カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の135件の記事

2020年9月29日 (火)

№5163 国勢調査への回答

Photo_20200927110001  皆さんのところにも来ていると思うが、わが家にも「国勢調査のお願い」の封筒が届いた。届いて10日ほどもほったらかしにしていたが、忘れないうちに回答しておこうか。ちなみに、回答期限は10月7日という。回答方法は色々とある。中に納まっている回答用紙に書き、郵送でも送ることができるし、スマホからも送れるらしい。私はパソコンで送ることにした。

Photo_20200927110601  パソコンで送るのには、「国勢調査オンライン」を検索して調査頁に入る必要がある。送られてきた用紙には、ログインIDとアクセスキーが表示されていた。先ずはこのページにログインし、次にアクセスキーを入力すると回答頁が出てくる。

 回答は簡単なもので、①世帯の数および世帯の種類、②世帯の種類及び男女の別、③世帯主との続き柄、④出生の年月日、⑤配偶者の有無、⑥国籍、⑦現在住んでいる場所と期間、その他教育の最終学校、仕事の有無、住居についてなどだった。いずれの質問にも、遅滞なく答えられた。

 まあ要らないと思いながらも、入力した内容を印刷しておいた。最後に「回答」のボタンを押すと終りである。簡単なので、まだ回答の済んでいない方もお早めにどうぞ。

【9月28日の歩行記録】11,085歩 7.4㎞

【9月28日のアクセス数】151アクセス 訪問者91人 

 

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2020年9月 1日 (火)

№5135 月の変わり目が天候の変化か

 今日から9月だ。9月に入った途端に涼しくなった。8月には夜中でもクーラーの厄介になっていたが、昨晩の夜中にクーラーを止めた。窓を開けたら、クーラーよりも涼しい風が入ってきたからだ。

 それにしても8月は暑かったネ。今年は、月が変わると天候が激変する。7月は梅雨が長引き、むしろ涼しかった。このまま梅雨が続くとどうなるのだろうと、農家を思いながらも心配していた。8月になった途端、暑さがやってきた。コメの出来を心配していたのだが、それも杞憂に終わった。8月の暑さで、稲にも実が入ってきたようだ。

 ただ例年の傾向だが、こんなに暑い夏はあっただろうか。連日35度を超える猛暑日が続いていたし、なかには40度を超える日も何日かあった。熱中症を防ぐために有効なエアコン利用が叫ばれた。電気代を節約するよりも命を守ろう、という話が現実味を帯びた。特に私のような老人所帯には、切実味があった。

 従来、私はエアコンが嫌いだった。暑くても汗を流すと涼しくなる、と思っていた。ところが、年を取ると汗腺が細くなるせいか、汗の量が少なくなってきた。そうなると熱が体の中に籠る。今年は、クーラーの涼しさを享受した。昼だけではなく、夜中までクーラーは点けっぱなしだった。

 それと、有難いことに暑さを避ける場所もある。那須に山荘を構えて13年目になる。今年ほど有り難いと思ったことはない。8月の一番暑い10日間ほど那須に滞在していた。涼しいはずの那須にも、女房の熱望で今年はクーラーを入れた。ただどうだろうか、クーラーを点けたのは10回ほどだった。無駄ではなかったが、やはり贅沢だったかもしれない。

 8月は、いままで続けていた「歩行・散歩」も一休みをした。振り返ってみると、動かないとなると徹底的に動かないね。それまで毎月23万歩ほどの記録だったが、8月は81,585歩と従来の3分の一だ。日常生活でもふらつきがある。多分、相当足腰が弱ってきている証拠だ。涼しくなったので、また歩き始めよう。

 歩行を始めた要因に足腰を鍛えるほかに、糖尿病の血糖値を下げるという目的もあった。最近測っていないが、血糖値はどうなっているのだろうか、心配だ。

【8月31日のアクセス数】176アクセス 訪問者89人

 

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2020年8月30日 (日)

№5133 東北道蓮田SAで買物

 昨年、東北自動車道上り線「蓮田サービスエリア」が場所を移し、さらに広くなってリニューアルオープンした。東洋一の広さとか、中にスーパーができたなど、なにかと話題になっている。先日もテレビを見ていたら、蓮田SAが映し出されていた。スーパーでハンバーグの肉を売っているのを見た女房が、「美味しそう」と言っていたので買ってくることにした。

