カテゴリー「那須【あるるのいえ】」の393件の記事

2020年3月 5日 (木)

№4456 那須でゴルフ練習

 このところ晴と雨の日が交互に続いている。この日は朝からどんよりしていて、午後からは雨が降り始めた。このことを予測して、那須にゴルフクラブを持ってきた。今日は久し振りにゴルフの練習をしよう。

Dscn1987  周辺にはゴルフ場がたくさんあるが、ゴルフ練習場もたくさんある。しかも安い。埼玉の自宅の近くの練習場は、1球12円である。ところが那須の近くの練習場は、1球5円だった。1000円で200球打てる。普段は100球前後しか打っていないが、この日は1000円で200球のボールを買った。さて200球打てるかな。

 私は、練習場ではドライバーなど大きなクラブの練習はしない。アプローチ等の短いクラブの練習をしている。この日も最初にはじめたのが50ヤードのアプローチ練習だ。最初のうちはシャンクボールが出た。あれおかしいな。打ち方の修正をした。

 このところ、前は絶好調だったピッチングウェッジが最近はどうも上手く打てない。今日はピッチングの練習を重点にしよう。やはり最初は上手く当たらなかった。打ち方を若干の工夫した。そしたら、ほとんど真っ直ぐ飛ぶようになった。打ち方をINサイド⇒OUTにしてみたのだ。この打ち方が正しいのかどうかは分からないが、この日はほぼ真っ直ぐ飛んだ。

Dscn1990  どこの練習場にもゴルキチが集まっている。この日も5~6人が集まっていて、ゴルフ談議をしていた。隣の打席でこういう打ち方が良いと指導を受けている人がいたが、私が指導を受けることはない。一度教えを乞いたいと思うのだが、どうなのだろう。

 ピッチングでうまく打てた打ち方を他のクラブでも試みた。ほとんど真っ直ぐ飛んだ。ピッチングとともに私にとって問題のクラブは、8番アイアンだ。8番アイアンがうまく打てたら、グーンとスコア改善につながるだろうと思いながら、今まで練習場にはいかなかった。やはり、ピッチングの打ち方で8番アイアンを打ってみた。なんとうまく打てるじゃないか。

 いつの間にか、200球を打ってしまった。さて本番ではうまく打てるだろうか。ただ、練習場でうまく打てたからといって、本番でうまくいく保証はない。もっともっと練習をしなければならない、と痛感した。

Dscn1991  良い汗をかいた。温泉で汗を流そうと、いつもの自在荘に行った。顔馴染みの番頭さんが、暖かく迎えてくれた。

【3月4日の歩行記録】3,836歩 2.6㎞

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2020年3月 4日 (水)

№4455 那須と乃木希典

 先日、ある本を読んでいたら、乃木希典と那須には深い関係があると知った。もう忘れられている軍人だが、乃木希典は明治の軍人だ。明治天皇が亡くなった際、乃木夫婦は大葬後殉職した。それに感動して、全国には4か所の【乃木神社】が建てられた。那須にその一つの神社がある。那須に行ったら、立ち寄ってみようと思っていた。

Dscn1968  この日は天気が良かったので、那須の【乃木神社】に行ってみた。カーナビで約30㎞ほどだった 車で40分ほどかかった。入口には、この神社の由緒が書かれていた。それによると、乃木将軍は明治23年親戚に土地を譲り受けた。面積は農地3ヘクタール、山林10ヘクタールの広大なものだった。

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 乃木は、この神社の後ろに当たる場所に住宅を建て住んだ。乃木希典は、従軍中4年ほど休職して、この地に住んでいたようだ。彼の理想は、「晴耕雨読」だった。48か月にわたって住んでいたようだが、彼を田舎に閉じ込めていられるほど、世の中は平穏ではなかった。日露戦争が始まったのだ。乃木は、明治天皇に絶大な信頼を得ていた。乃木へ参戦の命令が下った。

 乃木は、この那須から旅順に行ったようだ。そこで203高地の攻略の作戦の中心軍人になった。有名な203高地攻略で、日本の軍人は7万人弱の死傷者を出した。この戦略を口酸っぱく批判したのが、司馬遼太郎だ。何ら工夫がなく、ただ力押しをしてあたら日本軍の犠牲を山積みしていったことに、「乃木は無能の軍人」と指摘した。一体に司馬は、長州人には批判的だった。乃木も長州人だ。この攻略では、乃木の二人の息子も犠牲になった。ここでは、乃木の是非は問わない。

