カテゴリー「読書日誌」の97件の記事

2019年12月11日 (水)

№4270 11月に読んだ本

 このところ、私の日常生活の中心をなすのが『読書生活』である。本に対する思い入れもひときわ強くなったような気もするし、今では読書のない生活は考えられない。ひところ、「目がつぶれるほど本を読みたい」と思っていた時期があったが、つぶれるほどではないが、それに近い生活ができて満足している。

 例年、11月に海外旅行をしている。今年も上旬に9日間ほどタイ旅行を楽しんできた。私にとっての海外旅行は、別の側面でいっても読書旅行でもある。行き帰りの飛行機の中は集中できる読書空間だし、旅先のホテルではテレビも見ないし、夜遊びをするわけでもない。ほとんどがベットに寝転んで本を読んでいる。そのせいか贅沢な海外旅行では、例年11月の読書量は増えている。

 ただ、旅行鞄に主にガイドブックと文庫本を忍ばせていくのだが、本の重さは馬鹿にならない。今年も、重量オーバーで6000円の課徴金が課された。今回は、ガイドブックを含めて8冊ほどの本を持って行ったが、帰りの課徴金を恐れて読んだ本とガイドブックは部屋に置いてきた。4~5冊ほどだったろうか。結果として、この11月は14冊・5969頁の本を読了した。例月の一割ほど多い読書量だった。

 いつものように何を読んだのか列記し、2~3冊についての感想を述べたい。

恩田陸『蜜蜂と遠雷(上)(下)』(上)454頁(下)508頁 幻冬舎文庫 2019年4月

白石一文『光のない海』406頁 集英社文庫 2018年5月刊

池井戸潤『花咲舞が黙っていない』428頁 中公文庫 2017年9月

逢坂剛『墓標なき町』506頁 集英社文庫 2018年2月刊

馳星周『淡雪記』628頁 集英社文庫 2014年3月刊

浅田次郎『神坐ます山の物語』250頁 双葉社 2014年10月刊

久坂部羊『悪医』293頁 朝日新聞出版 2013年11月刊

佐伯一麦『山海記』262頁 講談社 2019年3月刊

門井慶喜『東京帝大叡古教授』459頁 小学館 2015年3月刊

佐々木譲『獅子の城塞』557頁 新潮社 2013年10月刊

内田康夫『萩殺人事件』488頁 光文社 2012年10月刊

伊東潤『吹けよ風呼べよ嵐』386頁 祥伝社 2016年3月刊

赤神諒『戦神(いくさがみ)』344頁 角川春樹事務所 2019年4月刊

Sdscn0999 本書は、2017年に「直木賞」と「本屋大賞」のダブル受賞した本である。前々から読みたいと思っていたが、単行本は分厚い二段組みで、手に取るのに躊躇していた。幸い文庫本が出たので、海外旅行に持っていく打ってつけの本として買った。上下合わせて960頁ほどの本だったが、(上)は行きの飛行機で、(下)はホテルのベッドで読んだ。

 ダブル受賞したからにはさぞかしや面白かろうと期待したのだが、意外と地味な内容の本だった。「芳ケ江ピアノコンクール」に出場した風間塵という少年を巡る話だ。彼の父親は養蜂家で、塵の周りにはピアノなどなかった。絶えず蜂蜜を求めて旅をする日常だった。そんな少年がなぜピアノなどと思ったが、塵の師匠故ホフマン先生が保証するピアノの天才だった。日常ほとんど練習する環境にないピアニストが、果たしてコンクールに出る資格などあるのだろうか。

 この文庫には、担当編集者のあとがきが付いていた。恩田陸は、この小説を書くのに大変苦労していたというのだ。しばしば締切が守れず、遅れに遅れた。多分、この小説をどう展開するのか、随分恩田は迷ったのだろうね。それがこんな大作に生まれ変わり、売れに売れた。小説というのは、分からないものだ。

 恩田陸は多作な作家だ。ただ、私が今まで読んで印象に残ったのは『夜のピクニック』だったな。「読書ノート」を繙いてみると10作ほど読んだと出ていたが、『夜のピクニック』以外は印象に残っていない。

Sdscn1441_20191208121001  浅田次郎の小説は、良い本とつまらない本が極端だ。ほとんど冗談だけで頁を埋めている本があるが、私はそんな本は嫌いだ。ただ、浅田の歴史をきちんと描いている本は面白い。例えば『蒼穹の昴』、『輪違屋糸里』、『王妃の館』などは夢中で読んだ。一概に言って、私は浅田のファンというわけではない。

 ほとんど彼の書評は書かないが、今回の『神坐す山の物語』は親近感を感じながら読んだ。舞台は、奥多摩御岳山の御師の家だ。私は東京シニア自然大学の講座で、何度も御岳山に登った。たしかに、神社の周りには「御師の家」がたくさんあった。家の看板には「00御岳講」と書かれていた。この御師の家は民宿かと思っていたが、講の人たちが親しく泊まる宿舎なのだ。

 私は知らなかったが、御師にはある神がかりな霊感を持っている人もいるようだ。この小説にも出てくるが、昔よく田舎で「あの人に狐がついた」などと噂される人がいた。御師のお祈りで、その狐を抜くお祈りがなされるという。懐かしい話だった。浅田の母方は御師の家系だったようで、実際、このような話があったのだろう。

Sdscn1432_20191208123701  このところ、友達のKatsuちゃんに勧められて、赤神諒の本をたくさん読んだ。赤神諒という名前はペンネームのようだが、私は新しい読者のせいか、赤神のことはほとんど知らない。ただ、今まで6冊ほど彼の本を読んだが、内容はほとんど大分の大友家にまつわる話だった。赤神には、何か大友と関係があるのだろうか。赤神は、経歴を読むとどうやら京都の人のようだ。なぜ大友にこだわるのかは知らない。

 大友の代表的な大名は、大友宗麟だ。宗麟は良君の側面とダメ殿さまの側面があったようだ。「大友二階崩れ」で殿さまになった宗麟は、君主になった当初は名君で通した。ただ統治が長くなるにつれ、女で身を崩し、最後はキリスト教に身を投じた。

 当時の九州は、そんなダメ殿を放置しておくほど甘くはない。南には島津が、東からは大内家後の毛利が耽々と北九州を狙っていた。いつでも大友に変わろうという勢いであった。宗麟が助けを求めたのは、豊臣秀吉である。九州を勢力図に収めようとしていた秀吉には、絶好の機会であった。

