カテゴリー「東京シニア自然大学」の237件の記事

2019年9月12日 (木)

№4180 ガイドと巡るさきたま古墳群

 先日下見したさきたま古墳群で、この日は東京シニア自然大学NEXTの「さきたま古墳公園で古代の歴史を学ぶ」講座があった。午前中は「県立さきたま史跡の博物館」の学芸員のお話を伺い、午後はボランティアガイドと一緒に古墳群を巡った。下見と違い、きちんと学芸員の話を伺うと理解が一層深まった。この日の参加者は29名だった。

Sdscn0916  まずは、博物館で学芸員から概要と、収蔵されている展示品の説明を聞いた。聞いて初めて知ったこともあった。ここになぜ9基もの古墳があるのかそれは謎とのことだが、ただ確実に大和朝廷の影響はあったらしい。前方後円墳を作るには、朝廷の許可が必要とのことのようだ。ただ、関東にはこのような古墳はこのさきたま古墳だけではなく、特に群馬県に多くあるとのことだ。

Sdscn0918  博物館の展示品の中で、圧倒的な異彩を放つのが国宝「金錯銘鉄剣」である。1968年稲荷山古墳で出土し、話題になった。レントゲンで撮影し、初めて金文字が浮きあがったのだそうだ。5世紀後半のもので、ワカタケルの名前が彫られていたらしい。そのほかに、一緒に出土した剣や馬具なども一緒に国宝に指定されたという。

 たまたま稲荷山古墳は崩壊していたので発掘が可能になったが、他の古墳は文化庁の許可がなく、いまだ未発掘だという。果たして、ほかの古墳にはどういう宝が眠っているのだろうか。この日の参加者は研究熱心で、お昼間際まで学芸員に質問を浴びせていた。

Sdscn0929  午後は、地元のボランティアガイドと一緒に古墳巡りをした。この日は天気が良く、汗が止まらない。丸墓山古墳は、中でも日本最大の円墳で、100段の階段を上った。墓の頂上からは、行田の街や忍城が望めた。

Sdscn0930  忍城は、石田三成が水攻めをした「のぼうの城」で有名だ。石田三成は、この丸墓山古墳で陣頭指揮を執ったらしい。この下には、水攻めで有名な石田堤が残されていた。

Sdscn0934  さらに、稲荷山古墳にも登った。古墳の頂上には、発掘跡のレプリカが残されていた。

Sdscn0937  また、稲荷山古墳から歩いて10分ほどのところにあるのが将軍塚古墳だ。ここには発掘跡のレプリカが公開されている。炎天の中を歩いてきて、この冷房の効いた石室に入場してほっとした。

 埼玉に住んでいる人はこの古墳群は知っていたが、この日の参加者はこんな大規模な古墳があるのにチョットした驚きを持ったようだ。この古墳は5世紀から6世紀の150年ほどのもののようだが、その後は古墳は作られなかった。なぜかというに、仏教が入り、お寺ができたせいとガイドは説明していた。

 それにしても、古代の話には夢があるね。

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2019年9月 8日 (日)

№4176 来年の富士山計画は?

 昨日の記事の続きになる。富士山への出発は、中央線国立駅からであった。当然、帰りも国立駅である。午後5時半に到着する予定だったが、中央高速道で事故があり、30分ほど遅れて午後6時過ぎに着いた。やれやれ、お腹が空いたね。

 この東京シニア自然大学の講座は、良風か悪風かは知らないが、帰りには必ず「反省会」がある。実際は一杯飲んで帰ろうよ、というものだ。バスから降りて、「さて、反省会をやって帰ろうよ」と提案したら、10人ほどの方が参加の手をあげた。国立でいつも飲むのは、駅前のやきとり屋である。さて今日残ったのはどういうメンバーか見てみたら、珍しいことにこの日の講師の小泉先生も参加してくれた。さらに事務局のKanakuboさん、Kobori君も残ってくれた。

 私はこの反省会のために、中央高速道の談合坂SAでソフトクリームを食べるのを我慢した。Kobori君が食べていたので、「帰りのビールがまずくなるよ」と注意をした。彼は、「ソフトクリームはソフトクリーム、ビールはビールですよ」と美味しそうに食べていた。ただ、反省会に参加してみて、ソフトクリームを我慢したのは大正解だった。

