カテゴリー「読書日誌」の104件の記事

2020年3月18日 (水)

№4469 「電車読書」の新たな方向

 新型コロナウィルスの影響で、ほとんどのスケジュールがキャンセルになっている。何の行事もないと、このブログも記事を書くのに困ってしまう。この日は、昨日の私の行動を書きたい。

 スケジュールがキャンセルになっても、毎日一定程度は歩くようにしている。朝、さて今日はどこに行こうかと考える。歩行距離と昼食と読書に満足できるのが、隣駅の東大宮駅まで歩くことだ。隣駅までは約6500歩、4.5㎞である。前にもお話ししたが、駅前にお気に入りのラーメン屋がある。今日もお気に入りのコースを歩くことにした。

 行き付けのラーメン屋は、すっかり顔馴染みになってしまった。常連客には特別にトッピングがつく。私がいつも頼むのは、モヤシの増量サービスである。ラーメンの盛も普通注文で盛りが多く、一杯食べるとお腹いっぱいになる。

 さて、東大宮駅から電車に乗る。以前は下りに乗り、宇都宮まで行っていた。そうだと思い、上り電車に乗ってみた。宇都宮線は、上りの行き先は小田原か熱海である。上り電車で片道100頁読む駅まで行こう。ちょうど平塚駅まで行くと100頁になる。帰りも100頁読め、都合200頁読んでしまう。しかも、電車読書は安くて、読書に集中できる。

 正確にいうと違法なのだろうが、約2時間半電車に乗り、電車賃は180円くらいと安い。お気に入りの喫茶店で本を読むと、せいぜい1時間半程度で尻がもぞもぞしてくる。しかも500円から600円のお茶代がいる。別にコーヒーを飲みたいわけでもないので、喫茶店に入るなら電車に乗っているのが気楽だ。ラーメン代と電車賃で、一日1000円で済むのがいいね。

 この日も平塚往復をしてきた。目標の200頁読了だった。このおかげで、今月は読書がえらくはかどっている。家を出てから帰って来るのが遅かったので、女房が「どこに行ってきたの」と聞いてきた。電車で平塚まで行ってきたと話したら、呆れていた。

【3月17日の歩行記録】5,244歩 3.5km

 

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2020年3月14日 (土)

№4465 こんなところまでコロナの影響が

 図書館に行ってきた。前回借りた10冊の本を読み終えたので返却をし、新たにまた10冊借りるつもりでいた。さてどんな本を借りられるのか、毎度のことながらワクワクしながら歩いて行った。ところが図書館は閉館だった。コロナウィルスの影響で、今月いっぱい閉めるのだそうだ。エッ、聞いていないよ。今回借りた本はすべて読んでしまった、さてどうしよう。とりあえず、図書館には本を返してきた。

Photo_20200314114901  まあ、自宅の在庫本を再読するか。なるべく厚めの本を5冊ほど本棚から引っこ抜いた。ところで、引っこ抜いた本はいつ読んだのか検索してみた。今日はその報告をしたい。私の本棚にある小説は、そのほとんどが一度読んだきりのものが多い。私の「読書ノート」は、1991年から30年間にわたる3487冊のリストになっている。2000年ころからは今のスタイルになったが、当初は読んだ本のリストだけで読了日の記録がない。

 まず、先日感銘を受けた馳星周の処女作『不夜城』を取り出した。果たしていつ読んだのか検索してみた。まだリストが完備していない1997年ころに読んだ本のようだ。奥付の日付は、平成八年九月三十日となっていた。私の好きな馳星周の処女作をもう一度再読してみよう。

 さらに取り出したのが、船戸与一の『蝦夷地別件(上)(下)』だ。この本は2段組で、上下合わせて1120頁もある大作だ。これも前に完読したはずだが、果たしていつのことだろうか。やはり検索してみたら、2007年12月から2008年1月にかけて読んでいた。船戸与一は、惜しいかな2015年4月に亡くなった。私より2歳年上だったので、結構若くして亡くなったのだ。彼の処女作『砂の上のクロニクル』もどこかにあるはずだが、これは探すのが大変なのでやめた。船戸の畢生の名作「満州国演義(全9巻)」もいずれ再読してみたい。

 池澤夏樹も私の大好きな作家だ。久し振りに読んでみようと取り出したのが『マシアス・ギリの失脚』だ。この本も535頁の大作だ。奥付は1993年6月となっていたが、読んだのは2006年7月となっている。しばらく本棚に眠っていたのだろうか。池澤夏樹の本で今でも忘れられないのが『静かな大地』だ。この本も、「読書ノート」を検索すると、どこかの本棚に眠っているようだ。

 佐々木譲の『勇士は還らず』も目に付いて、本棚から取り出した。どうしても取り出すのは、私の好きな作家だね。1997年11月の奥付があるから、23年前に読んでいるのだろう。もちろん、内容は覚えていない。佐々木譲の本もたくさん読んだが、なんといっても面白かったのが、第2次大戦三部作というべき『エトロフ発緊急(ウナ)電』だったね。この本を検索してみたが、リストにはなかった。ということは1991年以前に読んだのだろうか。自宅のどこかにあるはずだ。

Sdscn2019  図書館休館で、思わぬ本棚探しが楽しかった。

【3月13日の歩行記録】5,253歩 3.5km

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2020年3月10日 (火)

№4461 2月に読んだ本

 毎月読んだ本の報告をするこの記事は、このブログ始めて以来の習慣だ。もう12年にもなるが、この報告は欠かしたことがない。今日も2月に読んだ本の報告をしたい。

 2月は、毎年緊張して迎える。というのも、例月に比べて短いからだ。今年は閏年で一日多かったが、それでも短い。一日150頁~200頁読んでいるものにとって、その一日が大切だ。例えば2日短いとすると、300~400頁例月より読書時間が短い。最近、私の読書は最低目標の月5000頁読了をぎりぎりでクリアしているので、今年は月が改まってから読書スピードを上げた。結果は、14冊・5498頁の本が読めた。目標クリアである。

