カテゴリー「俳句」の138件の記事

2019年10月17日 (木)

№4215 吟行後の句会

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 今回句会が行われた「大島家住宅主屋」は、国の登録有形文化財に指定されている、300年にもなる建物だ。今はカフェとして大繁盛している。実はこのカフェには、「ブログ仲間の会」で何度かお邪魔している。ブログ仲間の昭jijiが、このカフェのホームページを作成しているようで、面倒を見ているという。この日も、ここで久し振りに昭jijiにお会いした。

Sdscn1081  句会はこの主屋の座敷で行われたのだが、座敷の板戸は300年の原型をとどめていた。さらに欄間といい、書院といい、梁といい、かつての面影を偲ばせるのに十分だった。ただ、この座敷は畳の間で、3時間も座っていると辛いものがあった。

 さて、今日は私が作った俳句を紹介しながら、句会の様子を述べたいと思っている。前号でもお話ししたが、私は6句を提出した。吟行は即興句が多いので、先生も言っていたが完成度には程遠い。ただ、即興句のよさもある。その場で見たもの、聞いたものを俳句に活写するのには、鋭い感性が必要である。吟行は、その感性が試される場でもあり、私は好きだ。

 いつものように句会は、自分の作った俳句を短冊に書き提出する。その短冊をバラバラにして、出席者が手分けして清記する。その清記表を見ながら選句するのだが、その時点ではだれの作った俳句かは分らない。それでもおのずから性格は出るもので、これは先生の句だな、これはTsukushiさんの句だなと想像する。一喜一憂するわけではないが、自分の句が読み上げられると、思わず大きな声で名乗りを上げる。

 出席者の選句が披講された後に、先生からの講評がある。出席者に選ばれない句でも、先生から評価も受ける句もある。この日、私が作った句2句が出席者に選句された。さらに出席者から選ばれない句でも、先生が選んでくれた句が2句あった。その句の紹介をしたい。

(原句)大風に手つかずに落ち袋梨

 この句は3票入った。ただ、先生からは「落ちて手つかず」にした方がいいのではないかと講評された。

(訂正句)大風に落ちて手つかず袋梨

(原句)落栗の拾われぬまま朽ちてをリ

 この句も3票入った。ただ、先生からは「拾われぬまま」が緩い表現だといわれた。まあ、3票入ったので本当は△だが、辛うじて〇をやろう、とのことだった。次の2句も、出席者には選ばれなかったが、先生の講評では「緩みはない」との評価だった。

(原句)稲雀夕田の畔を家路つく

(原句)烏除け網に覆はれ落花生

 いずれ、先生はこの日の清記票を持ち帰って、ありがたいことに丁寧に講評してくれる。

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2019年10月16日 (水)

№4214 伊奈桟雲の会の吟行

 年一回開催される「伊奈桟雲の会」の吟行が、今年も開催された。今年は伊奈の街を吟行で歩き、「紡ぎの家」で句会を開こうという企画だった。毎年の吟行の企画は、仲間のTsukushiさんが世話人を引き受けてくれる。彼の企画には、遺漏がない。隅々まで気配りが行き届いている。今年もそうだった。

Sdscn1077  吟行は、他の句会にも参加を呼び掛けている。今年は、わが句会から10人全員が参加したほかに、他の句会からお客様4人が参加してくれるという。集合は、ニューシャトルの羽貫駅だった。ここから句会が開催される会場まで、歩いて句作を練るというものだ。普通は15分ほどかかる会場まで、ゆっくり一時間かけて歩いた。

Sdscn1065 Sdscn1066Sdscn1070 Sdscn1078   吟行で大事なのは、歩きながら俳句を作るためのキーワードを見つけていくことだ。私は、「俳句ノート」に次々とキーワードを書いていった。何を書いたのを振り返ってみると、「蜂谷柿」「新藁」「薄紅葉」「金木犀」「落栗」「数珠子」「野菜無人即売所」「大鷹の棲む森」「糯米の脱穀」「白式部」「落梨」「薩摩芋の蔓」「葡萄棚」「落花生」「サフラン」「猫二匹」「柘榴」など、歩きながら見て体験したことを記していった。

