カテゴリー「東京シニア自然大学」の229件の記事

2019年5月 9日 (木)

№4155 大多摩ウォーキングトレイル

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 東京シニア自然大学NEXTの講座で、「大多摩ウォーキングトレイル」があり参加してきた。集合場所は、青梅線古里駅である。この日の参加者は23名であった。われわれシニアにとっては、スタート前の準備体操が大事だ。入念に体をほぐし、朝10時過ぎに駅をスタートした。この日の予定は、古里駅から奥多摩駅まで多摩川沿いをウォーキングすることだ。予定では、高低差350mを8.3km歩くとある。休憩を含めて5時間の行程だ。

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 それにしても、奥多摩の新緑は目に眩しかった。山には点々と紫の花が見えた。山藤がいまを盛りと咲いているのだろう。この講座で奥多摩に来る機会が多いが、奥多摩の山は低くても急峻である。ただ、この山を愛する人は多く、各駅には多くの登山客が下車していた。そういえば、今回一緒だったチョコちゃんも、連休中は2度ほど奥多摩の高低差900mを登ったといっていた。

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 多摩川沿いにアップダウンの道が続く。多摩川上流のこの近くは、本当に水がきれいだ。水が濁っていなくて透明度が高い。ところどころに釣り人がいたが、川に魚影は見当たらなかった。ホタル橋から展望台に一挙150mの登りが待っていた。私はゼイゼイいって登ったが、前を歩くNorikoさんは「苦しそうね」と声をかけてくれた。ただ、前回の扇山に比べたらそれほどでもなかった。

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 展望台から見える鳩ノ巣の村は、まるでマッチ箱のようだった。この日は快晴で風もなく、ハイキング日和だ。展望台で一息ついたら、登りの苦しさも緩和された。苦しさもここまでで、あとは若干のアップダウンがあるものの、ほぼ平坦なハイキングロードらしい。普段の運動不足が如実に出るもので、それでも足をつった女性がいた。

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 トレイル沿いには、いろいろな花が咲いていた。一番目についたのが、白い空木の花だ。ハイキングロードを歩く旅人を楽しませてくれる。藤の花もどこでも咲いていた。そして、目的の奥多摩駅に到着したのが、予定の午後3時の直前だった。ここで全員は解散をしたのだが、有志で駅の二階で生ビールで乾杯をして帰ってきた。

 6月上旬には、2000m近くの山のハイキングを予定している。運動不足の身には果たして登り切れるだろうか、心配だ。

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2019年4月25日 (木)

№4141 扇山ハイキング

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 東京シニア自然大学NEXTの講座で、「扇山ハイキング」に参加してきた。扇山は、中央線鳥沢駅で降りてそこから登りだ。ただ、この日は世話人の配慮で、登山口までバスで送ってくれるとのことだ。約1時間の節約になった。この日の参加者は、会員17名とガイド一人の計18名だった。扇山の標高は1138mで、登山口は600mだったから、538mの標高差である。

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 この登りを気にして欠席した方も多かった。実は私も、普段の運動不足で本当に上れるかどうか心配だった。まあ、それでも1時間半ほどの登りだ、頑張ってみよう。この日は、朝から小雨が降っていた。傘を差している人もいたが、傘がなくても大丈夫のようだ。出発前に雨具を着る人もいたが、これもいらないほどの雨だった。

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 登りに自信のない私は、ガイドの後でセカンドを歩いた。じっとガイドの足元を睨みながら登ったが、とめどなく汗が流れた。下着も汗でぐっしょりだったが、着替えは持ってきていなかった。被っていた帽子からは、雨だれのような汗が落ちた。登山道にはそんなに花は咲いていなかったが、それでもいくつかはガイドが教えてくれた。イカリソウに一人静だ。