 老人の暇な時間を送っているものにとって、読書は何よりの楽しみである。老婆心ながら、読書をしない老人は毎日何の楽しみをもって普段の生活を送っているのだろうか。ともあれ、周りに本があると精神が安定するから不思議なものだ。本はどんどん飛ばして読んでいるので、読んだそばから忘れていく。まあ、それでもいいかなと思いながらの読書生活だ。

 2月はこういうエピソードもあった。遊びに来ていた孫のRukaが、「ジジ、何か面白い本はないの」という。最近読書にはまったらしい。うん、いい傾向だ。自宅にはいくらでも本があるので好きなものを持っていくようにと、本棚に案内した。なんやら10冊ばかり選んでいたようだ。そうだ、私のとっておきの本を貸そうと取り出したのが、沢木耕太郎『深夜特急』三部作だ。他の本はあげるが、著者サイン入りの『深夜特急』だけは返すように言っておいた。

 それでは、2月は何を読んだのかを報告し、2~3冊について軽い感想を述べたい。

篠田節子『銀婚式』313頁 毎日新聞社 2011年12月刊

新城カズマ『島津戦記』428頁 新潮社 2014年9月刊

北原亞以子『化土記(けとうき)』365頁 PHP研究所 2014年11月刊

門井慶喜『屋根をかける人』365頁 角川書店 2016年12月刊

熊谷達也『我は景祐』490頁 新潮社 2019年11月刊

佐藤賢一『アメリカ第二次南北戦争』443頁 光文社 2006年8月刊

柴田哲孝『異聞・真珠湾攻撃』467頁 祥伝社 2018年7月刊

古川薫『斜陽に立つ』424頁 毎日新聞社 2008年5月刊

福田和代『迎撃せよ』389頁 角川書店 2009年1月刊

久間十義『デス・エンジェル』291頁 新潮社 2015年10月刊

馳星周『雨降る森の犬』418頁 集英社 2018年6月刊

鳴海風『ラランデの星』392頁 新人物往来社 2006年8月刊

鳥越碧『秘恋 日野富子異聞』357頁 講談社 2014年12月刊

堂場瞬一『十字の記憶』356頁 角川書店 2015年8月刊

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 私は馳星周の本はたくさん読んでいる。その作品のほとんどがノアール小説(暗黒小説)としてである。彼の小説では、簡単に人の殺し合いをやる。実際はそんなことはあり得ないと思いながら、胸湧き躍らせて読む。ノアール小説は、「謀略戦、騙しあい、外国人マフィア、やくざ、不良少年といった暗黒社会の住人が登場人物のメイン」である。馳は、もっぱらそういう小説を書く作家だと思っていた。

 ところが、今回読んだ小説はガラッと変わった話で、馳にこういうテーマがあるのに驚いた。しかも、私にとっては大好きなテーマだった。これだけ小説を読んでいても、寝る間も惜しんで読むものなどそんなにはない。しかし、この小説はそれこそ寝ないで読んだ本だ。読書の楽しみを十分に味わえた。

 内容は、家庭内の葛藤を抱えた中学生の雨音(あまね)という少女と、これも若い後妻とうまく行かない大金持ちの家の高校生の少年正樹が、バーニーズ・マウンテン・ドッグという犬を介して癒されていくという話だ。これに介在していたのが、雨音の山岳写真家の叔父道夫である。彼は基本的にあまり人の生き方に関与せず、あるがままに生きろというスタンスだ。山の生活と、イヌとの共同生活の中で次第に成長する姿が、読むものにほっとさせてくれた。

Sdscn1916 この本のサブタイトルは、「乃木希典と児玉源太郎」である。基本的には、乃木希典が偉大な将軍だったのか、それとも愚将であったのかを検証する小説だった。私は、古川薫という作家の本を読むのは初めてのことだ。この本は、先日那須に行って乃木神社を訪ねたもとになる本だ。

 面白かったのは、司馬遼太郎が彼の小説『殉死』や『坂の上の雲』などで乃木希典を盛んに酷評していた。特に日露戦争の最大の山場、203高地の攻略について、口を極めてその無能ぶりを非難した。司馬のこの小説の影響もあったのか、私の中でも乃木希典がとんでもない凡庸な将軍、という固定観念がある。司馬は、また長州人の無能ぶりを口酸っぱくののしっている。

 古川の小説は、むしろ乃木希典をかばうような話だ。司馬があれだけ乃木を非難するのはかわいそうだ。むしろ非難されるべきは、東京にあった大本営(その当時は大本営とはいっていなかった)の作戦指揮の将軍どもだ、というのである。むしろ現場指揮者としての乃木は、本部の指令に逆らって頑張ったと述べている。まあ、これは歴史の検証に待たざるを得ないね。

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 鳥越碧の本は、目につく限り読んでいる。彼女は、歴史に残る女性の生き方に肯定的に物語を進めている作家だ。今まで読んだ鳥越の本を振り返ってみると、『和泉式部』、『一葉』、『漱石の妻』、『兄いもうと』、『花筏』、『波枕おりょう秘抄』、『建礼門院徳子』、『めぐり逢い 新島八重』などがあげられる。

 『漱石の妻』では天下の悪妻といわれた夏目鏡子をかばう立場だったし、『兄いもうと』では正岡子規の死の病床で懸命に看病するいもうとの話だった。『波枕おりょう秘抄』では、坂本龍馬の死後の彼女への追跡が印象に残る小説だった。『めぐり逢い』でも、新島八重の生き方に共感を覚えた。鳥越は、女性をかばう立場にいると感じた。

 今回の小説『秘恋』は、後世に悪女とされた足利幕府第八代将軍義正の正妻日野富子の恋の小説だった。古代や中世の小説はあまり資料が残っていないから、自由に発想を飛ばして書ける。小説としては面白かったが、本当にこういうことがあったのかどうかはわからない。

【3月9日の歩行記録】9,339歩 6.3km

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2020年2月10日 (月)

№4432 1月に読んだ本

 毎月の月初には前月読んだ本の報告をし、若干の感想を述べている。このブログを始めてからの習慣で、この頁がないと毎月が締まらない感じだ。あまり上手でもない感想文は、読者には退屈だろうが、しかしこの頁を楽しみにしてくれている方がいるから、奇特なものだ。

