カテゴリー「東京シニア自然大学」の221件の記事

2019年1月10日 (木)

№4043 滝山城跡の見学

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 今年最初の東京シニア自然大学NEXTの講座があった。この日は「日本100名城」の一つ、旧滝山城の見学だ。場所は、八王子駅からバスに乗って15分ほどのところの八王子郊外だ。さて、どういうところだろうか。

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 着いたバス停のすぐ近くに、この日のボランティアガイドが待っていた。われわれ参加者が21名だったが、ボランティアガイドとしてやってきたのは8人だった。説明を聞くと、本当のガイドは2人で、あとはガイドの勉強のために参加した人たちだ。

 私も初めて知ったのだが、滝山城という城は1560年ころに北条氏照の居城だったらしい。この地は関東の北条側と信濃の武田信玄のせめぎあいの場所だったという。目の前には、古甲州街道が走る要衝の地だった。ただ、ある戦いで武田信玄に敗れた北条氏照が八王子に撤退し、その後は城として使われなかったようだ。手入れが行き届かないまま、竹がびっしり生えていた。往時は、裸城だったらしい。

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 古城を見て驚いたのだが、壮大な山城だ。われわれが『城』というと思い浮かぶのは、石垣を積み上げた城壁だ。ただ、この城は中世の山城で、地形を利用して土を盛り上げた城だった。鉄砲の使用はまだだったようで、主な飛び道具は弓矢である。

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 ガイドの説明によると、弓矢を有効に利用して敵を退ける様々な工夫が、この城にはあった。土塁、土橋、虎口、馬出、堀などである。山城にしては、堀は深く掘られていた。堀の中には、高さが90mもある深いものがあり、土は関東ローム層で滑りやすくなっていた。さらに、堀の底にも敵を退ける工夫が様々あったという。

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 家来の敷地も広大で、一区画1000坪もあったろうか。さらに三の丸、二の丸、千畳敷、中の丸、本丸などの敷地もそのまま残っていた。北条軍が撤退した時に建物は破却したが、敷地は手つかずだったようだ。撤退後にこの城は使われなかったというから、450年くらいそのままだったようだ。

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 本丸からは、眼下に多摩川の流れが見て取れた。その当時はまだ江戸は開かれていなかったから、小田原とこの滝山城を結ぶ重要な水運だったようだ。この地からは、秩父山系もかすかに見えた。

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 本丸には、深い井戸も残されていた。だいぶ埋まってしまったようだが、それでも優に30mの深さはあったろうか。城にとって、水は命の綱だ。この城のあちこちに水が湧いていたのも、この大きな城を維持するのには必至条件だ。

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 われわれのために、ボランティアの一人が弓を射るパーフォーマンスをしてくれた。やはりこういう古城見学には、ガイドが必要と痛感した。それにしても、よくこういう条件の敷地が見つかったものだ、と感心してしまった。良い講座だった。

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2018年12月18日 (火)

№4019 反省会グループで忘年会

 東京シニア自然大学NEXTには、講座の後に必ず飲み会をやっている「反省会グループ」がある。その有力メンバーから、「忘年会をやらないか」とのお誘いがあった。そういえば、最近忘年会とはとんと縁がないね。二つ返事でOKした。

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 会場は、新宿西口の飲み屋横丁にある「安兵衛」だ。たしか、昨年も同じ飲み屋で忘年会をやっている。昨年は、矢張り海外旅行で買ってきたアルメニアコニャックを差し入れた。今年も、矢張りキューバで買ってきたラム酒を差し入れよう。

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 会場に持ち込んで、店員の了解を得ようとした。昨年のアルメニアコニャックはOKだったが、今年は持ち込み料2000円だという。2000円も出して飲むような酒ではないので、この会場は諦めた。来年、NEXTの総会があるので、その後の懇親会に差し入れよう。

Img_7082  ラム酒は、思い出してもらいたいのだが、ハバナのヘミングウェーが通ったという酒場のフローズンダイキリというカクテルのベースの酒だ。この話はしてこなかったが、海外旅行の帰りにお土産に4本の酒を買ってきた。ラム酒3本にテキーラ1本だ。

 テキーラの試飲会の話は出ているが、まだ実現していない。私はラム酒もテキーラも、旅行時には飲まなかった。私自身、この試飲会を楽しみにしていた。

 そういえば、最近とんと忘年会の話がないね。まあ、あまり飲みたい気分でもないのだが。最近もある忘年会のお誘いがあったが、気が重いので断った。こういうものは一度断ると、再度のお誘いはないね。それを承知の上でのお断りだった。

