カテゴリー「東京シニア自然大学」の232件の記事

2019年7月11日 (木)

№4118 三富今昔村訪問

 月曜日夜10時に放映されているNHKのテレビ番組「逆転人生」を知っているだろうか。実は私も観たことがなかった。7月1日のその番組で、この日訪問した石坂産業の女社長の話が載るというので、初めて観た。それまで、私は石坂産業を知らなかった。所沢にある産廃の会社らしい。この日の東京シニア自然大学NEXTの講座は、その石坂産業とその会社の環境への取り組みを学ぶものだった。

 この講座には長くかかわっていたが、産廃事業の見学は初めてのことだ。そういえば所沢周辺は、ひと頃は産廃を焼却する煙突がたっていて、ものすごい煙だった。このテレビ番組を見ていたら、ある新聞報道で煙突からダイオキシンが発生し、所沢のホウレンソウが煙害に侵されていると報じられたことがあったらしい。1999年のことだ。

Sdscn0615  所沢の農民は風評被害に立ち上がり、ごみの焼却反対の運動が盛り上がった。標的にされたのが、この日見学した石坂産業だった。石坂産業は、ダイオキシンを抑えるために50億円をかけて高熱焼却炉を作っていたが、矢張り煙突の煙は抑えられなかった。市民の反対運動に立ち往生した先代の社長は辞任し、社長の座を娘に譲ったらしい。

 その娘は産廃事業を根本から見直し、煙突で焼却しない、徹底したリサイクル事業を立ち上げた。この日の説明によると、この会社が扱っているほとんどの産業廃棄物は、古家解体で出たごみ、木材のようだ。今では、そのリサイクル率は98%とのことのようだ。

 そして、女社長石坂典子さんが何より力を入れて取り組んだのが、周辺の環境整備だ。それまでは、工場の周りはごみ捨て場でさながらジャングル化していたという。従業員でごみの取り片付けをし、自然の再生に取り組んだ。それまで産廃反対運動を取り組んでいた市民団体も、次第にこの事業に協力していったという。今では、後楽園ドーム4個分にあたる敷地は、里山テーマパークになった。

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 とはいっても、石坂産業は産業廃棄物の中間処理業者だ。本社会議室でこの会社の取り組みを学んだあと、工場見学もさせていただいた。家屋の解体ゴミが、次々に持ち込まれていた。その量の多さに驚いた。持ち込まれたごみは、システマテックに処理されていく。近隣に音の立てない、ホコリの舞わない工場に細心の努力を払っているようだ。産廃処理工場なのに、工場内が意外ときれいなのには驚いた。

 そして、何よりも従業員の教育が行き届いていたことだ。われわれ訪問者を見て、どんな遠くにいても大きなはきはきした声で、「いらっしゃいませ」と挨拶をしてきた。これは、この見学中どういうパートで働いている人にも徹底されていた。これは、「見学者は我々の教師である」という精神に基づくもののようだ。一年に三万人もの見学者があるというのもうなずけた。

Sdscn0632  この日の参加費は、昼食代込みで3500円だった。意外と高いと思うかもしれないが、駅から工場までの送迎バス、かわいい行業員が一日ついてガイドをしてくれたこと、二十穀米を含めた昼食のボリュームを思ったら、そんなにも高いものとは思わなかった。

Sdscn0623  ガイドのお嬢さんの心遣いも行き届いていた。橘さんという女性だったが、「私の顔はいくらSNSで拡散しても構いません」と言っていたから、ここで紹介したい。まだ独身だというので、「私の息子の嫁さんにどう?」と声をかけた。

Sdscn0629  この公園には新幹線も走っていて、いい老人が嬉々として乗車していた。そういう私も、何はさておき乗車した。有料公園ではあるが、土日は来園者で混むのではないだろうか。子どもと一緒に公園の広い自然を楽しむのも、休日の有益な過ごし方かもしれない。この日の講座にはとっても満足した。国ちゃん、ありがとう!