 過激な運動から帰ってきて、生ビールは美味しかった。やはり、このビールのために汗を搔いてきたのだ。あっという間に大ジョッキの生ビール二杯がお腹に収まった。その後は、お燗の日本酒を飲んだ。

 東京シニア自然大学には、われわれが自主的に運営する「NEXT」という講座と、事務局が運営する「修了生コース」がある。最近は、あまり修了生コースには参加していなかったが、富士山講座だけは別だ。この講座は、常に小泉先生が講師として参加してくれる。昨日もお話ししたように、富士山講座は今年で4回目だ。

Photo_20190908083401  事務局のKanakuboさんが、「もちろん、来年も富士山講座はやるつもりだ。ところが何をやるのか、来年は白紙だ。ぜひ参加者のご意見を承りたい」と提案していた。私と参加者のYashimaさんは、期せずして同じ意見を出した。「富士山の大沢崩れを実際に見てみたい」と。大沢崩れは、富士山の形を変えてしまうほど大規模に進行している。ただ、この崩れは1000年も前から続いているようだ。

 小泉先生は、「大沢崩れ見学は危険で、立ち入り禁止になっているようだ。ただ、国交省に伝手があれば入場可能かもしれない。私も皆さんをご案内することには賛成だ」と言っていた。Kanakuboさんも実施にこぎつけるべく、来年の講座に向けて研究してみたい、と話していた。

 富士山講座以外にも希望はないか聞いていたので、久し振りに尾瀬に行きたいなと希望を述べた。これは修了生コースでなくともNEXTでも実施できる講座だ。そういうと、Kanakuboさんは「ぜひ小泉先生と一緒に尾瀬に行きましょうよ」と言っていた。小泉先生も、「2泊でなくても、1泊で十分に尾瀬は楽しめるよ」と話していた。

 反省会は、来年の講座に議論が及んだ。ただ、2時間でこの会は終わるようにしている。すこし足りない感じなのだが、反省会はそれがいいのだ。

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2019年9月 7日 (土)

№4175 富士山を五合目から下る

Sdscn0873  東京シニア自然大学修了生コースで、「富士山に行こう!-富士吉田口下山だけコース―」に参加してきた。毎年一回9月に開講されている「富士山に行こう!」の講座は、今年で4回目になるらしい。「宝登山見学」「御庭をめぐる」「青木ヶ原樹海」に次いでの講座だ。私はこの講座を楽しみにしていて、今回参加で3回目だ。講師の先生は、これもいつもの小泉武栄先生(東京学芸大名誉教授)である。

Sdscn0867  チャーターしたマイクロバスで、富士スバルラインの五合目に着いた。スマホで確認したら、この地は標高2300メートル、温度は15度だった。下界は晴だったのに、ここ五合目は雲で覆われていた。そして何より驚いたのが、この五合目はまるで異国の地だ。ほとんど日本人の姿は見えない。ヨーロッパ系の人も多かったのだが、何より中国人が目立った。彼らは声が高いのですぐにわかる。

Sdscn0871  この日の講座は、富士山を五合目から馬返しまで下るコースだ。なぜこのコースを選んだかというに、担当者のKanakuboさんが「私は登るのが大嫌い」だからだという。外国人の間を縫い、下山コースを下った。小泉先生のカバー領域は広い。地質学から植生までなんでもカバーしているようだ。

Sdscn0872 Sdscn0876  富士山固有の植物、名月草に富士アザミだ。山道の脇には鳥兜も咲いていた。カラマツやコメツガ、シラビソまで、植物のことはなんでも説明していた。実は、私は普段ほとんど体を動かしていない。この日もはたして皆に付いていけるか、不安があった。ただ下山だけだったので、何とかなった。

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 植物の説明だけではなく、富士山の成り立ちも岩石から説明してくれた。火山の噴石が山道脇にはたくさん転がっている。穴だらけの石はスコリア、真っ赤な石は鉄分を含んでいる石だし、真っ黒な石は宝登山噴火で飛んできたものだという。さらに上の写真の白い石は、古富士の跡の石らしい。15000年前に噴火した古富士はすべてを吹っ飛ばし、その上に新富士山が乗っかっていまの姿になっているという。