 私の現在の生活の中心にあるのは「読書」である。アル中とはいうが、本の中毒ってあるのだろうか。まあ、本の虫という言い方はある。どこに行くにも本を持って出かける。目的地によっては、一冊読み終えると思うと二冊目をカバンに忍ばせている。本が切れるというのは、アルコールが切れると同じようなものだ。

 本を読むのに、ある目標を持っている。毎月6000頁は読みたいと思っているが、それはなかなか難しい。最低でも5000頁は読もうと思っているが、辛うじてそれはクリアできている。途中何頁読んだのかカウントしながら、今月は予定オーバー、今月は足りないぞなどとぶつぶつ言っている。さて1月はどうだったのだろうか。14冊・5223頁を読んで、辛うじて目標クリアだ。

 それでは、何を読んだのか報告したい。

桐野夏生『路上のX』462頁 朝日新聞出版 2018年2月刊

門井慶喜『かまさん』462頁 祥伝社 2013年5月刊

神林長平『先をゆくもの達』327頁 早川書房 2019年8月刊

佐伯一麦『空にみずうみ』398頁 中央公論新社 2015年9月刊

内田康彦『北の街物語』334頁 中央公論新社 2013年8月刊

伊東潤『横浜1963』309頁 文藝春秋 2016年6月刊

楡周平『青狼記』471頁 講談社 2000年7月刊

柴田哲孝『Mの暗号』386頁 祥伝社 2016年10月刊

小手鞠るい『星ちりばめたる旗』ポプラ社 2017年9月刊

門井慶喜『シュンスケ!』349頁 角川書店 2013年3月刊

高樹のぶ子『格闘』362頁 新潮社 2019年7月刊

真保裕一『ローカル線で行こう』429頁 講談社 2013年2月刊

久坂部羊『カネと共に去りぬ』284頁 新潮社 2017年11月刊

佐江衆一『兄よ、蒼き海に眠れ』279頁 新潮社 2012年3月刊

Sdscn1786  最近、好んで門井慶喜の本を読んでいる。彼の名前「慶喜」は、徳川最後の将軍徳川慶喜と同じだ。彼の著書でも述べているのだが、親が名付けたその慶喜を気に入っているらしい。彼は推理小説作家となっているが、私が読むのはもっぱら歴史小説だ。今月読んだ本『かまさん』も、幕末の榎本武揚を描いた小説だったし、今回の『シュンスケ!』は伊藤博文の青春時代を描いたものだ。

 伊藤博文は、日本最初の首相として有名だ。さらに帝国憲法発布や議会の創設者としても名前が知れている。しかし、意外と歴史小説の舞台に載ってこない人物だ。もしかしたら、彼は朝鮮で暗殺され、そのことでイメージが悪くなっているのかもしれない。伊藤博文の幼名は、伊藤俊輔だ。この小説は、その俊輔の青春時代を描いていた。

 幕末には、長州に俊英が集まった。吉田松陰を筆頭に高杉晋作、木戸孝允、井上馨、山縣有朋など枚挙にいとまがない。なかでも吉田松陰は、長州本では神様のように描かれているのがほとんどだが、著者は俊輔をして「完全に狂人の相」と言わしめている。錚々たる志士の下働きをしながら、時代への目を養っていった俊輔は、井上馨(聞多)とイギリス密航を企てる。

 その当時は攘夷が世の中を占める精神だったが、西欧文明に触れた俊輔にとっては、目を見開かされる思いだった。

Sdscn1788  小手鞠るいという作家の本を読んだのは初めてだ。この小説は、アメリカ移民の一世がどれほど苦労してその地位を獲得していったか、その地位も日本の真珠湾攻撃で藻屑となって消えてしまったかを描いた小説だ。

 日本の無謀な戦争が、こんなところまで影響を及ぼしていたのだとあらためて思った。1916年(大正5年)、岡山から単身アメリカに渡った主人公大原幹三郎は、辛うじてアメリカでの地歩をえた。写真花嫁として、日本から佳乃が渡ってきてようやく一家をなした。当時は、アメリカの日本人排斥運動が盛んだった。ようやくメロン農家として生計を成り立たせることができ、幹三郎は、さらに不動産業にも手を出した。

 そうした中での真珠湾攻撃は、アメリカ在住の日系家族の生活を破壊してしまった。二世、三世は汚名を雪ぐべくヨーロッパの最前線に出された。その酷さを教えてくれる小説だった。

Sdscn1792  自宅には、たくさんの小説の在庫がある。だが、今読んでいるのはほとんどが図書館で借りている本だ。自宅の小説はすでに読んでいるので、再読はしない。ところが、時々手元にある図書館の本が読み終わって、手元に切れてしまう。その時に、本棚にある面白そうな本を探している。本書は、奥付の刊行月を見ると2000年7月刊になっている。20年前に読んだ本だ。

 再読してみると新鮮だった。内容は新しく読んだ本と何ら変わりがない。これは、家の中の本を時々読み返す必要があるなと痛感した。今なお精力的な制作活動を続けている楡は、20年前も変わらず光り輝いていた。

 小説の舞台は、中国の中世だ。大陸が湖朝・宋北・華感・奉金・楽天に分かれていた時代、一番小さな国楽天をどう生き延びさせるのか、その駆け引きを巡る話だった。楡周平がこういう歴史小説を書くのは珍しい。

【2月9日の歩行記録】5,805歩 3.9km

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2020年1月17日 (金)

№4408 2019年はどれだけ読んだか

 毎年の年初には、前年に読んだ本の報告をしている。何度も言うようで申し訳ないが、私は読んだ本の「読書ノート」を記録している。そして、月次、年次の「読書記録」もつけている。ちなみに、読書ノートは、一番古い記録は1991年(平成2年)であった。もちろんその前から本は読んでおり、そのノートを見ると3670冊の記録である。