 今回の物語は、大友の随一の武将戸次鑑連(べっきあきつら)の話だった。大友家が弱体する中で、唯一連戦連勝していたのが鑑連であった。彼の出生は殺気なものだった。母親が切腹を命じられ、その死の間際に生かされた「鬼の子」が鑑連である。異様な顔をして生まれたが、剛腕でどの戦でも目覚ましい活躍をしていた。大友の「二階崩れの変」でも生き残り、力を蓄えていった。

 赤間の小説を読んで、大友の事情がよく分かった。そういえば、安部龍太郎に小説に『宗麟の海』というのがあった。2018年の1月に読んだのだが、これも面白かった。

【12月10日の歩行記録】10,563歩 7.1㎞

 

 

 

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2019年11月13日 (水)

№4242 10月に読んだ本

 さて、海外旅行の話を終わり、また通常の記事に戻ろう。ちょっと遅くなったが、10月に何の本を読んだのか報告したい。

 しかし歳をとるというのは恐ろしいもので、物忘れが激しい。本も読んだそばから忘れてしまうので厄介だ。だから、私はまめに「読書ノート」をつけている。読書ノートをつけたからといって、忘れるのを取り返せるわけではない。ただ呆れてしまうのは、半年前に読んだ本を再読しても、読んだ記憶を最後まで思い出せないことだ。最近頻繁である。

 私は主に小説ばかりを読んでいるのだが、図書館の本棚を見る限り興味のある本はほとんど読み、選択の余地が少なくなりつつある。そこで、最近では小説だけではなく評論集やエセーにも手を伸ばしている。ただ、エセーの寿命は短いものだね。たまたま10数年前に書かれたエセーを読んでいたら、今から見たらずいぶん頓珍漢である。小説には決してそういうことはないのだが。

 さて、10月はどれだけ読んだのか。13冊・5221頁だった。昨年までは月に6000頁も読む月もあったが、少し読書ペースが鈍っている。それでは何を読んだのかの報告をし、2~3点にコメントをしたい。

井上ひさし『一分ノ一』(上)445頁(下)444頁 講談社 2011年10月刊

内田康夫『還らざる道』347頁 祥伝社 2006年11月刊

岡田秀文『風の轍』580頁 光文社 2008年9月刊

久間十義『聖ジェームス病院』494頁 光文社 2005年12月刊

森村誠一『深海の人魚』364頁 幻冬舎 2014年11月刊

笹本稜平『指揮権発動』477頁 角川書店 2019年1月刊

久間十義『限界病院』386頁 新潮社 2019年5月刊

辺見庸『いま、抗暴のとき』232頁 毎日新聞社 2003年5月刊

熊谷達也『山背の里から 杜の都のひとり言』269頁 小学館 2004年11月刊

津本陽『忍者月輪』412頁 中央公論新社 2014年4月刊

藤田宜永『彼女の恐喝』362頁 実業の日本社 2018年7月刊

馳星周『神カムイの涙』409頁 実業之日本社 2017年9月刊

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 これまで馳星周の本はずいぶん読んできた。試みに【読書ノート】を検索してみたら、48冊の本を読んできている。そして驚くことに、随分二度読んだ本が多いことである。馳星周は、以前は冒険小説・ノワール文学の旗手といわれていたが、最近書くものに若干の変化も見られる。私は処女作『不夜城』からのファンで、とんでもない殺し合いが行われるものを読んできた。

 ところが、最近は作風が変化して純文学風になった。これはこれで、またたまらない。ふんわりした暖かさが、作品からにじみ出ているのだ。まさにこの作品もそういうものだった。部隊は北海道のアイヌ一家の話だった。中学生の娘悠は、屈斜路湖の山小屋で祖父と一緒に住んでいた。彼女は学校でいわれなき差別に会い、卒業したらアイヌ差別のない東京に出ようと固く思っていた。両親は、車の事故で突然死をしてしまった。

 祖父の敬藏は木彫り職人である。その作品を慕って、若い男雅比古が弟子入り志願をしてきた。木彫り職人といって生計は難しく、敬藏は断った。雅比古は東日本大震災で、祖母と母を喪った。さらに、北海道に流れてくる深いわけがあった。これが物語の佳境であった。

 私はこの小説を去年の11月に読んでいたが、そのことを全く思い出さなかったのが悲しい。

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 津本陽さんは、昨年の5月に亡くなった。歴史小説の作家として、たくさんの小説を書いてきている。私が津本さんの小説を読んだのは、織田信長を書いた『下天は夢か』(1989年)や、豊臣秀吉を書いた『夢のまた夢』(1993年)、『小説渋沢栄一』(2004年)くらいのもので、あまり津本の良い読者とは言えない。どうも津本の作品には、手に取るのを控えさせる何かがある。今回手に取った小説は、2014年「読売新聞」に連載されていた著者晩年の作である。

 今回の『忍者月輪(がつりん)』には思わず引き込まれた。今や忍者ブームで、外国の観光客も忍者を目指して来日しているという。とはいうものの、歴史的には「忍者」の実態はほとんど分かっていないようだ。信長や秀吉、徳川家康が忍者を重宝に使っていたようだ。現に家康は、服部半蔵を絶えず側用人として使っていた。

 今回の忍者伝兵衛の話は、本当かどうかはわからない。そこに小説として取り上げられる余地があった。伝兵衛は伊賀忍者だったが、彼が悩んでいたのは女房との位置である。主人に忠実に仕える伝兵衛と、家庭人としての伝兵衛の乖離が面白かった。

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 このところ、医療小説として久間十義の小説を読むことが多い。今月も2作品を読んだ。基本的に、私は医療現場の話を好んで読んでいる。加賀乙彦、帚木蓬生、久坂部羊などがそれにあたる。最近、帚木蓬生の小説『閉鎖病棟』が映画化された。近く見に行ってきたいと思う。

 『限界病院』は地域医療の在り方を問う小説だったし、『聖ジェームス病院』は総合病院の中の人間模様を描いた小説だった。医療小説を書くには、ある知識がないといけない。久間十義は医療関係者じゃないが、よく勉強していたと思う。いずれも面白く読めた。

 

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2019年10月 8日 (火)