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 この下山コースには、合目ごとに山小屋があったらしい。その山小屋がことごとく廃屋になっていた。その理由は、1964年東京オリンピックに合わせて開通した富士スバルラインにあるという。有料道路開通までは、富士吉田口からのこの道が富士登山のメインロードだった。そしてスバルライン開通後は、この道を使って登山する人は激減したようだ。山小屋として経営が成り立たない小屋は、廃屋のまま放っておかれていた。

Sdscn0891  下から元気な小学生が登ってきた。富士吉田小学校の六年生の遠足だと言っていた。山は何時でもそうなのだが、一度下った道を再度登る気にはとてもなれない。二合目まで下ってきたら、眼下には河口湖が見えた。目的地の馬返しまではもうすぐだ。結局、この日は4時間半をかけて500mほど下った。

 さて、翌日は足がパンパンになって歩けないだろうね。

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2019年8月22日 (木)

№4159 講座の下見でさきたま古墳へ

 東京シニア自然大学NEXTの活動だが、最近素晴らしい後継者もできたので、一線から退いている。とはいっても、あまりにもお任せばかりでは申し訳ないと、最低限の協力はしている。この日は、9月に行われる講座「さきたま古墳公園で古代の歴史を学ぶ」の下見会があった。私の自宅から行田までは近いので、世話人として協力を申し出た。

 東京シニア自然大学NEXTの講座は、世話人が講座の設定をして、シラバスで会員に知らせる。シラバスを作るには、下見が必須だ。本当は一か月前にシラバスを作る必要があったが、夏休みやお盆の季節が重なり、若干遅くなったが下見をしてきた。

 私は、さきたま古墳群には何度も行っている。ただ、きちんと学習はしていない。わが講座は、きちんとボランティアガイドをつけて、知見を得ようと心掛けている。この講座に参加している人も、ボランティアガイドの説明を聞いて、参加に意義を感じている。下見会も、最初にボランティアガイドを探すことから始める。

Sdscn0803  まずは、市役所の近くの観光案内所でボランティアガイドの要請をした。近くには忍城もあるが、忍城からさきたま古墳までは歩いて30分もかかる。当日は忍城見学はやめて、さきたま古墳一本に絞ることにした。古墳の近くに「史跡博物館」があった。そこを訪ねて、学芸員の説明が可能かどうか聞いてみた。40分くらいの説明ができるとのことで、お願いした。

Sdscn0798  この博物館には、稲荷山古墳で出土した鉄剣が飾ってあった。この剣は、何時出土したのだろうか、大きなニュースになった。ただ、鉄は時を経るとボロボロになる。よく残っていたものだ。

Sdscn0806  この博物館を出て、古墳も巡ってみた。ここには10基の古墳があり、いずれも6世紀の初盤から中盤にかけて作られたもののようだ。誰のお墓だったのだろうか、当日ボランティアガイドに話を聞くのを楽しみにしよう。

Sdscn0807  石室が公開されている古墳もあった。「将軍塚古墳」というのだそうだ。32万平方メートルもあるこの跡地は、全部見て歩くのはえらく大変だった。必要なところだけ見て、あとは打ち合わせに入った。

Sdscn0809  打合せ場所は、「古代蓮の里」で行った。せっかくだからと、田んぼアートを見て帰ってきた。もう一か月もすると、ラグビーワールドカップが開かれる。この田んぼアートは、実に見事なものだった。

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2019年7月25日 (木)

№4132 城下町佐倉の街歩きと国立歴史民俗博物館

 1か月二回開かれているが、この日は東京シニア自然大学NEXTの講座があった。私はこの講座の開講を楽しみにしている。というのも、古希を機会にほとんどの付き合いを断捨離し、今残っているのはこの東京シニア自然大学だけである。二週間に一辺といっても、会うとずいぶん久し振りに思えるから不思議だ。

 この日は、旧城下町佐倉の街歩きを楽しみ、午後は「国立民俗博物館」の見学だった。実は、私は佐倉の街には年二度ほど来ている。というのも、駅裏にある佐倉カントリー倶楽部で、高校同窓会のゴルフコンペが開かれているからだ。ただ、佐倉の街はゴルフ場と飲み屋に通うだけで、街の散策はしたことがない。佐倉の街はどうなっているのだろうか、楽しみである。

