カテゴリー「東京シニア自然大学」の241件の記事

2019年11月19日 (火)

№4248 来年度の東京シニア自然大学の 講座希望科目

 11月も下旬になり、そろそろ来年のことを考えなければならない時期に来ている。『東京シニア自然大学NEXT』も、その手続きが始まった。先日、運営委員会から「来年度何をするのか、希望を最低3件出すように」との依頼が来ていた。その要望に基づいて、私も3件の希望講座を送った。その結果がまとまったようだ。

 会員が70名もいると、いろいろな企画が出てきて面白い。今回は81件の「日帰り企画」と、11件の「宿泊企画」が提案された。この中から希望を日帰りで5件、宿泊で1件、11月29日までに応募するようにとのことだ。

 一覧表を見ると、それぞれ甲乙つけがたい項目が並んでいる。さてどの項目に応募しようかな。内容を見ると、結構ハイキングという項目が多かった。天覧山、三浦富士、東秩父、奥武蔵、真鶴半島、鎌倉天園、日光杉並木、筑波山等である。筑波山については私が希望したものだが、他にも希望者がいたようだ。

 さらに、宿泊企画でも私は尾瀬を希望したが、尾瀬という人は他に二人もいた。日光戦場ヶ原という人もいたが、戦場ヶ原には過去二度も行っている。白神山地という希望もあったし、隠岐の島という話も出ていた。東北海道エコツアーというのは、Kuniちゃんの企画かな。私はこの企画一覧表を見て、次の項目に〇をつけて出すつもりだ。

日帰り企画

①鎌倉切通しを歩く

②本郷 文学・文化散歩コース

③座学:どこまでわかったのか宇宙と生命の起源

④わたらせ渓谷鉄道

⑤横田基地界隈のアメリカンテイストショップ歩き

宿泊企画

①隠岐の島

 以上は私の希望講座だが、これを運営委員会が集計して、希望上位20講座程度に絞るのだろう。さてどういう講座になるのか楽しみだ。来年3月の総会では、その講座の主担当者と3~4名の担当者、それに講座実施日が決まっていく。

 こうやって、来年も東京シニア自然大学講座が続く。3月には新しい会員も加わって来るし、ますます充実するのではなかろうか。

 

 

 

 

 

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2019年11月15日 (金)

№4244 新宿御苑 薔薇作り

 昨日の記事の続きになる。

Sdscn1421  お昼ご飯を食べて、午後は薔薇作りの話を聞いた。その前に、管理事務所の会議室で講義があった。まずは、新宿御苑の歴史についてだ。講師は、以前所長を務めていたKuniちゃんだ。この日は、奥さんも同伴していた。彼は古地図を見せながら、この御苑の変遷を語っていた。一時は、この地に赤坂離宮のような宮殿を建てる計画もあったようだ。

 Kuniちゃんの説明に続き、東京農業大学グリーンアカデミーの菊班、薔薇班の話も伺った。このグリーンアカデミーというのは東京シニア自然大学のようなもので、東京農業大学が主宰するシニアのための開講講座だ。ちなみに、最近このグリーンアカデミーから東京シニア自然大学に入学する人が増えている。言ってみれば姉妹関係にある団体だ。

 ただ、歴史も規模も大違いなのは、例えば薔薇班の会員は80名もいるということだ。薔薇班の年間スケジュールも見せていただいたが、これまたすさまじい。年間60数回の作業日程が組まれていた。その大半が除草と薬剤散布であった。新宿御苑の薔薇の管理は、この人たち抜きでは考えられない。実際、御苑側も丸投げしているような実態のようだ。

Sdscn1422  講義の後、実際の薔薇園を見ながら説明を伺った。埼玉県民活動総合センターの近くに薔薇園があり、よく見学に出かける。あの薔薇園を管理しているのは町の職員や職人のようだが、ここの薔薇の管理は、ほとんどがボランティアで行っているようだ。しかも御苑側からは、大きな制約をつけられているので大変、とこぼしていた。

Sdscn1423  それでも薔薇が満開に咲いているのを見ると、そんな不満も吹っ飛ぶようだ。今は薔薇の最盛期も過ぎている。「ぜひ、来年の5月に見に来てください。見事な花が咲いていますよ」としきりに言っていた。「来年5月には、東京シニア自然大学のための特別席もご用意します」というのだ。