 ただ、最近はこの「反省会グループ」の付き合いは大事にしている。大体同じ年代だし、話題も共通して気の置けない仲間だ。このグループの一人Kuniちゃんには前橋から参加は気の毒と、お誘いを入れなかった。その代わりKukiちゃんの旦那Bさんが珍しく参加していた。

 この日参加したメンバーのうち3人は、先週富山の「重力波研究所」を見学してきたようだ。話題はその研究所のことではなく、もっぱら地酒の話だった。おいおい、何のための研究所訪問だったのか、という話が出た。

 私の海外旅行も話題に上ったが、わが無手勝流の旅行談に皆さん呆れていた。さて、来年はどこに行くのか聞かれた。Kukiちゃんが、有力候補地を教えてくれた。そこを中心に研究してみよう。

 ところで、この日は級長も参加していたのだが、毒気を抜かれていて、酒を飲みながら水をごくごく飲んでいた。前からこういう飲み方をしていたら、誰にも文句を言われなかったのだが、喜寿になってようやく気が付いたのが級長らしい。2時間半ほど飲んで、無事解散した。

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2018年12月15日 (土)

№4016 古民家活用最前線

 東京シニア自然大学修了生コース対象の講座「古民家活用最前線 飯能の事例から学ぶ」に参加してきた。

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Simg_7664  全国で増え続ける古民家・空き家。その現状と活用方法について、埼玉県飯能市上名栗地区を事例に、周辺の環境を知り、空き家の様子を見て実際の作業をしようという講座だった。事務局のKanakuboさんは、「これこそがシニアが取り掛かるべき大きな課題」と強調していた。

 会場は、飯能駅から延々バスで1時間も行った名栗川沿いにあった。この日の講師は、駿河台大学教授で飯能市エコツーリズム推進協議会会長の平井純子先生だった。彼女は若くて、ものすごく元気いっぱいだった。

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Simg_7670  バスの終点から歩いて15分ほどのところに、目指す古民家があった。築120年という古民家は、極めてきれいに整理されていた。先生は「違うのよ。5年前にここを借りたときはゴミがいっぱいで、手の着けようがなかったの」といっていた。大学のゼミの学生の手を借りて、大量のゴミを捨てたのだそうだ。おかげで、きれいに整頓できたという。

 この古民家の大黒柱は、一尺もある立派なものだった。引き戸には大きな一枚板の欅が使われていた。ただ、二階は貸してくれなくて、いまだ大量のごみの山だそうだ。ある参加者が、「二階には、死体が眠っているんじゃないの」ときつい冗談を言っていた。今日の作業は、古民家の周辺の整理だ。

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 先生の案内で、この古民家をどう再生したのか学習した。そして、最初にやったのが薪割作業だ。私は、小さい頃薪割が日課だった。50~60年ぶりにやってみたのだが、すぐに腰が痛くなって交代した。女性の参加者も積極的に薪割をやっていた。
 
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 そのうち、いい匂いがしてきた。エコストーブで、煮物とご飯炊きをやっていた。煮物は近所からもらったイノシシの肉の獅子鍋だという。さらには、竈で焼き芋を焼いていた。これはお昼が楽しみだぞ。

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Simg_7676  昼食は、車庫の上の土間にテーブルを置いて野外食だ。この日は、このために米一合を各自持参した。ご飯もほかほかに炊け美味しかったが、何よりイノシシの肉がおいしかった。野菜は、この近辺の農家から調達したのだそうで、エコな食事だ。

 さらに、ホッカホカの焼き芋もテーブルに並べられた。焼きたての芋の、美味しかったことったらなかったね。Kuniちゃんのようにご飯をお替りした人もいたが、私は獅子汁のお代わりをした。焼き芋もごちそうになり、お腹がいっぱいになった。

 さて、午後の作業は物置の整理だ。まだ手のつかない雑多なものがいっぱいあった。それを引き出しては、何かに使えないかと知恵を絞った。七輪が二個に武者小路実篤の絵、木皿が10枚ほど、一斗桝などが出てきた。絵をきれいにしていた女性は、裏ブタを開けたらぞろぞろダンゴ虫が出てきたのにびっくりしていた。

