カテゴリー「街歩きの楽しみ」の32件の記事

2019年5月18日 (土)

№4164 足尾銅山観光

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 気にはなっているが訪れていない場所が結構ある。今回もそんな場所だが、足尾銅山を訪問してみた。自宅から車で2時間半ほどの場所だ。以前、渡良瀬遊水地を訪ねて鉱毒の現地を見て歩いた。遊水地内にあった谷中村が廃村を余儀なくされた。また、田中正造の活躍も、この事件で知った。さて、どんなところだろうか。

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 足尾の街に行く途中、草木ダムがあった。首都圏の水ガメだ。以前から一度訪れたいと思っていたが、こんな場所にあったとは知らなかった。渡良瀬川の水を満々と溜めていた。このダムからさらに30分ほど行ったところに、目的の足尾銅山がある。今は鉱山は閉鎖になっていたが、坑道は観光地として開放されている。入場料820円を払って坑道に入った。

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 坑道が開放されているのは、わずか400mほどだ。坑道にはトロッコで入ったが、ものの5分程の乗車で目的地に着いた。坑道の中はヒンヤリしていた。あちこちから湧水が湧き出ている。

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 開放されているのはわずかな場所だが、坑道は延々1200kmにわたって続いているとのことだ。その距離は、東京から博多までにあたるものすごい長いものらしい。おもに銅を掘っていたが、もう掘りつくしてしまい、今は閉山になっている。

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 当時の工夫の姿が人形で展示されていた。坑道内を1時間も観て歩いた。ビデオで当時の様子も再現されていた。さて、鉱山の周りはどうなっているのだろうか。車でその遺跡を訪ね歩いた。

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 この坑道跡地から車で10分ほど走ったところにあったのが、本山の精錬所跡と大煙突だ。精錬所跡は、国の指定史跡だとのことだ。さらに、大煙突は1919年に建てられ、高さ50mに下部直径が6mもある巨大なものらしい。

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 この上流に、亜硫酸ガスの公害や山林の乱伐、大火により廃村になった旧松木村跡があるという。その旧村を目指したが、途中で車での立ち入りは禁止だという。歩いたら1時間もかかるというので、あきらめた。この周囲は裸山だ。公害でほとんどの木が立ち枯れたものだ。最近、テレビでよく報道されているが、この山への植樹が盛んに行われている。先日見たテレビでは、年間1万本の植樹を続けている団体があった。数年前に亡くなった立松和平も、この運動に積極的に加わっていたらしい。

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2019年4月24日 (水)

№4140 神田まつや蕎麦店

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 神田須田町には、東京大空襲を逃れ、ぽつんと江戸の下町を再現した一角がある。そして、食の名店がその一郭には固まっている。甘味処「竹むら」、蕎麦屋の「藪蕎麦」、アンコウ鍋が売り物の「伊勢源」、イノシシ料理で有名な「ボタン」などである。

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 なかでも私が大好きな店は、蕎麦の「まつや」だ。昨日の記事の続きになるが、会議が終わったのは午後5時過ぎだ。その場所から「まつや」までは歩いてものの5分もかからない。久しぶりに、蕎麦を食べて帰ろう。私がサラリーマン現役の時代は何度も通ったが、やめてからはとんとご無沙汰だった。この店は人気店で、いつも行列ができる店だった。しかし、この日は5時を過ぎても行列はなかった。

 空いているのかなと入って見たら、8分位の入りで賑わっていた。この店は1887(明治17)年創業とのことで、店内は江戸のたたずまいが残っていて、何か懐かしい感じの店だ。この店には、食通で鳴る池波正太郎もよく通ったそうだ。

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 入店したら、相席だという。私は相席でも一向にかまわない。まず注文したのが温燗一合に、にしん棒煮、かまぼこワサビだ。私がこの店で何より好きなのが、お通しで出てくる焼き蕎麦味噌だ。かつて同僚とこの店を訪れたとき、このお通が美味しくて思わずお代わりを頼んだ。そしたら彼は、「お通しのお代わりをするなんて、野暮の骨頂」といっていた。そうはいっても美味しいものは美味しい。温燗をもう一本つけてもらった。

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 最後に盛り蕎麦一杯で、おあいそをお願いした。わずか40分ほどだった。余分な話になるが、相席した隣りの人と話をした。彼は、「勘定場に座っている妙齢な女性は、この店のおかみさんでないだろうか」。まさか、あんな若いおかみさんはいないだろうと話したら、女店員が、「いえ、あの人はおかみさんです。上は大学生を頭に、3人の子持ちですよ」と言っていた。ウッソー、まだ20台にしか見えなかったよ。

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2019年4月14日 (日)