Sdscn1427  薔薇園を見て歩きながら、薔薇の説明もしてくれた。知らなかったのだが、品種改良が進み今では四季咲きの薔薇が大半だという。一年中通して薔薇を楽しめるようだ。薔薇は花の鑑賞のほか、匂いも楽しめる。香水の原料となっている薔薇も多い。午前中の菊は日本で大いに発展したが、どうやら薔薇の栽培が盛んなのはヨーロッパだ。菊の名前は古今集からとられたというが、薔薇の名前は何でもありだ。それでも、王室や皇室がらみが多いのかな。

Sdscn1430  延々と薔薇の説明を伺っていたが、少し寒くなってきた。今日はこれぐらいでいいのじゃないか。

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2019年11月14日 (木)

№4243 新宿御苑探索 菊の鑑賞会

Sdscn1371  『東京シニア自然大学NEXT』の講座で、新宿御苑探索をしてきた。ご存知のように、新宿御苑は「桜を見る会」のニュースで今や話題の中心である。われわれの講座は今年の3月に決まったもので、まさかこんな騒ぎになるとは思っても見なかった。

Sdscn1383  新宿御苑には、前にもこの講座で2~3度訪れている。もう15~6年も前になるというが、この日も参加していたKuniちゃんがこの新宿御苑の所長をやっていたという。その絡みもあって、新宿御苑は何かと縁がある庭園になっている。この日は、午前中は今やっている菊花壇展を見学しながらガイドの説明を伺い、午後は薔薇の鑑賞をしながらさらに別のボランティアガイドの説明を受けるという、盛りだくさんの企画だった。参加者18人は3班に分かれ、それぞれガイドをつけてくれた。

Sdscn1385  元所長の顔もあったのか、極めて詳しいお話を伺うことができた。11月1日から15日まで行われている「菊花壇展」について、この展示会が行われるまでの涙ぐましい係員の努力の話がなされた。2~3000本の苗を育て、その中から展示に耐えうるわずか数本を選び出すのだそうだ。ほとんどの仕事は苗の破棄作業で、なんと93.4%の苗は破棄されてしまうらしい。「懸崖作り」の花壇は、一年かけてこの形にするのだそうだ。

Sdscn1396  さらにすごいのは、「大作り花壇」だ。 一本の苗から500~600本の花を咲かせる技術の裏舞台を話しておられたが、この花を咲かせるには15ヶ月かかるという。一本一本仕立て育て、この会場への移動もまた大変らしい。

Sdscn1398  本来は黄色の花と白の花は別々のようだが、中には黄色に白の混じった花もあった。これは突然変異で、苗を育てているときには予測のできないものらしい。「菊の年間作業内容」が配られていたが、この二週間の展示会のために一年間のスケジュールがぎっしり組まれていた。

Sdscn1392  お話を伺っていて面白かったのは、菊は万葉集には一首も詠われていないらしい。菊の詩が出てくるのは古今和歌集以降という。ということは、菊が日本に入ってきたのは平安時代からではないかという。ただ、今のような鑑賞菊ではなく、野菊のようなものだったらしい。そして、鑑賞に堪えられるように菊を仕立てる技術が発達したのは、江戸時代以降らしい。

Sdscn1414  ご存知のように、皇室に菊の文様が採用されている。これも意外と新しく、明治政府が採用したようだ。菊の鑑賞をしながら、このような話を伺うのは貴重な体験だった。そういえば、私の知り合いでも菊を育てている人がいる。一年中目が離せなくて、どこにも出かけられないようだ。

Sdscn1412  さらに、菊づくりの苦労はこういうところにもあった。「懸崖作り花壇」には松葉が敷き詰められていた。この松葉も丁寧に集め、一つ一つ洗うのだそうだ。さらに展示会場を覆っている土は「化粧土」と言われ、わざわざこのために買ってくるのだといっていた。さらに、苔を敷き詰めていた花壇もあった。この「菊花壇展」会期は15日までなので、興味のある方は見てきてみたらいかがだろうか。

Sdscn1410  長くなったので、薔薇の話は明日の記事としたい。

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2019年10月10日 (木)