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2019年6月13日 (木)

№4190 白金周辺の散策

 東京シニア自然大学NEXTの講座で「白金周辺散策」があり、参加してきた。参加者は23名だった。

 私は東京には相当周知しているつもりだったが、白金周辺は歩いたことがなかった。地下鉄で白金台駅に降りたのも始めてのことだ。ついでにいえば、この地下鉄沿線にあった麻布十番も一度行ってみたいと思いながら、実現していない。さて、今日散策する白金とはどういう場所なのだろうか。

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  集合した駅の改札前で、この日の行動の説明があった。午前中は「ゆかしの杜」(旧国立公衆衛生院の建物)の見学、その後「近代医科学記念館」の見学。昼食をはさんで午後は、「自然教育園」の見学。反省会の会場も確保してあり、午後5時半からだという。

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 「ゆかしの杜」は、地下鉄白金台駅のすぐ近くだった。ここには「港区立郷土歴史館」があり、この館の係員が丁寧に説明してくれた。この建物は昭和13年、アメリカのロックフェラー財団の基金で建てられたらしい。戦後使われていなかったものが、昨年の秋、港区と国の物々交換で港区が手に入れたものだそうだ。すごい由緒のある建物だった。特にすごいのは、トイレだ。大理石でできた広々としたものだった。

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 講堂もピカピカ光っていた。旧国立公衆衛生院時代のものらしいが、様々な理由で今は使われていないという。昔は看護師たちの研究発表の場だったらしく、机には傷がなかった。係員が言うには、「こういう講堂で机に傷がないのは珍しい」と強調していた。ほかにも見るべき歴史が、建物にはたくさん残っていた。係員も興にのり、1時間半も説明してくれた。

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 この建物の隣にあったのが「近代医科学記念館」だ。ここでも、係員が待っていてくれた。ここは昔の「伝染病研究所」であり、北里柴三郎や野口英世などが在籍していたという。馬から血清を採るために、数百頭がここで飼われていた時代もあったという。北里柴三郎も、次の新札に肖像が載る。ここでの説明で面白かったのは、森鴎外が脚気を「脚気菌に原因がある」と主張したのを、北里柴三郎は「栄養の問題」として論争を巻き起こしたことだ。今思うとビタミンB1不足の初期的な話だが、脚気で何万人も死んだことを思うと、当時は深刻だった。

 さて、お昼はここの生協食堂で食べた。この研究所は東大医科研病院も兼ねており、学生や医者の卵が多いのだろう。久し振りの大学生協での食事は、安くて美味しかった。

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 午後は、ここから歩いて10分ほどのところにある「国立自然教育園」の見学だ。私は初めて訪れたのだが、都心の真ん中にこのような広い自然の森が残っているのには驚いた。自然教育園にもボランティアガイドが待っていて、丁寧に説明してくれたのはありがたかった。東京ドーム9個分以上の広さがある自然園は、夏でも周囲より10度も低いらしい。森の効用はすごいものだ。昔は少年だった仲間が、目をキラキラしながら聞き入っていたのは、同感の至りである。

 解散後この周辺を散策したのだが、「庭園美術館」といい、「寄生虫館」、「八芳園」、「プラチナ通り」、「松岡美術館」とみるべき場所がたくさんありそうだ。一度再度ゆっくり来よう。何しろ、目黒駅からすぐのところだ。

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2019年6月 6日 (木)

№4183 入笠山を登る

 東京シニア自然大学NEXTの講座で、長野県富士見の入笠山に登ってきた。実は、昨年もこの講座で入笠山に行っている。昨年の記事を添付したが、昨年は6月13日だった。なぜ2年連続かというと、昨年は入笠湿原を見ただけで帰ってきた。その参加者から、「今年は入笠山に登ろう」という提案があり、実現したものだ。この日の参加者は18名だった。

 私は入笠山には思い出があり、サラリーマン時代、会社の寮が富士見町にあった。毎年この寮で野球部合宿があって、参加していた。野球練習は、近くのセイコウエプソンのグランドを借りてやっていた。寮では、宴会の連続だった。そして、この寮の真正面に入笠山が聳えており、あまりに奇麗な山に、いつかは登りたいと思っていた。この日は、それが40年程ぶりに実現したのだ。

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 昨年と同様、登山口からはゴンドラに乗った。1000m地点から、一挙に1700m地点まで700mも上昇した。朝は曇りがちながら、かすかに八ヶ岳の赤岳が見えた。登ってくるに従って、風が心地よかった。