 さらに、「読書記録」を繙くと、きちんとこの記録をつけ始めたのは2003年であった。17年間の月次、年次記録が残っている。私が定年退職したのは2006年11月である。退職以前は年間100冊程度の本を読んでいたが、退職後数年は年間140~150冊程度、そしてこの7年ほどは年間160冊以上の本を読んだ記録がある。

 最高に読んだのは2018年の171冊であった。さすがそこまでの水準まではいかなく、2019年は163冊、63,355頁の読了で終わった。一ヶ月平均では13.6冊、5,280頁である。最近では高齢とともに目がかすみ、読書に難儀することも多くなった。ただ、私は近眼なので、眼鏡をはずすと活字を追うことができる。老眼の人は老眼鏡をかける必要があり、それで本を読むのをやめたという話を聞く。

 さて、それでは誰の本を多く読んだのか、作家別の調査をしてみた。トップ10は以下の通りだった。

①内田康夫 8冊

②楡周平 6冊

②久坂部羊 6冊

②赤神諒 6冊

⑤堂場瞬一 5冊

⑤鳥越碧 5冊

⑤柴田哲孝 5冊

 以下4冊読んだ作家は、馳星周、佐々木譲、村山由佳、火坂雅志の4作家だった。

 ジャンルとしてはどういう本を読んでいるのだろうか。やはり一番は歴史小説である。ざっと数えてみたら42冊あった。4分の一が歴史小説だ。結構ミステリーも読んでいるが、最近ミステリーと純文学の境がなくなっている。

 それではどういう本が印象に残ったか、書名を上げてみたい。帚木蓬生『襲来』、飯島和一『星夜航行』、山崎光夫『曲直瀬道三』、門井慶喜『家康、江戸を建てる』、赤神諒の大友もの、梶山三郎『トヨトミの野望』『トヨトミの逆襲』などであった。2019年1月1日から12月31日までの一覧表を打ち出してみたが、年初の本はほとんど覚えていないが、年末に読んだ本は印象に残る。

 ただ、2019年の一番といったら山崎光夫『曲直瀬道三』ではなかったかな。645頁の大作ったが、一挙に読んでしまった。

 2020年に入り、読書は順調に進んでいる。私の今現在の唯一の楽しみは「読書」だ。さていつまで続くものやら。

【1月16日の歩行記録】9,186歩 6.2㎞

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2020年1月 8日 (水)

№4399 12月に読んだ本

 毎月の月初めに、前月読んだ本の報告をし、次月への反省としている。この記事はブログを始めた当初からの定例記事だから、もう12年も続いている。このブログの良いところは、皆さんに報告することによって、自分を鼓舞し発破をかける要素があることだ。読者に恥ずかしい報告はできない、と常々思っている。

 何事でもそうなのだろうが、本を読むのにはバイオリズムがあるね。ドンドン読める時とほとんどはかが行かない時がある。これって何なんだろうかと時々思ってしまう。それが、面白い本を読んでいる時もつまらない本を読んでいる時も同じである。読書の一番の峠は、100頁だ。100頁を超えると勢いで読んでしまうが、その頁が遠い時がある。その時の特効薬が「電車読書」だ。電車に乗ると、いやでも応でも読まざるを得ない。

 さて、12月は15冊・5785頁の本を読了した。いずれ2019年の読書総括の時に述べたいが、昨年の中では高水準の読書量だった。11月と12月は、昨年の低水準の読書量にギアを上げて、なんとか一年間の体裁を保った形になった。というのも、いつもその月に何頁読んだか、その年はどうだったかを睨みながら本を読んでいるからだ。

 それでは12月に何を読んだのか報告し、2~3冊の感想を述べたい。

柴田哲孝『銀座ブルース』292頁 双葉社 2009年7月刊

大沢在昌『俺はエージェント』517頁 小学館 2017年12月刊

植松三十里『帝国ホテル建築物語』333頁 PHP研究所 2019年4月刊

熊谷達也『浜の甚兵衛』333頁 講談社 2016年11月刊

梶山三郎『トヨトミの野望』381頁 講談社 2016年10月刊

梶山三郎『トヨトミの逆襲』285頁 小学館 2019年12月刊

楡周平『クーデター』493頁 宝島社 1997年3月刊

佐伯一麦『還れぬ家』441頁 新潮社 2013年2月刊

柴田哲孝『GEO Great Earth Quake』433頁 角川書店 2010年2月刊

藤田宜永『銀座 千と一の物語』391頁 文藝春秋 2014年3月刊

本城雅人『時代』413頁 講談社 2018年10月刊

村山由佳『はつ恋』249頁 ポプラ社 2018年1月刊

好村兼一『いのち買うて』411頁 徳間書店 2016年5月刊

久坂部羊『祝葬』270頁 講談社 2018年2月刊

奥田英朗『無理』543頁 文藝春秋 2009年9月刊

Sdscn1554  12月に最も夢中で読んだのが、梶山三郎『トヨトミの野望』『トヨトミの逆襲』であった。梶山三郎とは誰なのか。著者紹介では、経済記者で覆面作家とある。読んでいると、某大手経済新聞社の記者であろうことがわかる。『トヨトミ』という題だが、これも一見してトヨタ自動車の権力闘争を書いた小説だと分かった。現在進行形の経済小説なので、匿名にしたのだろうか。

 こういう経済小説というのは、事情が分かると面白いね。この小説はほぼ事実に則って書かれているようだが、フィクション経済小説を書く池井戸潤の小説なんかも面白いね。この小説を読みながら、トヨタ自動車の歴代社長を検索した。本当に感心してしまうが、ネット情報にはありとあらゆるものが載っている。「トヨタ自動車 歴代社長」の検索で、名前がずらっと出てくるのは、この小説を読むのに役立った。

 『トヨトミの野望』は、主としてトヨトミの社長を巡る権力争いが描かれていた。豊田家に刃向った社長は誰なのか検索してみたら、どうやら第八代社長の奥田碩のようだ。豊田家は、トヨタの株を2%しか持っていないようだ。しかし、あらゆる経営企画に口を出していた。豊田家を棚上げしようとしたクーデターに、内部情報で奥田は外されていった。

