カテゴリー「読書日誌」の90件の記事

2019年6月10日 (月)

№4187 5月に読んだ本

 毎月10日前後に前月に読んだ本の報告をし、次月への反省の糧としている。この記事は定例記事で、ブログ開始以来欠かしたことがない。

   5月は下旬に東北旅行をした。そのあおりを食ったのが読書計画である。もちろん、旅行にはしっかり本を持って出かけたのだが、その一週間ほとんど読めなかった。昼は車の運転で、夜は温泉三昧だ。しかも疲れてしまって、宿で本を開くには開いたが、そのまま眠ってしまった。結果は9冊・4021頁と、最近でもこの10年来最低の読書量だった。

 それでなくとも、年齢とともに読書力の衰えを感じるこの頃である。読書は集中力だが、その集中力が続かない。しかも物忘れがひどい。今まで読んでいる本の内容が、頭の中に入ってこないのだ。歳をとると誰でもそうなのだろうが、老化現象はいかんともしがたいのだが、それでも生きている限りは頁を追いたいという決意だ。

 基本的に、図書館で本を借りて読んでいるのだが、以前に借りてきた本を再度借りてくることが多い。10冊借りるうち4冊がダブっていることもあった。10年、20年と記録を続けているとどうしても避けられない。今後、以前読んだ本でも再度読もうと決めた。

 さて、それでは何を読んだのかを報告したい。

帚木蓬生『薔薇窓』595頁 新潮社 2001年6月刊

宮本輝『野の春 流転の海第9部』405頁 新潮社 2018年10月刊

諸田玲子『月を吐く』406頁 集英社 2001年4月刊

乃南アサ『六月の雪』509頁 文藝春秋 2018年5月刊

山崎豊子『約束の海』378頁 新潮社 2014年2月刊

幡大介『騎虎の将太田道灌(上)(下)』(上)465頁(下)461頁 徳間書店 2018年1月刊

火坂雅志『天地人(上)(下)』(上)381頁(下)421頁 NHK出版 2006年9月刊

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 いきさつや事情も知らずに読む本が多い。本書も読んで見て初めて知った山崎豊子の遺作だった。彼女は2013年(平成25年)9月に亡くなったが、88歳だった。本書がその遺作とは知らなかった。

 山崎豊子は、長編作家である。記録を見ると、『沈まぬ太陽』、『華麗なる家族』、『二つの祖国』、『白い巨塔』、『運命の人』、『不毛地帯』などことごとく読んでいる。特に、日航ジャンボの御巣鷹山墜落を題材にした『沈まぬ太陽』に強い印象を受けている。どんな長編作でも、一挙に読ませてくれるのが彼女の魅力であった。ただ彼女には毀誉褒貶が激しく、盗作騒ぎで一時擱筆したこともあった。

 今回の小説は、東京湾で漁船と潜水艦なだしおの衝突事件を題材にした小説だった。話は膨らんで、主人公花巻朔太郎のお父さんは、真珠湾攻撃でハワイに出撃し、日本人初の捕虜になった人だという。そのことは、息子朔太郎には一切話さなかった。話が佳境になった時に、この小説は未完の大作だと知った。まだまだ続きを読みたかったのに、残念というしかない。

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 宮本輝の「流転の海」も長い小説だ。著者が1984年34歳で書き始めた小説だが、昨年2018年71歳で完結した。実に37年間書き続けた大長編小説だった。私の記録によると、第一部『流転の海』を読んだのは1997年10月で、いまから22年前である。その後、新作を出るのを心待ちにして読んだ。今回は、横浜の姉が買った本を借りた。

 この小説は、宮本輝のお父さん松坂熊吾と奥さん房江さんの物語だ。熊吾は愛媛県の生まれで、そこで結婚した。房江さんとの間にはなかなか子どもができなかったが、熊吾50歳の時に待望の息子伸仁を授かった。この大河小説は、この3人をめぐる家族の確執の歴史だった。熊吾はなかなか魅力的な人だったが、小説が進むに従って奥さんの房江さんの占める位置が大きくなっていった。

 いずれ22年読み続けた小説だが、もう一度最初から読んでもいいかなと思っている。

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2019年5月22日 (水)

№4168 貴重な読書空間

 最近はそれほどでもなくなったが、私はよく埼玉県民活動総合センターを利用する。自宅から車で7~8㎞のところにある。車で14~5分といったところか。この日も、午後から「桟雲の会」の定例句会が開かれる。午前中は土砂降りだった。好機とばかり、埼玉県民活動総合センターに出かけた。

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 目的は、二階にある「情報センター」である。雨のせいか、さすがの埼玉県民活動総合センターも閑散としていた。特に、目的の読書室は人っ子一人いなかった。

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 誰に邪魔されることもなく、読書三昧である。今月は読書の読了が若干遅れ気味である。さらに、今週末から北東北の旅行が待っている。一ページでも前に進めておきたい。午前10時半に読み始めて12時半まで2時間をびっしり読んだ。

