カテゴリー「文化・芸術」の3件の記事

2017年12月24日 (日)

№3658 『ゴッホ展』観覧

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 動物園の隣に「東京都美術館」がある。この美術館で、いま『ゴッホ展 巡りゆく日本の夢』という催しが開かれている。来年1月8日までというので、入場してみることにした。シニア料金は1000円というので、得した気分で入った。

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 この『ゴッホ展』は物凄い人気で、美術館は平日にもかかわらず、たくさんの入場者で混んでいた。本当は、美術展は静かな気分で味わいたいものだ。ただ、人気の展覧会はそうもいかないね。

 門外漢の私にとって、ゴッホというと【ひまわり】の絵ぐらいしか思い浮かばない。この展覧会では、ゴッホがなぜ日本に関心を寄せたのか、手際よくまとめられていた。

 ゴッホは、パリ時代からアルル時代前半にかけて、浮世絵や日本の文献を集めるなど、日本に高い関心を寄せていた。特に浮世絵は、ゴッホの絵に大きな影響を与えたという。今回の展覧会は、ゴッホの絵が浮世絵からどういう影響を受けたのか、時代順に見せるものだった。

 とはいっても、影響を受けた年は限られたもので、1887年(明治20年)からゴッホが亡くなった1890年までの晩年の3年間だった。今回の展覧会に飾られていたゴッホの作品も、集中的にこの期間に描かれたものが中心だった。その他に、ゴッホが影響を受けたとおぼしき浮世絵も飾られていた。

 日本にゴッホの絵が知られるようになったのは、彼が亡くなってほぼ20年後だという。ゴッホの絵が飾られていたベルギーの美術館には、日本人の「ファン・ゴッホ巡礼」の芳名録があった。今回の展覧会にも飾られていたが、240名の名前の中に斎藤茂吉夫婦の名前も見受けられた。

 久し振りの美術館訪問は、人の波に疲れてしまった。そういえば、美術館の前で入場しようとした私は、観覧を終えたばかりのNahokoさんとばったり出くわした。20年振りくらいの再会だったのではないか。毎年年賀状は交わしていたのだが、あらためてお互いの元気を確認しあった。

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2016年6月25日 (土)

№3105 歌舞伎観賞会

 今年の2月上旬、名古屋から珍客が来て一緒に飲んだという記事を書いた。覚えている方もいるかもしれないが、その珍客は歌舞伎フリークだという。酔った勢いで、「一度歌舞伎を見てみたいもの」と、話が盛り上がった。

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 その約束を覚えていたらしく、珍客のYukiちゃんが「歌舞伎入門の良いチケットが手に入ったので、一緒に見に行こう」と誘ってくれた。もちろんShimaちゃんも一緒だ。私は、てっきり歌舞伎座に行くものと思っていたが、半蔵門にある【国立劇場】だという。

Dsc01238  私に否応はない、久し振りに歌舞伎鑑賞をすることにした。演し物は劇場に行ってみなければわからない。看板にあったのは、『歌舞伎鑑賞教室』で、入門者のための歌舞伎だという。入場料も4,000円ほどで手ごろだった。

 入門者のための歌舞伎のせいだったのだろうか、玄関に並んだのはほとんどが高校生だった。課外授業で、歌舞伎を見に来たものだろうね。

 この日は、『歌舞伎のみかた』の解説を中村萬太郎という歌舞伎役者がしてくれた。約30分ほどの解説だった。

Dsc01246  そのあと、本番歌舞伎というので『新皿屋舗月雨暈(しんさらやしきつきのあまがさ)』という歌舞伎が演じられた。主演は中村橋之助であった。

 一階に陣取ったのは、ほとんど女子高校生だ。われわれは、二階の前から二列目と程よい観賞席だった。入門歌舞伎というので、演じられた演目は世話物といわれ、私のような素人にもよくわかる話だった。

 さすが歌舞伎フリークのYukiちゃんは、午前中は歌舞伎座で歌舞伎鑑賞をし、午後はダブルヘッダーで国立劇場に駆け付けたらしい。翌日も演劇を見て帰るのだそうだ。

 午後4時半に歌舞伎を見終え、今年の2月に行った築地の寿司屋へタクシーで向かった。まあ、歌舞伎はあんなものかなという感じだったが、テーブルにはたくさんの食べ物が並んだ。食い物論議だ。

 お勧めの寿司を全部頼み、それでも足りずに特選セットを注文した。お酒の強くないYukiちゃんをさておき、Shimaちゃんと私は冷の4合瓶を頼んだ。それでも足りずに、さらに小さな瓶も飲んでしまった。午後8時過ぎに、お互い良い気持ちで別れた。

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2014年10月 4日 (土)

№2474 紙芝居・大人の時間

Dsc02750 町田市民文学館で、【紙芝居・大人の時間】という催しがあり、見学してきた。川崎に住む姉に誘われたものだ。「知り合いのTakeroさんが、町田で講演するので観に行きましょう。上大岡に住むおじさん夫婦も、横浜に住む妹夫婦も来るのよ」とのことだ。幸い、スケジュールを見たら何も入っていない。

 女房に声をかけたら、「別に紙芝居は観なくてもいいが、上大岡のおじさん夫婦にお会いしたい」と、一緒に行くことにした。湘南新宿ラインが出来てから、新宿が近くなった。町田までは、新宿で小田急線に乗り換えるだけだから便利だ。

 集合は町田駅改札口だ。この日の関係者9名は、約束の10時には集まった。上大岡に住むKeiおじさんとは久し振りだった。私の母親の弟に当たるが、兄弟姉妹が全員亡くなった中で、一人矍鑠としていた。聞くと92歳という。おばさんも米寿といっていたが、元気そのものだ。おじさんと同級生だというSaitoさんも参加してくれた。何でも、おじさんとは数十年振りの再会だそうだ。

 町田文学館は、町田駅から歩いて14~5分のところにあった。さすがおじさんは歩くのは無理と、タクシーを拾っていた。呼びかけ人のTakeroさんとは、久し振りにお会いした。昔、同じ業界人として時々は会合等でお会いしていたが、業界を離れてからは会う機会もなかった。若干太った感はあるが、ますます元気のようだ。

 彼の紙芝居にかける情熱はすごい。「ある会社の役員をやりながら、全国隅々を紙芝居で回った。時々は外国にも招待されて、紙芝居公演にいっている。紙芝居をやり始めて、もう50年にもなる」と話していた。定年になってもう10数年にもなるが、「在職時代より、今のほうが忙しい」そうだ。毎日、紙芝居であちこち回っている、とのことだった。

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 紙芝居は4本のプログラムが組まれていた。【たいこのひみつ】、【まじょ】、【あたまにかきの木】、【ハボンスのシャボン玉】だ。会場は70名ほど入っていて、盛況だった。私は、本格的な紙芝居を見たのは初めてだ。

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Dsc02761 最後のプログラム【ハボンスのシャボン玉】は、Takeroさんが演じて見せてくれた。語り口の滑らかさと、絵を引くタイミングのうまさは、やはり50年の年季を感じさせた。「紙芝居は観なくてもいい」といっていた女房も、紙芝居の魅力に大感激していた。

 公演終了後、近くの蕎麦屋で会食会をした。いつもTakeroさんに会うたびにいわれているのだが、「シンさんは、うちの末の妹の婚約者だったんだよ」。たしかに彼の妹のMiyokoとは、小学6年間、ヅーッと一緒に机を並べていたが、婚約した覚えはない。どこでそういう話になったのかな。

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