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 蓮田SAは、高速の東北道だけではなく一般道からも入場できる。この蓮田SAで買物をしてきたことを、これまでもブログ記事にしてきた。テレビを見て、また行ってこよう。自宅から車で20分ほどだ。ここの駐車場は、外部訪問客に2時間無料である。

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 ここのスーパーで売っている果物は、東北道の産地直送のようで、新鮮でおいしそうだ。先日までは桃が最盛期だったが、今並んでいるのはシャインマスカットという種類の葡萄と梨だ。このシャインマスカットは、一房2000円と結構な値段していた。私がここで狙うのは、盛りが過ぎて投げ売りされている「見切り品」だ。隅に置かれた見切り品台を見る。

Dscn2384  この日はデラウェアの葡萄とミニトマトの「アイコ」だった。この二品を買物袋に入れた。この日の目的は、先日テレビでも放映されていたハンバーグステーキだ。2個で500円、3個で699円というので、3個入りを買ってきた。

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 何か美味しい魚もあったら買ってきてといわれていたので、鮮魚売り場ものぞいた。美味しそうなホッケもあったが、女房はホッケは嫌いらしい。冷凍したイカがおいしそうだったので、イカを買うことにした。さらに、晩酌には欠かせない枝豆も買った。最近、枝豆は旬を過ぎたようで、見かけることが少なくなった。

Dscn2383  「パンも買ってきて」といわれていた。このSAには、アンデルセンのパン屋さんが入っている。目的の食パンも売っていたので、一斤買ってきた。

 夕食には、買ってきたばかりのハンバーグを焼いて食べた。このハンバーグには玉葱など入っていなくて、純粋の肉だけだった。美味しくいただけた。

【8月29日のアクセス数】132アクセス 訪問者76人

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2020年8月17日 (月)

№5120 毎日、殺人的な暑さが続く

 人間は勝手なもので、7月の長梅雨に、早く暑くなってもらいたいものとブツブツ文句を言っていた。ところが8月に梅雨が明けると、今度は猛暑に辟易としている。

 それにしても暑い日が続くね。昨日は、静岡県の天竜市で40.9度を記録したという。そして、今日は浜松で41.1度と日本最高記録に並んだ。それだけではなくとも、時々40度を超えるニュースが流れている。以前は何十年に一度か40度を超えた記録があるが、最近は珍しくなくなっている。昨日は40度にならなくても、39度・38度を記録した場所が各地にあった。

 埼玉も暑い地帯で、高温の名所が増えている。熊谷は有名だが、最近は鳩山町あたりがちょくちょく名前に出てくる。暑い場所が移動しているわけでもないのに、なぜなのだろうか。

 わが家のような老人所帯には、クーラーが欠かせない。朝から晩までクーラーは点けっぱなしだ。女房の部屋は一晩中クーラーをつけているようだが、さすが私の部屋は寝るときにはクーラーを消している。それでもトイレに起きるときには、また再度クーラーをつける。昨晩は9時に寝たが、12時前に起きてクーラーをつけ、午前2時にまた目が覚めてはクーラーの厄介になり、朝6時に目覚めてまたクーラーをつけた。

 こういう状態だから、8月になって散歩を中断している。外に出て熱中症になるのを恐れるからだ。外でコロナウィルスに感染するのも怖い。

 その結果、自宅に籠る日が続く。しばらくはこの殺人的な暑さを自宅でやり過ごそう。毎日報告している【歩行記録】もしばらく休みにしたい。

【8月16日のアクセス数】125アクセス 訪問者76人

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2020年8月14日 (金)

№5117 お盆の墓参り

 久し振りだが、お盆なので弟の墓参りに出かけよう。例年、墓参りに行っているのだが、今年は川崎の姉が脱落した。昨年も墓参りの後、川崎の姉の家でご飯をご馳走になって帰ってきた。墓参りの話をしていたら、川崎の姉から電話があった。「私も負担するから、お花を買っていってね」といっていた。そんなにお金がかかるわけではないと、お金は遠慮した。

 その話を聞いていた横浜の姉から、「墓参りをするなら、姉の老人ホームによってお見舞いもしようよ」というのだ。幸い、娘のMaikoもお見舞いにはお付き合いをするというのだ。どうやらカーナビを見ていると、老人ホームからお墓まではそんなに遠くはないようだ。私も川崎の姉に会うのは久し振りだ。