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Simg_7681  テーブル用の大きな板も見つかった。先生が、「実は、もう一つ大きなテーブルが欲しいと思っていたのよ」といっていた。皆で力を合わせ、テーブル作りをした。できてみたら、一本の足が1㎝ほど低かった。まあ、板を足に張り合わせたら何とかなるんじゃないの。

 出来上がってみると、頑丈でびくともしなテーブルだった。「大成功だ、子供たちが大勢やってきても、一緒にご飯が食べられる」と先生も喜んでいた。

 この古民家には、鉈や鉞、電動のこぎり、電動ドライバー、それに釘やネジ釘など何でもそろっていた。学生たちを呼んで、一緒に再生事業を行っているのだそうだ。参加した女性たちは、クリスマスリース作りをしていた。

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 出来上がったテーブルを前に記念写真。あっという間に時間が経ち、帰りはバス停まで15分ほど走っていった。このバスに乗り遅れると、2時間待ちだそうだ。

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2018年12月13日 (木)

№4014 鎌倉歴史散歩

 東京シニア自然大学NEXTの講座で、「鎌倉歴史散歩」があり、参加してきた。10月から11月にかけての海外旅行で、この講座に参加するのはおよそ2ヶ月ぶりだった。皆とは久しぶりに会ったのだが、級長を含め皆さん相変わらず元気でほっとした。

 鎌倉はいつでも人気スポットであり、この日も参加者は多かった。朝雨が残っていたにもかかわらず、22名の参加者があった。天気予報では朝には雨が上がるといっていたが、残念ながら集合時間の10時にはまだしとしと降りだった。まあ、やがて雨が上がってよかったのだが。

 私は鎌倉には何度も来ている。このNEXT講座でも、過去2度ほど鎌倉に来た。さて、世話人は今日はどこに連れて行ってくれるのかな。シラバスによると、「初冬の鎌倉を、紅葉を楽しみながら一日ゆっくりと、奈良から明治までに建立された寺社をたどります」とある。

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 最初に行ったのが「寿福寺」だ。鎌倉駅から歩いて15分ほどの距離だった。このお寺の参拝は初めてだ。このお寺さんは鎌倉五山の第三位にあたり、墓地には北条政子や源実朝のお墓があった。

Simg_7637Simg_7638  それに、何より驚いたのが高濱虚子の墓がこの寺にあったことだ。俳句の句会には虚子の名前はよく出てくるが、墓がここにあることまでは知らなかった。さらに、大佛次郎の墓、陸奥宗光の墓もあった。

 北鎌倉駅前の東慶寺は文化人のお墓が多くあることは有名で、私は何度も行ったことがある。鎌倉で有名人のお墓を尋ねる旅も、なかなかいいものだ。

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Simg_7641  次に訪ねたのが「海蔵寺」だ。この頃には、すっかり雨が上がっていた。このお寺さんも私は初めてだった。花の寺として有名で、境内には千両や万両が満開だった。

 この寺で見たのがリスだ。その後、このリスは寺社のどこでも見られた。海蔵寺は、なかなか良い寺だったね。この寺は、鎌倉幕府の滅亡とともに焼失し、足利氏満の命で再建されたという。

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 この寺の裏側から登ったのが化粧坂(けわいざか)で、なかなかの急坂であった。ご存知のように、鎌倉は山に囲まれた盆地で、鎌倉に入るのには7つの入り口があったという。化粧坂はその一つだといっていた。

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Simg_7647  この化粧坂を越えたら源氏山公園だ。頂上には頼朝の銅像があったが、私がこの像を見たのも初めてだ。ということは、鎌倉には何度も来ているが、裏鎌倉には来ていなかったのだ。

 源氏山から10分ほど歩いた葛原岡神社の境内で昼食を摂った。歩いていると汗が出るほどだったが、少しとまっていると寒かった。やはり12月中旬の気候だ。昼食を早々に切り上げて、さて午後のスタートをした。

Simg_7650_2Simg_7653_2  銭洗弁天、佐助稲荷神社を通って、この日の最大の難関が大仏ハイキングコースだ。

 ハイキングコースは、佐助稲荷神社の裏山から繋がっていた。散歩道には雨が残っていて、ぬかるんでいた。さらにアップダウンが激しく、慣れない道を歩く参加者の中には、こわごわ歩く者もいた。
 
 下り道で、ある外国人カップルに出会った。どこから来たのか声をかけてみたら、ポーランドから来たといっていた。鎌倉の裏山にポーランド人が来ていることに、チョットした驚きを覚えた。