Dscn1972  神社の後ろ側には鬱蒼とした森が広がっていた。この森は、乃木ができるだけ手を入れないで自然のまま残すように指示していた。500本の原木があり、シラカシ・ケヤキ・スギ・椿など30種類ほどあるようだ。森の隅には、今でも清水が湧き出ていた。森林浴にも最適のようだ。この森を訪れる人が多いかどうかは知らないが、この日はひっそりしていた。

Dscn1983  那須には、もう一カ所乃木の遺品を展示している温泉がある。茶臼岳の麓にある大丸温泉だ。久し振りに温泉に浸かりがてら、行ってみよう。乃木の旧宅から40㎞近くあり、標高も1220mほどだ。乃木が愛した温泉のようだ。しかし旧宅からは遠い。どうやって来たのか宿の人にい聞いてみたら、その当時は馬に乗って来たという。

Dscn1984  ロビーの隅に乃木の遺品が飾られていた。乃木の手紙や着ていたものなどが飾ってあった。この温泉は美人の湯だ。ただ入湯料が1000円と高く、めったに来ることはない。しかし、ここに来たからには温泉に浸かって帰ろう。ここの温泉には、プールの広さほどの露天風呂がある。この露天風呂は混浴だ。3組のアベックが肩を寄せ合って入浴していた。混浴を楽しんでいたので、邪魔にならないように早々と退散した。

【3月3日の歩行記録】7,423歩 5.0㎞

 

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2020年3月 3日 (火)

№4454 那須に避難しよう

 いろいろな行事がすべてキャンセルになった。そうだ、那須に行こう。那須は、今の時期人も少ないし、ほとんど人に会うこともない。新型コロナウィルスは、人から人に感染するようだ。政府の指示で、学校も一斉休校になった。子どもたちには行き場がないようだが、私には避難場所として那須がある。

 女房もすべての予定がキャンセルになったようだが、今回も私一人で行くことにした。那須に行くのに、持って行くものはいつものことで慣れている。まずはパソコンである。スマホでもブログ発信はできるが、どうもスマホに文字を打ち込むのはいつまでたっても慣れない。勢い、どこに行くにもパソコンは必需品だ。テザリングのためにスマホも必須だ。

 那須では十分に時間がある。今回は4日の滞在のつもりだが、読む本を持って行く必要がある。まあ2冊も持って行くと十分なのだが、念のために厚めの本を3冊持って行こう。これだけは読めないだろうが、不測の事態に対応するためだ。常備薬も必要だ。ただ、着替えは那須には充分にある。着る物を持ち込む必要はない。

Dscn1964  女房が「持って行って」と渡したのが、マスク4枚だ。そのうちの1枚は手作りのマスクだった。そのマスクは後ろに紙を巻いていたので、掛けていると息苦しかった。とうとうマスクが底をつき、自家製のマスクが必要になった。

 さて、那須では時間があるだろうと、珍しくゴルフクラブも持ってきた。時間を見て、ゴルフの練習もしたいね。それやこれやもあって、車の荷台はまた一杯になった。途中、スーパーで食料もも必要以上に大量に買い込んだ。これも安心のためだ。

 この日の天気は雨だったが、午後にはあがるだろうという予報だった。ところが終日雨だった。那須に着いたら散歩に行こうと思ったが、雨で行きそびれてしまった。

【3月2日の歩行記録】2,942歩 2.0㎞

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2020年2月 1日 (土)

№4423 冬の那須の楽しみは

 暖冬とはいえども、やはり那須は寒い。夜寝るときには、毛布二枚と布団二枚掛けている。さらに足先が冷たいので、靴下を履いて寝ている。夜中に、あまりの重さに掛布団は一枚剥がしているのだが。

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 こういう寒い那須の楽しみは、温泉である。私がよく行く温泉は、大体3か所である。自在荘温泉、鹿の湯、小鹿の湯だ。さて、今日はどの温泉に行こうか。こういう寒い日には、体の芯から温まる「鹿の湯」温泉がいいね。最近行くのは自在荘が中心だったが、久し振りの鹿の湯温泉だ。ただ、鹿の湯は石鹸を使うこともシャンプーを使うのも禁止だ。ただ体を温めるだけなの?が難だ。