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 お昼ご飯は、この施設の食堂で食べる。この食堂ではいつもワンパターンであるが、肉汁うどんを頼んだ。食堂には、句会仲間のYukoさんとTaeさんが食事を摂っていた。いい機会である、3人で「桟雲の会」の世話人体制の話をした。会の当初から私が世話人を務めているが、そろそろ交代の時期じゃないかしらと諮った。彼女たちも交代の時期ではあると認めたが、さりとて自分からとは言いだせていない。

 問題は、会報の発行である。これは誰にでもできることではない。会報発行は、引き続き私が担うことにした。それ以外の仕事を分け持ってもらいたい。渋々ではあったが、Yukoさんが引き受けてくれることになった。句会もでもその報告をした。やれやれ、ひとつづつ役を降りていけると喜んでいる。

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 句会は午後4時45分に終わった。私は引き続き埼玉県民活動総合センターに居続け、読書ルームで引き続き読書をした。お陰で、朝から200頁の本を読了した。続きは自宅のベッドで、今晩さらに100頁は読みたいと思っている。

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2019年5月11日 (土)

№4157 4月に読んだ本

 毎月前月読んだの報告をし、印象に残った本にコメントを寄せている。このブログを始めてからの定期記事だから、もう140~150回目の記事になるだろうか。一歩一歩のことながら、ずいぶん遠くまで来たような感慨を覚える。

 先日古い手帳をめくっていたら、「毎月3000頁の本を読みたいものだ」とのメモ書きを見つけた。一日100頁の本を読むのが目標だった。サラリーマン時代、帰りは必ず酒を飲んで帰ってきていたので、帰りの電車での読書はあてにならなかった。それが、今ではコンスタントに月5000頁の本を読んでいる。ひと口に5000頁というが、これが意外と大変だ。2~3日本を読むのを怠ったら、クリアできない。ぜひ、皆さんも試みてください。

 4月は大作を読んでいたので、なかなか前には進めなかった。一日を「電車読書」にあててページを前に進める努力もした。そして、月末にはどうやらこうやら辻褄を合わせた。結果はいつもの通り、14冊・5362頁の本を読むことができた。これだけ続けられているのも、「ブログの報告に恥ずかしい記事は載せられない」という思いが強いからである。ブログの効用でもある。

 さて、それでは何を読んだのか報告をし、3点の本についてコメントを付けたい。

中村彰彦『落花は枝に還らずとも(上)(下)』(上)342頁(下)336頁 中央公論新社 2004年12月刊

諸田玲子『今ひとたびの、和泉式部』357頁 集英社 2017年3月

鳥越碧『波枕、おりょう』339頁 講談社 2010年2月刊

服部真澄『エクサバイト』381頁 角川書店 2008年1月刊

下村敦史『サハラの薔薇』344頁 角川書店 2017年12月刊

柴田哲孝『早春の化石』342頁 祥伝社 2010年4月刊

楡周平『異端の大義(上)(下)』(上)414頁(下)382頁 毎日新聞社 2006年3月刊

鳥越碧『建礼門院徳子』講談社 265頁 2011年10月刊

村山由佳『風は西から』407頁 幻冬舎 2018年3月刊

内田康夫『風の盆幻想』348頁 幻冬舎 2005年9月刊

飯島和一『星夜航行(上)(下)』(上)533頁(下)572頁 新潮社 2018年6月刊

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 私は飯島和一の本はほぼ読んでいると思っていた。ところが「読書ノート」で検索してみたら、本書しか出てこなかった。彼の『始祖鳥記』、『出星前夜』、『狗賓童子の島』、『雷電本記』、『神無き十番目の夜』、『黄金旅風』などは読んでいるはずだ。もっとも「読書ノート」を正確につけ始めたのは1996年ころからである。飯島の本はそれ以前に読んだものらしい。

 今回のテーマは、豊臣秀吉の朝鮮出兵の実情を描いた歴史小説だった。秀吉の朝鮮出兵を描いた小説はたくさん読んでいるが、これほど実情を明らかにしたものを読んだのは初めてのことだ。改めて読んでみて、秀吉の朝鮮出兵がいかに無謀のものであったのか、考えさせられた。並みいる武将、商人、農民、誰からも反対されていたこの出兵、しかし面と向って止める人は誰もいなかった。

 何よりひどいと思ったのは、兵站の食料などは現地調達というので、日本から持ち込まなかった。勢い、派遣された兵隊は、現地で略奪、強奪するしかなかった。それだけにとどまらず、強姦、殺人、火付けなどが横行した。もともと派遣兵にモラルがなかったのだ。こんな戦争に勝てるわけはないよね。それでも派遣当初は、飛ぶ鳥を落とす勢いだった。何の準備もない朝鮮に襲い掛かったから、当然といえば当然だ。

 ただ、次第に朝鮮人の抵抗が始まった。さらに、日本から派遣された兵隊も抵抗勢力として勢いをつけてきた。主人公沢瀬甚五郎の生い立ちも詳しく記されていた。徳川家康の長男信康の家来だったが、信康が切腹を命じられ、遁走した。九州で商人をやっていたが、親しい武将に従い、朝鮮に渡った。現地のあまりのひどさに、反秀吉に転じた。いずれ1100頁の大作で、十分読みでがあった。