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 極楽寺を通り、最後の目的地が成就院だ。私は初めて知ったのだが、この成就院も明月院と並んで紫陽花寺として有名なのだそうだ。

 この日はよく歩いたね。皆さんの歩数計は20,000歩を超えていたが、私の歩数計は正確に言うと23,863歩だった。アップダウンも激しく、足はパンパンだ。それにしても初めてのお寺もあって、この日の「鎌倉歴史散歩」は充実していた。最後は、いつものごとく駅前の呑み屋で「反省会」をしてきた。

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2018年10月13日 (土)

№3951 お茶の水~湯島~東大を歩く

 この日は、東京シニア自然大学修了生コースの講座があった。テーマは『東京の崖を訪ねる』で、何度かの連続講座の一環だ。講師の先生は東京学芸大学名誉教授小泉武栄先生で、彼の講座は人気がある。この日集まった受講生は29名と多かった。

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 集合場所は、御茶ノ水駅前である。この日訪ねる崖は、御茶ノ水から湯島、東大本郷へとぶらり歩きだ。私は好きで、よくこのコースを散歩している。このコースを学者の目で見るとどう解説するものか、興味があって参加した。先生が用意してくれたのは、4種類の地図だった。なかでも「お茶の水地形図」が役に立った。

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 私が散歩するときには、あまり地形図は頭に入っていない。ところが先生の解説を聞くと、この付近には多くの崖がある。駿河台・本郷台地などは、7万年から10万年前に造られたものらしい。その台地の縁は、縄文時代までは海だったという。

Simg_6978Simg_6983Simg_6985Simg_6989  今回歩いたコースは、また、歴史や文化遺産も多い。ニコライ堂~湯島聖堂~神田明神~湯島天神~麟祥院~東大本郷キャンパスと先生の解説を聞きながら歩いた。

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 様々な発見もあった。今まで何となく通り過ぎていた神田明神の参道前に甘酒屋があった。ものの試しとこの甘酒を仲間で飲んでみたが、一杯紙コップ350円と高かったが、これはこれで美味しかった。

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 『麟祥院』は初めてであったが、お寺の周りに「春日忌」の幟がたくさん見られたが。このお寺には春日局のお墓があり、10月14日は春日局の命日だという。1643年にお亡くなりになったが、今年は375年目の命日だ。

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Simg_6998  在職中は仕事の関係で東大本郷キャンパスにはよく行ったが、退職してからはとんとご無沙汰だ。10数年振りに尋ねたキャンパスは様変わりしていた。以前にはなかった大きな建物が、ニョキニョキと建っていた。東大病院が新築なったのも初めて知った。

 東大正門の横には長い壁があった。先生の説明によると、「安藤忠雄が設計した壁だが、まったく無用の長物だ。いったい彼は何を考えているのだろうか」とお冠だった。

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 予定通り、東大赤門前でこの日の行動は終わった。どうもご苦労様でした。

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2018年10月11日 (木)

№3949 大磯の街歩きを楽しむ

 『東京シニア自然大学NEXT』のこの日の講座は、「大磯の街に旧吉田茂邸、旧島崎藤村邸を訪ねる」というテーマだった。上野東京ラインが開通し、最寄りの駅から大磯までは一直線で行けるのがありがたい。ただ、この日は電車が遅れ、大磯に着いたのは集合時間ギリギリの午前9時50分だった。

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 大磯駅前には、すでにこの日の参加者が大勢集合していた。私は大磯駅には初めて降りたのだが、意外と駅は小さかったね。さらに、駅前にはお店なども少なく、がらんとしていた。

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 バスに10分ほど乗り、最初に向かったのが「旧吉田茂邸」だ。この日はボランティアガイドがついて、詳しく説明してくれた。吉田邸の入場料は無料だったが、ボランティアガイドは有料とのことだ。とはいっても、大した金額ではない。

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Simg_6941  いつも思うのだが、こういう旧所・旧跡を訪ねるにはボランティアガイドを頼んだ方がいいね。パンフレットでは決してわからないことを教えてくれるし、質問にも懇切丁寧に答えてくれる。たしか吉田邸は火災で焼けたが、その原因を尋ねたら、今でも原因は不明とのことだった。平成21年のことだ。いまでは街の尽力で、再建はなっていた。