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 ゴンドラを降りて、朝礼と準備運動をした。さて、それでは行動しようか。

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 登山口を登ってすぐに、釜無ホテイアツモリソウが咲いていた。アツモリソウはこの山の名物で、大事に保護されているようだった。さらにこの山の名物スズランは、今年はまだ少し早いようだった。昨年と一週間の違いで、随分咲き具合が違うものだ。

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 昨年の湿原経由で、登山にかかった。湿原からは1時間とのことだ。私はこの登りは苦にしなかったが、級長はえらくばてたようだ。この登りでばてるようなら、4月に行った扇山の登りはとても耐えられないだろうね。偉そうなことをいうが、私も扇山ではばてた。

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 入笠山の頂上に着いたら、そこはまるで小学校の運動会のようだった。川崎の小学校5年生の遠足があった。その一団が、頂上でそれぞれが思い思いに弁当を広げていた。その賑やかなことといったらなかったね。

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 われわれも、頂上でお弁当を食べた。天気が良い時には、この頂上はアルプスの山々を望むパノラマの景色らしい。ただ、この日は曇っていて、八ヶ岳の一部が見える程度だった。弁当を食べたら、もう頂上には用事がない。早速下山にかかった。

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 入笠山は花の山らしく、まだ少し早いとはいうものの、多くの花が観察された。たちつぼ菫は、原色の紫色がきれいだったし、登山道わきに咲いていたのはサクラソウだ。サクラソウは、果たして自然のものだったろうか。

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2019年5月 9日 (木)

№4155 大多摩ウォーキングトレイル

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 東京シニア自然大学NEXTの講座で、「大多摩ウォーキングトレイル」があり参加してきた。集合場所は、青梅線古里駅である。この日の参加者は23名であった。われわれシニアにとっては、スタート前の準備体操が大事だ。入念に体をほぐし、朝10時過ぎに駅をスタートした。この日の予定は、古里駅から奥多摩駅まで多摩川沿いをウォーキングすることだ。予定では、高低差350mを8.3km歩くとある。休憩を含めて5時間の行程だ。

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 それにしても、奥多摩の新緑は目に眩しかった。山には点々と紫の花が見えた。山藤がいまを盛りと咲いているのだろう。この講座で奥多摩に来る機会が多いが、奥多摩の山は低くても急峻である。ただ、この山を愛する人は多く、各駅には多くの登山客が下車していた。そういえば、今回一緒だったチョコちゃんも、連休中は2度ほど奥多摩の高低差900mを登ったといっていた。

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 多摩川沿いにアップダウンの道が続く。多摩川上流のこの近くは、本当に水がきれいだ。水が濁っていなくて透明度が高い。ところどころに釣り人がいたが、川に魚影は見当たらなかった。ホタル橋から展望台に一挙150mの登りが待っていた。私はゼイゼイいって登ったが、前を歩くNorikoさんは「苦しそうね」と声をかけてくれた。ただ、前回の扇山に比べたらそれほどでもなかった。

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 展望台から見える鳩ノ巣の村は、まるでマッチ箱のようだった。この日は快晴で風もなく、ハイキング日和だ。展望台で一息ついたら、登りの苦しさも緩和された。苦しさもここまでで、あとは若干のアップダウンがあるものの、ほぼ平坦なハイキングロードらしい。普段の運動不足が如実に出るもので、それでも足をつった女性がいた。

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 トレイル沿いには、いろいろな花が咲いていた。一番目についたのが、白い空木の花だ。ハイキングロードを歩く旅人を楽しませてくれる。藤の花もどこでも咲いていた。そして、目的の奥多摩駅に到着したのが、予定の午後3時の直前だった。ここで全員は解散をしたのだが、有志で駅の二階で生ビールで乾杯をして帰ってきた。

 6月上旬には、2000m近くの山のハイキングを予定している。運動不足の身には果たして登り切れるだろうか、心配だ。

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2019年4月25日 (木)

№4141 扇山ハイキング

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 東京シニア自然大学NEXTの講座で、「扇山ハイキング」に参加してきた。扇山は、中央線鳥沢駅で降りてそこから登りだ。ただ、この日は世話人の配慮で、登山口までバスで送ってくれるとのことだ。約1時間の節約になった。この日の参加者は、会員17名とガイド一人の計18名だった。扇山の標高は1138mで、登山口は600mだったから、538mの標高差である。