№4206 9月に読んだ本

 毎月月初めには前月読んだ本の報告をし、次月への反省としている。

 定年前に、暇になったら飽きるほど本を読もうと思っていたが、定年なって13年になるが、ほぼその生活ができているのが嬉しい。それにしても、読めば読むほどさらに読みたい本が増えてくる。読書とは、まさに無間地獄のようなものだ。

 これだけ読んでいるはずなのに、まだまだ読んでいない作家を発見できるのは一つの大きな楽しみである。どうだろうか、それでも面白い本の匂いを嗅ぎ分けられるようになった気がする。また、読んだ本のリストを見ると、大半が私の好きな作家であることに驚く。ただ、その好きな作家の本も読み尽くした感がある。なかなか次の作家へ触手が動かないのも事実だ。

 このところ、前に読んだ本を再度読むことが多い。今月も3冊が再読だった。もう20年以上も前に読んだ本は、今読んでも新鮮だ。本棚にはたくさんの小説がある。そろそろ再読されるのを待っている本もあるので、今後とも積極的に読んでいきたい。

 さて、9月は15冊・5471頁の本を読了した。まずまずの成果であったような気がする。詳しく、何を読んだのか紹介したい。その上で、2~3点の感想を述べたい。

火坂雅志『虎の城(上)(下)』(上)405頁(下)395頁 祥伝社 2004年9月刊

中村彰彦『会津の怪談』299頁 廣済堂出版 2014年9月刊

辻原登『籠の鸚鵡』316頁 新潮社 2016年9月刊

堂場瞬一『執着 捜査一課・澤村慶司』388頁 角川書店 2013年2月刊

沢木耕太郎『銀河を渡る』461頁 新潮社 2018年9月刊

赤神諒『妙麟』335頁 光文社 2019年7月刊

半藤一利『隅田川の向こう側ー私の昭和史』350頁 創元社 2009年3月刊

藤原新也『黄泉の犬』314頁 文藝春秋 2006年10月刊

久間十義『生命徴候バイタルサインあり』477頁 朝日新聞出版 2008年4月刊

乃南アサ『ミャンマー』206頁 文藝春秋 2008年6月刊

村上春樹『辺境・近境』252頁 新潮社 1998年4月刊

池井戸潤『ノーサイドゲーム』402頁 ダイヤモンド社 2019年6月刊

真保裕一『ボーダーライン』462頁 集英社 1999年9月刊

柳原和子『さよなら、日本』409頁 ロッキング・オン 2007年7月刊

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 何よりも素敵な本を読んでいるときの幸せといったらない。本書も読んでいて、読書の楽しみを味わった幸せな時間を持った。沢木耕太郎の25年間にわたるエセーをまとめた本だ。沢木と私は、ほぼ同世代である。彼の本を読むたびに、彼とは価値観が同じと感じる。今まで沢木の本は、ほとんど読んでいるのではないか。

 沢木のエセーの中心にあるのは、「深夜特急」である。彼は香港を出発して、ポルトガルまでバス旅行をした。それをまとめた旅のエセーだったが、第一巻のマカオのバカラの話がなかなか終わらない。いつ旅の話が立ち上がるのか、イライラしたものだった。本書のエセーも、基本は「深夜特急」だった。さらに、沢木の肝をなすのはスポーツだ。スポーツのエセーも、読んでいて楽しい。

 このエセー集に収緑されていた高倉健へのインタビューも出色だった。シャイで人の前に出るのが苦手な高倉健は、沢木に心を許した一人だったのではないか。その項を読んでいて、微笑ましさを感じた。

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 藤原新也も、若干年上ではあるがほぼ私と同世代である。彼の話も小説はいうよりもエセーだ。『黄泉の犬』はインド旅行の体験記が中心だ。ガンジス河の畔は聖なる川であるとともに、死者を弔う場所でもある。ヴァラナシィの川の畔には、たくさんの死者の焼き場があった。枯木を積み上げて死者を荼毘にふすのが、インドでは最高のもてなしのようだ。その焼き場の下には犬がいて、生焼けの骨を持ち去って行っていた。私には衝撃的な現場だったが、どうやら普段から行われているようだった。本書では、その話が長々と書かれていた。さらには舟を雇って向こう岸に渡り、野犬に襲われそうになった怖い経験も書かれていた。

 本書のもう一つの主題は、オウム真理教事件である。藤原は、現代の転換点となった年を1995年と思っているようだ。1月には淡路・神戸大震災があり、3月にはオウム真理教の地下鉄サリン事件があった。藤原は、この事件の背景に興味を持った。浅原彰晃は、熊本の窒素の街八代の生まれのようだ。その街を訪ねて、浅原の原点を探った。

 さらに、藤原は世を忍びひっそり生きていた浅原の兄を訪ねあて、事件の原点を解き明かそうとした。どうやら、浅原は水俣病の犠牲者の一人ではなかったのかと仮説を立てた。彼のルポライターの探究精神を大いに発揮させる一冊だった。私にとっても、1995年は忘れられない年だ。その年の初夏、Gyuちゃんとトルコを旅した。

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 池井戸潤の小説はまるで麻薬のようなものだ。一度読み始めたら止まらない。前にも報告したが、那須で読み始めたこの本は、一夜で読んでしまった。タイトルのように、ラグビー本だ。ワールドカップラグビーが日本で行われている時期に、まさにタイムリーな本だった。

 トキワ自動車の経営の中枢にいた君島が、左遷されたように工場に追いやられた。その工場の総務部長は、また、ときわ自動車のラグビー部のゼネラルマネージャーの役割も負わされた。君島には、ラグビーに対する思い入れはなかった。ただ、今後のラグビー部の中期計画を見ると、年間15億円のお金が会社から出ていた。おりしも経費削減が叫ばれている折、役員会では大問題だった。辛うじて、経営トップの鶴の一声で維持されていたにすぎない。

 どこの社会人ラグビー部も同じような環境下にあった。日本蹴球協会に改善を申し入れたが、「ラグビーは神聖なアマチュア協議で、儲けなどの議論はすべきでない」と却下された。一方ではクラブの強化、一方では協会の体質改善と、君島は奮闘した。ラグビー協会の体質は旧態依然だったが、これを読みながら、日本サッカー協会の劇的な成功を思った。

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2019年9月10日 (火)

