、昨年の2019年はどうしたことだろうか、前年の25%もアップした。きっかけは、このブログの運営のココログのリニューアルで、3月の何日かアップできない日があった。どうしたのか心配したのだろうか、毎日同じページなのに訪問者が増えた。これは私が意図したことではなく、ブログ運営者の不備によるものだった。昨年の結果は以下のようなものだった。

     2019年      51,334PV      27,048人

2019_20200105163201  訪問者数はそんなに増えてはいないが、PVが前年比125%である。多分大半同じ読者が毎日訪問してくれているのだと想像する。このアクセス解析のときはいつもやっているが、一体どこの県の人が見に来てくれているのか。これはいつも同じなのだが、絶えず秋田県が赤い。この数字は相対的数で、パソコンの普及度によるものらしい。

 それでは、絶対的訪問者が多いのはどこの都道府県だろうか。上位10位を記してみる。

①東京都 25.2%

②埼玉県 24%

③秋田県 8.2%

④千葉県 7.9%

⑤福島県 6.5%

⑥神奈川県 5.6%

⑦茨城県 4.9%

⑧群馬県 2.5%

⑨北海道 2%

⑩静岡県 1.8%

 以上みてくると、私のブログを見てくれている人はほとんど東日本に偏っている。ブログを書いていると、こういう分析の楽しみもある。今年もどうぞ訪問をよろしくお願いしたい。

【1月5日の歩行記録】7,425歩 5.0㎞

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2019年12月30日 (月)

№4389 ブログの通巻数が狂っているよ

 さて今年もわずかだ。このブログもほぼ毎日更新しているはずだ。一体今年は何を書いたのだろうか、検証してみることにした。ところが、今年の1月1日は№4033号で、この12月30日号で№4290となっていた。あれおかしいな、わずか267号しか書いていなかったのかな。

 管理ページの「記事一覧」という欄で、今年の記事をさかのぼってみた。6月ごろに100号間違って通巻ナンバーが付けられているのが分かった。訂正はそんなに難しい仕事ではなかったが、ただ200号もさかのぼって一号一号訂正していく必要がある。この暮れの忙しい時に、各ページを開いて訂正するのにはえらく手間暇のかかることだ。とりあえず50本ほどの記事の通巻ナンバーを訂正した。

 記事の通巻番号は、私のブログにとっては大切な情報だ。ほぼ毎日記事を投稿している私にとって、一号一号が私の生きて来た歴史だ。今号が№4390号ということは、このブログを始めたのが2008年1月22日だから、ほぼ12年弱の生活の記録である。しかも4390日ほど、ほぼ欠けることなく書き続けてきている。もちろん、褒めてくれる人など誰もいない。

 しかし、秘かに自分で自分を褒めたいと思っている。そもそも私は飽きっぽい性格で、何事も長く続いたことはなかった。今から考えてみても、そんな出来事が私の人生には数々あった。ところがこのブログは続いている。何が要因なのだろうか、考えてみた。

 この「ブログ」というSNSの情報発信の仕方が、私にぴったりだった。特に、写真が貼り付くのがいい。この12年間、あの日は何があったのだろうか振り返る機会が多くなった。このブログで見ると、たちどころにその日の記事が読める。このブログには私のすべてを書いているわけではないが、当該記事を読むとその周辺のことも思い出す。

 歳をとって、物忘れが激しくなっている。その朝の出来事さえも、立ち止まって考えてみなければ忘れてしまっている。その中で、このブログの4400号弱の記事は、私の生きてきた証しであるし宝だ。

 それにこのブログの何よりいいのが、私と人生を共有する読者がいることだ。読者がいなかったら、このブログは続かなかっただろう。そんな多くではなくとも、毎日最低100人以上の人がこのブログを訪問してきてくれている。読者の顔は見えないが、多分毎日訪問してくれている固定読者がそのうちの3分の二くらいではないだろうか。

 時々「シンさんのブログを読んでいますよ」と思わぬ人に声をかけられ、驚くことがある。ああ、こういうところにも読者がいるんだと嬉しくなってくる。私のブログは生活記録で、別にびっくりするような出来事があるわけでもない。毎日の生活を淡々と描いているだけだが、そんなつまらないブログでも足を止めてくれる読者がいるのは嬉しいことだ。

 まだしばらくはこのブログは続けるつもりでいるが、今後とも応援をよろしくお願いしたい。

【12月29日に歩行記録】9,224歩 6.2㎞

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2019年9月13日 (金)