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 楡周平の本もたくさん読んでいる。それこそ毎月一冊は読んでいるのではないか。読んでも読んでも彼の小説は尽きない、というのがいい。彼のテーマは多岐にわたる。スリラーあり、ハードボイルドあり、アクションありの多彩な作家だ。しかし、今回は珍しくサラリーマン小説だった。

 シャープ電気を思わせる「東洋電機」に勤務する主人公高見は、業績不振で岩手工場の閉鎖の作業に当たる。彼は会社の窓口になり、解雇交渉にあたったが、そこには東北特有の問題があった。再雇用先がない、勤めるのは農家の長男で農業では飯を食っていけない、日本市場の競争力の低下などだ。

 本書のテーマ「大義」は、企業にとって都合のいい大義ではあるが、人員削減、非正規雇用に苦しむ労働者にとっては、生活苦以外の何物でもないという現実を突きつける小説であった。
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 鳥越碧の本は、読むたびにここで取り上げている。それほど彼女の小説は、インパクトが強い。この小説のサブタイトル「おりょう秘抄」は、坂本龍馬の女房おりょうが龍馬暗殺後どのような生活を送ったのかを追った小説だった。そういえば、龍馬存命中は颯爽と登場したおりょうは、その後どうしたのか誰も追っていなかった。

 どうやら、ひたすら龍馬の妻であったことを隠し、小商人の妻として片隅に生きていたようだ。ただおりょうの後半生は、ひたすら龍馬の思い出に生きたようだ。龍馬とおりょうの関係はわずか3年だったが、それを胸に抱いて生きるにはその期間で十分だった。純愛小説だった。

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2019年4月23日 (火)

№4139 遠回りして電車読書

 この日は、午後3時から東京で会議があった。電車に乗って用を足すときはいつもそうなのだが、なるべく早めに自宅を出て「電車読書」をしている。この日も、午前10時過ぎに自宅を出た。会議が始まるまで5時間ほどある。有効に「電車読書」をしよう。

 私が乗っているのは、JR宇都宮線である。本来上りの電車に乗る必要があるのだが、時間があるときにはわざわざ下り線に乗る。私が乗る駅から宇都宮駅までは、約1時間である。往復で2時間かかる。それでも、この日はまだ時間があった。今はsuicaなので、途中車掌の検札がなくなった。本来は違法なのだろうが、途中下車をしない限り、どこまで行ってもお金を取られることがない。

 この日も、先ずは下り電車に乗った。電車読書は、私のサラリーマン時代からの習性だ。電車での読書は、本を読むことに集中できるのがいい。そして、どこまで行くと何頁読める、という目途も立つ。1分1頁読むという目標をたてているのだが、実際のところ3分で2頁というところが実態である。

 今読んでいる本は、上下合わせて1100頁の上る大作だ。月末も近いので、今月はこの本の読了が必須だ。上巻だけで550頁もある本は、手にずっしり来る。片手で読んでいると、手首がいたくなってしまう。それでも集中して読んでいるうちに、小山の駅に到着した。この小山の駅からは高崎に行く両毛線と、水戸に行く水戸線が出ている。そうだ、この駅で乗り換えよう。

 両毛線は1時間ほど待ち必要があったが、水戸線は5分ほどで出るようだ。もちろん水戸線に乗った。終着駅友部まで1時間ちょっとだ。水戸線には初めて乗ったが、もちろん景色など見ている余裕はない。友部駅に着いたのは12時過ぎだった。そこから上野行きの常磐線に乗り換えた。そして、上野駅に着いたのは午後2時過ぎだった。まだ会議が始まるまで1時間ある。

 上野駅でゆっくりお昼ご飯を食べた。そして会議室に着いたのが、会議が始まる10分前だった。帰りの電車でも、もちろん本を読み続けた。さらに自宅の寝床でも読んで、この日の目標300頁を無事達成した。これだけ読めれば、この先の先行きも明るくなりそうだ。

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2019年4月22日 (月)

№4138 最悪の選書

 先日もお話ししたが、私が図書館で借りてくる本にダブりが目立つようになった。私はExcelで「読書ノート」を管理している。今現在、3369冊の本が管理されている。このExcelは便利で、新規登録をすると前に読んだダブリの本が浮き出てくる。最近では、10冊借りると3冊のダブリが出るのが普通だ。ダブった本を読んでもいいのだが、まあできるだけたくさん読もうと、ダブった本はそのまま返却している。

 今回もこんなことがあった。女房が友だちを自宅に招待するとのことで、私は図書館に避難することにした。その際、すでに読んだ本を7冊返却し、新たに7冊の本を借りることにした。最近、以前読んだ本を再度借りることが多いので、そのことを注意しながら選書した。そして自宅に帰り、借りてきた7冊をExcelに登録した。

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 なんと、今回借りてきた7冊のうち4冊が以前読んだ本だった。今日は自戒を込めて、何がダブったのか、その本はいつ読んだのかを紹介したい。

 宮本輝の『長流の畔』は、「流転の海」の第8部にあたる。この物語は、第1部を1997年10月に読んだ記録が残っている。そして、めでたく第9部が出て完結した。この際、第8部・第9部を一緒に借りようと思った。両書とも借りている人がいたので予約した。第8部は、まもなく図書館からスタンバイできてるとの連絡が入った。図書館に行って第8部は借りてきたが、第9部は19人の待ち人がいるとのことだった。