 これだけのキーワードがあれば、課題の5句を作句するのは可能だ。会場について、キーワードを見ながら5句の句を作った。さらに、事前にこの日の課題の兼題「稲雀」を用意しておいた。上手か下手かは別として、課題句は揃った。これで安心して昼食を摂ることができた。「紡ぎの家」はカフェ店だが、昼食もできる店だ。

 この俳句会には、経験の長短の人がいる。この2~3年前に入会した人は、吟行にメモも取らずにぶらぶら歩いていた。果たしてこの間に俳句を作ることができるのか、心配になった。句会で見る限り、矢張りぼやっと歩いては上手い俳句は作れない。一緒に歩いている先生がいろいろな花の名前とか様々なキーワードを話すのだが、それを聞いているのはベテランだけだった。えてして新入会者は、先生から離れて歩いていた。

 昼食が終わり、全員の作句が終わったのは午後1時半だった。ここから3時間にわたる句会が始まった。句会の様子は、次の号で報告したい。

 

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2019年10月 3日 (木)

№4201 私の20句

 今年の春ごろ、俳句のYamahiko先生に、「来年は、会員全員の合同句集第二集を作るつもりだ。課題は20句だ。約100人もいる会員だから、なるべく早くそれぞれの方の『私の20句』を提出してもらいたい。会員が多いので、遅くなると見切れない」と要請された。まあ、時間があるからと安閑としていたが、仲間が次々と課題句を提出しているようだ。さて、私も取り掛かろうかな。

Photo_20191001093801  前回の合同句集『第一集』を取り出してみた。第一集は、2017年5月1日に発行されている。私もその時に20句提出している。改めて取り出してみたら、私は「八重山旅情」と題して20句を出していた。西表島を旅行した時の句を中心に編んだものである。

 今回も、「津軽旅情の吟」として10句がすでに提出済みである。この10句に色付けをしたら、課題の20句はそんなに苦でもないと安心していた。ただ、もう10月になる。そろそろ取り掛かろうかなと、今年作った俳句を津軽の旅を中心に集めてみた。そんなに難しい作業でもなかった。作業を終えて改めて点検し、先生にメール添付でお送りした。

 先生から返信があり、①季節ごとに並べ替えた、②ルビは外した、③自己紹介文は長かったので短くした、とのコメントが入った。まあ、これで一つの課題は解決した。ここに提出した20句を紹介したい。

「津軽旅情の吟」                    

花冷や夜道を急ぐ影の濃し

踏青や玉川上水沿ひ辿る

男の料理煮浸しのみの菠薐草

津軽路や十三の湖畔の蜆汁

海峡へ帽子吹つ飛び春北風

梅雨晴れの雲間に覗く岩木山

白神や尾根に吹かるる山毛欅若葉   

八甲田遭難の地とや若葉風

海峡の波尖り立ち青嵐

老鶯や混浴風呂は男のみ

古墳径日傘に巡る一日かな

橅茂り五千年経し遺跡かな

数万の海猫姦しや蕪島

滴りの幾筋ありや龍泉洞

津軽路や青葉の中を二千キロ

緋牡丹や朱傘の下に翳りあり

屈み見る軒の狭間に小望月

行きつけの呑み屋や二合のおでん酒

冬晴れや新築隣家の壁ま白

古稀になほ十年連用日記買ふ

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2019年9月22日 (日)

№4190 俳句仲間の新聞投稿が載る

 先日の句会で俳句仲間のYukoさんから、「シンさん、新聞は何をとっているの」と聞かれた。「私は長年朝日新聞」、と答えた。そしたら、「次の土曜日に、私の新聞投稿が載るので読んでね」とのことだった。「語り継ぐ戦争 平和のバトン」というシリーズに8載るのだそうだ。

 Yukoさんは句会ができた最初の俳句仲間で、かれこれ10年近い付き合いだ。ただ、彼女とは俳句の付き合いではあるが、どういう生活をしているのかはほとんど知らない。唯一彼女の作った俳句で、こういう生活をし、こういう考え方をしているんだと伺い知るのみだ。一緒に俳句を始めたにもかかわらず、彼女の俳句は私に比べて頭一つ抜き出ている。