 あまりにも面白かったので、発売直後の『トヨトミの逆襲』も買ってすぐに読んだ。この新刊は、現社長豊田章男を巡って書かれた小説で、2022年までの未来小説でもあった。現在世界のトップ企業でもあるトヨタの、今後の行く末を見通して非常に面白かった。この小説は、二冊一緒に読んだ方がいいね。

Sdscn1442 Sdscn1635  最近、好んで柴田哲孝の本も読んでいるね。私は当初柴田哲孝をノンフィクション作家だと思っていた。最初に柴田の本を読んだのは、『下山事件』、『下山事件 暗殺者たちの夏』、『中国毒』などをを読んでいたからである。ところがどうやら最近柴田の読む本は、ほとんどがフィクションだ。

 『銀座ブルース』は戦後すぐの銀座に材をとりながら、小平事件、帝銀事件、昭和電工疑獄、下山事件などの大事件を読み解いていくハードボイルド小説だった。私にはなじみの太宰治や刑事平塚八兵衛なども出てきて、ノンフィクション仕立てになっていたが、矢張りフィクションだね。

 『GEQ』は、それこそとんでもないフィクション小説だった。題名からわかるように、この小説は大地震の話だった。刊行が2010年の本だから、まだ「東日本大震災」が起こる前年の話だ。主に取り上げられている地震は、1995年に起きた「神戸・淡路大震災」だ。この地震を含め、インドネシアのアチェ大地震、イタリアの地震などは皆某大国の謀略により、人為的に起こされたものだという小説だった。ばかばかしい話だとは思いながら、面白く読んだ。

Sdscn1636_20200107130001  読んでいてほっこりさせられるのが、佐伯一麦だ。佐伯一麦(和美)の小説にはあまり大きな出来事はない。いわば、佐伯家を巡る私小説のようなものだ。そんな何もない小説の中にも、矢張り小さいながらも山や谷がある。

 佐伯は仙台生まれで、今での仙台に住んでいるのではないか。一時は父親と対立して関東に仕事を求めていたが、父の認知症で仙台に帰ってきた。やがて父は死に、東日本大震災に見舞われた。父の死も大震災も、きしくも3月11日だった。妻との家庭内些事を語る話も好ましい。

【1月7日の歩行記録】8,286歩 5.5km

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2019年12月16日 (月)

№4375 大量のダブリ選書

 以前からお知らせしているように、私が読んでいる本は大半が市立図書館で借りてきたものだ。一度に10冊・2週間が限度だ。私は、絶えず10冊の本を借りてくる。選書は、私の好きな作家、時代小説、恋愛小説、面白そうな題名の本など雑多だ。ただ、私の好きな作家の本は、ほぼ読み尽くしてしまった。それがこのような現象に現れるのは、困ったことだ。

 12月上旬もこういうことがあった。いつものように10冊借りて自宅に持ち帰り、借りてきた本の登録をした。まずは表紙画像をカメラで撮り、Excelで管理する「読書ノート」に記録をつける。Excelのデータは優れもので、書名を登録した時点で、その本が既に登録されているかどうかがわかる。10冊登録したのだが、その内の6冊がすでに読んでいた。

Sdscn1522 Sdscn1521  癪に障るので、読んでしまった本がいつ読了になったのか調べてみた。例えば、佐々木譲の『回廊封鎖』は2015年の5月読了はまだいいとしても、小池真理子『死の島』は2018年11月と、1年前に読んだばかりの本だ。私の選書は、表紙を見て読んだかどうか記憶するのだが、どうも読んだことがあるような気がする本は、自宅に帰って登録するとほとんど読んでいる。

Sdscn1626  今回借りた10冊のうち、未読の本は4冊だけだった。その本も早々に読んでしまい、まだ返すのは癪と自宅の本棚から本を取り出して読んだ。たまたま、楡周平の本が5冊並んでいた。その中から『クーデター』を取り出して読んだ。奥付を見ると1997年、22年前の本だった。すでに読んでいるはずなのに、新鮮で以前に読んだ本だとはとても思えなかった。わが家には大量の小説がある。なにも読むものがない時には再読もありだね。

Sdscn1629 Sdscn1630 Sdscn1632 Sdscn1634  さて、図書館に10冊返し、改めて10冊借りた。なるべく前に読んだ本を借りるのは避けようと、慎重に選書した。自宅に帰って、借りてきた本の登録をした。なんと慎重に選書したはずなのに、今回も4冊の本がダブっていた。諸田玲子『風聞き草墓標』は2018年7月に読んでいたし、山本兼一『神変』は2014年10月、久間十義『刑事たちの聖戦』は2018年10月、堂場瞬一『執着』はなんと今年の9月の読んだ本だ。

 どうも堂場瞬一は、選書するのに苦手だ。図書館には堂場物がたくさん並んでいる。どれが既読でどれが未読なのかよくわからない。そして、これまで借りてきた本のほとんどが既読である。今度、堂場の読んだ本の書名をメモに書いて、選書に役立てたいと思うほどだ。今回借りてきた本は、お正月過ぎまで読む本だ。とにかく読むものがたくさんほしい。既読の4冊をすぐに返却し、さらに新しい4冊の本を借りてきた。

Sdscn1640  笑うなかれ、その内の1冊がすでに読んでいた。小谷野敦『馬琴綺伝』は2017年11月にすでに読んでいた。

【12月15日の歩行記録】7,589歩 5.1㎞

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2019年12月11日 (水)

№4370 11月に読んだ本

 このところ、私の日常生活の中心をなすのが『読書生活』である。本に対する思い入れもひときわ強くなったような気もするし、今では読書のない生活は考えられない。ひところ、「目がつぶれるほど本を読みたい」と思っていた時期があったが、つぶれるほどではないが、それに近い生活ができて満足している。

 例年、11月に海外旅行をしている。今年も上旬に9日間ほどタイ旅行を楽しんできた。私にとっての海外旅行は、別の側面でいっても読書旅行でもある。行き帰りの飛行機の中は集中できる読書空間だし、旅先のホテルではテレビも見ないし、夜遊びをするわけでもない。ほとんどがベットに寝転んで本を読んでいる。そのせいか贅沢な海外旅行では、例年11月の読書量は増えている。