 さて、借りてきた第8部を登録してみたら、2017年7月にすでに読んでいた。そうか、この時には第8部はすでに出版されていたのだ。そうだ、第9部は横浜の姉が持っていると話していた。第9部は、姉から借りることにしよう。

 久坂部羊『まず石を投げよ』は、同じく2017年6月に既読だ。私が本を選書するのは、先ずは気に入った作家の棚を見て歩く。そして、まだ読んでいないとあたりをつけた本を借りてくる。久坂部羊の本はすべて読もう、と決めている。これはまだ読んでいないなと思って借りた本が、すでに読んでいたのだ。ああ、残念。

 同じく、伊東潤の本もすべて読もうと思っている。今回借りた『西郷の首』も、すでに2018年9月に読んでいた。7か月前に読んだ本を忘れてしまうなんて、情けないったらありゃしない。

 もう1冊、佐野眞一『あんぽん 孫正義伝』も、以前読んだかなと疑心暗鬼で借りた。案の定、2013年3月にすでに読んでいた。まあ、6年前に読んだ本ならまだ許せるかな。
 
 面白いもので、以前読んだかなと思いながら借りる本は、たいがい読んでしまった本だ。まあ、いつかは2度読む本もいいかなと思うが、今はまだ早い。

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2019年4月11日 (木)

№4127 3月に読んだ本

 今年に入ってからの私の読書生活は低調だ。最低でも月に5,000頁の読了を自分に義務づけているが、それをクリアするのに四苦八苦している。月末になると「読書ノート」を開いては、目標達成まであと何頁読む必要があるのか確認している始末だ。そして、月末の最終日にようやく目標達成、という月が続いている。読書には波がる。昨年はどんどん読めていたが、今年は苦労している。一番の原因は、面白い本に出合えていないことだと思う。

 さらにボケが来ているせいか、図書館で以前読み終わった本を借りてくることが多くなった。「読書ノート」に記録をつけて初めて分かるのだが、一度に10冊借りてくると、今回も3冊は以前に読んだ本だった。本の選書の際、2~3頁パラパラめくり、無造作に借りる。図書館だからできることで、書店で本を買うときにはもっと慎重になっているはずだ。選書も安易かもしれない。

 とはいっても、毎月13~4冊は読んでいるので、中には面白い本もある。ただ、今月は前に進めない本が2~3冊あった。これが停滞の原因とはいうものの、一度頁を開いたら完読をすることにしている。さて、3月は14冊・5,247頁の読了だった。まあ、辛うじて目標達成といったところだ。いつものように、何を読んだのかを報告し、その中の2~3点に感想を述べたい。

小嵐九八郎『蕪村』349頁 講談社 2018年9月刊

東野圭吾『新参者』348頁 講談社 2009年9月刊

楡周平『デッド・オア・アライブ』388頁 光文社 2017年11月刊

堂場瞬一『穢れた手』346頁 東京創元社 2013年1月刊

帚木蓬生『襲来(上)(下)』(上)345頁(下)301頁 講談社 2018年7月刊

馳星周『暗黒で踊れ』563頁 双葉社 2011年12月刊

三浦しをん『光』297頁 集英社 2008年11月刊

服部真澄『夢窓』638頁 PHP出版 2017年3月刊

村山由佳『海を抱く』370頁 集英社 1999年7月刊

植松三十里『大和維新』250頁 新潮社 2018年9月刊

鳥越碧『花筏 谷崎潤一郎・松子 たゆたう記』465頁 講談社 2008年11月刊

堂場瞬一『異境』335頁 小学館 2011年6月刊

波多野聖『本屋稼業』252頁 角川春樹事務所 2016年2月刊

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  帚木蓬生の小説は、ほとんど読んできた。そして、読むたびに感銘を深める作家でもある。ちなみに、いつものように帚木蓬生の本をどのくらい読んだのか検索してみた。『逃亡』『日御子』『薔薇窓』など、帚木蓬生の本は記録を見る限り27作品読んできた。多分、彼の作品は読むたびにこの欄で紹介してきたと思う。なんといっても、彼の作品は読み始めた1頁目から作品に没入できるのがいい。

 この小説は、タイトルからして蒙古襲来の話だろうと推測した。たしかに蒙古襲来の話なのだが、話の展開は一風変わっていた。主人公は、日蓮の耳目として働いた見助で、彼の目を通してみた蒙古襲来の話だった。日蓮は、早くから外敵の襲来を警告していた。ただ、時の執権はそれに耳を貸そうとしなかった。そして、日蓮に対する弾圧も続いた。

 日蓮の依頼で、見助が対馬に情報収集で出かけたのが22歳の時だ。この小説は見助の目を通して語られ、見助の成長物語でもあった。案の定、見助は九州の博多で蒙古襲来を目にする。博多湾岸に設置された防御壁を必死で守る見助。再度対馬に戻り、狼煙台を守る仕事にも就いた。彼の心の中には、絶えず日蓮の影があった。遠く離れていても、日蓮に守られているという実在感があった。