 待ち合わせ場所は、東名高速の川崎インターだという。交通情報を見ていたら、お盆で道は混んでいるようだ。午前11時の待ち合わせなので、早めに自宅を出た。そしたら、インターに着いたのは午前10時20分頃だった。延々40分もコンビニの駐車場で待つ羽目になってしまった。

Dscn2340  待ち合わせの駐車場から老人ホームは近かった。この時代、お見舞いといってもホームに入場はできない。玄関で久し振りに姉に会った。顔色は良さそうだし、全く元気そのものだった。ただ、昨年の入院以来ほとんど歩いていないようで、足は細かった。日常は車椅子での生活ということで、リハビリには時間がかかりそうだ。

Dscn2342  せっかくの見舞いなので、皆で記念写真を撮っておこう。ホームのケアマネージャーがシャッターを押してくれた。姉も墓参りに行きたそうだったが、しばらくは無理だね。ホームに滞在したのは10分ほどだ。

Dscn2343  Maikoはここで帰るというので別れた。このホームからお墓には20分ほどだった。お盆の中日というので、田舎は一番賑やかな日だ。ところが、東京のお寺はひっそりとしていた。東京のお盆は7月だというが、私のように田舎で育ったものにとって、矢張りお盆は8月13日だ。義妹は7月にお参りに来たようで、新しい卒塔婆が立っていた。

 帰りは、横浜の姉の家に立ち寄った。そこで握り寿司と西瓜をご馳走になってきた。

【8月13日の歩行記録】1,277歩 855m

【8月13日のアクセス数】104アクセス 訪問者64人

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2020年8月 1日 (土)

№5104 ようやく梅雨明け

 今日から8月である。そして、昨日あたりから日差しが戻ってきた。いよいよ梅雨明けである。それにしても、7月は暗い一か月だったね。太陽が見えないのが一つ、他の要因は新型コロナウィルスの蔓延・拡大だ。

 太陽が出ないので、本当に7月は涼しかった。ただ心配なのは、これだけ涼しいと農業に影響がないかどうかだ。毎年8月上旬には稲の穂に花が咲くのだが、散歩しながら稲を見ているのだが、心なしか成長が遅いのではないだろうか。農業のことはよくわからないが、梅雨明けで暑くなると遅れを取り戻してくれるのだろうか。

 農業に関係のない私にとって、7月は過ごしやすい一か月だった。暑さに悩むこともなかったし、クーラーにお世話になることもなかった。さすが暑さに弱い女房からも、「毎日よく降るわね」との嘆きの言葉を何度聞いたことか。関東では、降るといっても水害になるほどのことはなかった。

 ただ、線状降水帯に襲われた九州の熊本、山形の最上川沿川は、特に水害がひどかった。毎年梅雨の終りには大水害に見舞われるが、特に今年は球磨川の被害はひどかったね。床上浸水の被害が何軒にも渡った。テレビで見ていても、暴れ川は恐ろしいものだと分かった。何もかもが流されていく。

 そのうえで、床上浸水に見舞われた家の後片付けは大変だ。床下にたまった泥はヘドロと化し、そのままほっておくと、異様な臭いがして住めなくなってしまう。まあ、床上浸水に見舞われた家は、二度と住めないのかもしれないが。

2012_0601_082059p60100011_20200801110001  水害は熊本だけではなかった。大分の日田辺りでも筑後川の氾濫があった。テレビの映像に映っていたのは、「スーパーボランティア尾畠春夫さん」の姿であった。彼とは東日本大震災のボランティアの際、宮城県の被災現場でであった。それ以来、この写真は私のパソコンのデスクトップに貼りついている。

 7月は涼しくて良かったが、8月は暑くなるという。暑くなればなったで、7月を懐かしく思う日が来るのではないか。そういえば、7月は台風の発生がなかった。これも異例のことなのだろう。そう思っていたら8月に入った途端、台風発生のニュースがあった。

【7月31日の歩行記録】6,428歩 4.3㎞

【7月31日のアクセス数】149アクセス 訪問者90人

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2020年6月15日 (月)

№5057 10万円の効果か?