 そのガイドが詳しく説明してくれたのが、入口の「兜門」だ。檜皮葺に葺かれた門だが、釘を一本も使っていないのだそうだ。この門はサンフランシスコ講和条約を記念して建てられ、別名「講和条約門」ともいうのだそうだ。吉田邸に入ったら2階からは富士山やや相模灘が望めるとのことだったが、有料の屋内には入らなかった。

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 ここの庭園も手入れが行き届き、隅々まで工夫が施されているとの説明を受けた。庭園の隅には、吉田茂の銅像が立っていた。吉田茂が元気なころは、政治家や有名人がこの屋敷に日参していたという。昭和は遠くなりにけり、か。

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 さらに、ボランティアガイドの案内で向かいの城山公園を訪ねた。この公園は、以前は三井家当主の別荘だったところらしい。大磯の地図を渡されたのだが、この地図を見る限り錚々たる人の別荘跡地があるという。伊藤博文、旧徳川邸、鍋島邸、旧西園寺邸などはその一例だ。城山公園内には「大磯郷土資料館」が建っていたが、中をのぞいてみたら立派な展示物だった。

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 この公園で昼食を摂り、午後は大磯駅に向かって歩いた。箱根駅伝名物の松並木があったが、国道一号線の脇にあって心なしか松には元気がなかった。

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Simg_6955  そして目指したのが、旧島崎藤村邸だ。島崎藤村終焉の地だそうだ。島崎藤村は昭和18年に亡くなったが、藤村はこの地に50年余り暮らしていたという。なぜか知らないが、この地は大磯の五大聖地として、若者が大勢集まってくるのだそうだ。

 何かのゲームか何かで、人気なのだろうか。私には全然わからなかった。

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 俳句をやっているなら「鴫立庵」を知っているだろう、と仲間に問われた。私は知らなかったが、和歌俳句の名所として、西行なども訪れたことのあるそうだ。

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Simg_6965  そして最後に訪ねたのが大磯駅前にある『沢田美紀記念館』である。沢田美紀さんといえば、エリザベスサンダースホームの創設者としてよく知られている。私も名前だけは聞いたことがあったが、ここに記念館があるのは知らなかった。有料ではあったが、この館の方の説明をうかがって、沢田美紀の人となりがよく分かった。

 沢田さんは、隠れキリシタンの資料の収集家でもあり、この記念館には「踏み絵」をはじめたくさんの資料が飾られていた。沢田さんはお亡くなりになったが、この敷地内には今でも孤児院があるのだそうだ。

 この日は天気が良かったので、街歩きぶらり旅には絶好のコンデションだった。少し汗ばんだ後の生ビールは最高だった。

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2018年9月27日 (木)

№3935 川崎で二つの工場見学

 相変わらず東奔西走の日々が続いている。この日は、東京シニア自然大学NEXTの講座で、川崎の二つの工場見学会があった。午前中は東京電力川崎火力発電所の見学があり、午後は味の素川崎工場の見学である。

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 火力発電所の見学は初めてだ。私は、この発電所見学に期待した。なぜなら、先日の北海道地震で発電所が動かなくなり、北海道全体がブラックアウトしたという生々しい事件があったばかりだ。

 川崎駅からバスで20分ほどのところにあったこの発電所は、全体が撮影禁止で、ほとんど写真は撮れなかった。ただ、東京ドーム6個分あるという広大な敷地の見取り図は撮ってきた。

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 どこの工場見学もそうなのだが、最初に工場概要のビデオを10~15分ほど見せられる。この東電川崎工場は、6機の発電機を持ち、発電出力は342万キロワットだそうだ。先日北海道で事故が起きた厚真火力発電所と同じ規模だ。

 説明によると、東京湾沿岸にはこの規模の火力発電所が11工場あり、なかでも鹿島火力発電所は550万キロワット規模の発電をしているという。燃料はほとんどがLNGで、発電効率がよく、しかも排気ガスがほとんど出ないのだそうだ。ちなみに、発電効率は61%で世界最高水準クラスだそうだ。

 説明の後工場見学をさせてもらったが、イメージしていた火がぼうぼうと燃えているような現場はなかった。今では、原子力発電所がなくても、十分に電力需要にこたえられるようになっているそうだ。それならば、あんな危険な原子力発電などやめればいいものを、と思った。