 日蓮の耳目を無事果たして、日蓮に会うべく身延山に帰ったのは、旅に出て22年もたっていた。しかし、そこに千葉で養生していた日蓮の訃報が届いた。その時には、見助も重い病の床に伏していた。日蓮没後49日、見助が亡くなった。見助の日蓮を思う姿が、この作品からひしひしと伝わってきた。

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 最近、鳥越碧の作品に嵌っている。そして彼女の作品を立て続けに読んでいる。多分、この欄にその都度紹介を載せているのではないか。彼女の視点は、絶えず女だ。新島八重の回想だったり、一葉をめぐる話、『漱石の妻』、坂本龍馬の女房おりょうのその後の追跡など、テーマとして興味を抱くものが多い。

 この小説『花筏』は、谷崎潤一郎を支え続けた妻の松子の話だ。谷崎潤一郎は、結婚と離婚を繰り返した。有名な話は、二度目の妻千代との離婚だ。谷崎は、親友の佐藤春夫に千代を譲渡した。そして松子と出会った。松子は、美人三姉妹だった。そのことが小説『細雪』に書かれている。

 この小説を読んでみて分かるのだが、谷崎の小説の材料は絶えず自分の身の回りの出来事だった。松子を材料にして『細雪』のほか『痴人の愛』、『春琴抄』などの小説があるし、二度目の妻千代との離婚の話は『蓼食う虫』の小説の材料になっていた。谷崎が何を考えていたのか松子が知るのは、彼の作品を通してだった。小説家の妻というのは、なかなか辛いものがある。

 あちらの女、こちらの女と渡り歩いた谷崎が、最後にたどり着いたのはやはり松子のところだった。谷崎の哀しみもわかるような気がした。

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 波多野聖の本を読むのは初めてのことだ。きっかけは、本のタイトルに誘われた。一体何の話だろうかと読み始めたら、あっという間に読んでしまった。テーマは、紀伊国屋書店の創業者田辺茂一と大番頭松原治の話だった。以前から話は聞いていたが、系統的に読んでわかることも多かった。

 もともと田辺茂一は、今の紀伊国屋書店新宿本店のあるところで親父さんが薪炭商を営んでいた。彼は本屋さんをやりたかったのだが、親父さんは猛反対。ただ、お母さんの支持を得て、昭和の初めに本屋さんを始めた。そのころの商売は皆そうだったのだろうが、商売のやり方はおおざっぱだった。さらに、田辺茂一は酒好きで女好きだ。

 本屋を家業として成り立たせたのは、戦後に松原治が紀伊国屋書店に入店してからのようだ。松原治は、軍隊で主計局を歩いてきた。数字に明るかったのだ。田辺と松原は水と油のような気もするが、松原は田辺を尊敬していた。二人は何でも言える関係だった。ただ、今の紀伊国屋書店を日本一の本屋にしたのは、松原の功績大だった。

 この小説には書かれていなかったが、松原治は大のゴルフ好きだった。80歳代で年間100ラウンドもこなしていた。20年ほど前になるが、私も一緒にラウンドしたことがある。彼は自分勝手で、打ったら人の球を見ないでとっとと歩き出した。危なっかしくって見ていられなかったね。

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2019年3月 8日 (金)

№4100 2月に読んだ本

 毎年2月はそうなのだが、2月は例月より2日か3日少ない。毎月最低5,000頁の読了を自分に課している身にとってのこの差は大きい。一日200頁前後読んでいるので、3日少ないと600頁普段より少ないのだ。いつもこの緊張感で2月を過ごす。

 緊張して本を読んでいるせいか、意外と2月は目標をクリアしている。ちなみにこの5年間の2月の成績を見ると、2015年は13冊・5,116頁、2016年は15冊・5,893頁、2017年は13冊・5,061頁、そして昨年2018年は16冊・5,375頁を読了した。さて、今年はどうだったのか。結果は13冊・5,343頁を読了し、無事目標を達成した。

 私の今の生活は、読書中心である。大体が夜9時にベッドに入り読書、11時半ころに就寝。朝は6時に目が覚めるとそのまま本を読み、8時近くまで読んでいる。昼は、埼玉県民活動総合センターの読書ルームで、2時間くらい本を読んで過ごす。私の理想とする生活だ。

 さて、例月のように2月は何を読んだのか報告し、2~3の本の感想を述べたい。

船戸与一『新・雨月 戊辰戦役朧夜話(上)(下)』(上)508頁(下)495頁 徳間書店 2010年2月刊
鳥越碧『めぐり逢い 新島八重回想記』377頁 講談社 2012年11月刊

葉室麟『はだれ雪』442頁 角川書店 2015年12月刊

堂場瞬一『社長室の冬』404頁 集英社 2016年12月刊

服部真澄『ポジスパイラル』360頁 光文社 2008年5月刊

新野剛志『カクメイ』452頁 中央公論新社 2013年11月刊

佐々木譲『沈黙の法廷』557頁 新潮社 2016年11月刊

久坂部羊『悪医』293頁 朝日新聞出版 2013年11月刊

熊谷達也『浜の甚平』333頁 講談社 2016年11月刊

堺屋太一『活断層』422頁 アメーバブックス 2006年12月刊

津本陽『草原の覇王 チンギス・ハーン』 PHP研究所 2006年8月刊

平岩弓枝『ベトナムの桜』288頁 毎日新聞出版 2015年7月刊

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 私は船戸与一の大ファンで、彼の作品はほとんど読んでいるのではないか。ただ、残念ながら『満州国演義(全9巻)』を2015年2月に完結し、間もなく亡くなってしまった。いま改めて彼の略歴を見ると、私と2歳しか違わなかった。今から思えば、『満州国演義』は彼の遺著のようなものだった。