№4178 8月に読んだ本

 毎月10日前後に、前月読んだ本の報告をして、次月に向けて反省している。

 今年になってとみに感じるのだが、少し読書力が弱くなったのだろうか。毎月最低5000頁は読もうという努力目標を立てているが、その目標を達成するのに四苦八苦している。さらに記憶力が減退しているせいか、一か月読んだ本の一覧表を打ち出してみても、ほとんど内容は忘れてしまっているのは情けない。内容は忘れても、読むことに意味を見出す始末だ。

  内容を忘れるのには、別の要因もある。一冊の本を仕上げると、読んだ本の吟味をすることもなく、すぐに次の本にかかる。結果として、今まで読んでいた本はすぐに忘れてしまう。もう少し一冊一冊丁寧に読もうと思うのだが、何しろ読むことに追われているのが現状だ。そして8月に読んだ本は、14冊・5061頁だった。ようやく目標達成という体たらくだった。

 いつものように何を読んだのか報告し、若干の本にコメントを書いてみたい。

伊兼源太郎『巨悪』424頁 講談社 2018年6月刊

桐野夏生『夜また夜の深い夜』373頁 幻冬舎 2014年10月刊

柴田哲孝『秋霧の街』347頁 祥伝社 2013年5月刊

秦建日子『アンフェアな国 刑事雪平夏見』405頁 河出書房新社 2015年8月刊

萩耿介『炎帝花山』463頁 日本経済新聞出版社 2009年12月刊

赤神諒『大友二階崩れ』278頁 日本経済新聞出版社 2018年2月刊

赤神諒『大友の聖将ヘラクレス』313頁 角川春樹事務所 2018年7月刊

藤原新也『大鮃(おひょう)』269頁 三五館 2017年1月刊

百田尚樹『フェルトゥナの瞳』361頁 新潮社 2014年9月刊

柴田哲孝『ダンサー』360頁 文藝春秋 2007年7月刊

伊東潤『真実の航路』366頁 集英社 2019年3月刊

佐々木譲『英龍伝』311頁 毎日新聞出版 2018年1月刊

村山由香『燃える波』332頁 中央公論新社 2018年7月刊

久間十義『禁断のスカルぺ』459頁 日本経済新聞出版社 2015年11月刊

Sdscn0831  日本には、まだ読んでいない作家で見落としている人が多くいると実感したのが本書である。ちなみにスカルぺとは、医療用外科のメスを指す言葉のようだ。私は医学小説が好きでよく読むが、久間十義は見落としていた。本書は内容がしっかりしていて、読みごたえがあった。

 日本には、腎臓移植を待つ人が年に2000人もいるそうだ。しかし、なかなか移植に敵した腎臓が見つからないという。一方でどんどん捨てられていく腎臓もあるらしい。その腎臓は癌化して摘出されたものである。この癌化した腎臓に目をつけたのが、主人公伊達湊病院の陸奥先生と東子先生だ。癌化した腎臓は、リペアをすると十分に移植に耐えられることを実証した。

 ところが倫理問題が持ち上がり、癌にかかった臓器を移植することに反対運動が持ち上がった。根強く反対しているのが厚労省の官僚機構であった。さらに、各地の医師会も反対に立ち上がった。それじゃ、腎臓病に苦しんでいて透析で苦しんでいる患者を救う道はあるのか。そこが、この小説の幹だった。

 不倫で婚家から追い出され義絶させられた東子には、小さい時に分かれて会うことのなかった娘がいた。その娘が、移植以外は助からないという腎臓病に苦しんでいた。母子の名乗りのないまま、娘の腎臓移植手術をする人間的なドラマでもあった。

 これからも久間十義を集中して読んでみよう。

Sdscn0779  佐々木譲も大好きな作家のひとりである。なんといっても佐々木譲の小説の嚆矢は、『ベルリン飛行指令』『エトロフ発ウナ電』『ストックホルムの密使』の三部作である。今調べてみると、もう30年も前に読んだ本だ。今でもその小説がありありと思い浮かぶからあ、よほど印象深かったのだろう。特に『エトロフ発ウナ電』は、真珠湾攻撃前夜の艦隊の緊張がよく伝わる小説だった。

 佐々木譲は、テーマに幅がある。歴史小説も書けば警官小説もよく目にする。さらにサスペンスでも傑作が多い。そして、今回読んだ本は歴史小説である。この本も『黒船』『武揚伝』『英龍伝』の三部作として書かれたものだ。英龍とは、幕末に改革者江川太郎左衛門英龍のことだ。ご存知のように、江川は品川沖のお台場を作り、外国船の排斥を企画した。ほとんどものの役には立たなかったが。

 江川は伊豆韮山の代官だった。ただ並みの代官というよりも好奇心旺盛で、韮山の反射炉を建造した。この反射炉は鉄を高熱で溶かし、鋼製造には欠かせなかった。幕末に、日本に襲来する外国船を寄せ付けないように大砲を製造するのに、鋼製造は欠かせなかった。ただ、長年太平な世に慣れている幕閣を動かすのは容易なことではなかった。

 ただ、ペリーの黒船が江戸湾に来て通商を迫るとき、江川は欠かざる人材だ。その緊張が本書からは伝わった。

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2019年8月11日 (日)

№4148 7月に読んだ本

 毎月10日前後に前月読んだ本の報告をし、印象に残った本にコメントを入れている。この記事は私の備忘録で、まさか読んでいる人はいないだろうと思っていたが、この記事を楽しみに訪問してくれている奇特な人もいるものだ。友だちのKatsuちゃんが、「シンさんが前月何を読んだのか、とっても楽しみだ。自分の読書の指針にもしている」というからありがたい話だ。

 私が読んでいるのはほとんど小説だが、これだけ読むとある傾向があるのに気が付いた。何度か申し上げているが、私は一度開いた本はどんなに詰まらなかろうが最後まで読み通している。ただ、詰まらない本を読んでいると地獄のようだ。いつまでたっても物語が立ち上がらず、ぐずぐず最後まで状況説明に終始している。今月もそういう本があった。

 目安は100頁で、100頁まででどういう物語を立ち上げるのか明らかな小説は、読むに堪える。中には、読み始めた一行目からワクワクさせる作家がいる。ただ残念ながら、そういう作家の本はほぼ読み終えてしまった。大沢在昌、佐々木譲、帚木蓬生、藤田宜永、池澤夏樹、逢坂剛などはその作家に数えられるだろうか。さて、7月は15冊・5,664頁の本を読了した。読んだ本をプリントアウトしているが、悲しいかな、月初に読んだ本の内容は忘れてしまっている。さて、何を読んだのか列記してみたい。