Sdscn0673  名簿を見ると、東京シニア自然大学NEXTの会員は72名である。もちろん、この講座に全員参加することはない。それでも、心なしか幽霊会員が増えたような気がする。ただ、この日の参加者は、今まで開講した中では最高の35名だった。参加者が少ないと心配だが、多ければまた世話人にとっては大変なことだ。朝10時に京急佐倉の駅前で朝礼が行われた。

Sdscn0674  最初に向かったのは、駅から15分ほど歩いた旧武家屋敷だ。ボランティアガイド二人が待っていた。ここで二班に分かれて、旧武家屋敷跡の見学をした。見学用に移築した武家屋敷三棟があった。上級・中級・下級の武家屋敷跡だ。江戸時代は階級社会だとはっきり分かる建物だった。上級の玄関は5畳、中級は4畳、下級は3畳だった。

 さらに、上級屋敷の畳にはヘリがあったが、中級・下級にはなかった。建物で面白かったのは、移動式かまどだ。階級が変わったり移動になったりしたときは、かまどごと持って移るのだそうだ。

Sdscn0677  佐倉の街には、街々に昔の面影が残っていた。写真のひよどり坂は、欝蒼とした竹林に囲まれた坂道だった。

Sdscn0680  さらに進んで佐倉城址公園に行った。広々とした城址公園だったが、昔の面影を偲ぶ建物はほとんど残っていなかった。変な観光城を残すよりも、何かすっきりしてよかったのではないか。この城は、堀田正睦を含め9人の江戸時代の老中を生んだ城らしい。

Sdscn0681  この城址公園の一角に「国立歴史民俗博物館」があった。この博物館に併設されているレストランで昼食を摂った。レストランに入った時には下着が汗で濡れ、気持ち悪かった。幸い下着の替えをもってきていたので、着替えた。

Sdscn0682  午後は2時間ばかりこの博物館を見学したのだが、古くは縄文時代から現代までの展示物が並べられていた。あまり広すぎて、何が何だかわからないうちに、見学に疲れてしまった。焦点を絞って見学しないと、集中力を欠いてしまう。

 帰りはいつものように駅前で「反省会」を行った。反省会も、この講座の重要ポイントだ。この日は、いつもより多い13~4人が参加していた。

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2019年7月11日 (木)

№4118 三富今昔村訪問

 月曜日夜10時に放映されているNHKのテレビ番組「逆転人生」を知っているだろうか。実は私も観たことがなかった。7月1日のその番組で、この日訪問した石坂産業の女社長の話が載るというので、初めて観た。それまで、私は石坂産業を知らなかった。所沢にある産廃の会社らしい。この日の東京シニア自然大学NEXTの講座は、その石坂産業とその会社の環境への取り組みを学ぶものだった。

 この講座には長くかかわっていたが、産廃事業の見学は初めてのことだ。そういえば所沢周辺は、ひと頃は産廃を焼却する煙突がたっていて、ものすごい煙だった。このテレビ番組を見ていたら、ある新聞報道で煙突からダイオキシンが発生し、所沢のホウレンソウが煙害に侵されていると報じられたことがあったらしい。1999年のことだ。

Sdscn0615  所沢の農民は風評被害に立ち上がり、ごみの焼却反対の運動が盛り上がった。標的にされたのが、この日見学した石坂産業だった。石坂産業は、ダイオキシンを抑えるために50億円をかけて高熱焼却炉を作っていたが、矢張り煙突の煙は抑えられなかった。市民の反対運動に立ち往生した先代の社長は辞任し、社長の座を娘に譲ったらしい。

 その娘は産廃事業を根本から見直し、煙突で焼却しない、徹底したリサイクル事業を立ち上げた。この日の説明によると、この会社が扱っているほとんどの産業廃棄物は、古家解体で出たごみ、木材のようだ。今では、そのリサイクル率は98%とのことのようだ。