 改めて、今まで読んでいる船戸の本を列記してみた。多分、船戸の本を最初に読んだのは『砂のクロニクル』(1991年刊)だと思う。会社の同僚に勧められて読んだのだが、跳び上がるほど面白かったことを記憶している。そして彼の本の読書歴は、2000年前半に集中していた。全部で38冊ほど読んでいるから、私の著者で1~2を争うはずだ。

 遍歴を改めて調べてみると、本書『新・雨月』は2011年に読んだ記録があった。今回は二度目になる。戊辰戦争が中心テーマだったが、ここで書かれていた舞台は、会津というよりもむしろ長岡藩だった。そこで長州のスパイの暗躍を通して、戊辰戦争の実相に迫ろうという話だった。

Simg_7985  いずれ、薩長は誰か犠牲者が欲しかった。徳川慶喜が早々に降参し、敵を会津に求めた。実際、会津は新政府に敵対したわけではなく、京都守護の責任を押し付けられ、否応なく長州と全面対決する立場に立たされたのだ。薩長新政府は、会津を血祭りにあげ、犠牲を強いることのよって、内部固めをしようとしたのだ。面白かった。

 同じ時期に、意識はしなかったが、会津の女「新島八重回想記」を読んだ。新島八重の話は、NHKの大河ドラマになったようだが、私は見ていない。会津の女が幕末に大変悲惨な目にあったが、幸い、彼女は京都の兄のところに避難していたようだ。この小説を読んでわかったのだが、八重という女性は非常に強かった。

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 堺屋太一が亡くなったのは、今年の2月8日である。大阪万博の功労者として、次の新しい大阪万博でも活躍が期待されていたようだが、残念な事態だった。堺屋は、通産省の異色官僚だった。私も昔のことになるが、堺屋の『豊臣秀長』や『油断』、『団塊の世代』などを読んでいる。ただ、そんな熱心な読者ではない。

 堺屋の『活断層』を見付け、彼への鎮魂のつもりで読んでみた。堺屋の文章は明確で、すごい読みやすかった。この話は、沖縄の”ある島”に石油の備蓄基地を建設しようという商社に勤める主人公が、備蓄基地の建設反対をめぐって島の人たちとの対立が描かれていた。

 まるで、沖縄の辺野古基地反対運動のような話だ。私は、堺屋には違和感を持って読んだが、何でもかでも反対するプロの運動家が陰にいることをうかがわせるような話だった。
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 津本陽も多作な歴史作家だが、私はあまり津本の本は読んでいない。 どうも、彼の文体は私の趣味には合わないのだ。とはいうものの、『巨人伝』『渋沢栄一』『下天は夢か』『異形の将軍―田中角栄』などは読んでいる。

 調べてみると、堺屋太一も『世界を創った男 チンギス・ハン』という小説を書いているようだ。もちろん、私は読んでいない。

 この小説を読む限り、チンギス・ハーンの部隊は敵とみると皆殺しをして歩いたようだ。何万人、何十万人という死体が戦場に転がっている。モンゴル軍の強さは、どうも軍馬にあったようだ。一人の騎士が、モンゴル馬を何頭も率いて戦場に向かう。一頭がダメなら次々と乗り換えて、1日100kmも移動したようだ。

 騎馬民族の機動力、騎射能力、異民族を征服する中で開発した攻城用兵器などで、あっという間に西アジアを征服していった。地図とにらめっこで、この小説は読んだ。

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2019年2月 7日 (木)

№4071 1月に読んだ本

 毎月の月初めには前月読んだ本の報告をし、若干のコメントを入れている。昨年2018年は史上最大の読書量をこなしホッとしたせいか、1月は気の抜けた面があった。さらには、あまりこれとはいった本に出会えなかったせいか、冴えない月を送った。

 どんなに長編の小説でも、大体100頁も読むと物語に没入できるものである。反対に100頁読んでも物語が立ち上がらない小説は、失敗作だろう。私は、そんな失敗作であろうとも最後まで読み通すことにしている。それが1月の停滞の最大の原因であった。それでも、何とか最低目標の5000頁はクリアできた。

