カテゴリー「俳句」の142件の記事

2019年12月 9日 (月)

№4268 俳句作品展終わる

 このブログでたびたび書いているが、埼玉県民活動総合センターの一階展示会場で開かれていた《五句会合同の作品展》が、この日曜日に終わった。会期は8日間だった。展示には1時間ほどかかったが、撤収は早いもので、30分ほどで終わった。各句会から撤収のお手伝いが25名ほど集まっていたので、しまうのも早かったのだ。

 お互いの句会の交流は、【桟雲】の機関紙だけなので初めて会う人も多かった。わが伊奈桟雲の会のメンバーも、わが句会の顧問でもあるSenshuさんに初めて会うという人が何人かいた。Senshuさんは、わが句会がスタートしたときに、Yamahiko先生のアシスタントとしてお付き合いいただいた方だ。1年間ほどお付き合いいただいたが、句会が順調に行っているのを見て句会を卒業した。

 Senshuさんを知らないという方は、伊奈桟雲の会の比較的新しいメンバーだ。伊奈桟雲の会には来なくなったが、まだ3つの句会には参加していると話していた。今年の新年句会で初めてお会いして、それっきりという人もいた。あまりの懐かしさに、思わず声をかけた。せっかく知り合ったので、メルアドの交換をしようよ。

Sdscn1563  私は、この日女房が作ったジャケットを着ていった。手織りのジャケットで、私の定年祝いで記念に作ったものだ。ただ、あまりしょっちゅうは羽織らないので、女房はいらいらしていた。久し振りに着ていったら、これが句会の仲間に大評判だった。「あら、素敵なジャケットね。奥さんの作ったものですか。物凄く手間暇がかかっていますね」と声をかけてくれる女性が何人かいた。私にとっては珍しいものではないが。初めてみる裂き織の作品は、新鮮だったようだ。

Sdscn1566  せっかくこうやって集まったので交流会をしようと、埼玉県民活動総合センターの食堂でお茶会をやった。20数名の参加で盛会だった。ただ、この打ち上げの会が結構真剣な議論の場になった。まずはお互い自己紹介をした。そして、今回の作品展に対する反省会に移った。奉加帳に名前を書いてくれて人が140人前後、コメントを寄せてくれた人が何人かいた。会長が、コメントの一つ一つを読み上げてくれた。

 これを基に議論が始まった。というのも、今回は五句会だけの作品展だったが、来年は全句会参加の大作品展が同じ会場で開かれる。全部で13句会あり、その人たちが参加すると100数十人の大作品展になる。何月に展示会をやったらいいのか、会期を何日にするのか、今回の作品展で足りなかったものは何か等様々な意見が出た。

 作品展の撤収はわずか30分で済んだのが、この大反省会は1時間半も議論になった。

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2019年12月 6日 (金)

№4265 今年の俳句ベスト5

 いま埼玉県民活動総合センターの展示場で、5句会合同の俳句作品展が開かれている。先日も報告したが、会期は8日(日)までである。その様子は報告したが、私が一体どういう俳句を作ったのかは報告していない。われわれが提出した句は、新年・春・夏・秋・冬の5句である。先日の忘年会で、Mochiちゃんから「俳句が上手になったね」という励ましに気をよくして、今日は私の俳句を紹介したい。

新年

小正月家家(やや)訪ふ鬼面の子どもどち

 私の田舎秋田では、小正月に子どもたちが鬼面をつけて、「泣く子いねが」と各家を回り、お餅やお菓子をいただく習慣があった。その情景を思い出して作った句である。

テラス台陶なる内裏雛(だいりびな)飾る

 わが家には手作りの内裏雛がある。春の一日、その内裏雛を出してウッドデッキに飾った。暖かな日差しを浴びて、内裏雛も気持ちよさそうだった。

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古墳径日傘に巡る一日(ひとひ)かな

 今年の夏、津軽を旅した。青森では竹ちゃんと一緒に三内丸山古墳を巡った。暑い日だった。ボランティアガイドについて歩いたのだが、そのグループに日傘を差していた女性がいた。一幅の絵になった。