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 ガイドは大月市から紹介を受けた人だったが、この山には何百回となく登り、隅から隅まで知っている人だった。無料でのガイドだったが、この日はガイドがいなくても済んだかな。フラフラしながら、ようやく頂上にたどり着いた。仲間の一人は、私の携帯アプリに「正確な高度計」がインストールされているのを知っていた。「この頂上は、何メートルか見てほしい」というので測ってみたら、1168mを差していた。ほかの方の高度計は1138mだったから、「正確な高度計」は不正確なのだ。

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 頂上で30分ほどのお昼休憩を取った。本来、扇山は眺望で人気がある山のようだ。晴れていると、富士山や丹沢、南アルプスが望めるという。残念ながら、この日はガスで曇っていて眺望は望めなかった。しかし、自然の木瓜の花がたくさん咲いていた。木瓜というのは、自然にも咲くんだね。

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 下りは登りほどでもなかったが、それでも足の筋肉はパンパンだ。青息吐息でようやくふもとにたどり着いたが、それでもダウンした人がいた。私でなくてよかった。帰りに、駅からこの日登った扇山が望めた。とにもかくにも、生ビールを飲んで帰ろうよ。

 

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2019年3月28日 (木)

№4113 東京シニア自然大学の新学期講座始まる

 中断していた記事を再開する。中断中、あれも書こうこれも書こうと材料を用意していたのだが、それも一切省略して昨日の行動から再開したい。

 このブログの中断中、東京シニア自然大学の「2018年度総会」が開かれた。何よりも嬉しかったのが、新入生21人が「東京シニア自然大学NEXT」に参加してくれたことだ。今回卒業したのは第6期生31名だが、そのうち21名がNEXTの仲間になった。その中には86歳の元気な方もいた。これで、NEXTのメンバーは総勢72名を数える。もちろん、私の友だちKiyomiさんも参加してくれた。

 メンバーが多くなればなったで悩みも増える。これまでの講座の参加者は、一講座当たり20名前後だった。この20名ぐらいがちょうどいい人数なのだ。それが新規加入者が増えることによって、参加人数は飛躍的に増えそうなのだ。

 この日は、新年度の最初の講座で「都電荒川線で巡る桜名所と旧三河島汚水処分場見学」があった。参加者は31名と、これまで開かれた講座の中でも最大だった。まあ、これぐらいの人数ならば一講座として処理できるが、50人も参加すると、とてもじゃないが収拾できないことになりそうだ。

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 久し振りに、始発駅三ノ輪橋から都電荒川線に乗った。天気が良かったせいもあるのだろうか、都電はえらく混んでいて立錐の余地もなかった。改めて都電の人気に驚いた。この沿線には見どころが多い。桜の名所もあるし、春休みということも相まって都電は混んでいたのではないか。全員が一電車では無理と、別れて乗った。世話人が、一日乗車券を用意してくれていた。都電は5分ごとに運行しているようなのだ。

Img_8237   最初の目的地は、「旧三河島汚水処分場」だ。東京の下水処理施設として、大正11年に開設された処分場だ。この処分場は、平成12年には処理作業が終わり、今では国の指定重要文化財として保存されているのだそうだ。この施設のボランティアガイドが、場内を丁寧に案内してくれた。実際に下水が流れていたトンネルにまで潜った。施設が使われなくなって20年ほどたつが、なぜかしら、かすかにし尿の匂いがした。

Img_8239  都電荒川線で次に向ったのが、王子の飛鳥山公園だ。花見がてら、お弁当を広げて昼食を摂った。桜は3分咲き程度だったが、まあ花より団子とばかりに銘々お弁当を広げた。私は上野駅で買ってきた弁当を食べようとし、誤って土の上にぶちまけてしまった。本当にそそかっしったらありゃしない。改めて、近くの弁当屋で新たな弁当を買ってきた。

Img_8244  腹もくちくなって、さて次の目的地は巣鴨の染井墓地での桜見学だ。私はこの近辺にはよく来たことがあるが、この墓地は初めてのことだった。墓地の入り口には、有名人のお墓のあり場所を記した地図があった。その地図に従って、私が見たいと思う方の墓を尋ねた。水原秋櫻子、高村光太郎・智恵子、二葉亭四迷、岡倉天心の墓だ。