 1月は14冊、5103頁の本を読んだ。何を読んで、何の本が停滞原因だったのかを話してみたい。

誉田哲也『幸せの条件』384頁 中央公論新社 2012年8月刊

百田尚樹『影法師』330頁 講談社 2010年5月刊

山田宗樹『代体』416頁 角川書店 2016年5月刊

楡周平『ラストフロンティア』299頁 新潮社 2016年2月刊

馳星周『暗手』456頁 角川書店 2017年4月刊

堂場瞬一『歪』391頁 角川書店 2012年1月刊

久坂部羊『反社会品』300頁 2016年8月刊

梁石日『明日の風』316頁 光文社 2010年9月刊

久坂部羊『テロリストの処方』316頁 集英社 2017年2月刊

加藤廣『利休の闇』332頁 文藝春秋 2015年3月刊

内田康夫『よごれちまった道』483頁 祥伝社 2012年10月刊

伊東潤『叛鬼』274頁 講談社 2012年5月刊

今野敏『クローズアップ』345頁 2013年5月刊

連城三紀彦『女王』534頁 2014年10月刊

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Photo_2  久し振りに梁石日の小説を読んだ。私は、梁石日の小説が好きでよく読んでいた。果たしていつ頃読んでいたのだろうか、例のごとく検索してみた。よく読んでいたのは、20年も前の1999年だ。いったい彼の本を何冊読んだのか、またリストアップしてみた。全部で23冊の小説を読んでいた。そして判明したのだが、『明日の風』は2013年5月にすでに読んでいた。全然記憶になく、再読してしまった。

 梁石日の代表作に『血と骨』がある。大変な評判を呼び、ビートたけし主演で映画化されている。彼の主題は、在日であり、父の話である、変幻極まりない人生である。私は、梁石日の小説で在日の現状を知り、大坂の馬飼野を知った。なんといっても印象深いのが、狂暴極まりない身勝手な父の話である。

 この小説もやはり父の話であった。済州島での反乱を逃れて大坂にやってきた父だが、暴行によって無理やり母と結婚した。そして、家庭ではDVの嵐である。その上、妾を作り同居したり、隣家に棲み自宅に近寄らない父であった。主人公は、いつか父を殺してやろうと思っていた。その切迫感が、この小説から伝わってきた。

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 今月読書が進まなかった最大の原因が、山田宗樹『代体』である。416頁の小説だったが、読み終わるのに7日間もかかってしまった。普通これくらいの小説は、2日か3日で読み終わる。要するに面白くなくて、前に進んでいかない。「読書は苦行との戦い」とはよくいったもので、私の思いが読書に向かわない小説だった。それでも、読み始めたら最後まで読むの精神で、何とか読み終わった。

Simg_7989  一体、何の小説だったのか。さらに1月のもう一冊の苦行が連城三紀彦『女王』である。これも534頁の長編小説だったが、意図がわからない。要するに100頁読んでもわからない小説は、私の中では失敗作だ。

 1月はこの2作品であまり楽しめなかったね。
 

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2019年1月14日 (月)

№4047 2018年はどのくらい本を読んだのか

 これも毎年年初記事として書いているが、さて2018年は何冊本を読んだのか。私はパソコンにいろいろなデータを入れているが、特に大切にしているデータが「読書記録」である。2003年からの記録だから、もう16年にもなる膨大なものだ。

 さらに、読んだ本を月単位・年単位で記録した「読書ノート」は、3,302冊になっている。このノートも1991年からのものだが、正確に記録し始めたのは2000年からだ。データ量で見ると1.13MBであるから、ギガバイトのデータとなると膨大なものだ。

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  さて、年間の読書量の表を添付してみた。現役時代は、年間100冊前後の読書冊数だったが、定年になって2007年以降は跳ね上がっているのがわかる。しかも、読了頁数も年々増加している。

 そして、昨年はわが人生最大の読書量、171冊・67,705頁の本を読んだ。1か月平均で14.25冊・5,642頁だった。2日に一冊弱の本を読んでいる。しかもほとんどが400頁以上の厚い本だ。

 ただ、私の読書にも弱点はある。次々と新しい本に手を出すために、ややもすると読んだ本の内容がおろそかになってしまう。読んではすぐに忘れてしまう。先日もある本を読んでいて、何か前に読んだ記憶があると思って調べたら、3年前にすでに読んでいた。まあ、そういうことがあるのもやむを得ないね。

 さて、昨年読んだ本171冊をプリントアウトして眺めた。いつも言っているように歴史小説が大好きなのだが、昨年一番たくさん読んだ作家が内田康彦の本で、計17冊あった。内田康彦は、残念ながら昨年の3月13日に亡くなった。彼の小説は、亡くなってから読み始めたようなものだ。私の中では、浅見光彦はもうおなじみの主人公になった。

 次に多かったのが、意外にも諸田玲子の小説だ。諸田の作品は8冊読んでいる。諸田の歴史小説も大好きで、彼女の作品は、読んだらすぐに作中に没入できるのがいい。諸田に似た歴史小説を書く植松三十里の作品も好きだ。植松の作品は、昨年は4冊しか読んでいないが、もうすでにほとんど読み終わっていて、もう読むものがない。

 今熱中している作家は、歴史小説を書く人ではないが、馳星周、堂場瞬一、楡周平の三人だ。昨年は馳星周の本は8冊、堂場瞬一の本は6冊、楡周平の本は5冊読んでいる。いずれの作家も、ジャンルは冒険小説だろうか。

 以前、私が大好きな作家は佐々木譲、逢坂剛、大沢在昌の三人だったが、彼らの本は読み尽くしてしまい、新たな新刊でも出ないと読むものがなくなった。特に逢坂の「スペイン物」は好きで、再度読んでみてもいいかなと思っている。