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 津軽の旅では、俳句を26句ほど作った。そのうち10句を「津軽旅情の吟(うた)」として、『桟雲』の誌上に発表した。結構評判がよかった。ついでに、その発表した10句もここ載せておきたい。

海峡へ帽子吹つ飛び春北風(はるならい)

津軽路や十三(とさ)の湖畔の蜆汁

数万の海猫(ごめ)姦しや蕪島(かぶらじま)

梅雨晴れの雲間に覗く岩木山

白神や尾根に吹かるる山毛欅(ぶな)若葉

八甲田遭難の地とや若葉風

古墳径日傘に巡る一日かな

橅茂り五千年経し遺跡かな

滴りの幾筋ありや龍泉洞

津軽路や若葉の中を二千キロ

丸太稲架(はざ)撓(たわ)むほどなる重さかな

 この俳句も、30句の課題を受けて作った一句である。わが家の近くには広大に広がる田圃がある。刈入れ時に、農家の仕事を取材して俳句を作った。句材さえあればいくらでも俳句を作れると、自信を持った。

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行きつけの呑み屋や二合のおでん酒

 ある月、兼題に「おでん」が出た。私はサラリーマン時代、会社帰りによくいったおでん屋があった。店主はおばあさんで、秋田の出身であった。そのころは俳句は作っていなかったが、その店では毎月句会が開かれていた。まだ亡くなったとは聞かないが、おばあさんは元気だろうか。

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2019年12月 2日 (月)

№4261 5句会合同の俳句作品展

 Yamahiko先生は、13ほどの句会を主宰している。そのうち、埼玉県民活動総合センターの近くで句会をやっている5句会が、合同で作品展を開くことになった。5句会は、「伊奈桟雲の会」「欅の会」「山水の会」「山茶花の会」「原市さくら会」である。会場は、埼玉県民活動総合センターの一階にある展示会場だ。会場費は無料だが、だだっ広い会場だけに展示の仕方が難しい。何度も世話人会で打ち合わせをしたようだ。

Sdscn1507  朝9時に会場に行ったら、すでに準備が始まっていた。私は、世話人の指示に従って準備作業に入った。パネル板が20枚ほど用意されていて、そのパネル板から鎖を下げるのだそうだ。なかなかうまく考えたものだ。その鎖に短冊掛のフックが用意されていた。

Sdscn1505  わが「伊奈桟雲の会」の会員は9名である。その9名分の鎖をかけた。さらに、二人の先生の分は別枠のパネルが用意されていた。その鎖かけもやった。他の句会の準備も着々に進んでいた。徐々に展示会場らしくなってきた。

Sdscn1508  どこもそうなのだろうが、俳句会は女性が圧倒的に多い。女性のきめの細かさが、展示会場のあちこちで見られるようになった。会場には生け花を飾り、庭で採れた野菜も飾られた。さらに、各句会は、新入会員募集のチラシも用意してあった。

Sdscn1515  一時間半ほどで、殺風景な会場はすっかり展示会場らしくなった。せっかくだから、参加者全員で記念写真を撮っておきましょう。この作品展は、12月8日(日)まで行なわれている。時間のある方はぜひ足を運んでください。

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2019年11月20日 (水)

№4249 十一月の句会

 毎月第三火曜日は、定例句会の日である。今月も、埼玉県民活動総合センターの会議室で行われた。このところ会員は安定していて、先生を含めて10名である。このくらいが句会にはちょうどいい人数と思っていたら、冒頭先生が「絶えず人数を増やす努力をしなければ、いずれ減っていく。私が今持っている句会にも、危機的な会がいくつかある」と話していた。

 12月1日から一週間、埼玉県民活動総合センターの展示会場で、5句会合同の俳句展が開かれる。その展示会でも、新人を増やす努力が必要と確認した。句会の冒頭は、その展示会のあれこれについて世話人から説明があった。

 そしていよいよ句会である。雑詠5句と兼題1句が課題である。私が提出した雑詠は、城ケ島への仲間との一泊旅行で作った3句と、先日の新宿御苑での菊花壇展での2句、さらに兼題は「水澄む」だった。いつも感じているのだが、机に座っているだけでは俳句はできない。出かけたときに俳句ノートを片手に詩作に耽るのが常である。