 そして、女社長石坂典子さんが何より力を入れて取り組んだのが、周辺の環境整備だ。それまでは、工場の周りはごみ捨て場でさながらジャングル化していたという。従業員でごみの取り片付けをし、自然の再生に取り組んだ。それまで産廃反対運動を取り組んでいた市民団体も、次第にこの事業に協力していったという。今では、後楽園ドーム4個分にあたる敷地は、里山テーマパークになった。

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 とはいっても、石坂産業は産業廃棄物の中間処理業者だ。本社会議室でこの会社の取り組みを学んだあと、工場見学もさせていただいた。家屋の解体ゴミが、次々に持ち込まれていた。その量の多さに驚いた。持ち込まれたごみは、システマテックに処理されていく。近隣に音の立てない、ホコリの舞わない工場に細心の努力を払っているようだ。産廃処理工場なのに、工場内が意外ときれいなのには驚いた。

 そして、何よりも従業員の教育が行き届いていたことだ。われわれ訪問者を見て、どんな遠くにいても大きなはきはきした声で、「いらっしゃいませ」と挨拶をしてきた。これは、この見学中どういうパートで働いている人にも徹底されていた。これは、「見学者は我々の教師である」という精神に基づくもののようだ。一年に三万人もの見学者があるというのもうなずけた。

Sdscn0632  この日の参加費は、昼食代込みで3500円だった。意外と高いと思うかもしれないが、駅から工場までの送迎バス、かわいい行業員が一日ついてガイドをしてくれたこと、二十穀米を含めた昼食のボリュームを思ったら、そんなにも高いものとは思わなかった。

Sdscn0623  ガイドのお嬢さんの心遣いも行き届いていた。橘さんという女性だったが、「私の顔はいくらSNSで拡散しても構いません」と言っていたから、ここで紹介したい。まだ独身だというので、「私の息子の嫁さんにどう?」と声をかけた。

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2019年6月13日 (木)

№4190 白金周辺の散策

 東京シニア自然大学NEXTの講座で「白金周辺散策」があり、参加してきた。参加者は23名だった。

 私は東京には相当周知しているつもりだったが、白金周辺は歩いたことがなかった。地下鉄で白金台駅に降りたのも始めてのことだ。ついでにいえば、この地下鉄沿線にあった麻布十番も一度行ってみたいと思いながら、実現していない。さて、今日散策する白金とはどういう場所なのだろうか。

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  集合した駅の改札前で、この日の行動の説明があった。午前中は「ゆかしの杜」(旧国立公衆衛生院の建物)の見学、その後「近代医科学記念館」の見学。昼食をはさんで午後は、「自然教育園」の見学。反省会の会場も確保してあり、午後5時半からだという。

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 「ゆかしの杜」は、地下鉄白金台駅のすぐ近くだった。ここには「港区立郷土歴史館」があり、この館の係員が丁寧に説明してくれた。この建物は昭和13年、アメリカのロックフェラー財団の基金で建てられたらしい。戦後使われていなかったものが、昨年の秋、港区と国の物々交換で港区が手に入れたものだそうだ。すごい由緒のある建物だった。特にすごいのは、トイレだ。大理石でできた広々としたものだった。

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 講堂もピカピカ光っていた。旧国立公衆衛生院時代のものらしいが、様々な理由で今は使われていないという。昔は看護師たちの研究発表の場だったらしく、机には傷がなかった。係員が言うには、「こういう講堂で机に傷がないのは珍しい」と強調していた。ほかにも見るべき歴史が、建物にはたくさん残っていた。係員も興にのり、1時間半も説明してくれた。

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 この建物の隣にあったのが「近代医科学記念館」だ。ここでも、係員が待っていてくれた。ここは昔の「伝染病研究所」であり、北里柴三郎や野口英世などが在籍していたという。馬から血清を採るために、数百頭がここで飼われていた時代もあったという。北里柴三郎も、次の新札に肖像が載る。ここでの説明で面白かったのは、森鴎外が脚気を「脚気菌に原因がある」と主張したのを、北里柴三郎は「栄養の問題」として論争を巻き起こしたことだ。今思うとビタミンB1不足の初期的な話だが、脚気で何万人も死んだことを思うと、当時は深刻だった。