 鹿の湯温泉には6つの浴槽がある。浴槽は約2m四方で、それぞれの浴槽で温度が違う。41度C、42度、43度、44度、46度、48度の6つである。46度と48度の浴槽に入っているのは、常連客が中心である。その人たちも、湯揉み板で浴槽をかき混ぜて入っているようだ。ただ、私はこんな熱いお湯は苦手だ。

Dscn1872  面白いのは、入浴客の体は真っ赤だ。本当は撮影禁止なのだが、隠れて撮った。私が入ったのは、41度と42度の浴槽だ。この浴槽でじっくり体を温めるのが良い。じわじわと汗が出てくると上がる。それを何度か繰り返すうちに、私の体もピンクになってきた。そして1時間も入っていただろうか、体がポカポカしてきた。

 この鹿の湯の源泉は57.2度もある。PHは2.6と強酸性の温泉だ。自在荘は弱アルカリ性なのに比べて対照的だ。この鹿の湯は、いつ行ってもいっぱいだ。相当強いファンがいるのだろう。ただ、今までは400円で入れたのが、この日行ってみたらいつの間にか値上がりしていて、500円だった。まあ、しようがないか。

【1月31日の歩行記録】9,084歩 6.1㎞

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2020年1月31日 (金)

№4422 今年最初の那須

 今年はまだ那須に行っていない。月一度は那須へ行こうと思っている私には、1月ギリギリになったが那須に行くことにした。その話を聞いて、女房はホッとしていた。実は飲料水がなくなっているのだ。

 朝食後、那須に向かった。今回の出発が早かったせいか、お昼過ぎには那須に着いた。今年初めてのことだが、向かいのOhnoのお父さんに挨拶に行った。1月はほとんど那須に滞在していたようで、まるで「那須の番人」のようだった。何をやっているのか聞いてみたら、「大工仕事をちょくちょくやっている。自宅にいてもやることがないので、那須に来ているのだ」そうだ。

 Ohno家には見慣れない同居人がいた。新しい猫だ。前にいた猫は病気で死んだそうだ。やはり一人は寂しいと、新しい猫を求めたらしい。「この猫は可愛い。どこに行くにも一緒についてくる。遠くに散歩するのも一緒だ。普通猫は気ままで一緒に散歩することなどないが、この猫だけは別だ」と話していた。お父さんの元気な顔を見てほっとした。

Dscn1867  さて、ちょっとした買い物で近くのスーパーに行ってきた。今年は那須も暖冬だ。お父さんの話しでは、那須は先日ちらちらと雪が舞った程度らしい。ただ、那須の山はやはり冬山だ。スーパーの近くから茶臼岳が見える。2000m近い高山だけに、矢張り真っ白だった。

Dscn1868  スーパーの帰りに、近くの本屋「那須ブックセンター」に立ち寄った。今年のカレンダーを買うためだ。久し振りに店主にお会いした。「今頃カレンダーを買うんですか。もう1月も末ですよ。『四季の那須』というカレンダーだが、今年は仕入れ過ぎて、カレンダーがだいぶ余っていた。ところが、不思議なことに今日一日で3本も売れた。結果としてちょうどいい仕入れ数だった」と話していた。

 早速指定の場所にカレンダーをかけた。これで、【あるるのいえ】も新年を迎えることになった。

【1月30日の歩行記録】6,246歩 4.2㎞

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2019年12月24日 (火)

№4383 水道栓を閉めて帰る

 さて、今回の那須滞在は3泊4日だった。前日に向かいのOhnoのお父さんが那須にやってきた。「自宅にいる場所がないので、那須に逃げてきたよ」と話していた。伊奈の自宅では、毎年年末恒例の「あら草かしら」の展示会が始まった。この時期には、いつもお父さんは那須に退避している。お父さんに沢庵一本を届けた。

 お父さんは、前回那須を去る際に水道栓を閉めて帰ったらしい。顔を出したら、まだ水道栓を開けていない、と話していた。沢庵は、Matsukawaのお母さんにも届けておいた。そういえば、女房が「もう自在荘の温泉には行かない」と宣言していた。今まで500円だった入湯料が700円に値上げされたらしい。とはいっても、自在荘の温泉は良い。久し振りに自在荘に行ってみた。料金は500円だった。フロントに聞いてみたら、「料金は値上げしたことはありませんよ」と話していた。