内田康夫『地の日天の海(上)(下)』(上)352頁(下)346頁 角川書店 2008年6月刊

横山秀夫『第三の時効』324頁 集英社 2003年2月刊

山崎光夫『サムライの国』305頁 文藝春秋 2001年9月刊

森村誠一『悪道』401頁 講談社 2010年8月刊

岡田秀文『賤ケ岳』503頁 双葉社 2010年4月刊

門井慶喜『家康、江戸を建てる』400頁 祥伝社 2016年2月刊

佐々木譲『沈黙法廷』557頁 新潮社 2016年11月刊

笹本稜平『引火点』433頁 幻冬舎 2018年7月刊

内田康夫『幻香』345頁 角川書店 345頁

岩井三四二『天下を計る』381頁 PHP出版 2016年9月刊

浅田次郎『長く高い壁』298頁 角川書店 2018年2月刊

赤神諒『酔象の流儀 朝倉盛衰記』267頁 講談社 2018年12月刊

赤神諒『大友落月記』370頁 日本経済新聞出版社 2018年9月刊

川崎彰彦『ぼくの早稲田時代』382頁 2005年12月刊

Sdscn0683 図書館の棚で何の気もなくとった本に、これはという本にばったり出会うことがある。私は著者の川崎彰彦は知らなかった。もう10年近く前に亡くなったという。川崎は、私よりも一世代先輩だ。言ってみれば「60年安保世代」にあたるかもしれない。ただ、この本を読んでいて思い当たることがたくさんあった。

 主人公穴虫昭は、上京して早稲田で学生時代を送った。1年生時代は真面目な学生生活を送ったらしいが、だんだん学校にも行かずクラシック音楽を流す喫茶店に入りびたりになっていたらしい。友達とは、音楽だけでなく酒場もふらついた。早稲田の文学部露文科は、卒業しても絶対就職できない科として有名だったようだ。同じクラスに五木寛之や三木卓などがいた。

 4年生を留年し、5年生になって切実に就職の必要が出てきた。とはいってもロシア語の単位は取れていないし、出席もしていなかった。北海道の新聞社に就職は決まったのだが、卒業することが絶対条件だった。そこで主人公が使った奥の手は、先生に泣きつくことだ。意外と先生は単位をくれた。わたしにもそういうことがあったなと思い出した。私はドイツ語をとっていたが、ほとんど出席していなかった。私もドイツ語の先生に泣きついて、単位をもらった経験がある。

 この本を読みながら、わが学生時代にことを思っていた。入学したのはもう50年も前にことである。この作家のように、1年生の頃は真面目に学校に通っていた。学校に行かなくなったのは2年生からだ。アルバイトに精を出していて、学校どころではなかった。そのころのことを考えるにつけても、懐かしさがこみあげてきた。そうだ、学生時代の同級会をやろうと決め、電話をしたのが四国に移住したJohのところだ。秋に上京すると聞き、早めに連絡を頂いたら、私が案内状を出そうと思っている。

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 赤神諒という作家は知らなかった。読書仲間のKatsuちゃんが、赤神はぜひ読むべきと何度も勧めてくれた。そんなに面白いならと手に取ったのが上記2冊だ。いずれも歴史小説だった。『大友落月記』は大友宗麟が主題の小説だったし、『酔象の流儀』は朝倉家の話だった。いずれも、辺境の地の話だ。

 『大友落月記』を読んで、話の展開はあまりピンとこなかったが、この小説には前段があり、『大友二階崩れ』がその前段なのだ。『大友二階崩れ』を今読んでいるのだが、この小説を読んで初めて大友家の力関係が分かった。前段の『大友二階崩れ』は大友宗麟の父親、大友義鑑が宗麟(幼名義鎮)を廃嫡して、愛妾に産ませた子どもを後継にしようというごたごたの中、暗殺されてしまった話だ。そして、今回読んだ本は、宗麟の国を統べる話が中心だった。物語は順序通りに読まないと、分からないね。

 さらに『酔象の流儀』は、朝倉義景の無能ぶりで信長に滅ぼされてしまう話だ。それにしても、出処進退のはっきりしない武将は滅ぶ、とはっきりさせる話だ。赤神諒の2冊を立て続けに読んだが、まだ彼の面白さは分らなかった。もう2~3冊読んでみよう。

Sdscn0611_20190811121801  歴史小説を書く人は多いね。これだけ読んでいるつもりでも、まだまだ読んでいない歴史小説家はたくさんいる。今回読んだ岡田秀文も、私には初めて読む歴史小説家だ。『賤ケ岳』というから、一見して柴田勝家が秀吉に破れる話だろうと想像した。ところがそんな単純なものではなく、本能寺の変で信長が殺された後の政治状況を詳しく述べた小説で、柴田勝家の話は本流ではなかった。むしろ秀吉の政治家ぶり、狡猾さを主題にした小説ではなかったか。

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2019年7月 8日 (月)

№4115 6月に読んだ本

 最近思うのだが、本を読んでいてどんな長編小説でも内容が面白ければどんどん進む。反対に、つまらない内容の小説は、短編でも時間がかかるものだ。詰まらなければ捨てればいいのだが、私のポリシーは一度読み始めた本は、最後まで読了することにある。一冊の本は大概2日で読み通すが、3日かかった本は失敗だ。今月はそういう小説が4冊あった。どの本とは言わないが、読み終えても内容の定かでない本もあった。こういう本を読み続けるのは辛いね。

 6月はもう少し読みたかったが、結果は13冊・5108頁だった。読書は集中力だ。昼の読書は注意が散漫する。勢い、集中できるのは夜の読書だ。ただ、野球のナイター中継があると、どうしても野球を見てしまう。さて、それでは6月は何を読んだのだろうか。