 さて、お昼はここの生協食堂で食べた。この研究所は東大医科研病院も兼ねており、学生や医者の卵が多いのだろう。久し振りの大学生協での食事は、安くて美味しかった。

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 午後は、ここから歩いて10分ほどのところにある「国立自然教育園」の見学だ。私は初めて訪れたのだが、都心の真ん中にこのような広い自然の森が残っているのには驚いた。自然教育園にもボランティアガイドが待っていて、丁寧に説明してくれたのはありがたかった。東京ドーム9個分以上の広さがある自然園は、夏でも周囲より10度も低いらしい。森の効用はすごいものだ。昔は少年だった仲間が、目をキラキラしながら聞き入っていたのは、同感の至りである。

 解散後この周辺を散策したのだが、「庭園美術館」といい、「寄生虫館」、「八芳園」、「プラチナ通り」、「松岡美術館」とみるべき場所がたくさんありそうだ。一度再度ゆっくり来よう。何しろ、目黒駅からすぐのところだ。

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2019年6月 6日 (木)

№4183 入笠山を登る

 東京シニア自然大学NEXTの講座で、長野県富士見の入笠山に登ってきた。実は、昨年もこの講座で入笠山に行っている。昨年の記事を添付したが、昨年は6月13日だった。なぜ2年連続かというと、昨年は入笠湿原を見ただけで帰ってきた。その参加者から、「今年は入笠山に登ろう」という提案があり、実現したものだ。この日の参加者は18名だった。

 私は入笠山には思い出があり、サラリーマン時代、会社の寮が富士見町にあった。毎年この寮で野球部合宿があって、参加していた。野球練習は、近くのセイコウエプソンのグランドを借りてやっていた。寮では、宴会の連続だった。そして、この寮の真正面に入笠山が聳えており、あまりに奇麗な山に、いつかは登りたいと思っていた。この日は、それが40年程ぶりに実現したのだ。

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 昨年と同様、登山口からはゴンドラに乗った。1000m地点から、一挙に1700m地点まで700mも上昇した。朝は曇りがちながら、かすかに八ヶ岳の赤岳が見えた。登ってくるに従って、風が心地よかった。

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 ゴンドラを降りて、朝礼と準備運動をした。さて、それでは行動しようか。

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 登山口を登ってすぐに、釜無ホテイアツモリソウが咲いていた。アツモリソウはこの山の名物で、大事に保護されているようだった。さらにこの山の名物スズランは、今年はまだ少し早いようだった。昨年と一週間の違いで、随分咲き具合が違うものだ。

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 昨年の湿原経由で、登山にかかった。湿原からは1時間とのことだ。私はこの登りは苦にしなかったが、級長はえらくばてたようだ。この登りでばてるようなら、4月に行った扇山の登りはとても耐えられないだろうね。偉そうなことをいうが、私も扇山ではばてた。

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 入笠山の頂上に着いたら、そこはまるで小学校の運動会のようだった。川崎の小学校5年生の遠足があった。その一団が、頂上でそれぞれが思い思いに弁当を広げていた。その賑やかなことといったらなかったね。

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 われわれも、頂上でお弁当を食べた。天気が良い時には、この頂上はアルプスの山々を望むパノラマの景色らしい。ただ、この日は曇っていて、八ヶ岳の一部が見える程度だった。弁当を食べたら、もう頂上には用事がない。早速下山にかかった。

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 入笠山は花の山らしく、まだ少し早いとはいうものの、多くの花が観察された。たちつぼ菫は、原色の紫色がきれいだったし、登山道わきに咲いていたのはサクラソウだ。サクラソウは、果たして自然のものだったろうか。

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2019年5月 9日 (木)

№4155 大多摩ウォーキングトレイル

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 東京シニア自然大学NEXTの講座で、「大多摩ウォーキングトレイル」があり参加してきた。集合場所は、青梅線古里駅である。この日の参加者は23名であった。われわれシニアにとっては、スタート前の準備体操が大事だ。入念に体をほぐし、朝10時過ぎに駅をスタートした。この日の予定は、古里駅から奥多摩駅まで多摩川沿いをウォーキングすることだ。予定では、高低差350mを8.3km歩くとある。休憩を含めて5時間の行程だ。