 そして、彼女の作る俳句はハイカラだ。大体カタカナ語の俳句が出てくると、ああ彼女が作ったのだなと推測できる。最近でも「カフェの夕」とか「LINE」、「ワイン」などを詠んだ句を記憶している。いつも発想が新鮮だ、と感嘆仕切りである。彼女は関西出身のようで、関西訛りで話す。どこで生まれたのかは、つい聞きそびれているのだが。

 いつもではないが、時々彼女が提出する句に父母や生立の話が出てくる。そして21日(土)の投稿欄に彼女の『軍人だった父 苦しめた罪の意識』と題した投稿が載った。彼女のお父さんは9年前に亡くなったのだが、死後に遺書が見つかったようだ。その遺書によると、兵士だった時に上官の命令で民間人を殺害し、その罪の意識に戦後苦しめ続けられていたようだ。お父さんは寡黙で、そのことを語ることはなかったようだが。

 「生前、仏様や観音様に長い時間手を合わせていた父、あれは懺悔だったのだ。戦後何十年経っても、一生、人を苦しめるのが戦争だとあらためて思い知った」と綴っている。

 2年前にお母さんが亡くなり、父の遺書を探したが見つからなかったらしい。どうやら、母が処分してしまったらしいとのことだ。「子供には残したくなかったのか」と感想を述べている。そして、最後に彼女の句が載せられていた。

青春を父は語らず終戦日            遊子

 そういえば、私も中国に出征した父の話は聞いたことがない。聞いても話したがらなかった、という印象が残る。

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2019年9月19日 (木)

№4187 作文「十五夜お月見吟行」

 今日も俳句の話題で恐縮だが、先日埼玉県民活動総合センターで一泊の「十五夜お月見吟行」をした報告をした。その場で先生に、「会報に載せるので、原稿用紙2枚から3枚の感想文を書いてよ」とお願いされた。毎日このようにブログを書いている私にとって、原稿書きは苦手ではない。その場で即OKした。

 そして、新しい会報を印刷している間に原稿用紙3枚、1200字の依頼作文ができた。一度目を通したうえで先生に添付メールを送ったら、「この文章で結構です」と返信があった。先生のOKをいただいた文章をここに添付したい。

 十五夜お月見吟行                    佐々木秦山

 

 「十五夜お月見吟行」があり、参加してきた。例年様々な会場でこの会は開かれているのだが、今年は埼玉県民活動総合センターで行われた。この会場はわが「伊奈桟雲の会」の句会で使っているのだが、宿泊するのは初めてのことだった。

 

 第一日目の宿泊句会に参加したのは五名だった。さて、今晩の句会のために吟行しようと、出かけたのは伊奈薔薇園だ。薔薇園では、秋の薔薇祭に備えて、園丁が薔薇の剪定に余念がなかった。取材を兼ねて、その作業員に話を伺った。この時期の薔薇の剪定は大事で、一ヶ月後には切った枝先から花が咲くのだそうだ。しかも秋の薔薇の花は小振りで、芳香が強いと話していた。その取材をしながら、俳句の構想を練った。今晩の句会には三句から五句の提出だそうだ。

 

 夕食は、埼玉県民活動総合センター一階のコバトン食堂で摂った。結構ボリュームがあり美味しかった。部屋に帰って酒飲みをした。すっかりリラックスして、まさかこの晩は句会が開かれるとは思ってもみなかった。入浴も済んで、さて、これからプチ句会だという。もう、すでに午後十時に近かった。

 

そこから延々十二時近くまで句会は続いた。時々外を眺めるのだが、雲が厚く垂れこめて主題の月は見えなかった。さて寝ようとしたときに、煌々と満月が照らし始めた。しばらく月を見ては、句作を練った。

 

 秋薔薇小振りなりしも香り濃し                秦山

 