 私の悩みであるが、私が提出した俳句は会員にはほとんど評価点が低い。唯一、先生に救って貰うのが常である。今月もやはり会員の評価点を得られない句があった。「水澄む」の兼題である。

水澄むや葭の合間に鯉の影 秦山

 評価点は0点だったが、先生からは「破綻のない句だからとりましょう。」といって貰えた。全体的評価としては「大人しい」と言っていた。もっとこれはという発見がないと、なかなか評価してもらえないと実感した。

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2019年10月17日 (木)

№4215 吟行後の句会

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 今回句会が行われた「大島家住宅主屋」は、国の登録有形文化財に指定されている、300年にもなる建物だ。今はカフェとして大繁盛している。実はこのカフェには、「ブログ仲間の会」で何度かお邪魔している。ブログ仲間の昭jijiが、このカフェのホームページを作成しているようで、面倒を見ているという。この日も、ここで久し振りに昭jijiにお会いした。

Sdscn1081  句会はこの主屋の座敷で行われたのだが、座敷の板戸は300年の原型をとどめていた。さらに欄間といい、書院といい、梁といい、かつての面影を偲ばせるのに十分だった。ただ、この座敷は畳の間で、3時間も座っていると辛いものがあった。

 さて、今日は私が作った俳句を紹介しながら、句会の様子を述べたいと思っている。前号でもお話ししたが、私は6句を提出した。吟行は即興句が多いので、先生も言っていたが完成度には程遠い。ただ、即興句のよさもある。その場で見たもの、聞いたものを俳句に活写するのには、鋭い感性が必要である。吟行は、その感性が試される場でもあり、私は好きだ。

 いつものように句会は、自分の作った俳句を短冊に書き提出する。その短冊をバラバラにして、出席者が手分けして清記する。その清記表を見ながら選句するのだが、その時点ではだれの作った俳句かは分らない。それでもおのずから性格は出るもので、これは先生の句だな、これはTsukushiさんの句だなと想像する。一喜一憂するわけではないが、自分の句が読み上げられると、思わず大きな声で名乗りを上げる。

 出席者の選句が披講された後に、先生からの講評がある。出席者に選ばれない句でも、先生から評価も受ける句もある。この日、私が作った句2句が出席者に選句された。さらに出席者から選ばれない句でも、先生が選んでくれた句が2句あった。その句の紹介をしたい。

(原句)大風に手つかずに落ち袋梨

 この句は3票入った。ただ、先生からは「落ちて手つかず」にした方がいいのではないかと講評された。

(訂正句)大風に落ちて手つかず袋梨

(原句)落栗の拾われぬまま朽ちてをリ

 この句も3票入った。ただ、先生からは「拾われぬまま」が緩い表現だといわれた。まあ、3票入ったので本当は△だが、辛うじて〇をやろう、とのことだった。次の2句も、出席者には選ばれなかったが、先生の講評では「緩みはない」との評価だった。

(原句)稲雀夕田の畔を家路つく

(原句)烏除け網に覆はれ落花生

 いずれ、先生はこの日の清記票を持ち帰って、ありがたいことに丁寧に講評してくれる。

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2019年10月16日 (水)

№4214 伊奈桟雲の会の吟行

 年一回開催される「伊奈桟雲の会」の吟行が、今年も開催された。今年は伊奈の街を吟行で歩き、「紡ぎの家」で句会を開こうという企画だった。毎年の吟行の企画は、仲間のTsukushiさんが世話人を引き受けてくれる。彼の企画には、遺漏がない。隅々まで気配りが行き届いている。今年もそうだった。

Sdscn1077  吟行は、他の句会にも参加を呼び掛けている。今年は、わが句会から10人全員が参加したほかに、他の句会からお客様4人が参加してくれるという。集合は、ニューシャトルの羽貫駅だった。ここから句会が開催される会場まで、歩いて句作を練るというものだ。普通は15分ほどかかる会場まで、ゆっくり一時間かけて歩いた。