№4208 古地図を持って竜閑川を歩こう

 よほど東京に詳しい方でも「竜閑川」は知らないだろう。この日の参加者でも知っている人は誰もいなかった。この竜閑川は、江戸時代に神田川から大川(隅田川)に抜ける堀で、交通の要衝で舟運が盛んだったという。ただ、戦後昭和25年ころに戦災のがれきを埋め立て、今では堀の名残はない。誰も知らないわけだ。

Sdscn1011  この日の東京シニア自然大学NEXTの講座は、この堀跡を辿ろうというものだった。スタートは、神田駅の近くにある竜閑橋跡だ。かすかに橋の跡は残っていたが、もちろん堀の川はない。

Sdscn1017  ただ、ここをスタートして堀の跡をたどると、それらしき遺跡がたくさんあった。今はビルの狭間になっているが、まっすぐに伸びている幅3メートルの道があった。往時に比べて相当狭くなっているとのことだ。この下に暗渠が通っているのかどうかは知らない。

Sdscn1020  ただ、道沿いにはお稲荷さんがいくつもあった。さらに、この堀沿いには「時の鐘」があって、江戸一番に時を告げていたらしい。今では余所に移されてしまったという。

Sdscn1018  由緒ある建物もあった。この丸石ビルは昭和初期の建物で、皆さんもご存知の「丸石自転車」を作っていたという。自転車は、今の自動車のように当時の一大産業だったのだろうか。

Sdscn1023  小津製紙という会社に立ち寄ってみた。この会社には紙の史料館があり、誰でも見学無料とのことだった。広くて立派な史料館に、結構見るものも多かった。この小津製紙は伊勢商人で、江戸時代に三重から出てきたらしい。古くは『古事記伝』を書いた本居宣長がこの家の出だし、最近では映画監督小津安二郎がこの家の縁戚という。ここで、お土産に和紙を買い求めた。

Sdscn1032  お昼は、十思公園で摂った。十思公園は、江戸時代の伝馬町の牢屋敷跡だという。「吉田松陰終焉の地」の石碑が立っていたし、この牢獄で亡くなった高野長英や渡辺崋山、八百屋お七や鼠小僧治郎吉の説明書が掲げられていた。江戸時代の小説を読むと、必ず出てくるのが伝馬町牢屋敷だ。ここにあったことに感激した。

Sdscn1021  午後は、さらに竜閑川をさかのぼった。この竜閑川は、今の千代田区と中央区の区境ともなっていた。明暦の大火で焼けてしまったが、それまでは吉原もここにあったようだ。残念ながら、いまや何の痕跡もなかった。「大門通り」の名前だけが残っていた。

Sdscn1036  この近くに立派な料亭があった。「浜田屋」といい、ミタパン(?)の実家だそうだ。

Sdscn1038  人形町には「うぶけや」という古い刃物屋もあった。仲間で話していたのだが、産毛を抜く刃物という意味なのだろうか。こうやって古い街並みを歩いていると、いろいろな発見があって面白かった。

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2019年9月12日 (木)

№4180 ガイドと巡るさきたま古墳群

 先日下見したさきたま古墳群で、この日は東京シニア自然大学NEXTの「さきたま古墳公園で古代の歴史を学ぶ」講座があった。午前中は「県立さきたま史跡の博物館」の学芸員のお話を伺い、午後はボランティアガイドと一緒に古墳群を巡った。下見と違い、きちんと学芸員の話を伺うと理解が一層深まった。この日の参加者は29名だった。

Sdscn0916  まずは、博物館で学芸員から概要と、収蔵されている展示品の説明を聞いた。聞いて初めて知ったこともあった。ここになぜ9基もの古墳があるのかそれは謎とのことだが、ただ確実に大和朝廷の影響はあったらしい。前方後円墳を作るには、朝廷の許可が必要とのことのようだ。ただ、関東にはこのような古墳はこのさきたま古墳だけではなく、特に群馬県に多くあるとのことだ。

Sdscn0918  博物館の展示品の中で、圧倒的な異彩を放つのが国宝「金錯銘鉄剣」である。1968年稲荷山古墳で出土し、話題になった。レントゲンで撮影し、初めて金文字が浮きあがったのだそうだ。5世紀後半のもので、ワカタケルの名前が彫られていたらしい。そのほかに、一緒に出土した剣や馬具なども一緒に国宝に指定されたという。

 たまたま稲荷山古墳は崩壊していたので発掘が可能になったが、他の古墳は文化庁の許可がなく、いまだ未発掘だという。果たして、ほかの古墳にはどういう宝が眠っているのだろうか。この日の参加者は研究熱心で、お昼間際まで学芸員に質問を浴びせていた。