 翌日は、やはり同じ会場のセミナールームで「お月見句会」が開かれた。参加者は、先生と前日の宿泊者を含めて十三名だった。この日は月の句を中心に、三句から五句の提出だそうだ。私は、朝起きた時点では一句も用意できていなかった。さて、午前九時の句会まで何句作れるのだろうか。私は、毎月の定例句会に提出する六句をを作るのにも、四苦八苦している。そこは集中力だ。昨日も五句提出したし、この日も五句を作るべく、頭を捻った。そして、提出ギリギリの締切時間に五句目ができた。この日の句会に参加したのは、わが伊奈桟雲の会のメンバーのほかにも、他句会の顔見知りが多かった。句会は粛々と進んだ。

 

 清記された俳句の選句が始まった。しかし、私の俄作りの俳句が、参加者の選句対象になるとは思えなかった。それが、意外にも提出した五句のうち、三句を選句して貰えた。正直言って嬉しかった。しかも、ぎりぎりにえいやっと出した俳句に二票も入った。

 

 昨晩の酒のつまみの残りがテーブルに並べられ、和気藹々のうちに句会は終わった。私のこの宿泊吟行で何より自信になったのは、集中力を注ぐと、俳句はできるものだといううことだ。普段からこの集中力を維持できればいいのだが、なかなかそうはいかない。

 

 雲塊を押しやり今日の月天心                山彦

 

 発句の会跳ねて寝際に望の月                秦山

 

 

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2019年9月18日 (水)

№4186 「伊奈桟雲の会」定例句会

 このところ俳句の話題ばかりで恐縮だが、第三火曜日は「伊奈桟雲の会」の定例句会の日である。いつもの埼玉県民活動総合センター会議室で開かれた。参加者は、先生を含めて10名であった。句会を開くのには、丁度良い人数だ。いつもそうなのだが、句会の前には、この日自分が持参した俳句がどういう評価をえるのか、そわそわドキドキしている。

Photo_20190918122201  

 この日も雑詠5句に兼題1句を提出した。今月の兼題は「蜻蛉」であった。前にも申し上げたが、私はこの句会の会報を作っている。すでに第91号になるが、この8年弱の間一号も欠かしたことがない。先日の十五夜吟行の宿泊の席で、高校の先輩のSenshuさんに褒められたばかりである。会報の表紙には、その月の兼題画像を載せている。この日の句会でも、Yokoさんに「まあきれいな蜻蛉ですね」と褒められた。

Photo_20190918131201  この画像は、ネットの無料素材の中からとっている。きれいな画像が、ネット上にはそれこそ山のようにあるのは便利だ。目指すどういう画像でも拾えるのは驚きだ。ちなみに来月の兼題「稲雀」の画像も、このネットから拾った。象徴的で良い画像ではないか。

 ところで、今月の句会の私の俳句への評価はどうだったのだろうか。今月提出した俳句は、先日の富士下山に思いを馳せた句が3句だった。富士登山の句は高校句会にも提出したが、誰からも評価点はもらえなかった。それに懲りず、若干の手直しはしたもののまた提出した。案の定、この伊奈桟雲の会でも評価点はゼロだった。

 しかし、やさしい先生はお情けだったろうか、かろうじて丸がついたのが次の2句だ。

(原句)五合目を下るばかりの富士登山

(原句)廃屋の連なり吉田登山道

(添削句)廃屋のまた廃屋や富士登山

 さらに、今月の兼題「蜻蛉」についても次の句を提出した。残念ながら、この句への評価もゼロだった。ただ、先生からは添削が入って、辛うじて滑り込めた。

(原句)秋茜群舞のありしいま昔

(添削句)秋茜群舞のありし夕田かな

 皆の共感を得るのにはどうしたものだろうか、考えどころだ。

 

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2019年9月15日 (日)

№4183 お月見句会

 さて、前日の「お月見吟行」に続いて、今日は「お月見句会」だ。会場は、昨晩泊まった埼玉県民活動総合センターの別室のセミナールームだった。宿泊室は8畳間だったった。朝起きて私は前日遅かったのでぐっすり眠ったが、Senshuさんは「暑苦しくて眠れなかった」とブツブツ言っていた。