Img_8243 Img_8242Img_8240Img_8241 Img_8241  天気も良かったし、いいハイキング日和だった。

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2019年3月14日 (木)

№4106 玉川上水沿いを歩く

Simg_8175  東京シニア自然大学NEXTの今期最後の講座「玉川上水を歩こう!」に参加してきた。集合場所は、青梅線の羽村駅だ。この日の参加者は、29名と今期最大だった。

 この参加者を見込んで、大勢のボランティアガイドがついてくれた。朝礼時点では6名だったが、旅が進むにつれて、さらに別のガイドも説明に参加していた。ボランティアガイドは、この講座にはなくてはならない存在だ。ガイドがいるかいないかでは、物の見方がまるきり違うのだ。東京シニア自然大学は、積極的にガイドを利用している。

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Simg_8177  羽村駅を出発して、先ず向かったのが「羽村郷土博物館」だ。この博物館に行くには、多摩川を渡らなければならない。この季節に、川でアユ釣りをしている人の姿があった。この付近の多摩川は澄んでいて、鯉の泳ぐ姿も散見した。

 館内では、館員の丁寧な説明に耳を傾けた。話の中心は、玉川上水にまつわる話だった。玉川上水は、ここ羽村の取水堰をスタートに、四谷大木戸までの43kmの長さがあるという。江戸時代初期、1年間で発削されたものらしい。

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Simg_8182_2  博物館での説明を受けた後、対岸にある羽村堰に行った。玉川上水は、ここからスタートしているのだ。取水堰の付近は大河で、水がきれいに澄んでいた。今日の講座は、この玉川上水沿いを拝島駅まで下って歩こうというものだ。

 玉川上水には、たくさんの橋がかけられていた。まだ少し早かったが、沿岸にはたくさんの桜が植えられていて、花見時は大賑わいだという。

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 沿線沿いには、大きな家も散見された。羽村は、昔は養蚕業が盛んで、名残の豪農がまだ残っているという。中でもひときわ大きかったのが、田村酒造だった。この酒造では、幻の銘酒を作っているらしいが、試飲する時間はなかった。

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 昼食をはさんで、さらに下流へと進んだ。大きなお寺もあった。ボランティアガイドの一人が、この寺の説明をしてくれた。最近、このお寺で古い仏像が見つかったのだそうだ。鑑定してみたら奈良時代の貴重なもので、高さは15㎝とのことだ。もちろん、一般に公開はされていないらしい。

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 玉川上水掘削での苦労の跡も見られた。たびたび洪水に会い、ルートを変えた後とか、水喰土公園(みずくらいど)では、上水の水が地中に浸透し、下流に流れなかった跡もあった。急遽、流れを付け替えたらしい。先陣の苦労の跡がしのばれた。

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 この日の旅の終点は、日光橋だ。あれほど澄みきっていた玉川上水も、この付近に来ると濁っていた。ただ、この橋は明治24年、レンガで作られた貴重な文化遺産とのことだった。

 この日はずいぶん歩いた。自宅に帰って歩数計を見たら、25,350歩・17.7kmも歩いていた。参加者の中には、87歳、86歳の方もいたが、いたって健脚だ。ある参加者が言っていたが、「この講座に出ることで、見聞も広がるし、何より興味が尽きないのが若さを保つ秘訣」と話していた。私も、彼の意見に同意した。

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2019年3月 9日 (土)

№4101 海苔つけ体験と江戸前の街探訪

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 今期最後の「東京シニア自然大学修了生コース」の講座があった。今回は、「大森海苔のふるさと館」で海苔つけ体験をし、午後は海苔の町大森の街歩きだった。会場は、京急平和島駅から歩いて15分ほどのところである。午前中は座学と海苔つけ体験、午後は海苔の町大森の遺跡を訪ねて歩くという講座だ。