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 この登りを気にして欠席した方も多かった。実は私も、普段の運動不足で本当に上れるかどうか心配だった。まあ、それでも1時間半ほどの登りだ、頑張ってみよう。この日は、朝から小雨が降っていた。傘を差している人もいたが、傘がなくても大丈夫のようだ。出発前に雨具を着る人もいたが、これもいらないほどの雨だった。

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 登りに自信のない私は、ガイドの後でセカンドを歩いた。じっとガイドの足元を睨みながら登ったが、とめどなく汗が流れた。下着も汗でぐっしょりだったが、着替えは持ってきていなかった。被っていた帽子からは、雨だれのような汗が落ちた。登山道にはそんなに花は咲いていなかったが、それでもいくつかはガイドが教えてくれた。イカリソウに一人静だ。

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 ガイドは大月市から紹介を受けた人だったが、この山には何百回となく登り、隅から隅まで知っている人だった。無料でのガイドだったが、この日はガイドがいなくても済んだかな。フラフラしながら、ようやく頂上にたどり着いた。仲間の一人は、私の携帯アプリに「正確な高度計」がインストールされているのを知っていた。「この頂上は、何メートルか見てほしい」というので測ってみたら、1168mを差していた。ほかの方の高度計は1138mだったから、「正確な高度計」は不正確なのだ。

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 頂上で30分ほどのお昼休憩を取った。本来、扇山は眺望で人気がある山のようだ。晴れていると、富士山や丹沢、南アルプスが望めるという。残念ながら、この日はガスで曇っていて眺望は望めなかった。しかし、自然の木瓜の花がたくさん咲いていた。木瓜というのは、自然にも咲くんだね。

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 下りは登りほどでもなかったが、それでも足の筋肉はパンパンだ。青息吐息でようやくふもとにたどり着いたが、それでもダウンした人がいた。私でなくてよかった。帰りに、駅からこの日登った扇山が望めた。とにもかくにも、生ビールを飲んで帰ろうよ。

 

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2019年3月28日 (木)

№4113 東京シニア自然大学の新学期講座始まる

 中断していた記事を再開する。中断中、あれも書こうこれも書こうと材料を用意していたのだが、それも一切省略して昨日の行動から再開したい。

 このブログの中断中、東京シニア自然大学の「2018年度総会」が開かれた。何よりも嬉しかったのが、新入生21人が「東京シニア自然大学NEXT」に参加してくれたことだ。今回卒業したのは第6期生31名だが、そのうち21名がNEXTの仲間になった。その中には86歳の元気な方もいた。これで、NEXTのメンバーは総勢72名を数える。もちろん、私の友だちKiyomiさんも参加してくれた。

 メンバーが多くなればなったで悩みも増える。これまでの講座の参加者は、一講座当たり20名前後だった。この20名ぐらいがちょうどいい人数なのだ。それが新規加入者が増えることによって、参加人数は飛躍的に増えそうなのだ。

 この日は、新年度の最初の講座で「都電荒川線で巡る桜名所と旧三河島汚水処分場見学」があった。参加者は31名と、これまで開かれた講座の中でも最大だった。まあ、これぐらいの人数ならば一講座として処理できるが、50人も参加すると、とてもじゃないが収拾できないことになりそうだ。

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 久し振りに、始発駅三ノ輪橋から都電荒川線に乗った。天気が良かったせいもあるのだろうか、都電はえらく混んでいて立錐の余地もなかった。改めて都電の人気に驚いた。この沿線には見どころが多い。桜の名所もあるし、春休みということも相まって都電は混んでいたのではないか。全員が一電車では無理と、別れて乗った。世話人が、一日乗車券を用意してくれていた。都電は5分ごとに運行しているようなのだ。

Img_8237   最初の目的地は、「旧三河島汚水処分場」だ。東京の下水処理施設として、大正11年に開設された処分場だ。この処分場は、平成12年には処理作業が終わり、今では国の指定重要文化財として保存されているのだそうだ。この施設のボランティアガイドが、場内を丁寧に案内してくれた。実際に下水が流れていたトンネルにまで潜った。施設が使われなくなって20年ほどたつが、なぜかしら、かすかにし尿の匂いがした。