渡辺淳一『君も雛罌粟われも雛罌粟(上)(下)』(上)403頁(下)410頁 文藝春秋 1996年1月刊

内田康夫『孤道』326頁 毎日新聞出版 2017年5月刊

山崎光夫『曲直瀬道三』645頁 東洋経済新報社 2018年8月刊

森村誠一『南十字星の誓い』394頁 角川書店 2012年7月刊

白石一文『記憶の渚にて』489頁 角川書店 2016年6月刊

鳥越碧『兄いもうと』333頁 講談社 2007年7月刊

楡周平『ten』429頁 小学館 2018年9月刊

葉室麟『秋霜』316頁 祥伝社 2016年5月刊

福井晴敏『トゥレブ Y.O』335頁 講談社 1998年9月刊

藤田宜永『タフガイ』471頁 早川書房 2017年7月刊

池井戸潤『株価暴落』272頁 文藝春秋 2004年3月刊

久坂部羊『院長選挙』285頁 幻冬舎 2017年8月刊
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 私は図書館で本を借りるときには、基本的には二段組みの本は借りないようにしている。なぜなら、本を読むのになかなか頁が進まないからだ。ただ、なぜかしら本書を手に取った。この本は二段組みであり、さらに650頁弱の大作だ。どうも図書館の棚の中で、この本は「私を読んでください」と訴えているような気がした。著者の山崎光夫という人は知らなかったし、読んだこともない。しかし、挑戦してみよう。

 結果は大成功で、6月に読んだ中では一番印象深かった。曲直瀬道三という人はかすかに聞いたことはあったが、実情は何も知らない人だ。信長、秀吉、光秀が活躍する戦国時代、名医として活躍した。彼の基本的なポリシーは、誰のお抱えにもならず、権力者だけではなく、困っている人は誰でも診ようという町の医者に徹した。

 面白かったのは、彼は今の栃木県にある「足利学校」で学んだ。この学校は、全国の俊秀が集まる儒学の殿堂であった。生徒が集まるのは、そこにすばらしい教師がいるからだ。さらには仲間同士が励ましあい、お互い高みに行けるメリットもある。ただ、この学校でも抜群に秀でた曲直瀬道三だったが、医学を志したのはここの教師のおかげではなかった。田代三喜斎という優れた町医者に会ったからだ。若い頃の研鑽と旅の話が、この小説の主要なところだ。

 初めて権力者を診たのは、信長だった。信長には自分の侍医になるように勧められたが、断った。ただ、何時でもどこにでも不調な時には駆けつける約束をした。彼は敵味方関係なく、患者がいる限りどんな修羅場にも出かけた。しかも体の調子についての秘密は、誰にも洩らさなかった。敵大将の体の不調は、一番の軍事秘密だった。

 長じて京都に民間医学校を建設したが、3000人もの生徒を擁する一大学校に育った。戦国時代の歴史は、どうしても侍の活躍に目が奪われる。民間でこのように活躍した人がいたことに、蒙が啓かれる思いだった。
Sdscn0498_20190708121301  私は、このコーナーでずいぶん鳥越碧の本を紹介してきたと思う。今月もまた、鳥越碧の本を紹介したい。というのも、彼女の本は読むたびに印象に残るからだ。この小説の主人公は、正岡子規とその妹律の話だ。律は小さい頃から、「私は兄さんの嫁になるんだ」と公言していた。その思いは終生変わらなかったのか。彼女は気の進まぬ結婚を二度もして、その都度離婚していた。そして、子規が亡くなるまで献身的な看護をした。

 正岡子規は結核をこじらせ、最後は脊椎カリエスで満34歳で亡くなった。その闘病生活は悲惨なもので、拷問のような痛みを伴った。血膿、糞尿、ガーゼの取り換えから寝具の換えまで、大変な看病生活だったようだ。しかも子規はわがままで、律やお母さんにはずいぶんむごい要求もしていたようだ。

 子規は正岡家の自慢の息子で、家族は彼の要求に耐え続けた。子規の周りは、人に恵まれた。経済的には隣に住む日本新聞社陸羯南に世話になった。死ぬまでその新聞社の社員として、望外な給料が支払われていた。秋山真之、夏目漱石、森鴎外なども友だちだった。されに、弟子筋では高浜虚子、河東碧梧桐、伊東左千夫、長塚節など昭和の俳句界を作った錚々たるメンバーがいる。

 ただ、この小説の幹は、律の子規への献身だったのではないか。脊椎カリエスがどんなに痛みを伴うものなのか、現在その病が克服されてしまい、この病気で苦しむ人はいないとのことだ。

Sdscn0503_20190708124701  最近ちょくちょく森村誠一の本を読む機会が多い。森村誠一といえばすぐに思いう嗅げるのが、満州で人間の生体実験をやっていた石井部隊を告発した「悪魔の飽食」だ。話題になってもう40年にもなる。それ以来、森村のイメージは「社会派の旗手」である。刑事ものの小説もたくさん書かれているが、私が読むのはやはり時代を告発した小説だ。

 今回の小説は、戦争中シンガポールを占領した日本軍の戦時下、「世界に誇る文化財を保持する植物園」を守るために活躍した一女性外交官の話だった。祖母の富士森繭は、孫の由香にシンガポールで植物園を守る活動を知らせぬままに亡くなってしまった。由香は祖母の活動に興味を持ち、シンガポールで取材活動を続けた。

 繭がシンガポールで活動していたことを知っている人はわずかに残っていた。その取材をもとにできたのがこの小説のようだ。この小説を読むにつけても、日本がいかにむごい戦争を仕掛けたものか、改めて考えさせられた。

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2019年6月28日 (金)

№4205 一番晴れがましい日

 この日は、図書館に本を返しに行ってきた。2週間で10冊借りるのが限度だが、少々日にちが過ぎて返しに行ってきた。今回は10冊を完読して返した。何か晴れがましい気持ちだ。私が図書館に行くのは、20日に一回くらいだ。その都度、借りた本を読んだ満足感と、今度どんな本を借りることができるか希望を抱いて図書館に通う。私にとっては晴れがましい日だ。

 今回借りた10冊目は、まだ150頁くらいの読み残しがあった。図書館の閲覧室で、残りを読んだ。3時間もかかっただろうか。読んだ本は一頁二段組みの650頁の大部の本だった。こんな本でも、内容が面白ければあっという間に読んでしまう。本当に面白い本だった。
 
Sdscn0561  そして、今度また10冊の本を借りることにした。借りた本は写真に撮って、パソコンの「読書ノート」に登録する。この登録時点で、前に読んだかどうかがわかる。残念ながら、今回は3冊の本が重複本だった。重複本は跳ねておいた。