 ただ、旅行鞄に主にガイドブックと文庫本を忍ばせていくのだが、本の重さは馬鹿にならない。今年も、重量オーバーで6000円の課徴金が課された。今回は、ガイドブックを含めて8冊ほどの本を持って行ったが、帰りの課徴金を恐れて読んだ本とガイドブックは部屋に置いてきた。4~5冊ほどだったろうか。結果として、この11月は14冊・5969頁の本を読了した。例月の一割ほど多い読書量だった。

 いつものように何を読んだのか列記し、2~3冊についての感想を述べたい。

恩田陸『蜜蜂と遠雷(上)(下)』(上)454頁(下)508頁 幻冬舎文庫 2019年4月

白石一文『光のない海』406頁 集英社文庫 2018年5月刊

池井戸潤『花咲舞が黙っていない』428頁 中公文庫 2017年9月

逢坂剛『墓標なき町』506頁 集英社文庫 2018年2月刊

馳星周『淡雪記』628頁 集英社文庫 2014年3月刊

浅田次郎『神坐ます山の物語』250頁 双葉社 2014年10月刊

久坂部羊『悪医』293頁 朝日新聞出版 2013年11月刊

佐伯一麦『山海記』262頁 講談社 2019年3月刊

門井慶喜『東京帝大叡古教授』459頁 小学館 2015年3月刊

佐々木譲『獅子の城塞』557頁 新潮社 2013年10月刊

内田康夫『萩殺人事件』488頁 光文社 2012年10月刊

伊東潤『吹けよ風呼べよ嵐』386頁 祥伝社 2016年3月刊

赤神諒『戦神(いくさがみ)』344頁 角川春樹事務所 2019年4月刊

Sdscn0999 本書は、2017年に「直木賞」と「本屋大賞」のダブル受賞した本である。前々から読みたいと思っていたが、単行本は分厚い二段組みで、手に取るのに躊躇していた。幸い文庫本が出たので、海外旅行に持っていく打ってつけの本として買った。上下合わせて960頁ほどの本だったが、(上)は行きの飛行機で、(下)はホテルのベッドで読んだ。

 ダブル受賞したからにはさぞかしや面白かろうと期待したのだが、意外と地味な内容の本だった。「芳ケ江ピアノコンクール」に出場した風間塵という少年を巡る話だ。彼の父親は養蜂家で、塵の周りにはピアノなどなかった。絶えず蜂蜜を求めて旅をする日常だった。そんな少年がなぜピアノなどと思ったが、塵の師匠故ホフマン先生が保証するピアノの天才だった。日常ほとんど練習する環境にないピアニストが、果たしてコンクールに出る資格などあるのだろうか。

 この文庫には、担当編集者のあとがきが付いていた。恩田陸は、この小説を書くのに大変苦労していたというのだ。しばしば締切が守れず、遅れに遅れた。多分、この小説をどう展開するのか、随分恩田は迷ったのだろうね。それがこんな大作に生まれ変わり、売れに売れた。小説というのは、分からないものだ。

 恩田陸は多作な作家だ。ただ、私が今まで読んで印象に残ったのは『夜のピクニック』だったな。「読書ノート」を繙いてみると10作ほど読んだと出ていたが、『夜のピクニック』以外は印象に残っていない。

Sdscn1441_20191208121001  浅田次郎の小説は、良い本とつまらない本が極端だ。ほとんど冗談だけで頁を埋めている本があるが、私はそんな本は嫌いだ。ただ、浅田の歴史をきちんと描いている本は面白い。例えば『蒼穹の昴』、『輪違屋糸里』、『王妃の館』などは夢中で読んだ。一概に言って、私は浅田のファンというわけではない。

 ほとんど彼の書評は書かないが、今回の『神坐す山の物語』は親近感を感じながら読んだ。舞台は、奥多摩御岳山の御師の家だ。私は東京シニア自然大学の講座で、何度も御岳山に登った。たしかに、神社の周りには「御師の家」がたくさんあった。家の看板には「00御岳講」と書かれていた。この御師の家は民宿かと思っていたが、講の人たちが親しく泊まる宿舎なのだ。

 私は知らなかったが、御師にはある神がかりな霊感を持っている人もいるようだ。この小説にも出てくるが、昔よく田舎で「あの人に狐がついた」などと噂される人がいた。御師のお祈りで、その狐を抜くお祈りがなされるという。懐かしい話だった。浅田の母方は御師の家系だったようで、実際、このような話があったのだろう。

Sdscn1432_20191208123701  このところ、友達のKatsuちゃんに勧められて、赤神諒の本をたくさん読んだ。赤神諒という名前はペンネームのようだが、私は新しい読者のせいか、赤神のことはほとんど知らない。ただ、今まで6冊ほど彼の本を読んだが、内容はほとんど大分の大友家にまつわる話だった。赤神には、何か大友と関係があるのだろうか。赤神は、経歴を読むとどうやら京都の人のようだ。なぜ大友にこだわるのかは知らない。

 大友の代表的な大名は、大友宗麟だ。宗麟は良君の側面とダメ殿さまの側面があったようだ。「大友二階崩れ」で殿さまになった宗麟は、君主になった当初は名君で通した。ただ統治が長くなるにつれ、女で身を崩し、最後はキリスト教に身を投じた。

 当時の九州は、そんなダメ殿を放置しておくほど甘くはない。南には島津が、東からは大内家後の毛利が耽々と北九州を狙っていた。いつでも大友に変わろうという勢いであった。宗麟が助けを求めたのは、豊臣秀吉である。九州を勢力図に収めようとしていた秀吉には、絶好の機会であった。

 今回の物語は、大友の随一の武将戸次鑑連(べっきあきつら)の話だった。大友家が弱体する中で、唯一連戦連勝していたのが鑑連であった。彼の出生は殺気なものだった。母親が切腹を命じられ、その死の間際に生かされた「鬼の子」が鑑連である。異様な顔をして生まれたが、剛腕でどの戦でも目覚ましい活躍をしていた。大友の「二階崩れの変」でも生き残り、力を蓄えていった。