№4130見沼代用水沿いサイクリング

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 わが家に近くを「見沼代用水」が流れている。この代用水は、利根大堰を発端として川口に至る50数kmの用水である。開削したのが江戸時代だから、もう300年にもなる。そして、平成元年に10年も改修工事をした。その時に堤防に植えた桜が、いま見事な花をつけている。検索してみると、日本一の桜並木とあった。10数㎞にわたって桜並木が続く。

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 この代用水沿いに、散歩兼サイクリングロードとして「緑のヘルシーロード」が併設されている。この道は、利根川から川口まで伸びている。わが家のすぐ近くで、「利根大堰から31km」の標識がある。この道をたどってサイクリングに出た。若干風があったものの、ポカポカ陽気であった。さすが桜も満開が過ぎ、散り始めている。用水は、さながら花筏のようであった。

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  この道の33kmの手前に「瓦葺分水」がある。ここで見沼代用水は、東縁と西縁に分かれる。その先に綾瀬川が流れていて、東西縁は、この綾瀬川をくぐっていく。両縁にともにサイクリングロードがあるが、この日は東縁沿いに自転車を漕いだ。陽気に誘われて、どこまでも下っていく。

Sdscn0113 Sdscn0118  用水沿いにはたくさんの花が咲いていた。桜の盛りは過ぎたが、菜の花や芝桜は見事だ。この陽気に誘われて、自転車を楽しむ人が多かった。そうだ、コンビニエンスストアでお昼ご飯と飲み物を買おう。おにぎりとサンドウィッチ、さらにお団子を買った。どこか公園と思いながら、自転車を先に進めた。

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 出発して12~3㎞のところに「見沼自然公園」があった。お弁当を広げている家族がいた。私もここで一休止し、買ってきたお昼ご飯を食べた。ベンチに座っていたら、少し汗ばんできた。サイクリングは、行きは良い良い帰りは恐いで、思わず遠くに行くと帰りは難儀する。この付近で帰ろうか。同じ道をたどって帰った。

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 見沼代用水は、桜と新緑の芽吹きが美しかった。ただ、普段運動不足の足の筋肉はパンパンだ。往復3時間、25㎞ほどのサイクリングだったが、家に帰り付いたら足が上がらなかった。

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2019年4月13日 (土)

№4129 埼玉の三偉人

 昨日の続きの記事である。「渋沢栄一記念館」で、【埼玉三偉人】を訪ねる地図をいただいた。三偉人とは、渋沢栄一のほかに荻野吟子と塙保己一のことをいうらしい。頂いた地図を見ると、そんなに遠くもない。せっかく深谷に来たのだから、ついでに訪ねてみよう。こういう場合は、カーナビは本当にありがたい。

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 最初に訪問した「荻野吟子記念館」は、渋沢栄一記念館から車で18kmもあった。とてもじゃないが歩ける距離じゃない。記念館は、利根川の土手沿いにあった。荻野吟子は、明治18年(1885)に医師の資格を取得した日本の最初の女医である。記念館の展示物を読んでいると、今回の新札とまんざら無関係でもないようだ。今回5000円札に採用された津田梅子との交流があったという。

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 生まれは埼玉であったが、女医として活躍したのは北海道だった。彼女の生涯は、渡辺淳一の小説『花埋み』に書かれているというが、私はまだ読んでいない。展示物を読む限りにおいて、医療・婦人解放運動の先駆者として活躍し、女性の地位向上や衛生知識の普及に尽力した方らしい。機会があったら読んでみよう。

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 荻野吟子記念館を一回りして、次の目的地へ向かった。行く途中、「妻沼聖天山」の看板がやたら目についた。一体なんだろうと、急に目的地を変えた。私は知らなかったが、妻沼の周辺では「聖天様」として信仰を集めているお寺のようだ。このお寺には秘仏があるが、4月16日~22日まで、23年ぶりの秘仏御開帳になるらしい。着々と準備が進んでいたが、この御開帳には相当多くの信者を集めるのだろうね。

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 本堂の裏に国の指定重要文化財に指定されている本殿があった。本殿は日光東照宮の流れをくむ建物で、豪壮華麗な建物らしい。日光東照宮の後にできた建物ということで、さらに洗練されているらしい。入場料がかかるというので、外から拝観させていただいた。

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 この聖天様の近くでお昼ご飯を食べた。看板にとろろとあった店で、とろろ飯をいただいた。メニューを見ると「とろろおわん」とあったので、なぜおわんなのか聞いてみた。子ども用語を採用したらしい。お昼ご飯を食べながら、深谷に住む高校の友だちを思い出した。急に電話したら彼が出た。せっかく深谷に来たからと、塙保己一記念館訪問後久し振りに会うことにした。

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 そして訪ねたのが「塙保己一記念館」だ。私は、塙保己一についてもほとんど知識がない。入口で、塙保己一を紹介するDVDを観た。30分ほどの番組だったが、塙保己一についてよくまとめられたDVDだった。盲目の塙保己一は、江戸時代に『群書類従』をまとめた学者だ。本庄の片田舎で生まれ、7歳で全盲になったらしい。お母さんが亡くなり、13歳で上京した。