 女房に促されて、久しぶりに買物の付き合いをした。国からお金が交付されて、少し財布に余裕ができたのかな。最初に行ったのが大型日用雑貨店だ。当初予定したように、那須の寝室の敷物を買おうという意図のようだ。日曜日のせいか、あるいは10万円効果のせいか、お店は混んでいた。目的の敷物はすぐに見つかった。値段もリーズナブルで、すぐに買うことにした。

 炊飯器も欲しいのだそうだ。この店でも売っていたが、あまり多くの種類がなかった。この店の隣には大型電気店がある。ここには数多くの炊飯器が売っていた。選択肢が多い。高級機から安いものまで、いろいろな炊飯器があった。女房が選んだのは、わが家の状況を反映して中級機だった。「炊飯器を買ったのは、結婚してから何度目かしら」。この電気屋も結構混んでいた。

 ちょうど昼時だったので、いつものラーメン屋で昼飯を食べることにした。この店も混んでいた。ただすぐに席に座れたのだが、いつもより長い時間待たされた。何が原因なのか、調理場を覗いてみた。どんどんラーメンは出来上がっていたが、それはすべてテイクアウト用だった。店に来ないで自宅で食べようとしている人が多いのだ。

 ラーメン屋を出て、近くのスーパーに立ち寄った。この日は5%引きの日だという。ここも大賑わいだった。このスーパーでいつもより多めの食料品を仕入れてきた。女房は、明日から友だちと那須に行くという。私は留守番だが、留守中の食料品を買っておこうということのようだ。留守中は自分の好きなものを調理するので、余計なものは必要ない。

 この晩は、買ってきた新しい炊飯器で初めてご飯を炊いてみた。私はそんなに感じなかったが、女房は美味しいといって、珍しくご飯のお代わりをしていた。その炊飯器も那須に持っていってしまった。

 いずれ10万円の効果か、街は人出で賑わっていた。

【6月14日の歩行記録】7,708歩 5.2km

【6月14日のアクセス数】230アクセス 訪問者110人

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2020年5月18日 (月)

№5030 眼鏡がない

 女房に呆れられているのだが、「眼鏡がない」といつも騒いでいる。老人特有のことかもしれないが、置いたところをすぐに忘れてしまう。眼鏡がないと騒ぐのも、この現象なのかもしれない。

Sdscn2169  私は近眼でもあり、老眼でもある。ただ、どちらかというと近眼の方が強い。私の眼鏡は、近眼の眼鏡である。近年老眼が混じってきたのか、眼鏡をはめなくても日常生活に支障がない。眼鏡をはめたり外したりする要因でもある。

 ただ、新聞を読んだり本を読むときには、眼鏡はいらない。眼鏡があると活字を拾えない。パソコンを使うときにも、ほとんどが眼鏡をはずしている。一日を通してみると、結構眼鏡の脱着回数が多い。眼鏡をはずすときには、置き場所を決めている。そして、忘れることが多いので、なるべくこの決まった場所に置くように心がけている。

 とはいっても、ちょっとはずしてそのままになってしまうこともある。先日も眼鏡がないと騒いでいた。女房に聞いても、もちろん知っているわけがない。心当たりの場所を何度も探してみたが、見当たらない。さて、どこに行ったのだろうか。翌日も相変わらず眼鏡の行方を探っていたら、女房が「居間の椅子の下にあったわよ」と言っていた。掃除をしていて見つけたのだそうだ。そして「所定の場所に置いたらどうなのよ」と怒られた。

 そうか、居間でパソコンをいじるのにちょっとはずしたのが、そのままになってしまったのだ。意識してはずした時には、置いた場所を忘れることはない。ただ、何気なく外した時には、眼鏡の置き場所を忘れることが多い。先日はパソコンの机の脇に落ちていたし、また別の時には洗面所ではずしてそのままになっていた。

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 私には、スペアの眼鏡がある。何かある時にはこの眼鏡を使っているが、どうもそのスペアの眼鏡は嵌め心地が悪い。短い間嵌めている時にはいいが、長い時間となるとやはりいつも嵌めている眼鏡にはかなわない。

 若い時、職場で先輩が「眼鏡がない」と騒いでいたのを目撃していた。どうも年を取ったものだと呆れていたことを思い出す。私にもその年代になったのだと、つくづく思う。これからも意識して、所定の場所に置くように心がけよう。

【5月17日の歩行記録】9,781歩 6.6km

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2020年5月10日 (日)

№5022 50年前の玉手箱

Sdscn2148  本を探そうと思い押し入れの奥を覗いた。そしたら、奥の方から黒い箱が出てきた。あるゴルフ大会で優勝した時にもらった優勝カップが入っていた箱だ。久し振りに優勝カップを見てみようと思った。