 赤間の小説を読んで、大友の事情がよく分かった。そういえば、安部龍太郎に小説に『宗麟の海』というのがあった。2018年の1月に読んだのだが、これも面白かった。

【12月10日の歩行記録】10,563歩 7.1㎞

 

 

 

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2019年11月13日 (水)

№4342 10月に読んだ本

 さて、海外旅行の話を終わり、また通常の記事に戻ろう。ちょっと遅くなったが、10月に何の本を読んだのか報告したい。

 しかし歳をとるというのは恐ろしいもので、物忘れが激しい。本も読んだそばから忘れてしまうので厄介だ。だから、私はまめに「読書ノート」をつけている。読書ノートをつけたからといって、忘れるのを取り返せるわけではない。ただ呆れてしまうのは、半年前に読んだ本を再読しても、読んだ記憶を最後まで思い出せないことだ。最近頻繁である。

 私は主に小説ばかりを読んでいるのだが、図書館の本棚を見る限り興味のある本はほとんど読み、選択の余地が少なくなりつつある。そこで、最近では小説だけではなく評論集やエセーにも手を伸ばしている。ただ、エセーの寿命は短いものだね。たまたま10数年前に書かれたエセーを読んでいたら、今から見たらずいぶん頓珍漢である。小説には決してそういうことはないのだが。

 さて、10月はどれだけ読んだのか。13冊・5221頁だった。昨年までは月に6000頁も読む月もあったが、少し読書ペースが鈍っている。それでは何を読んだのかの報告をし、2~3点にコメントをしたい。

井上ひさし『一分ノ一』(上)445頁(下)444頁 講談社 2011年10月刊

内田康夫『還らざる道』347頁 祥伝社 2006年11月刊

岡田秀文『風の轍』580頁 光文社 2008年9月刊

久間十義『聖ジェームス病院』494頁 光文社 2005年12月刊

森村誠一『深海の人魚』364頁 幻冬舎 2014年11月刊

笹本稜平『指揮権発動』477頁 角川書店 2019年1月刊

久間十義『限界病院』386頁 新潮社 2019年5月刊

辺見庸『いま、抗暴のとき』232頁 毎日新聞社 2003年5月刊

熊谷達也『山背の里から 杜の都のひとり言』269頁 小学館 2004年11月刊

津本陽『忍者月輪』412頁 中央公論新社 2014年4月刊

藤田宜永『彼女の恐喝』362頁 実業の日本社 2018年7月刊

馳星周『神カムイの涙』409頁 実業之日本社 2017年9月刊

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 これまで馳星周の本はずいぶん読んできた。試みに【読書ノート】を検索してみたら、48冊の本を読んできている。そして驚くことに、随分二度読んだ本が多いことである。馳星周は、以前は冒険小説・ノワール文学の旗手といわれていたが、最近書くものに若干の変化も見られる。私は処女作『不夜城』からのファンで、とんでもない殺し合いが行われるものを読んできた。

 ところが、最近は作風が変化して純文学風になった。これはこれで、またたまらない。ふんわりした暖かさが、作品からにじみ出ているのだ。まさにこの作品もそういうものだった。部隊は北海道のアイヌ一家の話だった。中学生の娘悠は、屈斜路湖の山小屋で祖父と一緒に住んでいた。彼女は学校でいわれなき差別に会い、卒業したらアイヌ差別のない東京に出ようと固く思っていた。両親は、車の事故で突然死をしてしまった。

 祖父の敬藏は木彫り職人である。その作品を慕って、若い男雅比古が弟子入り志願をしてきた。木彫り職人といって生計は難しく、敬藏は断った。雅比古は東日本大震災で、祖母と母を喪った。さらに、北海道に流れてくる深いわけがあった。これが物語の佳境であった。

 私はこの小説を去年の11月に読んでいたが、そのことを全く思い出さなかったのが悲しい。

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 津本陽さんは、昨年の5月に亡くなった。歴史小説の作家として、たくさんの小説を書いてきている。私が津本さんの小説を読んだのは、織田信長を書いた『下天は夢か』(1989年)や、豊臣秀吉を書いた『夢のまた夢』(1993年)、『小説渋沢栄一』(2004年)くらいのもので、あまり津本の良い読者とは言えない。どうも津本の作品には、手に取るのを控えさせる何かがある。今回手に取った小説は、2014年「読売新聞」に連載されていた著者晩年の作である。

 今回の『忍者月輪(がつりん)』には思わず引き込まれた。今や忍者ブームで、外国の観光客も忍者を目指して来日しているという。とはいうものの、歴史的には「忍者」の実態はほとんど分かっていないようだ。信長や秀吉、徳川家康が忍者を重宝に使っていたようだ。現に家康は、服部半蔵を絶えず側用人として使っていた。

 今回の忍者伝兵衛の話は、本当かどうかはわからない。そこに小説として取り上げられる余地があった。伝兵衛は伊賀忍者だったが、彼が悩んでいたのは女房との位置である。主人に忠実に仕える伝兵衛と、家庭人としての伝兵衛の乖離が面白かった。

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 このところ、医療小説として久間十義の小説を読むことが多い。今月も2作品を読んだ。基本的に、私は医療現場の話を好んで読んでいる。加賀乙彦、帚木蓬生、久坂部羊などがそれにあたる。最近、帚木蓬生の小説『閉鎖病棟』が映画化された。近く見に行ってきたいと思う。

 『限界病院』は地域医療の在り方を問う小説だったし、『聖ジェームス病院』は総合病院の中の人間模様を描いた小説だった。医療小説を書くには、ある知識がないといけない。久間十義は医療関係者じゃないが、よく勉強していたと思う。いずれも面白く読めた。

 

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2019年10月 8日 (火)

№4306 9月に読んだ本

 毎月月初めには前月読んだ本の報告をし、次月への反省としている。

 定年前に、暇になったら飽きるほど本を読もうと思っていたが、定年なって13年になるが、ほぼその生活ができているのが嬉しい。それにしても、読めば読むほどさらに読みたい本が増えてくる。読書とは、まさに無間地獄のようなものだ。