№4281 今日は何のブログ記事を書こうかな

 いろいろと関係の断捨離をしたら、ほぼスケジュール帖は真っ白になってしまった。毎日、家から一歩も出ない『老人生活』を続けている。その生活はそれでいいのだが、困っているのは何のブログ記事を書こうかということだ。やはり何らかの行動があって、ブログ記事になる。家に閉じこもっていては記事にならない。

 寝床にいては、さて明日の記事はどうしようか、明後日はどうしようと悩んでいる。まあ、そう悩んでいる時間も悪いわけではないが、実際書くことがないのには困る。この日の記事も、どうしようもないと思って書く与太記事だ。もう14年目に入るブログだ、もうそろそろやめてもいいのかな。

 こういう日常生活の中で書く記事なので、中身は薄いと書いている本人は一番よく分かっている。読者もこの事情を理解しているのか、最近読者が訪れる状況を反映する「アクセス数」も低調だ。ひところ一日平均200に近かったアクセス数も、このところ100前後を行ったり来たりだ。アクセス数は正直だ。

 良い記事が書けたと思ったときは、次の日と翌々日にはっきり出る。アクセス数がはっきり上がる。つまらない記事を書いた時には、この反対現象が現れるのが面白い。

 どうなんだろうか、毎日ではなく、何か記事を書くような行動があった時に書くというスタイルだ。Naoko先生のブログを見るとそうなっている。ただ、中途半端な気持ちでブログを続けるのも嫌だ。どうしたものだろうかな。

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2019年7月 2日 (火)

№4209 今年上半期のブログアクセス数

 ときどき私のブログのアクセス数の報告をさせていただいている。今年も上半期が終わったので、その報告をしたい。というのも、日本縦断徒歩・野宿旅を終えた竹ちゃんが、アクセス数の報告をしていた。

Photo_20190701100601  一般的な傾向だが、私のように日常生活をダラダラ書いているブログより、竹ちゃんの旅日記のようにテーマを絞ったブログが読まれる確率が高い。竹ちゃんのアクセス数は404あったという。私のブログは、いくら高くても200を超えた程度だ。そういえば、ブログ仲間の昭jijiは二つのブログを持っていて、島旅に特化したブログは227万アクセスを超えたと言っていた。凄いものだ。

6  何度か報告しているが、10日間の中断があった私のブログは、その後急にアクセス数を増やしている。以前は一日100前後だったアクセス数が、この6月は一日平均157アクセスあった。ひところに比べて5割アップである。ちなみに、この5年間の上半期の月平均アクセス数を比較してみた。

2015年 1~6月平均3634アクセス

2016年 1~6月平均3354アクセス

2017年 1~6月平均3810アクセス

2018年 1~6月平均3224アクセス

2019年 1~6月平均4702アクセス

 この5年でみても、今年は特別の年のようだ。

Photo_20190701101801  地域の変化もある。以前は秋田県だけが真っ赤で、他の県はそれほどでもなかった。それが上の図のように福島県も真っ赤になっている。福島で私の知っている限り、私のブログの存在を知っている人は数人しか思い当たらない。一体、だれが読んでくれているのだろうか。さらに、茨城県や群馬県も高い。その県には思いあたる人はほとんどいない。そうか、群馬県は国ちゃんがいるね。ただ、一人だけの閲覧でアクセス数が上がるとは思えない。

Photo_20190701102401  県別にアクセス数の%を見てみよう。主要県だけを切り取ってみた。前にも申し上げたが、この数字は地域のアクセス数には反映していない。パソコンの普及台数に比例しているようで、東京は32%のアクセス数があるにもかかわらず、色の変化はない。そして、福島や茨城が秋田より高いのはどうしたことだろうか。

 ブログは書くのも楽しいが、こうやって分析しているともっと楽しくなる。

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2019年4月20日 (土)

№4136 私のブログアクセス数に何が?