 いずれ頭が痛いのは、読みたい本がだんだん少なくなってきていることだ。那須に「世界文学全集」、「日本文学全集」があるから、それへの挑戦もいいかなと思っている。ただいずれも二段組で、ページ数を稼ぐには不適だ。

 これまで読んできたので、頁数を稼ぐ読書も一段落かなと思ったりもしている。

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2019年1月 8日 (火)

№4041 12月に読んだ本

 私の日常生活に『読書』がすっかり根を下ろした。というよりも、現在の生活の中心が『読書』になっているといっても過言ではない。本を読む行為は、一種孤独との向き合いでもある。

 最近、あまり人と交わってワイワイやらなくなった。というよりも、一人で本を読んでいることに慣れてきて、人ごみの中に出なることがない。飲み会などの出席も最低限度に抑えている。『読書』の良いところでもあり、悪いところでもある。大げさに言えば、老いるということは、孤独に耐えることであるのかなと達観している。

 そのせいかどうかは知らないが、本を読むことだけはコンスタントである。12月も淡々と本を読み暮らし、例月のように13冊・5572頁の読了を果たした。このペースは、多くもないが少なくもない。

 それでは例のごとく何を読んだのかを列記し、2~3の本の感想を述べたい。

堂場瞬一『蒼の悔恨』428頁 PHP研究所 2007年6月刊

内田康夫『不等辺三角形』362頁 講談社 2010年4月刊

鳥越碧『漱石の妻』395頁 講談社 2006年5月刊

高嶋哲夫『官邸襲撃』378頁 PHP研究所 2018年6月刊

上橋菜穂子『鹿の王(上)(下)』上565頁 下554頁 角川書店 2014年9月刊

伊東潤『男たちの船出』417頁 光文社 2018年10月刊

安部龍太郎『平城京』409頁 角川書店 2018年5月刊

伊集院静『日傘を差す女』395頁 文藝春秋 2018年8月刊

内田康夫『教室の亡霊』382頁 中央公論新社 2010年2月刊

沢木耕太郎『作家との遭遇』438頁 新潮社 2018年11月刊

池井戸潤『不祥事』388頁 講談社文庫 2011年11月刊

諸田玲子『四十八人目の忠臣』461頁 2011年10月刊


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 いまや上橋菜穂子さんは、大ベストセラー作家である。この作品は、2015年の「本屋大賞」を受賞し、ものすごく売れたらしい。ただ、私はあまりベストセラーには興味がない。この本を読むきっかけは、ファンタジー作品であるということで読んでみようと思った。彼女の作品『精霊の守り人』は、NHKのロングドラマとしても発表されていた。

 この作品『鹿の王』は、ファンタジーといっても決して子ども向けの小説ではなかった。内容は、結構難しかったのではなかったかな。主人公は、戦士のヴァンと医術師のホッサルである。

 ヴァンは岩塩鉱で囚われの身だったが、乱入してきた犬に咬まれほとんどの人が亡くなったなか、彼と少女だけが生き残った。なぜ彼は生き残ったのか。そして、ホッサルはその奇妙な病の治療法を模索していた。同じ病に罹って、死ぬ人もいれば生き延びる人もいる。その謎解きの話だった。

 この小説はこれで終わらないらしい。今年の3月には新作が出るようだ。

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 12月は、この本が一番面白かった。漱石の奥さんは、鏡子さんという。昔から悪妻と評判の人だった。どんな悪妻だったのか、興味を持って読んだ。読んでいて分かったのだが、漱石はA型人間なのに対し、鏡子さんは典型的なO型人間で私と同じだ。

 漱石が細々なことに気になりイライラしているが、鏡子さんは泰然自若としたものである。そもそもが全く性格の違う二人だった。女房の悪口を言い、暴力まで振るった鏡子とは、8人の子供まで設けているから、漱石は典型的な明治の暴力旦那だったのではないか。

 どうもこの小説を読んでいる限り、鏡子さんを悪妻に仕立て上げたのは、漱石の取り巻き連中だったようだ。今みれば錚々たるメンバーだったが、高浜虚子、小宮豊隆、鈴木三重吉、寺田寅彦、松根東洋城などが漱石をかばい、「漱石山房」を形成していた。そこで語られたのが、鏡子悪妻説だった。

 私は見ていなかったが、3年前の2016年にはNHKドラマにもなったらしい。

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  私は歴史小説が好きで、よく読んでいる。なかでも、安部龍太郎の小説はよく読む。いつものように検索してみると、安部の本で今まで読んだのは18作品であった。なかでも『等伯』はよくできた小説と感心した。

 今回の小説は、奈良平城京建設をめぐる物語だった。平城京の前の都・藤原京はできてまだ13年ほどだった。藤原京の建設がまだ完成する前に、すでに奈良遷都の話が出た。期間三年で唐の長安に負けない新都を建設するという大事業だ。

 この事業は、時の権力者藤原不比等の大号令だった。この事業を手掛けたのは、安部船人だ。遷都反対の反抗勢力がある中、史上最大の国家プロジェクトである。土地の買収、道路づくり、河川の移動という大難題のほか、10000人の人手を集める必要があった。

 それにしても、その当時の権力は絶大なものだったと驚き呆れてしまう。

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