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Simg_8138  今まであまり”海苔”を意識したことはなかったが、改めて大森は海苔の街だということを知った。ただ東京湾再開発計画に基づいて、昭和37年にすっかり海苔生産は終わったとのことだ。今残っているのは、その当時の体験を受け継ぐ人たちだけだった。

 話を聞くと、海苔の生産というのはものすごく過酷な労働だったようだ。しかも、仕事は冬に集中する。朝2時ころに起き出し海苔の生産をするのだが、冷たい水の中大変だったと、当時の海苔生産の漁業について体験談も聞いた。

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Simg_8144  そのうえで、実際の海苔つけ体験の授業もあった。収穫した海苔の断裁は、人の手によって行われた。これも重労働だったようだ。今では、機械で裁断されるようになったが。そして、参加者が、一人一人海苔つけ体験を行った。

 一人2枚づつ海苔つけをするというのだが、最初はぎこちない作業も、2枚目には手慣れたものだ。しかし、海苔つけ業者は、2時間で200枚、1日1500枚から2000枚も海苔を作っていたというから、これも重労働だったようだ。

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Simg_8151  海苔つけしたものは、簀の子に乗せて天日干しをした。直接日に充てると乾くのが早すぎると、わざわざ陰干しだ。この「大森海苔ふるさと館」はNPO法人が運営していて、ここのボランティア活動家が丁寧に教えてくれた。

 ありがたいことに、海苔つけされた海苔は名札をつけて、後日自宅まで送ってくれるのだそうだ。その郵送代も請求されなかったから、無料でのサービスのようだ。来週には自宅に届くというから、さてどういう海苔ができたのやら、来るのを楽しみにしよう。

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 ふるさと館で昼食を食べ、午後は海苔の町大森の探訪だ。ここのボランティアの人たちが、ガイドブックまで用意してくれた。このガイドブックを片手に、海苔の遺跡を訪ねる街歩きをした。この日は天気は良かったものの、風が強く花粉が舞っていた。お陰で、すっかり花粉症がぶり返してしまった。

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Img_8154  以前は、この大森海岸は海苔棚が所狭しとたてられていたようだ。東京ガスの大きなタンクが二基あり、堀も縦横に張り巡らされていたという。その堀もすっかり埋め立てられており、若干面影は残っていた。

 広い工場跡地には、マンション群だ。ちなみに、海苔業者は漁業権放棄で得た補償金をもとに、アパートを建てたらしい。そのアパートも副収入として生活が成り立っていったという。各海苔業者は、海苔干しに600坪くらいの敷地を持っていて、その跡地に次々とアパートを立てていったらしい。

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Img_8158  海苔業者の信仰の神社は、貴舩神社や三輪厳島神社だった。その神社にお参りをし、さらに海苔問屋で海苔の仕入れの話を聞いた。今では、海苔の中心生産地は有明海で、瀬戸内海や三河湾でも生産しているという。

 参加者のほとんどが、この海苔問屋でお土産を買い求めていた。もちろん私も買ってきたのだが、そんなに高いものではなかった。

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 最後は蜜乗院というお寺の境内で、このお寺の目の前に棲んでいる、かつての海苔業者の体験談を聞いた。海苔の学習の一日だった。

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2019年2月16日 (土)

№4080 アンガーマネージメントを学ぶ

 この日は、東京シニア自然大学修了生講座があった。会場は、この東京シニア自然大学を運営している日本自然環境フォーラムの2階会議室だった。

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 講座のテーマは「アンガーマネージメント」である。講師は、早稲田大学教授でアンガーマネージメント研究会代表の本田恵子先生だった。アンガーマネージメントとは、あまり聞きなれない言葉だ。そのせいか、受講生は11名と少なかった。この日の講座のサブタイトルは、「自分や他者の感情と上手に付き合う方法を学ぼう」というものだ。