Sdscn0929  午後は、地元のボランティアガイドと一緒に古墳巡りをした。この日は天気が良く、汗が止まらない。丸墓山古墳は、中でも日本最大の円墳で、100段の階段を上った。墓の頂上からは、行田の街や忍城が望めた。

Sdscn0930  忍城は、石田三成が水攻めをした「のぼうの城」で有名だ。石田三成は、この丸墓山古墳で陣頭指揮を執ったらしい。この下には、水攻めで有名な石田堤が残されていた。

Sdscn0934  さらに、稲荷山古墳にも登った。古墳の頂上には、発掘跡のレプリカが残されていた。

Sdscn0937  また、稲荷山古墳から歩いて10分ほどのところにあるのが将軍塚古墳だ。ここには発掘跡のレプリカが公開されている。炎天の中を歩いてきて、この冷房の効いた石室に入場してほっとした。

 埼玉に住んでいる人はこの古墳群は知っていたが、この日の参加者はこんな大規模な古墳があるのにチョットした驚きを持ったようだ。この古墳は5世紀から6世紀の150年ほどのもののようだが、その後は古墳は作られなかった。なぜかというに、仏教が入り、お寺ができたせいとガイドは説明していた。

 それにしても、古代の話には夢があるね。

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2019年9月 8日 (日)

№4176 来年の富士山計画は?

 昨日の記事の続きになる。富士山への出発は、中央線国立駅からであった。当然、帰りも国立駅である。午後5時半に到着する予定だったが、中央高速道で事故があり、30分ほど遅れて午後6時過ぎに着いた。やれやれ、お腹が空いたね。

 この東京シニア自然大学の講座は、良風か悪風かは知らないが、帰りには必ず「反省会」がある。実際は一杯飲んで帰ろうよ、というものだ。バスから降りて、「さて、反省会をやって帰ろうよ」と提案したら、10人ほどの方が参加の手をあげた。国立でいつも飲むのは、駅前のやきとり屋である。さて今日残ったのはどういうメンバーか見てみたら、珍しいことにこの日の講師の小泉先生も参加してくれた。さらに事務局のKanakuboさん、Kobori君も残ってくれた。

 私はこの反省会のために、中央高速道の談合坂SAでソフトクリームを食べるのを我慢した。Kobori君が食べていたので、「帰りのビールがまずくなるよ」と注意をした。彼は、「ソフトクリームはソフトクリーム、ビールはビールですよ」と美味しそうに食べていた。ただ、反省会に参加してみて、ソフトクリームを我慢したのは大正解だった。

 過激な運動から帰ってきて、生ビールは美味しかった。やはり、このビールのために汗を搔いてきたのだ。あっという間に大ジョッキの生ビール二杯がお腹に収まった。その後は、お燗の日本酒を飲んだ。

 東京シニア自然大学には、われわれが自主的に運営する「NEXT」という講座と、事務局が運営する「修了生コース」がある。最近は、あまり修了生コースには参加していなかったが、富士山講座だけは別だ。この講座は、常に小泉先生が講師として参加してくれる。昨日もお話ししたように、富士山講座は今年で4回目だ。

Photo_20190908083401  事務局のKanakuboさんが、「もちろん、来年も富士山講座はやるつもりだ。ところが何をやるのか、来年は白紙だ。ぜひ参加者のご意見を承りたい」と提案していた。私と参加者のYashimaさんは、期せずして同じ意見を出した。「富士山の大沢崩れを実際に見てみたい」と。大沢崩れは、富士山の形を変えてしまうほど大規模に進行している。ただ、この崩れは1000年も前から続いているようだ。

 小泉先生は、「大沢崩れ見学は危険で、立ち入り禁止になっているようだ。ただ、国交省に伝手があれば入場可能かもしれない。私も皆さんをご案内することには賛成だ」と言っていた。Kanakuboさんも実施にこぎつけるべく、来年の講座に向けて研究してみたい、と話していた。

 富士山講座以外にも希望はないか聞いていたので、久し振りに尾瀬に行きたいなと希望を述べた。これは修了生コースでなくともNEXTでも実施できる講座だ。そういうと、Kanakuboさんは「ぜひ小泉先生と一緒に尾瀬に行きましょうよ」と言っていた。小泉先生も、「2泊でなくても、1泊で十分に尾瀬は楽しめるよ」と話していた。