Img_8239  都電荒川線で次に向ったのが、王子の飛鳥山公園だ。花見がてら、お弁当を広げて昼食を摂った。桜は3分咲き程度だったが、まあ花より団子とばかりに銘々お弁当を広げた。私は上野駅で買ってきた弁当を食べようとし、誤って土の上にぶちまけてしまった。本当にそそかっしったらありゃしない。改めて、近くの弁当屋で新たな弁当を買ってきた。

Img_8244  腹もくちくなって、さて次の目的地は巣鴨の染井墓地での桜見学だ。私はこの近辺にはよく来たことがあるが、この墓地は初めてのことだった。墓地の入り口には、有名人のお墓のあり場所を記した地図があった。その地図に従って、私が見たいと思う方の墓を尋ねた。水原秋櫻子、高村光太郎・智恵子、二葉亭四迷、岡倉天心の墓だ。

Img_8243 Img_8242Img_8240Img_8241 Img_8241  天気も良かったし、いいハイキング日和だった。

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2019年3月14日 (木)

№4106 玉川上水沿いを歩く

Simg_8175  東京シニア自然大学NEXTの今期最後の講座「玉川上水を歩こう!」に参加してきた。集合場所は、青梅線の羽村駅だ。この日の参加者は、29名と今期最大だった。

 この参加者を見込んで、大勢のボランティアガイドがついてくれた。朝礼時点では6名だったが、旅が進むにつれて、さらに別のガイドも説明に参加していた。ボランティアガイドは、この講座にはなくてはならない存在だ。ガイドがいるかいないかでは、物の見方がまるきり違うのだ。東京シニア自然大学は、積極的にガイドを利用している。

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Simg_8177  羽村駅を出発して、先ず向かったのが「羽村郷土博物館」だ。この博物館に行くには、多摩川を渡らなければならない。この季節に、川でアユ釣りをしている人の姿があった。この付近の多摩川は澄んでいて、鯉の泳ぐ姿も散見した。

 館内では、館員の丁寧な説明に耳を傾けた。話の中心は、玉川上水にまつわる話だった。玉川上水は、ここ羽村の取水堰をスタートに、四谷大木戸までの43kmの長さがあるという。江戸時代初期、1年間で発削されたものらしい。

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Simg_8182_2  博物館での説明を受けた後、対岸にある羽村堰に行った。玉川上水は、ここからスタートしているのだ。取水堰の付近は大河で、水がきれいに澄んでいた。今日の講座は、この玉川上水沿いを拝島駅まで下って歩こうというものだ。

 玉川上水には、たくさんの橋がかけられていた。まだ少し早かったが、沿岸にはたくさんの桜が植えられていて、花見時は大賑わいだという。

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 沿線沿いには、大きな家も散見された。羽村は、昔は養蚕業が盛んで、名残の豪農がまだ残っているという。中でもひときわ大きかったのが、田村酒造だった。この酒造では、幻の銘酒を作っているらしいが、試飲する時間はなかった。

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 昼食をはさんで、さらに下流へと進んだ。大きなお寺もあった。ボランティアガイドの一人が、この寺の説明をしてくれた。最近、このお寺で古い仏像が見つかったのだそうだ。鑑定してみたら奈良時代の貴重なもので、高さは15㎝とのことだ。もちろん、一般に公開はされていないらしい。

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 玉川上水掘削での苦労の跡も見られた。たびたび洪水に会い、ルートを変えた後とか、水喰土公園(みずくらいど)では、上水の水が地中に浸透し、下流に流れなかった跡もあった。急遽、流れを付け替えたらしい。先陣の苦労の跡がしのばれた。

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 この日の旅の終点は、日光橋だ。あれほど澄みきっていた玉川上水も、この付近に来ると濁っていた。ただ、この橋は明治24年、レンガで作られた貴重な文化遺産とのことだった。