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 昼食後、川崎駅に戻って京急大師線で味の素工場に向かった。二つ目の駅鈴木町駅は、まるで味の素のための駅のようなものだ。駅を出ると、目の前が味の素工場だった。この工場は、駅3個分にまたがった広大な敷地だそうだ。

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 工場見学はどこもそうだが、工場内は撮影禁止だ。この日は、「Cook Doコース」見学をしたが、あまり見るべきものはなかったね。ただ珍しかったのは、見学を終えた後の調理教室だ。Cook Doを使って、回鍋肉を作るのだそうだ。バンダナとエプロンは貸してくれた。

 指導員の言うとおりに作ると、美味しい回鍋肉ができた。まあ、誰にでもできるやり方だったので、あまり満足感はなかったが。こういう食品工場見学で嬉しいのは、帰りに食品のお土産が付くことだ。自宅に味の素を持ち帰ったら、女房は「今まで味の素など使ったことがない」といっていた。そういう味の素を、級長は奥さんにお土産に買って帰っていた。さて、奥さんに怒られないかと、皆で心配した。

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2018年9月15日 (土)

№3923 サントリービール工場見学

 昨日の記事の続きである。

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 「府中郷土の森博物館」から「サントリービール武蔵野ブルワリー」までは歩いて10分強であった。待てよ、地図を見るとサントリービール工場の脇には、大東京卸売センターがあるではないか。有志でその卸売センターを見学した。

 午後だったので、卸売センターは閑散としていた。何かめぼしいものはないかと、店をのぞいて歩いた。ある中華食材売り場で紹興酒を売っていた。18年物2本で1500円とある。これは安い。その紹興酒を買って、級長と二人で分けた。

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 サントリービール工場に着いたのは、午後1時半であった。午後1時45分からの見学会は、われわれのグループだけではなかった。総勢45人ほどの大団体になった。中には、外国人も混じっていた。ここは人気スポットなのだ。

 私は、サントリービールは飲んだことがない。ほとんどがアサヒの缶ビールである。昔はキリンも飲んでいたことがあるが、今ではアサヒオンリーだ。

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 工場見学では、ビールの作り方からサントリーの旨さへのこだわりまで、丁寧に説明してくれた。

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 ただビール工場での唯一の目的は、誰でもそうだろうが試飲だ。三杯限定といっていたが、私は二杯飲んでもうお腹がいっぱいだった。それにしても、初めて飲んだプレミアムモルツだったが、意外とおいしかった。工場直接のビールだから、美味しかったのだろうか。

 工場見学を終えて、いつものように分倍河原駅前で「反省会」を行った。このメンバーの中に、8月下旬の上高地合宿に参加した人が多かった。私は、残念ながら用事があって参加できなかった。

 その合宿で、来年の旅行計画が話し合われたとのことだ。天草に行くのだそうだ。この仲間では2回の小笠原、長崎から五島列島、西表島、利尻・礼文島旅行など思い出に残る数々の旅行をした。天草も魅力があるね。

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2018年9月14日 (金)

№3922 府中郷土の森博物館を散策

 今までアサヒやキリンといろいろなビール工場を見学したことはあるが、府中のサントリーの工場は見学したことがない。「東京シニア自然大学NEXT」の講座があり、その工場を見学することになった。世話人は30人で申し込んだようだが、この日は別の講座と重なってしまい、参加者は21人になった。

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 サントリー見学は午後1時45分からの予約とのことで、午前中は「府中郷土の森博物館」を見学することになった。集合場所は、分倍河原駅前である。駅前には勇壮な銅像が立っていた。何だろうかと説明看板を見ると、新田義貞の銅像だ。この分倍河原駅前は大きな戦場だったらしく、鎌倉幕府を倒すきっかけの戦いが行われたようだ。

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Simg_6752Simg_6753  さて、バスに乗って「府中郷土の森博物館」に行った。広大な森が広がる博物館だった。皆さんは博物館に入っていったが、私は最初にこの森を体験しようと、森に分け入った。

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 博物館の近くには、古い建物や蔵を移築した一帯があった。さらに奥に入っていくと、梅林と紫陽花の山だ。係員に聞くと梅は1100本ほどあり、2月中旬から3月上旬にかけて一斉に咲くのだそうだ。さらに6月になると梅の実が生るが、今年は不作だったと話していた。

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Simg_6759  ちょうどヒガンバナが満開だった。写真を撮っているカメラマンに、「白いヒガンバナは珍しいですね」といったら、「このヒガンバナは白ではなく、よく見たらピンクだよ」と訂正された。さすがカメラマンは厳密に対象を観察するものだ、と感心してしまった。