 この日のお月見句会は、「月」に関する俳句を3句以上5句の提出が義務づけられた。私は、朝食が終わった午前8時時点で1句もできていなかった。句会は午前9時からだ。さて、30~40分で5句作れるのか。そしてセミナールームに入った9時にようやく4句揃えた。さてもう1句だ。提出ギリギリに、えいやっと1句作って出した。

 「お月見句会」は、参加者は昨日宿泊した5人に加え、さらに8人増えて13人だった。今日は、昨日作った「お月見吟行」と、この日作った「お月見句会」で先生から評価点を得られた私の俳句を紹介したい。

「お月見吟行」

職人の園庭仕舞ひ秋の暮

(評)職人と園庭の語が近い。園丁で言い尽くせるのではないか。

伊奈薔薇園犬引き連れ散歩の子

(評)「伊奈」はいらない。「散歩の子」もゆるい。

秋薔薇(そうび)強い香放ち花小ぶり

(評)原句に対し例句「秋薔薇小振りなりしも香り濃し

雨催ひ剪定急ぐ薔薇職人

(評)「剪定」も季語、「薔薇」も季語。詩になっていない。

「お月見句会」

発句(ほく)の会跳ねて寝際に今日の月

(評)「寝際」が気になる。「今日の月」は「望の月」にした方がいい。

厚雲の切れて夜半に望の月

(評)破綻はない。まずここからかな。

兎跳ねロマンが満つる良夜かな

(評)「ロマン」が気になる。他の語に。

軒際の狭間に覗く小望月

(評)「軒際」と「狭間」がうるさい。「覗く」もいらない。例句 屈み見る軒の狭間に小望月

Dscn0946  間に合わせに作った俳句の割には、参加者から点数が入った。参加者から「発句の会」は3点が入り、「兎跳ね」と「軒際に」はそれぞれ2点が入った。とくに「兎跳ね」は、締め切り間際にエイヤッと出した俳句で、まさか参加者に評価点を得られるとは思わなかった。昨晩の酒のつまみの残りもテーブルに並べられ、和気藹々の「お月見句会」だった。

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2019年9月14日 (土)

№4182 一泊でお月見吟行

 埼玉県民活動総合センターの宿泊施設に一泊して、「お月見吟行」をしてきた。いつも利用している埼玉県民活動総合センターは宿泊施設もあるが、泊ったという話は聞いたことがない。私も一度生きがい大学の宿泊学習で泊まったことがあるだけだ。

 お月見吟行は、毎年9月か10月の満月の夜に一泊して、俳句シャワーに浸かろうという企画だ。主催はYamahiko先生で、参加者は先生の指示通りに動くだけだ。私も過去、3度ほど参加している。その一回は、那須に泊っての吟行だった。もちろんわが「あるるのいえ」に泊ってだ。

 当日何人参加するのか、当日埼玉県民活動総合センターに行ってみないと分からなかった。午後4時に埼玉県民活動総合センターロビー集合というので行ってみたら、宿泊は先生を含めて5人だった。宿泊は5人だが、翌日のお月見句会には十数人の参加になるのではないかという。午後4時に集合したが、これから一体どうしようというのだろうか。まずは近くの公園で吟行だ、という。

Dscn0940  行った公園は、埼玉県民活動総合センターから車で5分ほどのところにある「伊奈薔薇園」だ。この薔薇園は5月と10月の年二回、「薔薇祭」が開かれている。そのお祭り以外、公園はどうなっているのだろうか。剪定職人とボランティアで、薔薇の枝を伐っていた。ボランティアのおばさんに話を聞いてみると、「10月20日頃に秋の薔薇祭が開かれる。そのお祭りに備えて薔薇の枝を伐っている」のだそうだ。

Dscn0942  この時期の薔薇の剪定は大切で、9月は深く伐るのだそうだ。その切った枝から、一か月後に花が咲くという。秋に咲く薔薇の花は、小ぶりだが芳香が強いらしい。薔薇を持っている人は、いま枝を伐っておくべきだ、と強調していた。ボランティアの人の話しを聞きながら、俳句の作句に取り掛かった。私が俳句を作るときは、まずはキーワードを「俳句手帳」に書いておく。そのキーワードをもとに肉付けをしていく。仕上げは宿に帰ってからと、10句ほどの肉付けを終えた。