 この日はずいぶん歩いた。自宅に帰って歩数計を見たら、25,350歩・17.7kmも歩いていた。参加者の中には、87歳、86歳の方もいたが、いたって健脚だ。ある参加者が言っていたが、「この講座に出ることで、見聞も広がるし、何より興味が尽きないのが若さを保つ秘訣」と話していた。私も、彼の意見に同意した。

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2019年3月 9日 (土)

№4101 海苔つけ体験と江戸前の街探訪

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 今期最後の「東京シニア自然大学修了生コース」の講座があった。今回は、「大森海苔のふるさと館」で海苔つけ体験をし、午後は海苔の町大森の街歩きだった。会場は、京急平和島駅から歩いて15分ほどのところである。午前中は座学と海苔つけ体験、午後は海苔の町大森の遺跡を訪ねて歩くという講座だ。

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Simg_8138  今まであまり”海苔”を意識したことはなかったが、改めて大森は海苔の街だということを知った。ただ東京湾再開発計画に基づいて、昭和37年にすっかり海苔生産は終わったとのことだ。今残っているのは、その当時の体験を受け継ぐ人たちだけだった。

 話を聞くと、海苔の生産というのはものすごく過酷な労働だったようだ。しかも、仕事は冬に集中する。朝2時ころに起き出し海苔の生産をするのだが、冷たい水の中大変だったと、当時の海苔生産の漁業について体験談も聞いた。

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Simg_8144  そのうえで、実際の海苔つけ体験の授業もあった。収穫した海苔の断裁は、人の手によって行われた。これも重労働だったようだ。今では、機械で裁断されるようになったが。そして、参加者が、一人一人海苔つけ体験を行った。

 一人2枚づつ海苔つけをするというのだが、最初はぎこちない作業も、2枚目には手慣れたものだ。しかし、海苔つけ業者は、2時間で200枚、1日1500枚から2000枚も海苔を作っていたというから、これも重労働だったようだ。

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Simg_8151  海苔つけしたものは、簀の子に乗せて天日干しをした。直接日に充てると乾くのが早すぎると、わざわざ陰干しだ。この「大森海苔ふるさと館」はNPO法人が運営していて、ここのボランティア活動家が丁寧に教えてくれた。

 ありがたいことに、海苔つけされた海苔は名札をつけて、後日自宅まで送ってくれるのだそうだ。その郵送代も請求されなかったから、無料でのサービスのようだ。来週には自宅に届くというから、さてどういう海苔ができたのやら、来るのを楽しみにしよう。

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 ふるさと館で昼食を食べ、午後は海苔の町大森の探訪だ。ここのボランティアの人たちが、ガイドブックまで用意してくれた。このガイドブックを片手に、海苔の遺跡を訪ねる街歩きをした。この日は天気は良かったものの、風が強く花粉が舞っていた。お陰で、すっかり花粉症がぶり返してしまった。

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Img_8154  以前は、この大森海岸は海苔棚が所狭しとたてられていたようだ。東京ガスの大きなタンクが二基あり、堀も縦横に張り巡らされていたという。その堀もすっかり埋め立てられており、若干面影は残っていた。

 広い工場跡地には、マンション群だ。ちなみに、海苔業者は漁業権放棄で得た補償金をもとに、アパートを建てたらしい。そのアパートも副収入として生活が成り立っていったという。各海苔業者は、海苔干しに600坪くらいの敷地を持っていて、その跡地に次々とアパートを立てていったらしい。

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Img_8158  海苔業者の信仰の神社は、貴舩神社や三輪厳島神社だった。その神社にお参りをし、さらに海苔問屋で海苔の仕入れの話を聞いた。今では、海苔の中心生産地は有明海で、瀬戸内海や三河湾でも生産しているという。

 参加者のほとんどが、この海苔問屋でお土産を買い求めていた。もちろん私も買ってきたのだが、そんなに高いものではなかった。

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 最後は蜜乗院というお寺の境内で、このお寺の目の前に棲んでいる、かつての海苔業者の体験談を聞いた。海苔の学習の一日だった。

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2019年2月16日 (土)