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Simg_6760  森の奥には水車小屋があり、のんびりした気分になった。府中の真ん中に、広大な森をよくも確保できたと感心した。水車小屋の脇には茶屋があり、お団子を売っていた。美味しそうだったので2本買い、茶屋前の椅子に座って食べた。

 周りを見ても仲間がいない。私も博物館に行ってみよう。相当金のかかった博物館だと思っていたら、ある仲間が「府中市は競馬の金があるから、こんな贅沢な博物館が建てられるんだよね」といっていた。ウ~~ム、私も彼の話に納得してしまった。

 (申し訳ないが、サントリー工場見学の記事は明日にします)

 

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2018年8月30日 (木)

№3907 青木ヶ原樹海は“黒い森”か

 東京シニア自然大学修了生対象コースの講座で、富士山麓の青木ヶ原樹海に行ってきた。この講座は、「富士山に行こう!」ということで、年一回行われている。今年でもう4回目になるだろうか。私が参加したのは、これで2回目だった。講師は、いつもの小泉武栄先生(東京学芸大学名誉教授)だ。

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 小泉先生は気さくな方で、朝挨拶した時も「私は70歳になった。最近、とんと体が動かなくなったと痛感する」と話していた。毎月のように山に登っていたようだが、最近はその回数も少なくなった、と話していた。

 私は不勉強にして、富士山のことはあまり知らない。講座の主催者Kanakuboさんに、「富士山講座で青木ヶ原樹海に行きたい」と希望を述べていたが、ようやく実現した。この講座は人気が高く、38名もの参加があった。

 私のイメージでは、青木ヶ原樹海というと自殺者が入り込む森で、暗く黒いというイメージがあった。どうやらそのイメージは、松本清張の影響が多分にあったのかもしれない。この日の講座は、青木ヶ原樹海が富士山噴火のどういう影響を受けたのかの観察会だった。残念ながら、この日は曇っていて富士山は望めなかった。

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 観光バスをチャーターして、道の駅なるさわ経由で本栖風穴に向かうはずだった。ところが1時間も道に迷って着いたのが富士風穴だった。まあ、これはこれでよかった。いよいよ青木ヶ原樹海に踏み入った。ところが、森は私のイメージに反して明るく日のさすところだった。

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 特にこの森で目立った樹木は、アカマツ、ツガ、ヒノキ、ハリモミ、ヒメコマツ、アセビ等の木だ。先生の説明によると、この樹海はもともとが草原で溶岩台地だったという。地元の人にとっては草刈場であり、萱などの採集地だったという。いつの間にか木が生えはじめ、アカマツなどは80年になる成木のようだ。

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 樹海に生えている大木も、下が溶岩なので根を張れないでむき出しだ。これじゃ風に弱いだろうと思ったが、この樹海は意外と風が弱いのだそうだ。標高1120メートル、富士山の1.5合目に広がる3000ヘクタールの広大な森だ。

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 午前中の最初の目的地が【富士風穴】だ。この地は、周りから20mも落ちていた。溶岩ドームが陥没したもののようで、底に降りてみると、地上に比べて10度も低く、ひんやりして気持ちがよかった。この底には暗い穴が開いてあり、200数十mも広がっているらしい。「ブラタモリ」でタモリが穴に入ったらしいが、われわれは入らなかった。

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 この風穴も私には初めてだったが、いろいろな溶岩が広がっているのも珍しかった。縞々のような溶岩があったが、縄状溶岩というのだそうだ。岩の説明があり、安山岩や玄武岩、流紋岩などの説明を聞いても、私にはわからなかった。同行の仲間Arakawaさんに、コナラとミズナラの違いを聞いて、初めて納得した。

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 昼食後、西湖の蝙蝠穴を訪ねた。夜になると、蝙蝠がこの穴から飛び立つらしいが、今は棲んでいないという。ヘルメットをかぶってこの蝙蝠穴に入ったが、天井が低くて、ヘルメットが岩にがつがつ当たった。ヘルメットなしでは頭に瘤ができるほど低い箇所もあった。

 そいうえば、先日横浜球場で野球観戦していた時に、川崎の姉が「富士五湖や忍野八海に行ってみたい」といっていたのを思い出す。今回行ったのは、まさにそういう場所だった。

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