 反省会は、来年の講座に議論が及んだ。ただ、2時間でこの会は終わるようにしている。すこし足りない感じなのだが、反省会はそれがいいのだ。

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2019年9月 7日 (土)

№4175 富士山を五合目から下る

Sdscn0873  東京シニア自然大学修了生コースで、「富士山に行こう!-富士吉田口下山だけコース―」に参加してきた。毎年一回9月に開講されている「富士山に行こう!」の講座は、今年で4回目になるらしい。「宝登山見学」「御庭をめぐる」「青木ヶ原樹海」に次いでの講座だ。私はこの講座を楽しみにしていて、今回参加で3回目だ。講師の先生は、これもいつもの小泉武栄先生(東京学芸大名誉教授)である。

Sdscn0867  チャーターしたマイクロバスで、富士スバルラインの五合目に着いた。スマホで確認したら、この地は標高2300メートル、温度は15度だった。下界は晴だったのに、ここ五合目は雲で覆われていた。そして何より驚いたのが、この五合目はまるで異国の地だ。ほとんど日本人の姿は見えない。ヨーロッパ系の人も多かったのだが、何より中国人が目立った。彼らは声が高いのですぐにわかる。

Sdscn0871  この日の講座は、富士山を五合目から馬返しまで下るコースだ。なぜこのコースを選んだかというに、担当者のKanakuboさんが「私は登るのが大嫌い」だからだという。外国人の間を縫い、下山コースを下った。小泉先生のカバー領域は広い。地質学から植生までなんでもカバーしているようだ。

Sdscn0872 Sdscn0876  富士山固有の植物、名月草に富士アザミだ。山道の脇には鳥兜も咲いていた。カラマツやコメツガ、シラビソまで、植物のことはなんでも説明していた。実は、私は普段ほとんど体を動かしていない。この日もはたして皆に付いていけるか、不安があった。ただ下山だけだったので、何とかなった。

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 植物の説明だけではなく、富士山の成り立ちも岩石から説明してくれた。火山の噴石が山道脇にはたくさん転がっている。穴だらけの石はスコリア、真っ赤な石は鉄分を含んでいる石だし、真っ黒な石は宝登山噴火で飛んできたものだという。さらに上の写真の白い石は、古富士の跡の石らしい。15000年前に噴火した古富士はすべてを吹っ飛ばし、その上に新富士山が乗っかっていまの姿になっているという。

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 この下山コースには、合目ごとに山小屋があったらしい。その山小屋がことごとく廃屋になっていた。その理由は、1964年東京オリンピックに合わせて開通した富士スバルラインにあるという。有料道路開通までは、富士吉田口からのこの道が富士登山のメインロードだった。そしてスバルライン開通後は、この道を使って登山する人は激減したようだ。山小屋として経営が成り立たない小屋は、廃屋のまま放っておかれていた。

Sdscn0891  下から元気な小学生が登ってきた。富士吉田小学校の六年生の遠足だと言っていた。山は何時でもそうなのだが、一度下った道を再度登る気にはとてもなれない。二合目まで下ってきたら、眼下には河口湖が見えた。目的地の馬返しまではもうすぐだ。結局、この日は4時間半をかけて500mほど下った。

 さて、翌日は足がパンパンになって歩けないだろうね。

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2019年8月22日 (木)

№4159 講座の下見でさきたま古墳へ

 東京シニア自然大学NEXTの活動だが、最近素晴らしい後継者もできたので、一線から退いている。とはいっても、あまりにもお任せばかりでは申し訳ないと、最低限の協力はしている。この日は、9月に行われる講座「さきたま古墳公園で古代の歴史を学ぶ」の下見会があった。私の自宅から行田までは近いので、世話人として協力を申し出た。

 東京シニア自然大学NEXTの講座は、世話人が講座の設定をして、シラバスで会員に知らせる。シラバスを作るには、下見が必須だ。本当は一か月前にシラバスを作る必要があったが、夏休みやお盆の季節が重なり、若干遅くなったが下見をしてきた。