№4080 アンガーマネージメントを学ぶ

 この日は、東京シニア自然大学修了生講座があった。会場は、この東京シニア自然大学を運営している日本自然環境フォーラムの2階会議室だった。

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 講座のテーマは「アンガーマネージメント」である。講師は、早稲田大学教授でアンガーマネージメント研究会代表の本田恵子先生だった。アンガーマネージメントとは、あまり聞きなれない言葉だ。そのせいか、受講生は11名と少なかった。この日の講座のサブタイトルは、「自分や他者の感情と上手に付き合う方法を学ぼう」というものだ。

 世の中で様々な事件を起こしている人の多くは、自分の感情をうまくコントロールできないことに原因があるという。先生は、よく少年院や刑務所を訪れて、自分の感情をどうコントロールするのか教え歩いているとのことだ。

 人はなぜキレルのか?一体キレルというのは、どういう感情を言うのか。キレルタイプには二つあって、一つは不安からくるパニック型であり、もう一つは興奮爆発型だと言う。そして、「アンガーマネージメント」の目的は、①ストレスマネージメント力をつける、②状況の捉え方を変える方法を学ぶ、③適切は表現方法・ソーシャルスキルを学ぶ、の3点だという。

 それではなんで怒りが爆発するのか、脳の仕組みから勉強した。「怒り」のそもそもの原因は、脳の視床下部にあるという。そこから出るセロトニンをうまくコントロールできない人は爆発するようだ。

 そして、相手がキレやすくなった時にやってはいけないNG集の勉強をした。NGは八つほどあり、例えば、事実を確認しない前に決めつける、自分の感情を相手に押し付ける、「なんで?」「どうして?」と聞いてしまうなど、われわれが日常やっていることだ。子どもがキレる多くの原因もここにあるという。

 決めつけるのではなく、一緒に解決策を探ろうという姿勢が大事だと強調していた。さらに、それぞれの体験に基づいて話し合ってみようと提案があった。

 ところが、子どもも巣立っていって女房と二人暮らしの中で、最近あまり「アンガー」(怒り)を爆発することはなくなった。従って、身につまされる話ではなかったね。

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2019年2月14日 (木)

№4078 鷹取山ハイキング

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 東京シニア自然大学NEXTの講座が開かれ、参加してきた。この日は17名の参加だった。今回は三浦半島の鷹取山にハイキングだ。京急田浦駅に集合し、その駅から出発だ。世話人が、「皆さん高齢なので、先ずは体をほぐしてから出発しましょう」と、軽い体操をし、体を慣らした。

 三浦半島を歩いてわかるのだが、この地は玄武岩に覆われた急坂の多い街だ。こうやってハイキングに来る分にはいいのだが、住んでいる人は大変だろうね。ましてや住人は高齢化が進む。とても住める街じゃないなと思った。

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 今日の目的地鷹取山は、標高139mと決して高い山ではない。4等三角点で標高を測ってみて分かったのだが、私がインストールしたスマホのアプリ「正確な高度計」が決して正確ではないことが分かった。鷹取山頂上でアプリの高度計は、136mだった。他の方が測ると、表示通り139mが出ていた。

 ついでにインストールしたスマホアプリの「コンパス」も正しくなかった。三角点のてっぺんの十字は、正確に東西南北を表す。ところがアプリのコンパスは、東を差さなければならないところを北を差していた。このアプリは二つとも使えないな。

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Simg_8020  どんな低い山でも、登りはきつい。今回は標高が6mの地から出発だったので、130m以上の登りが続いた。慰めになるのが、景色だ。登るにつれて東京湾の遠景や船などが望めた。

 おや、上空をヘリコプターが飛んでいる。仲間が双眼鏡を覗いていたが、「あれはオスプレーだね」と言っていた。肉眼ではよく見えなかったが、カメラのズームを伸ばしたらその姿が撮れた。

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Simg_8026  今日の目的の一つが、摩崖仏見学だ。3mもあったろうか、岩に彫られていた。ただ制作は比較的新しく、昭和40年の作だという。

 さらには、この付近の岩は岩登りの最高のゲレンデのようだ。垂直に切り立った岩がたくさんあった。なぜこのような岩が残っていたかというに、昭和の初めころは石切り場として使われていたらしい。このゲレンデの脇で昼食を摂った。この日は日差しもなく、北風が寒かった。

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 昼食後、さて山を下りよう。下山道の脇に神武寺というお寺があり、参拝して帰ってきた。

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