 そういえば、前日Katsuちゃんと大宮まで一緒に帰ってきた。ありがたいことに、彼は私のブログの大切な読者の一人だ。毎日私のブログを読んでくれているらしい。彼が言うには、「いろいろな記事を読んでいるが、何より楽しみなのが『読書日誌』だ」と強調していた。

 毎月10日前後に前月読んだ本の報告をし、2~3冊の感想を述べている。この記事は私の備忘録のようなもので、この記事を楽しみに読んでくれている人はいないと思っていた。ところが、例外がKatsuちゃんだ。「自分の読書の指針になり、本当にありがたい記事」とのことだ。

 私は毎月12~3冊の本を読んでいるが、彼は8冊前後とのことだ。「シンさんのような速読はできない」と謙遜していたが、まあ、それでも8冊読むのはすごいことだ。彼も読む傾向は私と同じで、時代小説・歴史小説をこよなく愛しているようだ。往々にして読書人口は減っているといわれる中、彼のような読書好きを仲間に持てるのはうれしいことだ。

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2019年6月10日 (月)

№4187 5月に読んだ本

 毎月10日前後に前月に読んだ本の報告をし、次月への反省の糧としている。この記事は定例記事で、ブログ開始以来欠かしたことがない。

   5月は下旬に東北旅行をした。そのあおりを食ったのが読書計画である。もちろん、旅行にはしっかり本を持って出かけたのだが、その一週間ほとんど読めなかった。昼は車の運転で、夜は温泉三昧だ。しかも疲れてしまって、宿で本を開くには開いたが、そのまま眠ってしまった。結果は9冊・4021頁と、最近でもこの10年来最低の読書量だった。

 それでなくとも、年齢とともに読書力の衰えを感じるこの頃である。読書は集中力だが、その集中力が続かない。しかも物忘れがひどい。今まで読んでいる本の内容が、頭の中に入ってこないのだ。歳をとると誰でもそうなのだろうが、老化現象はいかんともしがたいのだが、それでも生きている限りは頁を追いたいという決意だ。

 基本的に、図書館で本を借りて読んでいるのだが、以前に借りてきた本を再度借りてくることが多い。10冊借りるうち4冊がダブっていることもあった。10年、20年と記録を続けているとどうしても避けられない。今後、以前読んだ本でも再度読もうと決めた。

 さて、それでは何を読んだのかを報告したい。

帚木蓬生『薔薇窓』595頁 新潮社 2001年6月刊

宮本輝『野の春 流転の海第9部』405頁 新潮社 2018年10月刊

諸田玲子『月を吐く』406頁 集英社 2001年4月刊

乃南アサ『六月の雪』509頁 文藝春秋 2018年5月刊

山崎豊子『約束の海』378頁 新潮社 2014年2月刊

幡大介『騎虎の将太田道灌(上)(下)』(上)465頁(下)461頁 徳間書店 2018年1月刊

火坂雅志『天地人(上)(下)』(上)381頁(下)421頁 NHK出版 2006年9月刊

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 いきさつや事情も知らずに読む本が多い。本書も読んで見て初めて知った山崎豊子の遺作だった。彼女は2013年(平成25年)9月に亡くなったが、88歳だった。本書がその遺作とは知らなかった。

 山崎豊子は、長編作家である。記録を見ると、『沈まぬ太陽』、『華麗なる家族』、『二つの祖国』、『白い巨塔』、『運命の人』、『不毛地帯』などことごとく読んでいる。特に、日航ジャンボの御巣鷹山墜落を題材にした『沈まぬ太陽』に強い印象を受けている。どんな長編作でも、一挙に読ませてくれるのが彼女の魅力であった。ただ彼女には毀誉褒貶が激しく、盗作騒ぎで一時擱筆したこともあった。

 今回の小説は、東京湾で漁船と潜水艦なだしおの衝突事件を題材にした小説だった。話は膨らんで、主人公花巻朔太郎のお父さんは、真珠湾攻撃でハワイに出撃し、日本人初の捕虜になった人だという。そのことは、息子朔太郎には一切話さなかった。話が佳境になった時に、この小説は未完の大作だと知った。まだまだ続きを読みたかったのに、残念というしかない。

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 宮本輝の「流転の海」も長い小説だ。著者が1984年34歳で書き始めた小説だが、昨年2018年71歳で完結した。実に37年間書き続けた大長編小説だった。私の記録によると、第一部『流転の海』を読んだのは1997年10月で、いまから22年前である。その後、新作を出るのを心待ちにして読んだ。今回は、横浜の姉が買った本を借りた。

 この小説は、宮本輝のお父さん松坂熊吾と奥さん房江さんの物語だ。熊吾は愛媛県の生まれで、そこで結婚した。房江さんとの間にはなかなか子どもができなかったが、熊吾50歳の時に待望の息子伸仁を授かった。この大河小説は、この3人をめぐる家族の確執の歴史だった。熊吾はなかなか魅力的な人だったが、小説が進むに従って奥さんの房江さんの占める位置が大きくなっていった。

 いずれ22年読み続けた小説だが、もう一度最初から読んでもいいかなと思っている。

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2019年5月22日 (水)

№4168 貴重な読書空間

 最近はそれほどでもなくなったが、私はよく埼玉県民活動総合センターを利用する。自宅から車で7~8㎞のところにある。車で14~5分といったところか。この日も、午後から「桟雲の会」の定例句会が開かれる。午前中は土砂降りだった。好機とばかり、埼玉県民活動総合センターに出かけた。

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 目的は、二階にある「情報センター」である。雨のせいか、さすがの埼玉県民活動総合センターも閑散としていた。特に、目的の読書室は人っ子一人いなかった。

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 誰に邪魔されることもなく、読書三昧である。今月は読書の読了が若干遅れ気味である。さらに、今週末から北東北の旅行が待っている。一ページでも前に進めておきたい。午前10時半に読み始めて12時半まで2時間をびっしり読んだ。

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 お昼ご飯は、この施設の食堂で食べる。この食堂ではいつもワンパターンであるが、肉汁うどんを頼んだ。食堂には、句会仲間のYukoさんとTaeさんが食事を摂っていた。いい機会である、3人で「桟雲の会」の世話人体制の話をした。会の当初から私が世話人を務めているが、そろそろ交代の時期じゃないかしらと諮った。彼女たちも交代の時期ではあると認めたが、さりとて自分からとは言いだせていない。