 世の中で様々な事件を起こしている人の多くは、自分の感情をうまくコントロールできないことに原因があるという。先生は、よく少年院や刑務所を訪れて、自分の感情をどうコントロールするのか教え歩いているとのことだ。

 人はなぜキレルのか?一体キレルというのは、どういう感情を言うのか。キレルタイプには二つあって、一つは不安からくるパニック型であり、もう一つは興奮爆発型だと言う。そして、「アンガーマネージメント」の目的は、①ストレスマネージメント力をつける、②状況の捉え方を変える方法を学ぶ、③適切は表現方法・ソーシャルスキルを学ぶ、の3点だという。

 それではなんで怒りが爆発するのか、脳の仕組みから勉強した。「怒り」のそもそもの原因は、脳の視床下部にあるという。そこから出るセロトニンをうまくコントロールできない人は爆発するようだ。

 そして、相手がキレやすくなった時にやってはいけないNG集の勉強をした。NGは八つほどあり、例えば、事実を確認しない前に決めつける、自分の感情を相手に押し付ける、「なんで?」「どうして?」と聞いてしまうなど、われわれが日常やっていることだ。子どもがキレる多くの原因もここにあるという。

 決めつけるのではなく、一緒に解決策を探ろうという姿勢が大事だと強調していた。さらに、それぞれの体験に基づいて話し合ってみようと提案があった。

 ところが、子どもも巣立っていって女房と二人暮らしの中で、最近あまり「アンガー」(怒り)を爆発することはなくなった。従って、身につまされる話ではなかったね。

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2019年2月14日 (木)

№4078 鷹取山ハイキング

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 東京シニア自然大学NEXTの講座が開かれ、参加してきた。この日は17名の参加だった。今回は三浦半島の鷹取山にハイキングだ。京急田浦駅に集合し、その駅から出発だ。世話人が、「皆さん高齢なので、先ずは体をほぐしてから出発しましょう」と、軽い体操をし、体を慣らした。

 三浦半島を歩いてわかるのだが、この地は玄武岩に覆われた急坂の多い街だ。こうやってハイキングに来る分にはいいのだが、住んでいる人は大変だろうね。ましてや住人は高齢化が進む。とても住める街じゃないなと思った。

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 今日の目的地鷹取山は、標高139mと決して高い山ではない。4等三角点で標高を測ってみて分かったのだが、私がインストールしたスマホのアプリ「正確な高度計」が決して正確ではないことが分かった。鷹取山頂上でアプリの高度計は、136mだった。他の方が測ると、表示通り139mが出ていた。

 ついでにインストールしたスマホアプリの「コンパス」も正しくなかった。三角点のてっぺんの十字は、正確に東西南北を表す。ところがアプリのコンパスは、東を差さなければならないところを北を差していた。このアプリは二つとも使えないな。

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Simg_8020  どんな低い山でも、登りはきつい。今回は標高が6mの地から出発だったので、130m以上の登りが続いた。慰めになるのが、景色だ。登るにつれて東京湾の遠景や船などが望めた。

 おや、上空をヘリコプターが飛んでいる。仲間が双眼鏡を覗いていたが、「あれはオスプレーだね」と言っていた。肉眼ではよく見えなかったが、カメラのズームを伸ばしたらその姿が撮れた。

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Simg_8026  今日の目的の一つが、摩崖仏見学だ。3mもあったろうか、岩に彫られていた。ただ制作は比較的新しく、昭和40年の作だという。

 さらには、この付近の岩は岩登りの最高のゲレンデのようだ。垂直に切り立った岩がたくさんあった。なぜこのような岩が残っていたかというに、昭和の初めころは石切り場として使われていたらしい。このゲレンデの脇で昼食を摂った。この日は日差しもなく、北風が寒かった。

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 昼食後、さて山を下りよう。下山道の脇に神武寺というお寺があり、参拝して帰ってきた。

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2019年1月24日 (木)