Sdscn2150  そしたら、この箱の中に入っていたのが、優勝カップではなく大量の手紙だった。2~3見てみたら、50年以上も前の手紙であった。しかも、すでに亡くなった親父とおふくろの手紙が多かった。おふくろの手紙の一つを読んでいたら、姉にどうやら子どもが生まれそうだと書いてあった。今から考えると、長姉の子どもMaikoのことである。彼女も今では50歳を過ぎている。50年以上も前の手紙と分かった。

 面白いことに、あて先は様々だ。京都の下宿先だったり、東京の牛乳屋、代々木のアパート、三鷹の下宿先、常盤台のアパート、石神井公園のアパートなどだ。私が点々と引っ越した先に手紙が届いていた。

 最近よく思うことだが、私は何か親孝行をしたことがあっただろうか。心配ばかりかけて、何ら親孝行らしいことはしてきていなかったと汗顔の至りである。「孝行したいと思うときには親なはし」とはよくいったもので、ほとんど何もしてこなかった。

Sdscn2151  この手紙の中に、現金書留の封筒がたくさん入っていた。頻繁に親から仕送りがあったのだろう。中の手紙を見ると、10000円送ったとある。50数年前の10000円は、今よりも相当価値が高かったに違いない。それも、自宅の商売は左前だった。苦しい中の仕送りだったに違いない。それを当然にように受け取っていたのだろう。おふくろのある手紙を読むと、「苦しい中送った仕送りなので、ありがたく思い、大事に使うように」との但し書きが付いていた。私は、この親の思いの何百分の一も返していない。

Sdscn2152  両親からの手紙だけではなく、長姉や次姉、なかには12年前に亡くなった弟からの手紙も混じっていた。このような手紙はすっかり忘れていたのだが、どうやら高校生だった弟が私のことを心配してくれていたようだ。

 そのほかにも懐かしい手紙が散見された。高校時代に付き合っていた女性からも何通かあった。内容を読んでみると、旅行で上京するから会おうというのもあった。どうしたのだろうか、私は会ったという記憶はない。彼女とは、高校時代に交換日記を交わしていた。多分、10冊ほどあったのだろう。別れる時に半分づつに分けた。後に彼女に聞いてみたら、彼女の分は全部燃やしてしまったといっていた。私の分は、この家のどこかにあるはずだ。

 私は20歳代前半に盛んに山登りをしていた。その時に知り合ったのだろうか、諏訪の女性からの手紙も何通かあった。全然覚えていないのだが、どういう女性だったのだろう。大学の先生からの手紙も何通かあった。時間を見て、一通一通丁寧に読んでみたい。

【5月9日の歩行記録】11,057歩 7.4km

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2020年3月29日 (日)

№4480 春の大雪

Img202003290903021-2  朝7時過ぎから雪が降り始めている。最初は霙状の雪だったが、9時頃から白さがくっきりしてきた。雪の形がはっきりしてきている。天気予報では関東では5㎝ほど積もるという。南岸低気圧の影響らしい。さて、どのくらい積もるのだろうか。朝9時の段階では、まだ積もってはいない。

 今年の冬は暖かく、過ごし易かった。例年に比べても灯油の消費量が少なかった。昨日は20度を超える陽気で、散歩をしていても汗ばむほどだった。それが一転して、今日は冬の寒さだという。今冬で雪が降るのは初めてのことだ。今冬というが、もうすぐ四月だ。

 幸い今日は日曜日で、出かける機会が少ない。政府も「不要不急の外出を控えるように」との呼びかけがあったので、この雪が外出を控えさせるきっかけになるのではないか。

 埼玉がこういう降り方をしていると、予報では那須は20㎝ほど積もるといっていた。寒さが緩むとともに、那須の「あるるのいえ」の水道栓は前回閉めないで帰ってきた。女房は、水道管が凍って破裂しないかと心配していた。むしろ雪が降るのは暖かい証拠と私は返事をしたが、果たしてどうなるのだろうか。

Img202003290903021-1  この記事を書き始めていた時点では、ウッドデッキがわずかに白くなる程度だった。ところが、降り始めたもう4時間近くになるだろうか。庭木が雪に覆われ、屋根も隣家の庭も真っ白になってしまった。お昼には止むとの予報だったが、昼を過ぎてもまだ盛んに降っている。さて、最終的にどのくらい積もるのだろうか。

Img202003291204451【3月28日の歩行記録】4,264歩 2.9km

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