Dscn0945  帰りは、近くのスーパーで酒とつまみを買って帰った。埼玉県民活動総合センターでの食事は、一階の「コバトン食堂」でだ。食堂に降りてみたらガランとしていて、食事を摂っていたのはわが一行5人だけだった。夕食は結構ボリュームがあり、お腹いっぱいになった。ただ、この食堂ではお酒は飲まなかった。酒は、帰って部屋で飲むことにした。

 肝心の月は見えるのか。部屋で外を覗いてみたら、空は厚い雲で覆われていた。月が見えないのにどうやって「お月見吟行」をするのだろうか。そこは俳句の便利なところで、「無月」という季語がある。月が見えなくても俳句は作れるのだ。ただ、先生とSenshuさんは、それでも月見に外へ出ていた。帰ってきた話を聞くと、雲間に月がちらっと見えたのだそうだ。私は、部屋の中で薔薇園での俳句に磨きをかけた。

 部屋に皆が揃って飲み会をした。俳句の話しというよりも世間話に終始した。そのうち、風呂に入ろうということになった。同じフロアーに大きな風呂場があった。入浴しているのはわがチームのみだった。風呂から上がってリラックスしていたら、これからプチ句会を始めようという。もう午後10時に近かった。お酒も入ったし、本当に句会をやるの。せっかく宿泊したので、やはりやるらしい。

 一人3句から5句の提出だという。私は薔薇園で思いを練った5句を提出した。参加者が少ないということは、普段にはないことだが一句一句先生に丁寧に見てもらえるということだ。その句会は、延々12時近くまで続いた。私は薔薇園の俳句を提出したが、ほかの人は「無月」の俳句が多かった。結局、今晩は月が見えないのか、がっかりしながら私は布団に入った。

 そしたら隣部屋のMasakoさんが、わが部屋に飛び込んできた。「満月の月が見えるわよ」というのだ。すぐにベランダに出てみた。なんと満天の月が煌々と輝いていた。私は、翌日のお月見句会の俳句は全然考えていなかった。

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2019年8月21日 (水)

№4158 今月の定例俳句会

 毎月第三火曜日は『伊奈桟雲の会』の定例句会日だ。句会を終わって自宅に帰ってきたら、近所の奥さんが女房とお茶飲み会をやっていた。「今日は句会でしたね、ご苦労様です」と挨拶を受けた。あれ、何で彼女はこの日の句会を知っていたのだろうか、不思議に思った。まさか、私のブログの読者なのだろうか。

 というわけで、今月の句会は無事終了した。8月19日の記事で、「俳句の日」と題して今月提出する句について述べた。さて、句会では私の俳句はどういう評価を得て、どのように添削されたのかを報告したい。

 先日の記事でも述べた心配が的中した。

(原句)短夜や薄掛け一枚山の朝

 やはり問題になったのが「山の朝」である。「短夜」と「山の朝」が近すぎるというのだ。決してよくはないが、原句よりはいいだろうと添削されたのが以下の句だ。

(添削句)短夜や薄掛け一枚山明くる

 兼題でも、私は秘かによくできたのではないかという句に手が入った。

(原句)浴衣着や炭坑節の手のしなひ

(添削句)浴衣着の炭鉱節や手のしなひ

 助詞のわずかな違いだが、大きな違いだ。俳句はわずか十七文字の、世界で一番短い詩だ。わずか一字の違いが大きい。しかし、なかなかそこまで気が回らないというのが実情である。

 もう一句、満を持して提出した句があった。

(原句)炎暑なほデッキチェアにミステリー

 この句は省略が過ぎるというのだ。「ミステリー」だけでもわからないわけではないが、と添削の手が入った。

(添削句)ウッドデッキにミステリー小説読む良夜

 私の作る句は、大半が「まずこれから」の評価点だ。まあ、大体が50~60点というところか。もう少し発想を豊かにしないと、大きな点はもらえない。しかし、わたしには限界かもしれない。