№4057 横浜市の浄水場見学

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Simg_7950  今年に入って二度目の東京シニア自然大学NEXTの講座があった。今回の見学先は、横浜市の「西谷浄水場」だ。相鉄線の上星川駅で降りて、歩いて10分ほどのところだった。NEXTでは、以前から浄水場見学を企画していたのだが、なかなか実現しなかった。

 そういう意味では、待望の講座だ。入口の掲示板には、『東京シニア自然大学ネクスト様」の看板が掲げられていた。この日の参加者は21名だ。これぐらいが、一グループで見学するのにちょうどいい人数だ。

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Simg_7951  この浄水場には「横浜水道記念館」があり、説明の係員がわれわれを待っていた。こういう施設を見学するのには、ただ漫然と見学するだけではなく、きちんと係員の説明を受けたほうがいい。しかも無料で説明してくれるというのだから、ありがたい話だ。

 記念館の説明では、横浜の歴史から、水道の歴史までを話してくれた。明治以前は、横浜は100戸ばかりの小さな村だったようだ。ペリー来航とともに横浜が開港都市となり、急激に開けていった。それとともに、水需要も飛躍的に伸びたようだ。施設が需要に追いつくのは大変だったようだ。

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 横浜には、浄水場が三か所あるという。いずれも、水は相模川、相模湖、酒匂川などから引いてきているようだ。ここの浄水場は、水が相模湖から約13時間で到着する距離とのことだ。この記念館で1時間ほどの説明があった。

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 次に向かったのが、記念館の隣にある浄水場だ。前半の説明員と後半では担当者が変わった。ここでは、浄水場の仕組みをビデオ等を使って丁寧に説明してくれた。さらに、沈殿池、濾過池、配水池などの現場も見学できた。ダムの水が、どのようにして水道水に変わっていくのか、よくわかった。

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Simg_7963  説明の最後に、浄水場でできたばかりのほやほやの水を飲む場所があった。蛇口からあふれるばかりの水を賞味したが、気分は美味しかったね。

 この浄水場は、小学生にとっては格好の社会見学コースのようで、横浜の小学生が年間10,000人も訪れるとのことだった。われわれのような社会人も、1,000人は来ると話していた。

 今までもNEXTでなければ訪れることがないだろう場所をたくさん見学してきたが、この浄水場もその部類に入る。見学できてよかった。

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2019年1月10日 (木)

№4043 滝山城跡の見学

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 今年最初の東京シニア自然大学NEXTの講座があった。この日は「日本100名城」の一つ、旧滝山城の見学だ。場所は、八王子駅からバスに乗って15分ほどのところの八王子郊外だ。さて、どういうところだろうか。

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 着いたバス停のすぐ近くに、この日のボランティアガイドが待っていた。われわれ参加者が21名だったが、ボランティアガイドとしてやってきたのは8人だった。説明を聞くと、本当のガイドは2人で、あとはガイドの勉強のために参加した人たちだ。

 私も初めて知ったのだが、滝山城という城は1560年ころに北条氏照の居城だったらしい。この地は関東の北条側と信濃の武田信玄のせめぎあいの場所だったという。目の前には、古甲州街道が走る要衝の地だった。ただ、ある戦いで武田信玄に敗れた北条氏照が八王子に撤退し、その後は城として使われなかったようだ。手入れが行き届かないまま、竹がびっしり生えていた。往時は、裸城だったらしい。

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 古城を見て驚いたのだが、壮大な山城だ。われわれが『城』というと思い浮かぶのは、石垣を積み上げた城壁だ。ただ、この城は中世の山城で、地形を利用して土を盛り上げた城だった。鉄砲の使用はまだだったようで、主な飛び道具は弓矢である。

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 ガイドの説明によると、弓矢を有効に利用して敵を退ける様々な工夫が、この城にはあった。土塁、土橋、虎口、馬出、堀などである。山城にしては、堀は深く掘られていた。堀の中には、高さが90mもある深いものがあり、土は関東ローム層で滑りやすくなっていた。さらに、堀の底にも敵を退ける工夫が様々あったという。