Sdscn1065 Sdscn1066Sdscn1070 Sdscn1078   吟行で大事なのは、歩きながら俳句を作るためのキーワードを見つけていくことだ。私は、「俳句ノート」に次々とキーワードを書いていった。何を書いたのを振り返ってみると、「蜂谷柿」「新藁」「薄紅葉」「金木犀」「落栗」「数珠子」「野菜無人即売所」「大鷹の棲む森」「糯米の脱穀」「白式部」「落梨」「薩摩芋の蔓」「葡萄棚」「落花生」「サフラン」「猫二匹」「柘榴」など、歩きながら見て体験したことを記していった。

 これだけのキーワードがあれば、課題の5句を作句するのは可能だ。会場について、キーワードを見ながら5句の句を作った。さらに、事前にこの日の課題の兼題「稲雀」を用意しておいた。上手か下手かは別として、課題句は揃った。これで安心して昼食を摂ることができた。「紡ぎの家」はカフェ店だが、昼食もできる店だ。

 この俳句会には、経験の長短の人がいる。この2~3年前に入会した人は、吟行にメモも取らずにぶらぶら歩いていた。果たしてこの間に俳句を作ることができるのか、心配になった。句会で見る限り、矢張りぼやっと歩いては上手い俳句は作れない。一緒に歩いている先生がいろいろな花の名前とか様々なキーワードを話すのだが、それを聞いているのはベテランだけだった。えてして新入会者は、先生から離れて歩いていた。

 昼食が終わり、全員の作句が終わったのは午後1時半だった。ここから3時間にわたる句会が始まった。句会の様子は、次の号で報告したい。

 

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2019年10月 3日 (木)

№4201 私の20句

 今年の春ごろ、俳句のYamahiko先生に、「来年は、会員全員の合同句集第二集を作るつもりだ。課題は20句だ。約100人もいる会員だから、なるべく早くそれぞれの方の『私の20句』を提出してもらいたい。会員が多いので、遅くなると見切れない」と要請された。まあ、時間があるからと安閑としていたが、仲間が次々と課題句を提出しているようだ。さて、私も取り掛かろうかな。

Photo_20191001093801  前回の合同句集『第一集』を取り出してみた。第一集は、2017年5月1日に発行されている。私もその時に20句提出している。改めて取り出してみたら、私は「八重山旅情」と題して20句を出していた。西表島を旅行した時の句を中心に編んだものである。

 今回も、「津軽旅情の吟」として10句がすでに提出済みである。この10句に色付けをしたら、課題の20句はそんなに苦でもないと安心していた。ただ、もう10月になる。そろそろ取り掛かろうかなと、今年作った俳句を津軽の旅を中心に集めてみた。そんなに難しい作業でもなかった。作業を終えて改めて点検し、先生にメール添付でお送りした。

 先生から返信があり、①季節ごとに並べ替えた、②ルビは外した、③自己紹介文は長かったので短くした、とのコメントが入った。まあ、これで一つの課題は解決した。ここに提出した20句を紹介したい。

「津軽旅情の吟」                    

花冷や夜道を急ぐ影の濃し

踏青や玉川上水沿ひ辿る

男の料理煮浸しのみの菠薐草

津軽路や十三の湖畔の蜆汁

海峡へ帽子吹つ飛び春北風

梅雨晴れの雲間に覗く岩木山

白神や尾根に吹かるる山毛欅若葉   

八甲田遭難の地とや若葉風

海峡の波尖り立ち青嵐

老鶯や混浴風呂は男のみ

古墳径日傘に巡る一日かな

橅茂り五千年経し遺跡かな

数万の海猫姦しや蕪島

滴りの幾筋ありや龍泉洞

津軽路や青葉の中を二千キロ

緋牡丹や朱傘の下に翳りあり

屈み見る軒の狭間に小望月

行きつけの呑み屋や二合のおでん酒

冬晴れや新築隣家の壁ま白

古稀になほ十年連用日記買ふ

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2019年9月22日 (日)