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 それにしても、奥多摩の新緑は目に眩しかった。山には点々と紫の花が見えた。山藤がいまを盛りと咲いているのだろう。この講座で奥多摩に来る機会が多いが、奥多摩の山は低くても急峻である。ただ、この山を愛する人は多く、各駅には多くの登山客が下車していた。そういえば、今回一緒だったチョコちゃんも、連休中は2度ほど奥多摩の高低差900mを登ったといっていた。

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 多摩川沿いにアップダウンの道が続く。多摩川上流のこの近くは、本当に水がきれいだ。水が濁っていなくて透明度が高い。ところどころに釣り人がいたが、川に魚影は見当たらなかった。ホタル橋から展望台に一挙150mの登りが待っていた。私はゼイゼイいって登ったが、前を歩くNorikoさんは「苦しそうね」と声をかけてくれた。ただ、前回の扇山に比べたらそれほどでもなかった。

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 展望台から見える鳩ノ巣の村は、まるでマッチ箱のようだった。この日は快晴で風もなく、ハイキング日和だ。展望台で一息ついたら、登りの苦しさも緩和された。苦しさもここまでで、あとは若干のアップダウンがあるものの、ほぼ平坦なハイキングロードらしい。普段の運動不足が如実に出るもので、それでも足をつった女性がいた。

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 トレイル沿いには、いろいろな花が咲いていた。一番目についたのが、白い空木の花だ。ハイキングロードを歩く旅人を楽しませてくれる。藤の花もどこでも咲いていた。そして、目的の奥多摩駅に到着したのが、予定の午後3時の直前だった。ここで全員は解散をしたのだが、有志で駅の二階で生ビールで乾杯をして帰ってきた。

 6月上旬には、2000m近くの山のハイキングを予定している。運動不足の身には果たして登り切れるだろうか、心配だ。

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2019年4月25日 (木)

№4141 扇山ハイキング

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 東京シニア自然大学NEXTの講座で、「扇山ハイキング」に参加してきた。扇山は、中央線鳥沢駅で降りてそこから登りだ。ただ、この日は世話人の配慮で、登山口までバスで送ってくれるとのことだ。約1時間の節約になった。この日の参加者は、会員17名とガイド一人の計18名だった。扇山の標高は1138mで、登山口は600mだったから、538mの標高差である。

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 この登りを気にして欠席した方も多かった。実は私も、普段の運動不足で本当に上れるかどうか心配だった。まあ、それでも1時間半ほどの登りだ、頑張ってみよう。この日は、朝から小雨が降っていた。傘を差している人もいたが、傘がなくても大丈夫のようだ。出発前に雨具を着る人もいたが、これもいらないほどの雨だった。

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 登りに自信のない私は、ガイドの後でセカンドを歩いた。じっとガイドの足元を睨みながら登ったが、とめどなく汗が流れた。下着も汗でぐっしょりだったが、着替えは持ってきていなかった。被っていた帽子からは、雨だれのような汗が落ちた。登山道にはそんなに花は咲いていなかったが、それでもいくつかはガイドが教えてくれた。イカリソウに一人静だ。

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 ガイドは大月市から紹介を受けた人だったが、この山には何百回となく登り、隅から隅まで知っている人だった。無料でのガイドだったが、この日はガイドがいなくても済んだかな。フラフラしながら、ようやく頂上にたどり着いた。仲間の一人は、私の携帯アプリに「正確な高度計」がインストールされているのを知っていた。「この頂上は、何メートルか見てほしい」というので測ってみたら、1168mを差していた。ほかの方の高度計は1138mだったから、「正確な高度計」は不正確なのだ。

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 頂上で30分ほどのお昼休憩を取った。本来、扇山は眺望で人気がある山のようだ。晴れていると、富士山や丹沢、南アルプスが望めるという。残念ながら、この日はガスで曇っていて眺望は望めなかった。しかし、自然の木瓜の花がたくさん咲いていた。木瓜というのは、自然にも咲くんだね。

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 下りは登りほどでもなかったが、それでも足の筋肉はパンパンだ。青息吐息でようやくふもとにたどり着いたが、それでもダウンした人がいた。私でなくてよかった。帰りに、駅からこの日登った扇山が望めた。とにもかくにも、生ビールを飲んで帰ろうよ。

 

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