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 家来の敷地も広大で、一区画1000坪もあったろうか。さらに三の丸、二の丸、千畳敷、中の丸、本丸などの敷地もそのまま残っていた。北条軍が撤退した時に建物は破却したが、敷地は手つかずだったようだ。撤退後にこの城は使われなかったというから、450年くらいそのままだったようだ。

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 本丸からは、眼下に多摩川の流れが見て取れた。その当時はまだ江戸は開かれていなかったから、小田原とこの滝山城を結ぶ重要な水運だったようだ。この地からは、秩父山系もかすかに見えた。

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 本丸には、深い井戸も残されていた。だいぶ埋まってしまったようだが、それでも優に30mの深さはあったろうか。城にとって、水は命の綱だ。この城のあちこちに水が湧いていたのも、この大きな城を維持するのには必至条件だ。

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 われわれのために、ボランティアの一人が弓を射るパーフォーマンスをしてくれた。やはりこういう古城見学には、ガイドが必要と痛感した。それにしても、よくこういう条件の敷地が見つかったものだ、と感心してしまった。良い講座だった。

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2018年12月18日 (火)

№4019 反省会グループで忘年会

 東京シニア自然大学NEXTには、講座の後に必ず飲み会をやっている「反省会グループ」がある。その有力メンバーから、「忘年会をやらないか」とのお誘いがあった。そういえば、最近忘年会とはとんと縁がないね。二つ返事でOKした。

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 会場は、新宿西口の飲み屋横丁にある「安兵衛」だ。たしか、昨年も同じ飲み屋で忘年会をやっている。昨年は、矢張り海外旅行で買ってきたアルメニアコニャックを差し入れた。今年も、矢張りキューバで買ってきたラム酒を差し入れよう。

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 会場に持ち込んで、店員の了解を得ようとした。昨年のアルメニアコニャックはOKだったが、今年は持ち込み料2000円だという。2000円も出して飲むような酒ではないので、この会場は諦めた。来年、NEXTの総会があるので、その後の懇親会に差し入れよう。

Img_7082  ラム酒は、思い出してもらいたいのだが、ハバナのヘミングウェーが通ったという酒場のフローズンダイキリというカクテルのベースの酒だ。この話はしてこなかったが、海外旅行の帰りにお土産に4本の酒を買ってきた。ラム酒3本にテキーラ1本だ。

 テキーラの試飲会の話は出ているが、まだ実現していない。私はラム酒もテキーラも、旅行時には飲まなかった。私自身、この試飲会を楽しみにしていた。

 そういえば、最近とんと忘年会の話がないね。まあ、あまり飲みたい気分でもないのだが。最近もある忘年会のお誘いがあったが、気が重いので断った。こういうものは一度断ると、再度のお誘いはないね。それを承知の上でのお断りだった。

 ただ、最近はこの「反省会グループ」の付き合いは大事にしている。大体同じ年代だし、話題も共通して気の置けない仲間だ。このグループの一人Kuniちゃんには前橋から参加は気の毒と、お誘いを入れなかった。その代わりKukiちゃんの旦那Bさんが珍しく参加していた。

 この日参加したメンバーのうち3人は、先週富山の「重力波研究所」を見学してきたようだ。話題はその研究所のことではなく、もっぱら地酒の話だった。おいおい、何のための研究所訪問だったのか、という話が出た。

 私の海外旅行も話題に上ったが、わが無手勝流の旅行談に皆さん呆れていた。さて、来年はどこに行くのか聞かれた。Kukiちゃんが、有力候補地を教えてくれた。そこを中心に研究してみよう。

 ところで、この日は級長も参加していたのだが、毒気を抜かれていて、酒を飲みながら水をごくごく飲んでいた。前からこういう飲み方をしていたら、誰にも文句を言われなかったのだが、喜寿になってようやく気が付いたのが級長らしい。2時間半ほど飲んで、無事解散した。

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