№4190 俳句仲間の新聞投稿が載る

 先日の句会で俳句仲間のYukoさんから、「シンさん、新聞は何をとっているの」と聞かれた。「私は長年朝日新聞」、と答えた。そしたら、「次の土曜日に、私の新聞投稿が載るので読んでね」とのことだった。「語り継ぐ戦争 平和のバトン」というシリーズに8載るのだそうだ。

 Yukoさんは句会ができた最初の俳句仲間で、かれこれ10年近い付き合いだ。ただ、彼女とは俳句の付き合いではあるが、どういう生活をしているのかはほとんど知らない。唯一彼女の作った俳句で、こういう生活をし、こういう考え方をしているんだと伺い知るのみだ。一緒に俳句を始めたにもかかわらず、彼女の俳句は私に比べて頭一つ抜き出ている。

 そして、彼女の作る俳句はハイカラだ。大体カタカナ語の俳句が出てくると、ああ彼女が作ったのだなと推測できる。最近でも「カフェの夕」とか「LINE」、「ワイン」などを詠んだ句を記憶している。いつも発想が新鮮だ、と感嘆仕切りである。彼女は関西出身のようで、関西訛りで話す。どこで生まれたのかは、つい聞きそびれているのだが。

 いつもではないが、時々彼女が提出する句に父母や生立の話が出てくる。そして21日(土)の投稿欄に彼女の『軍人だった父 苦しめた罪の意識』と題した投稿が載った。彼女のお父さんは9年前に亡くなったのだが、死後に遺書が見つかったようだ。その遺書によると、兵士だった時に上官の命令で民間人を殺害し、その罪の意識に戦後苦しめ続けられていたようだ。お父さんは寡黙で、そのことを語ることはなかったようだが。

 「生前、仏様や観音様に長い時間手を合わせていた父、あれは懺悔だったのだ。戦後何十年経っても、一生、人を苦しめるのが戦争だとあらためて思い知った」と綴っている。

 2年前にお母さんが亡くなり、父の遺書を探したが見つからなかったらしい。どうやら、母が処分してしまったらしいとのことだ。「子供には残したくなかったのか」と感想を述べている。そして、最後に彼女の句が載せられていた。

青春を父は語らず終戦日            遊子

 そういえば、私も中国に出征した父の話は聞いたことがない。聞いても話したがらなかった、という印象が残る。

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2019年9月19日 (木)

№4187 作文「十五夜お月見吟行」

 今日も俳句の話題で恐縮だが、先日埼玉県民活動総合センターで一泊の「十五夜お月見吟行」をした報告をした。その場で先生に、「会報に載せるので、原稿用紙2枚から3枚の感想文を書いてよ」とお願いされた。毎日このようにブログを書いている私にとって、原稿書きは苦手ではない。その場で即OKした。

 そして、新しい会報を印刷している間に原稿用紙3枚、1200字の依頼作文ができた。一度目を通したうえで先生に添付メールを送ったら、「この文章で結構です」と返信があった。先生のOKをいただいた文章をここに添付したい。

 十五夜お月見吟行                    佐々木秦山

 

 「十五夜お月見吟行」があり、参加してきた。例年様々な会場でこの会は開かれているのだが、今年は埼玉県民活動総合センターで行われた。この会場はわが「伊奈桟雲の会」の句会で使っているのだが、宿泊するのは初めてのことだった。

 

 第一日目の宿泊句会に参加したのは五名だった。さて、今晩の句会のために吟行しようと、出かけたのは伊奈薔薇園だ。薔薇園では、秋の薔薇祭に備えて、園丁が薔薇の剪定に余念がなかった。取材を兼ねて、その作業員に話を伺った。この時期の薔薇の剪定は大事で、一ヶ月後には切った枝先から花が咲くのだそうだ。しかも秋の薔薇の花は小振りで、芳香が強いと話していた。その取材をしながら、俳句の構想を練った。今晩の句会には三句から五句の提出だそうだ。

 

 夕食は、埼玉県民活動総合センター一階のコバトン食堂で摂った。結構ボリュームがあり美味しかった。部屋に帰って酒飲みをした。すっかりリラックスして、まさかこの晩は句会が開かれるとは思ってもみなかった。入浴も済んで、さて、これからプチ句会だという。もう、すでに午後十時に近かった。