 さて、自宅に帰るとしよう。次回那須に来るのは1月下旬になるだろうからと、水道栓を閉めた。那須が一番寒いのは、1月下旬から2月にかけてだ。前日の天気予報をみて、明け方に雪が降るかなと覚悟をした。晩から明け方にかけて雨は降っていたが、雪にはならなかった。朝起きたときには、すっかり晴れあがっていた。ただ、山を隔てた奥日光では30cmほどの雪が降ったらしい。

Img20191223125952  以前も話したことがあるが、帰りは道の駅「しもつけ」に立ち寄ってお昼ご飯を食べるのを常にしていた。ちょうどお昼頃に道の駅を通るからだ。ところが、最近はこの道の駅をスルーしている。この道の駅から30分ほど行ったところに「佐野ラーメン」の店がある。この店のラーメンが好きで、お昼はここで食べることにしている。

Img20191223125203  単純でさらっとして、トッピングのほとんどない醤油ラーメンが美味しい。今回もこの店のラーメンを食べて帰ってきた。

【12月23日の歩行記録】7,816歩 5.2㎞

 

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2019年12月23日 (月)

№4382 再度白菜を漬けよう

 11月に那須に来た時に漬けた白菜だが、自宅に持ち帰ってすべて食べてしまった。那須は野菜が安い。お正月用に、再度白菜を漬けようと思った。スーパーでは、大きな白菜が一個150円弱だった。2個買って来たが、半分は鍋用に使った。残りの一個半を漬けることにした。

Dscn1664_20191223075501  白菜を4分の一に切って、水洗いをした。洗った白菜は、ウッドデッキに半日ほど干した。半日ほどでカラカラになった。

Dscn1663  さて、漬物に大事なのは塩加減だ。まずは昆布を小さく切った。さらに鷹の爪も切った。それに、柚子を包丁で皮だけを削って入れた。本当は塩をブレンドするのに白菜の重さを計ったらいいのだが、今回は適当にボールに入れてかき混ぜた。前回の塩は3%だったが、塩っ辛い漬物は女房に敬遠される。少し抑えめにした。

Dscn1665  漬物樽は、埼玉の自宅から持ち帰っていた。その樽をきれいに洗った。その樽にビニール袋を敷き、底にさらに塩をサッと振った。樽に、干した白菜にブレンドした塩を振って漬けていった。慣れたものである。漬けた白菜は、埼玉の自宅で重石を載せて漬けるつもりだ。ちょうどお正月に食べごろになるだろう。

 今回は沢庵も持ち帰るから、帰りの車は漬物樽で一杯になった。

【12月22日の歩行記録】7,847歩 5.3㎞

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2019年12月22日 (日)

№4381 那須は寒いぞ

 那須は本当に寒い。車を降りた途端、頬のこわばりを感じる。道を行きかう人ごとに「寒いですね」と挨拶をかわす。「あるるのいえ」での暖房は、ストーブと床暖房と炬燵だ。それだけでは寒いが、仕方がない、コタツの中に包まって寒さをやり過ごす。

 寝るときには、毛布を二枚掛け、その上に布団二枚掛けた。しかもズボン下を履き、靴下を履いて寝る。パジャマは、横浜の姉からプレゼントされた超厚手のものを着ている。さすが夜中に足が火照って、靴下を脱いだ。さらには重くって、掛布団一枚を剥いだ。

 なぜそんな思いをしてまで那須に来るのか。なんといっても、那須に来ると静かな環境を確保できる。埼玉の自宅でも静かなのだが、那須はまた別物だ。自宅では基本的に三食は女房が作っているが、那須では自分でせざるを得ない。この三食作りも、そんなに嫌なものではない。さて、今晩は何を食べようか、考えるものなかなか良い。

Dscn1660  朝起きてみたら、車にうっすら雪が積もっていた。今年の初雪ではないだろうか。そういえば、例年はいつもはこの時期にスタッドレスタイヤに履き替えているが、暖冬に良いだろうと履き替えていない。さて、今冬は履き替える必要があるだろうか。

【12月21日の歩行記録】6,095歩 4.1㎞

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2019年12月21日 (土)

№4380 今年最後の那須行

 さて、今年最後になるが、那須に行くことにしよう。いつもそうなのだが、那須に行くときには車いっぱいに荷物を積んでいく。那須に行くとなると、女房は玄関一杯に荷物を積んでいる。不思議なことに、山のような荷物も車に入れることができる。今回の荷物は、いつものように空のペットボトル7箱、家庭内のゴミ4箱、空になった漬物樽、食べ物を入れた保冷箱等だ。