 これだけ読んでいるはずなのに、まだまだ読んでいない作家を発見できるのは一つの大きな楽しみである。どうだろうか、それでも面白い本の匂いを嗅ぎ分けられるようになった気がする。また、読んだ本のリストを見ると、大半が私の好きな作家であることに驚く。ただ、その好きな作家の本も読み尽くした感がある。なかなか次の作家へ触手が動かないのも事実だ。

 このところ、前に読んだ本を再度読むことが多い。今月も3冊が再読だった。もう20年以上も前に読んだ本は、今読んでも新鮮だ。本棚にはたくさんの小説がある。そろそろ再読されるのを待っている本もあるので、今後とも積極的に読んでいきたい。

 さて、9月は15冊・5471頁の本を読了した。まずまずの成果であったような気がする。詳しく、何を読んだのか紹介したい。その上で、2~3点の感想を述べたい。

火坂雅志『虎の城(上)(下)』(上)405頁(下)395頁 祥伝社 2004年9月刊

中村彰彦『会津の怪談』299頁 廣済堂出版 2014年9月刊

辻原登『籠の鸚鵡』316頁 新潮社 2016年9月刊

堂場瞬一『執着 捜査一課・澤村慶司』388頁 角川書店 2013年2月刊

沢木耕太郎『銀河を渡る』461頁 新潮社 2018年9月刊

赤神諒『妙麟』335頁 光文社 2019年7月刊

半藤一利『隅田川の向こう側ー私の昭和史』350頁 創元社 2009年3月刊

藤原新也『黄泉の犬』314頁 文藝春秋 2006年10月刊

久間十義『生命徴候バイタルサインあり』477頁 朝日新聞出版 2008年4月刊

乃南アサ『ミャンマー』206頁 文藝春秋 2008年6月刊

村上春樹『辺境・近境』252頁 新潮社 1998年4月刊

池井戸潤『ノーサイドゲーム』402頁 ダイヤモンド社 2019年6月刊

真保裕一『ボーダーライン』462頁 集英社 1999年9月刊

柳原和子『さよなら、日本』409頁 ロッキング・オン 2007年7月刊

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 何よりも素敵な本を読んでいるときの幸せといったらない。本書も読んでいて、読書の楽しみを味わった幸せな時間を持った。沢木耕太郎の25年間にわたるエセーをまとめた本だ。沢木と私は、ほぼ同世代である。彼の本を読むたびに、彼とは価値観が同じと感じる。今まで沢木の本は、ほとんど読んでいるのではないか。

 沢木のエセーの中心にあるのは、「深夜特急」である。彼は香港を出発して、ポルトガルまでバス旅行をした。それをまとめた旅のエセーだったが、第一巻のマカオのバカラの話がなかなか終わらない。いつ旅の話が立ち上がるのか、イライラしたものだった。本書のエセーも、基本は「深夜特急」だった。さらに、沢木の肝をなすのはスポーツだ。スポーツのエセーも、読んでいて楽しい。

 このエセー集に収緑されていた高倉健へのインタビューも出色だった。シャイで人の前に出るのが苦手な高倉健は、沢木に心を許した一人だったのではないか。その項を読んでいて、微笑ましさを感じた。

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 藤原新也も、若干年上ではあるがほぼ私と同世代である。彼の話も小説はいうよりもエセーだ。『黄泉の犬』はインド旅行の体験記が中心だ。ガンジス河の畔は聖なる川であるとともに、死者を弔う場所でもある。ヴァラナシィの川の畔には、たくさんの死者の焼き場があった。枯木を積み上げて死者を荼毘にふすのが、インドでは最高のもてなしのようだ。その焼き場の下には犬がいて、生焼けの骨を持ち去って行っていた。私には衝撃的な現場だったが、どうやら普段から行われているようだった。本書では、その話が長々と書かれていた。さらには舟を雇って向こう岸に渡り、野犬に襲われそうになった怖い経験も書かれていた。

 本書のもう一つの主題は、オウム真理教事件である。藤原は、現代の転換点となった年を1995年と思っているようだ。1月には淡路・神戸大震災があり、3月にはオウム真理教の地下鉄サリン事件があった。藤原は、この事件の背景に興味を持った。浅原彰晃は、熊本の窒素の街八代の生まれのようだ。その街を訪ねて、浅原の原点を探った。

 さらに、藤原は世を忍びひっそり生きていた浅原の兄を訪ねあて、事件の原点を解き明かそうとした。どうやら、浅原は水俣病の犠牲者の一人ではなかったのかと仮説を立てた。彼のルポライターの探究精神を大いに発揮させる一冊だった。私にとっても、1995年は忘れられない年だ。その年の初夏、Gyuちゃんとトルコを旅した。

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 池井戸潤の小説はまるで麻薬のようなものだ。一度読み始めたら止まらない。前にも報告したが、那須で読み始めたこの本は、一夜で読んでしまった。タイトルのように、ラグビー本だ。ワールドカップラグビーが日本で行われている時期に、まさにタイムリーな本だった。

 トキワ自動車の経営の中枢にいた君島が、左遷されたように工場に追いやられた。その工場の総務部長は、また、ときわ自動車のラグビー部のゼネラルマネージャーの役割も負わされた。君島には、ラグビーに対する思い入れはなかった。ただ、今後のラグビー部の中期計画を見ると、年間15億円のお金が会社から出ていた。おりしも経費削減が叫ばれている折、役員会では大問題だった。辛うじて、経営トップの鶴の一声で維持されていたにすぎない。

 どこの社会人ラグビー部も同じような環境下にあった。日本蹴球協会に改善を申し入れたが、「ラグビーは神聖なアマチュア協議で、儲けなどの議論はすべきでない」と却下された。一方ではクラブの強化、一方では協会の体質改善と、君島は奮闘した。ラグビー協会の体質は旧態依然だったが、これを読みながら、日本サッカー協会の劇的な成功を思った。

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