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 すでにお知らせしたように、3月19日から私のブログは10日間ほど中断した。私のブログを運営していたNiftyの管理画面に不具合が生じたせいだった。№4112号の記事でもお知らせしていたが、その中断時からブログアクセス数に異変が生じていた。

 大体が、日々の私のブログアクセス数は100前後だった。ちなみに、2017年の一日当たりのアクセス数の平均は123.23回であったし、2018年は112.1回であった。ブログが中断するまではその数字は変わりはなかった。それが、中断以降は大きな変化が起きた。3月19日の中断から再開した3月28日までは、一日平均200アクセス数を記録していた。これは読者の方の声援で、一時的なものだろうと思っていた。ところが、4月以降もその傾向は変わっていない。

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 一日200アクセス数がある日は、それまでは年数回程度だった。ところが、4月に入ってもその傾向は変わっていない。この3日間ほどは、連日200アクセス数超えだ。私の書いている記事に、以前に比べて特段の変化があるわけではない。日常のこまごまとした出来事を書く私のブログ記事に変化はない。一体、このアクセス数の変化をどのように解釈したらいいのだろうか。

 Niftyの新しい管理画面になって、Twitterに投稿する画面が出るようになった。毎回ではないが、思い出すときにTwitterにブログ記事をリンクしている。Twitterでも、リンクした記事のアクセス数を見ることができる。それによると№4129号の「埼玉の三偉人」の記事に67アクセス数があった。間違いなく、Twitterがアクセス数を押し上げている要因になっている。ただ、それだけでここのアクセス数の上昇を解釈することはできないだろう。

 前にも申し上げているが、私がブログを続けていることはあまり宣伝していない。ところが、周囲から以前にもまして私のブログに対する感想が寄せられるようになった、と感じている。じわじわと広がっているのだろうか。それにしても、「継続は力なり」だね。

 

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2019年3月29日 (金)

№4114 ココログ画面がどう変わったのか

 読者にとっては何のかかわりもないことかもしれないが、今回ココログがリニューアルしてどう変わったのかを紹介をしたい。

Photo_1   Niftyが運営する「ココログ」が開設なって、もう15年になるのだそうだ。この間、システム的に様々な不具合が生じ、全面的にリニューアルすることになったとの案内があった。このリニューアルは杜撰なもので、かえってこれによって不具合が出ている。ユーザーからも悲鳴ににた声が寄せられていた。それでも、管理画面には入れた方はまだいい方だ。

Photo_3Photo_4  私は、10日間もこの管理画面にさえ入れなかった。「記事を書く」をクリックすると入れる管理画面に、Internal Server Errorという表示が出たのだ。いずれ直るのかと悠長に構えていたのだが、これがいつまでたっても直らない。仲間のサンちゃんからのアドヴァイスで、@niftyデスクに電話をした。電話を何度かかけたのだが、出てくる人で対応が異なった。

 ある方は「順次繋いでいますので、しばらくお待ちください」と言うし、別の人は「デスクにはそのようなエラーの苦情は来ていません」と言っていた。とはいっても繋がらないのだから何とかしてよ、とクレームをつけた。そして繋がったのが28日木曜日だ。その後、@niftyのデスクから電話があり、「サイトに繋がらない原因がありました」と報告してきた。サイトにどういう問題があったのか、もう繋がったから詳しくは聞かなかった。

Photo_2  そして繋がった管理画面が上画だ。リニューアル画面に様々な不満があるようだが、まあ慣れるしかないだろうね。ただ、画像の貼り付けが前には任意でできたのだが、新画面は思い通りに行かないのが不満だ。

 さらに大きく変わったのが、書いた記事がTwitterにリンクしたことである。「記事を保存する」をクリックすると、Twitterにリンクするかどうか聞いてくる。「リンクする」をクリックすると、私のTwitterに記事が載った。ただ、私のブログ記事は長いので、読みに来る人は少ないようだ。Twitterにリンクするのは意味がないかな。それでもしばらく続けてみよう。

Twitter  もう一つ気が付いたのは、「画像の挿入」と「ファイルのドロップ」画面が明確に変わったことである。今日貼り付けた画像は、「ファイルのドロップ」に保存し、そこからクリックしている。ここには10個のファイルが保存でき、そこからアップロードできるという。やってみたが、確かに便利だ。

 いずれ、新画面で様々な試みをやってみたい。見難いかも知らないが、しばらくご容赦願いたい。

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2019年3月28日 (木)

№4112 10日ぶりにブログを再開

 皆様に大変ご心配をおかけしたが、10日ぶりにブログを再開する。2008年1月22日に開設した『シンさんちの繭の里通信』は、この間、一日も休まずに記事投稿を続けてきた。それが10日間もストップしていたのだから、読者の皆様には心配をおかけしてしまった。「どうしたのか」とのお問い合わせをたくさんいただいた。私のメールを知っている方にはその都度返事をしたが、一般の読者にはお知らせする術がなかった。開通を機会にこの間の経過をご報告して、ご了解を得るしかない。