 私は、さきたま古墳群には何度も行っている。ただ、きちんと学習はしていない。わが講座は、きちんとボランティアガイドをつけて、知見を得ようと心掛けている。この講座に参加している人も、ボランティアガイドの説明を聞いて、参加に意義を感じている。下見会も、最初にボランティアガイドを探すことから始める。

Sdscn0803  まずは、市役所の近くの観光案内所でボランティアガイドの要請をした。近くには忍城もあるが、忍城からさきたま古墳までは歩いて30分もかかる。当日は忍城見学はやめて、さきたま古墳一本に絞ることにした。古墳の近くに「史跡博物館」があった。そこを訪ねて、学芸員の説明が可能かどうか聞いてみた。40分くらいの説明ができるとのことで、お願いした。

Sdscn0798  この博物館には、稲荷山古墳で出土した鉄剣が飾ってあった。この剣は、何時出土したのだろうか、大きなニュースになった。ただ、鉄は時を経るとボロボロになる。よく残っていたものだ。

Sdscn0806  この博物館を出て、古墳も巡ってみた。ここには10基の古墳があり、いずれも6世紀の初盤から中盤にかけて作られたもののようだ。誰のお墓だったのだろうか、当日ボランティアガイドに話を聞くのを楽しみにしよう。

Sdscn0807  石室が公開されている古墳もあった。「将軍塚古墳」というのだそうだ。32万平方メートルもあるこの跡地は、全部見て歩くのはえらく大変だった。必要なところだけ見て、あとは打ち合わせに入った。

Sdscn0809  打合せ場所は、「古代蓮の里」で行った。せっかくだからと、田んぼアートを見て帰ってきた。もう一か月もすると、ラグビーワールドカップが開かれる。この田んぼアートは、実に見事なものだった。

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2019年7月25日 (木)

№4132 城下町佐倉の街歩きと国立歴史民俗博物館

 1か月二回開かれているが、この日は東京シニア自然大学NEXTの講座があった。私はこの講座の開講を楽しみにしている。というのも、古希を機会にほとんどの付き合いを断捨離し、今残っているのはこの東京シニア自然大学だけである。二週間に一辺といっても、会うとずいぶん久し振りに思えるから不思議だ。

 この日は、旧城下町佐倉の街歩きを楽しみ、午後は「国立民俗博物館」の見学だった。実は、私は佐倉の街には年二度ほど来ている。というのも、駅裏にある佐倉カントリー倶楽部で、高校同窓会のゴルフコンペが開かれているからだ。ただ、佐倉の街はゴルフ場と飲み屋に通うだけで、街の散策はしたことがない。佐倉の街はどうなっているのだろうか、楽しみである。

Sdscn0673  名簿を見ると、東京シニア自然大学NEXTの会員は72名である。もちろん、この講座に全員参加することはない。それでも、心なしか幽霊会員が増えたような気がする。ただ、この日の参加者は、今まで開講した中では最高の35名だった。参加者が少ないと心配だが、多ければまた世話人にとっては大変なことだ。朝10時に京急佐倉の駅前で朝礼が行われた。

Sdscn0674  最初に向かったのは、駅から15分ほど歩いた旧武家屋敷だ。ボランティアガイド二人が待っていた。ここで二班に分かれて、旧武家屋敷跡の見学をした。見学用に移築した武家屋敷三棟があった。上級・中級・下級の武家屋敷跡だ。江戸時代は階級社会だとはっきり分かる建物だった。上級の玄関は5畳、中級は4畳、下級は3畳だった。

 さらに、上級屋敷の畳にはヘリがあったが、中級・下級にはなかった。建物で面白かったのは、移動式かまどだ。階級が変わったり移動になったりしたときは、かまどごと持って移るのだそうだ。

Sdscn0677  佐倉の街には、街々に昔の面影が残っていた。写真のひよどり坂は、欝蒼とした竹林に囲まれた坂道だった。

Sdscn0680  さらに進んで佐倉城址公園に行った。広々とした城址公園だったが、昔の面影を偲ぶ建物はほとんど残っていなかった。変な観光城を残すよりも、何かすっきりしてよかったのではないか。この城は、堀田正睦を含め9人の江戸時代の老中を生んだ城らしい。

Sdscn0681  この城址公園の一角に「国立歴史民俗博物館」があった。この博物館に併設されているレストランで昼食を摂った。レストランに入った時には下着が汗で濡れ、気持ち悪かった。幸い下着の替えをもってきていたので、着替えた。