 問題は、会報の発行である。これは誰にでもできることではない。会報発行は、引き続き私が担うことにした。それ以外の仕事を分け持ってもらいたい。渋々ではあったが、Yukoさんが引き受けてくれることになった。句会もでもその報告をした。やれやれ、ひとつづつ役を降りていけると喜んでいる。

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 句会は午後4時45分に終わった。私は引き続き埼玉県民活動総合センターに居続け、読書ルームで引き続き読書をした。お陰で、朝から200頁の本を読了した。続きは自宅のベッドで、今晩さらに100頁は読みたいと思っている。

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2019年5月11日 (土)

№4157 4月に読んだ本

 毎月前月読んだの報告をし、印象に残った本にコメントを寄せている。このブログを始めてからの定期記事だから、もう140~150回目の記事になるだろうか。一歩一歩のことながら、ずいぶん遠くまで来たような感慨を覚える。

 先日古い手帳をめくっていたら、「毎月3000頁の本を読みたいものだ」とのメモ書きを見つけた。一日100頁の本を読むのが目標だった。サラリーマン時代、帰りは必ず酒を飲んで帰ってきていたので、帰りの電車での読書はあてにならなかった。それが、今ではコンスタントに月5000頁の本を読んでいる。ひと口に5000頁というが、これが意外と大変だ。2~3日本を読むのを怠ったら、クリアできない。ぜひ、皆さんも試みてください。

 4月は大作を読んでいたので、なかなか前には進めなかった。一日を「電車読書」にあててページを前に進める努力もした。そして、月末にはどうやらこうやら辻褄を合わせた。結果はいつもの通り、14冊・5362頁の本を読むことができた。これだけ続けられているのも、「ブログの報告に恥ずかしい記事は載せられない」という思いが強いからである。ブログの効用でもある。

 さて、それでは何を読んだのか報告をし、3点の本についてコメントを付けたい。

中村彰彦『落花は枝に還らずとも(上)(下)』(上)342頁(下)336頁 中央公論新社 2004年12月刊

諸田玲子『今ひとたびの、和泉式部』357頁 集英社 2017年3月

鳥越碧『波枕、おりょう』339頁 講談社 2010年2月刊

服部真澄『エクサバイト』381頁 角川書店 2008年1月刊

下村敦史『サハラの薔薇』344頁 角川書店 2017年12月刊

柴田哲孝『早春の化石』342頁 祥伝社 2010年4月刊

楡周平『異端の大義(上)(下)』(上)414頁(下)382頁 毎日新聞社 2006年3月刊

鳥越碧『建礼門院徳子』講談社 265頁 2011年10月刊

村山由佳『風は西から』407頁 幻冬舎 2018年3月刊

内田康夫『風の盆幻想』348頁 幻冬舎 2005年9月刊

飯島和一『星夜航行(上)(下)』(上)533頁(下)572頁 新潮社 2018年6月刊

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 私は飯島和一の本はほぼ読んでいると思っていた。ところが「読書ノート」で検索してみたら、本書しか出てこなかった。彼の『始祖鳥記』、『出星前夜』、『狗賓童子の島』、『雷電本記』、『神無き十番目の夜』、『黄金旅風』などは読んでいるはずだ。もっとも「読書ノート」を正確につけ始めたのは1996年ころからである。飯島の本はそれ以前に読んだものらしい。

 今回のテーマは、豊臣秀吉の朝鮮出兵の実情を描いた歴史小説だった。秀吉の朝鮮出兵を描いた小説はたくさん読んでいるが、これほど実情を明らかにしたものを読んだのは初めてのことだ。改めて読んでみて、秀吉の朝鮮出兵がいかに無謀のものであったのか、考えさせられた。並みいる武将、商人、農民、誰からも反対されていたこの出兵、しかし面と向って止める人は誰もいなかった。

 何よりひどいと思ったのは、兵站の食料などは現地調達というので、日本から持ち込まなかった。勢い、派遣された兵隊は、現地で略奪、強奪するしかなかった。それだけにとどまらず、強姦、殺人、火付けなどが横行した。もともと派遣兵にモラルがなかったのだ。こんな戦争に勝てるわけはないよね。それでも派遣当初は、飛ぶ鳥を落とす勢いだった。何の準備もない朝鮮に襲い掛かったから、当然といえば当然だ。

 ただ、次第に朝鮮人の抵抗が始まった。さらに、日本から派遣された兵隊も抵抗勢力として勢いをつけてきた。主人公沢瀬甚五郎の生い立ちも詳しく記されていた。徳川家康の長男信康の家来だったが、信康が切腹を命じられ、遁走した。九州で商人をやっていたが、親しい武将に従い、朝鮮に渡った。現地のあまりのひどさに、反秀吉に転じた。いずれ1100頁の大作で、十分読みでがあった。

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 楡周平の本もたくさん読んでいる。それこそ毎月一冊は読んでいるのではないか。読んでも読んでも彼の小説は尽きない、というのがいい。彼のテーマは多岐にわたる。スリラーあり、ハードボイルドあり、アクションありの多彩な作家だ。しかし、今回は珍しくサラリーマン小説だった。

 シャープ電気を思わせる「東洋電機」に勤務する主人公高見は、業績不振で岩手工場の閉鎖の作業に当たる。彼は会社の窓口になり、解雇交渉にあたったが、そこには東北特有の問題があった。再雇用先がない、勤めるのは農家の長男で農業では飯を食っていけない、日本市場の競争力の低下などだ。

 本書のテーマ「大義」は、企業にとって都合のいい大義ではあるが、人員削減、非正規雇用に苦しむ労働者にとっては、生活苦以外の何物でもないという現実を突きつける小説であった。
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 鳥越碧の本は、読むたびにここで取り上げている。それほど彼女の小説は、インパクトが強い。この小説のサブタイトル「おりょう秘抄」は、坂本龍馬の女房おりょうが龍馬暗殺後どのような生活を送ったのかを追った小説だった。そういえば、龍馬存命中は颯爽と登場したおりょうは、その後どうしたのか誰も追っていなかった。

 どうやら、ひたすら龍馬の妻であったことを隠し、小商人の妻として片隅に生きていたようだ。ただおりょうの後半生は、ひたすら龍馬の思い出に生きたようだ。龍馬とおりょうの関係はわずか3年だったが、それを胸に抱いて生きるにはその期間で十分だった。純愛小説だった。

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