 私が使っているNiftyのココログブログから、あらかじめ「3月19日の0:00から13:00までココログのリニューアルにより、編集画面に入ることができません」との連絡が入った。[編集画面]に入れなければ、記事を書くことができないのだ。それを見越して、3月19日の記事は事前に書いておいた。そして、リニューアルのメンテナンスが終わるのをしばらく待ったいた。だが、何時まで経ってもメンテナンスが終わらないのだ。

 同じココログブログを使っている仲間に、どうなっているのか聞いてみた。メンテナンスが長引いているようだが、彼のブログは間もなく記事を書ける状態になったという。だが、私のブログは記事を書こうとすると、[Internel Server Error] という表示が出て、編集画面に入れなかった。その内に書けるようになるのではないかと、待ち続けた。ところが一向に解決しないのだ。

 業を煮やして、@Niftyのデスクに相談した。当初は「徐々に回復していますので、しばらくお待ちください」との返事だったが、担当者が変わるとだんだん「そういうクレームは報告されていません」という返事に変わった。とはいっても、私は編集画面には入れないのだ、どうしてくれるんだとねじ込んだ。Niftyのホームページを読んでいても、全国からものすごいクレームが来ていたのがわかる。

 さらに、リニューアルした画面も、以前に比べてものすごく使いにくくなったようなのだ。「元の編集画面に戻せ」との声もあった。戻せも何も、私は編集画面にも入れないのだ。@Niftyのデスクからも頻繁に電話が入った。そして、今日一緒にパソコンのサポートをしてくれることになっていた。朝起きてパソコンを起動してみたら、なんと[編集画面]に入ることができたではないか。回復していたのだ。なんとも人騒がせなリニューアルであった。

 11年間も続けていたブログが突然止まったので、本当に皆さんから心配をいただいた。女房が入院していたので、私も倒れたのではないかとの心配もいただいた。ある方など、菓子折りをもって陣中見舞いに来てくれた。私が不在だったので、菓子折りだけ置いて帰ったようだ。また、ある方からは「あなたのブログを読むのを毎日の日課にしていたが、中断して寂しい。早く再開してもらいたい」との声も寄せられた。

 Photo  驚く現象もあった。私のブログは、いつも報告しているように毎日100強のアクセス数である。それが中断以降、毎日200を超えるアクセス数があった。ブログの記事の再開を、首を長くして待っていた読者がいたのだ。多分、一人の方が一日に何回もブログをチェックしてくれていたのだ。ありがたい読者に支えられていると、強く感じた。

 ブログを書けなかったこの10日間、私も毎日何をしていいのやら、当惑の日々だった。写真を撮る元気もないし、前向きに何かをやろうという気力も湧いてこない。読者の皆様と同様、私の日常生活にもブログが色濃く影を落としていることが分かった。

 とにもかくにも再開できた。リニューアル画面がどうなっているのか試す時間もなく、この記事を書いている。今後ともどうぞよろしくお願いしたい。

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2019年2月 1日 (金)

№4065 異例の1月終わる

 つい先日お正月を迎えたと思ったのに、もうすでに2月に入った。ところで、わがブログの1月は、異例ずくめだった。何が原因なのかはわからない。

Photo  表のように、1月のブログアクセス数はここ近年で最高になった。特に、1月4日と17日はとりたてて普段と違う記事を書いたわけではないが、一日のアクセス数が200を超えている。

 ブログのアクセス数を記録しはじめたのは、2014年(平成26年)からだ。そしてこの1月は、最高のアクセス数を記録して、4,202アクセスで訪問者は2,072人だった。昨年に比べても800アクセス数弱多くなっている。

 ただ、心配がないわけでもない。アクセス数は増えたが、訪問者数は漸減傾向にある。前年に比して、アクセス数は25%ほど増えているが、訪問者数は10%弱の減だ。さらに、1月31日は75アクセス数と最低を記録した。これが尻しぼみにならなければいいのだがね。

 何度も申し上げているが、私の今の最大の楽しみは、前日のブログアクセス数がいくらあったかだ。毎日通信簿をのぞいている気分だ。多ければ嬉しいし、少なければ一日が憂鬱だ。私のブログを誰が読みにきてくれているのか、本人もわからない。

 それだけに、どうやったらアクセス数が上がるのかは、11年たった今でもわからない。要するに魅力のある記事を書き続ける必要がある、ということだろう。

 知らない方から、「あなたのブログを楽しみに読ませていただいています」と突然声がかかることがある。嬉しい限りである。

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