Dscn1656_20191221081701  これも、いつものように国道新四号線を通っていく。この日は天気が良く、快適なドライブだった。この道は、関東平野のど真ん中を走る。360度のパノラマだ。道路の右手に見えるのは筑波山だ。いつになく麓までよく見えた。この筑波山を眺めながら、いつも登って見たくなる。幸い、来年度の東京シニア自然大学NEXT講座に筑波山訪問が入っている。私はこの景色を見て、希望を出した。

Dscn1657_20191221082201  また道の左手に見えるのが、日光連山だ。その連山の真ん中にあるのが、男体山だ。頂上付近は雪で白くなっていた。日光にもついに冬が来たようだ。那須には、予定通り3時間で着いた。この日はガス会社の定期点検があり、午後3時過ぎに点検員が来るはずだ。今回の那須訪問には、点検の立ち合いがあった。

Dscn1658_20191221082901  さて、那須に着いて最初に見たのが、沢庵の漬かり具合だ。重石をとって樽をみた。糠の濡れ具合が少し甘かった。漬けてちょうど一ヶ月になる。一本樽から上げてみた。色は沢庵らしくちょうどいい。

Dscn1659_20191221083101  早速試食してみた。色といい、漬かり具合といい、ちょうどいい。食べてみたら、3%の塩もしょっぱくなく、うまい具合に漬かっていた。塩加減にうるさい女房も、この味なら合格を出すのではないか。

 ガス点検が終わったので、楽しみの温泉に行った。夜は、自宅から持ってきたハタハタを鍋にして食べた。美味しかった。

【12月20日の歩行記録】5,072歩 3.4㎞

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2019年11月26日 (火)

№4355 帰る準備も忙しい

 わずか2泊3日の那須滞在だったが、帰るとなるとまた忙しい。午前7時に目が覚めたが、ぐっすり眠れた。起きると最初にやるのは、洗濯機を回すことだ。洗濯には2時間ほどかかる。洗濯機を回したので、もう一度寝ようかと布団に入った。けれど眠れなかった。30分ほど本を読んで起き出した。土・日曜日は雨だったが、この日は朝から太陽が出ていた。

 敷きっぱなしの布団を太陽に干すことにした。ウッドデッキの手すりに布団を並べて干した。さて、朝食にしよう。朝食はいつもパン食だ。副食に鍋の残りを食べることにした。鍋は最初の晩に作り、二日目の晩も鍋だった。鍋には鶏肉、タラ、白菜、カキ、サトイモ、ネギなどを入れたごった煮だ。まあ、ちゃんこ鍋みたいなものだね。二日目の晩には、鍋にうどんを入れた。

 そのごった煮の鍋が、最終日まで残っていた。白菜をつけ足して、水をいれ醤油で味を調えた。本当に鍋は簡単でいいし、体が温まる。那須では鍋かクリームシチューを作って入っる。いずれも2日か3日はこれで持つ。最終日に残った鍋は、ちょうど一食分あった。朝食が終わったら、食器を洗い、布巾で拭いた。

Dscn1476  さて、滞在中に焚きっぱなしだった石油ストーブの石油が、ちょうどなくなった。次回のために、買い足しておこう。近くのコメリに行って石油を買った。ポリタンクに石油を入れて貰っていたら、知り合いの『那須ブックセンター』の店主と出会った。先日の古本市は大変好調だったらしい。「来年の春もやりますので、ぜひお出で下さい」と言っていた。このコメリから、茶臼岳がきれいに見えた。

 帰ってきたら、洗濯が終わっていた。洗濯物は室内干しだ。次に那須に来た時には乾いている。そして取り掛かったのが、ポリタンクに水を入れる作業だ。今回那須には5箱の空タンクを持ってきた。それに水を満たした。

 最後の仕上は、室内の掃除だ。居間にはコタツを置いている。コタツを上げて、居間を掃除した。そして、干しておいた布団を室内に取り込んだ。もう午前11時だ。ポリタンクの水5箱、残った食材等を車に積んだ。忘れてならないのは、昨日漬けた白菜の樽だ。この樽も車に積み込んだ。

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 自宅に着いたのは、予定通り午後2時だった。白菜漬けを、自宅にある大石をのせて、最後に漬けこんだ。次に那須に行くのは12月下旬だね。そこまで、沢庵はできているかな。

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