Sdscn0682  午後は2時間ばかりこの博物館を見学したのだが、古くは縄文時代から現代までの展示物が並べられていた。あまり広すぎて、何が何だかわからないうちに、見学に疲れてしまった。焦点を絞って見学しないと、集中力を欠いてしまう。

 帰りはいつものように駅前で「反省会」を行った。反省会も、この講座の重要ポイントだ。この日は、いつもより多い13~4人が参加していた。

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2019年7月11日 (木)

№4118 三富今昔村訪問

 月曜日夜10時に放映されているNHKのテレビ番組「逆転人生」を知っているだろうか。実は私も観たことがなかった。7月1日のその番組で、この日訪問した石坂産業の女社長の話が載るというので、初めて観た。それまで、私は石坂産業を知らなかった。所沢にある産廃の会社らしい。この日の東京シニア自然大学NEXTの講座は、その石坂産業とその会社の環境への取り組みを学ぶものだった。

 この講座には長くかかわっていたが、産廃事業の見学は初めてのことだ。そういえば所沢周辺は、ひと頃は産廃を焼却する煙突がたっていて、ものすごい煙だった。このテレビ番組を見ていたら、ある新聞報道で煙突からダイオキシンが発生し、所沢のホウレンソウが煙害に侵されていると報じられたことがあったらしい。1999年のことだ。

Sdscn0615  所沢の農民は風評被害に立ち上がり、ごみの焼却反対の運動が盛り上がった。標的にされたのが、この日見学した石坂産業だった。石坂産業は、ダイオキシンを抑えるために50億円をかけて高熱焼却炉を作っていたが、矢張り煙突の煙は抑えられなかった。市民の反対運動に立ち往生した先代の社長は辞任し、社長の座を娘に譲ったらしい。

 その娘は産廃事業を根本から見直し、煙突で焼却しない、徹底したリサイクル事業を立ち上げた。この日の説明によると、この会社が扱っているほとんどの産業廃棄物は、古家解体で出たごみ、木材のようだ。今では、そのリサイクル率は98%とのことのようだ。

 そして、女社長石坂典子さんが何より力を入れて取り組んだのが、周辺の環境整備だ。それまでは、工場の周りはごみ捨て場でさながらジャングル化していたという。従業員でごみの取り片付けをし、自然の再生に取り組んだ。それまで産廃反対運動を取り組んでいた市民団体も、次第にこの事業に協力していったという。今では、後楽園ドーム4個分にあたる敷地は、里山テーマパークになった。

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 とはいっても、石坂産業は産業廃棄物の中間処理業者だ。本社会議室でこの会社の取り組みを学んだあと、工場見学もさせていただいた。家屋の解体ゴミが、次々に持ち込まれていた。その量の多さに驚いた。持ち込まれたごみは、システマテックに処理されていく。近隣に音の立てない、ホコリの舞わない工場に細心の努力を払っているようだ。産廃処理工場なのに、工場内が意外ときれいなのには驚いた。

 そして、何よりも従業員の教育が行き届いていたことだ。われわれ訪問者を見て、どんな遠くにいても大きなはきはきした声で、「いらっしゃいませ」と挨拶をしてきた。これは、この見学中どういうパートで働いている人にも徹底されていた。これは、「見学者は我々の教師である」という精神に基づくもののようだ。一年に三万人もの見学者があるというのもうなずけた。

Sdscn0632  この日の参加費は、昼食代込みで3500円だった。意外と高いと思うかもしれないが、駅から工場までの送迎バス、かわいい行業員が一日ついてガイドをしてくれたこと、二十穀米を含めた昼食のボリュームを思ったら、そんなにも高いものとは思わなかった。

Sdscn0623  ガイドのお嬢さんの心遣いも行き届いていた。橘さんという女性だったが、「私の顔はいくらSNSで拡散しても構いません」と言っていたから、ここで紹介したい。まだ独身だというので、「私の息子の嫁さんにどう?」と声をかけた。

Sdscn0629  この公園には新幹線も走っていて、いい老人が嬉々として乗車していた。そういう私も、何はさておき乗車した。有料公園ではあるが、土日は来園者で混むのではないだろうか。子どもと一緒に公園の広い自然を楽しむのも、休日の有益な過ごし方かもしれない。この日の講座にはとっても満足した。国ちゃん、ありがとう!

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