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2019年8月19日 (月)

№4156 今日は「俳句の日」

 ネットニュースを見ていたら、今日は「俳句の日」らしい。なぜかと考えてみたら、819はハイクとも読める。その語呂合わせから来たものだろう。しかし、ほとんど一般的になってはいないのではないか。

 何度かお知らせしたが、私は現在二つの俳句会の会報を発行している。結構大変だが、その効用も明らかになりつつある。一つの句会の会報の締め切りは毎月10日で、直後に会員に選句表を送っている。選句の返事が返って来るのは15日前後だ。会員の選句で、その月に自分の投句した5句の会員評価が得られる。そして、もう一つの句会が第三火曜日だ。第一句会の評価を読んでから第二句会に臨める。

 このところ第一句会への私の投句に、会員からほとんど評価点を貰えていない。先月も今月も同じだった。あらためて自分の投句した俳句を見直してみる。なるほど、会員が評価しなかった原因が分かる。投句した5句に手を入れた、第二句会の本番に訂正句を提出する。ただ、先月の第二句会でも、私の提出した訂正句にほとんど会員の共感を得られなかった。私の発想が貧困なのが、共感を得られない原因なのだろう。

 今月の投句は、ほとんどが那須で作ったものである。第一句会で投句した俳句がなぜ共感を得られなく、それにどのように手を入れたか、今日は2~3句で紹介してみたい。訂正句が会員の共感を呼ぶかどうかは、明日の第二句会でわかる。

(第一句会提出)屋根叩く驟雨を聞きつ硫黄泉

 那須に滞在しているときに、温泉で突然の俄雨にあった。その温泉の屋根はトタン屋根で、屋根に激しく雨が叩きつけられていた。その情景を俳句にしようと思った。会員から共感を得られなかった反省点は、「硫黄泉」が唐突で情景が浮き出てこなかったことに、評価の低かった原因があったのではないか。それを反省して、第二句会用に訂正句を作ってみた。

(第二句会用)トタン屋根叩く驟雨や硫黄泉

 だいぶ情景がはっきりしてきたような気がする。それでも、まだ「硫黄泉」が唐突な感じは否めないね。

(第一句会提出)蜩(ひぐらし)の鳴くのは今朝も午前四時

 蜩は、朝の4時ころと夕方の6時過ぎにパンクチャルに鳴き声を発する。その規則性に着目したつもりだったが、この句も共感は得られなかった。原因を考えてみるに、私の提出句からはその規則性が窺えない。さらに「今朝も」と「午前」が時間として重なっている。そこで、訂正してみた。

(第二句会用)几帳面蜩鳴くは今朝も四時

 「パンクチャル」を辞書で調べてみたら「几帳面」と出ていた。あまり俳句には使っていない言葉だ。この言葉に「新しみ」を感じた。ちなみに、毎年のように蜩の句は作っている。一昨年は「蜩や木々を伐り裂く金属音」という句を作り、若干の共感は得た。さて、今年はどうか。

(第一句会提出)極暑なほ薄掛け一枚山の朝

 この句には、2点入っていた。「薄掛け一枚」は良かったが、しかしやはりこの句には不自然さが残る。「極暑」と「薄掛け」では十分に情景が伝わってこないのではないか。そこで改めて手を入れてみた。

(第二句会用)短夜や薄掛け一枚山の朝

 「短夜」は夏の季語である。夏は夜が短く、暑さで寝苦しいのでたちまち朝になってしまう、という謂いである。ただ、この句にも問題があり、「短夜」と「山の朝」が近すぎるのが難点だ。もう少し考えてみる必要があるかな。

 俳句には、「季語」は生命線だ。季語の使い方によっては俳句が生きたり死んだりする。そこが俳句の面白いところだ。

 最後にもう一句を紹介したい。これは第一句会には提出しなかったが、8月の兼題にちなんで作った俳句である。8月の兼題は「浴衣」であった。さて、明日は第二句会の定例日である。評価はどうか、楽しみである。

浴衣着や炭坑節の手のしなひ

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