 

そこから延々十二時近くまで句会は続いた。時々外を眺めるのだが、雲が厚く垂れこめて主題の月は見えなかった。さて寝ようとしたときに、煌々と満月が照らし始めた。しばらく月を見ては、句作を練った。

 

 秋薔薇小振りなりしも香り濃し                秦山

 

 翌日は、やはり同じ会場のセミナールームで「お月見句会」が開かれた。参加者は、先生と前日の宿泊者を含めて十三名だった。この日は月の句を中心に、三句から五句の提出だそうだ。私は、朝起きた時点では一句も用意できていなかった。さて、午前九時の句会まで何句作れるのだろうか。私は、毎月の定例句会に提出する六句をを作るのにも、四苦八苦している。そこは集中力だ。昨日も五句提出したし、この日も五句を作るべく、頭を捻った。そして、提出ギリギリの締切時間に五句目ができた。この日の句会に参加したのは、わが伊奈桟雲の会のメンバーのほかにも、他句会の顔見知りが多かった。句会は粛々と進んだ。

 

 清記された俳句の選句が始まった。しかし、私の俄作りの俳句が、参加者の選句対象になるとは思えなかった。それが、意外にも提出した五句のうち、三句を選句して貰えた。正直言って嬉しかった。しかも、ぎりぎりにえいやっと出した俳句に二票も入った。

 

 昨晩の酒のつまみの残りがテーブルに並べられ、和気藹々のうちに句会は終わった。私のこの宿泊吟行で何より自信になったのは、集中力を注ぐと、俳句はできるものだといううことだ。普段からこの集中力を維持できればいいのだが、なかなかそうはいかない。

 

 雲塊を押しやり今日の月天心                山彦

 

 発句の会跳ねて寝際に望の月                秦山

 

 

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2019年9月18日 (水)

№4186 「伊奈桟雲の会」定例句会

 このところ俳句の話題ばかりで恐縮だが、第三火曜日は「伊奈桟雲の会」の定例句会の日である。いつもの埼玉県民活動総合センター会議室で開かれた。参加者は、先生を含めて10名であった。句会を開くのには、丁度良い人数だ。いつもそうなのだが、句会の前には、この日自分が持参した俳句がどういう評価をえるのか、そわそわドキドキしている。

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 この日も雑詠5句に兼題1句を提出した。今月の兼題は「蜻蛉」であった。前にも申し上げたが、私はこの句会の会報を作っている。すでに第91号になるが、この8年弱の間一号も欠かしたことがない。先日の十五夜吟行の宿泊の席で、高校の先輩のSenshuさんに褒められたばかりである。会報の表紙には、その月の兼題画像を載せている。この日の句会でも、Yokoさんに「まあきれいな蜻蛉ですね」と褒められた。

Photo_20190918131201  この画像は、ネットの無料素材の中からとっている。きれいな画像が、ネット上にはそれこそ山のようにあるのは便利だ。目指すどういう画像でも拾えるのは驚きだ。ちなみに来月の兼題「稲雀」の画像も、このネットから拾った。象徴的で良い画像ではないか。

 ところで、今月の句会の私の俳句への評価はどうだったのだろうか。今月提出した俳句は、先日の富士下山に思いを馳せた句が3句だった。富士登山の句は高校句会にも提出したが、誰からも評価点はもらえなかった。それに懲りず、若干の手直しはしたもののまた提出した。案の定、この伊奈桟雲の会でも評価点はゼロだった。

 しかし、やさしい先生はお情けだったろうか、かろうじて丸がついたのが次の2句だ。

(原句)五合目を下るばかりの富士登山

(原句)廃屋の連なり吉田登山道

(添削句)廃屋のまた廃屋や富士登山

 さらに、今月の兼題「蜻蛉」についても次の句を提出した。残念ながら、この句への評価もゼロだった。ただ、先生からは添削が入って、辛うじて滑り込めた。

(原句)秋茜群舞のありしいま昔

(添削句)秋茜群舞のありし夕田かな

 皆の共感を得るのにはどうしたものだろうか、考えどころだ。

 

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