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 江戸では大変苦労して、最後には総検校にまで上り詰めたという。記念館には全666冊になるという『群書類従』が展示されていた。17,244枚の版木が残されていた。桜材だそうだ。展示を見て初めて知ったのだが、ヘレン・ケラーが塙保己一を励みに努力を重ねたという。こういう偉い学者だと初めて知った。

 さて三偉人の記念館を経巡って、約束の友だちに会うことにした。Shigeoといって、私の高校の同級生だ。彼とはいつも机が隣り合っていた。高校での陸上競技クラブも一緒だった。10年ぶりくらいの再会か。会うと同時に彼から出た言葉は、陸上競技部の監督先生の死去の報だった。そうか、先生には大分お世話になった。私達より一回り上だったというから、やむをえないか。

 お互い元気かどうか確認した。彼は「自身は病気のデパート」といわれるくらい、様々な病気を体験したらしい。「それもこれも、糖尿病に原因がある。若い頃の不摂生がたたった。今でも、足下の血行障害で苦しみ、最近まで入院していた」そうである。古希を過ぎて、お互いどこかかしかに障害がある。まあ、だましだまし病気と付き合っていこうと確認し、別れてきた。

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2019年4月12日 (金)

№4128 新札一万円に湧く埼玉

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 ご存知のように、2024年に発行される新一万円札の肖像画が渋沢栄一に決まった。埼玉は、渋沢栄一の生まれた深谷市を中心に大いに盛り上がっている。一連の報道を見ていると、深谷に「渋沢栄一記念館」があるという。自宅から一時間ちょっとなので、この機会に訪ねてみよう。いつもそうなのだが、熊谷に行くのには新幹線の側道を使うと速い。ほとんど車が走っていないし、何より新幹線の側道なので真っ直ぐだ。目的地には、1時間ちょっとで着いた。

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 早速、記念館に入った。玄関には、上図のようなポスターが張られていた。新一万円札に決まったせいか、平日にもかかわらず来館客数が多かった。館の入り口で渋沢英一翁の業績のDVDが流れていた。私も20分ばかりの映像を見ていたが、既知の話が多かった。渋沢栄一については、ずいぶんたくさんの小説を読んだような気がする。自宅で検索してみたら、津本陽の『渋沢栄一伝(上)(下)』と佐野真一『旅する巨人』が出てきた。ほかにもたくさん読んだような気がするが、渋沢の表題ではなかったのではないか。

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 DVD画像の脇に、渋沢栄一の実像のパネルがあった。そのパネルによると、渋沢栄一は153~155㎝の身長だったようだ。来館者の一人が、思わず「渋沢栄一というのは、意外と小さかったんだね」とつぶやいていた。江戸から明治にかけての人は、こんなものだったのか。館内の展示物を一通り見て回ったが、実物の書や手紙が多かったが、これはという発見はなかった。図書室も併設されていたが、特段渋沢栄一の書物が多いということもなかった。

 ひとつ発見したといえば、渋沢栄一を顕彰する「青淵会」があって、以前から渋沢栄一をお札の肖像にと働きかけていたそうだ。展示物に『10万円札』があった。たしかに渋沢は、日本資本主義の礎をつくった人だ。今も現存する錚々たる大会社も、渋沢の手になった。隣国がケチをつけているようだが、それには当たらないね。そういえば、王子の飛鳥山公園内に渋沢栄一の住居「青淵文庫」の建物があった。

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Sdscn0093  記念館から車で3分ほどで生家があるという。その家も訪ねてみた。ものすごく大きな農家だった。実家は、繭玉の生産農家だったという。周りには、大きな土蔵が4戸も建っていた。実家は、実に豪農だったのだ。深谷の街を走っていると、どこでも「渋沢栄一生誕の地」の看板がかかっていた。渋沢は、地元にも貢献し、今でも地元の誇りとして愛されているようだ。

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 最後に、JR深谷駅に行ってみた。駅は線路をまたぐ跨線橋になっていて、まるで東京駅の再現だ。東京駅もそうだが、この駅も深谷で作られたレンガが使われているという。深谷は、レンガの生産地でもあるのだ。駅前には、渋沢栄一の像が立っていた。


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2019年2月28日 (木)

,№4092 湯島の白梅

 毎月一回は、会議で上京する。それにしても、それ以外では東京に行く機会が極端に少なくなったのは、少々寂しい気がする。あまり出たくもないし、人と会うのも億劫になってきたのは、老人性鬱の特徴かもしれない。

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 上京した際は映画観賞をしているが、あまり見たい映画も上映されていない。街をぶらぶら歩きながら帰るとするか。出発点はお茶の水だ。ニコライ堂の坂道を上ることからスタートだ。

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 聖橋の下には神田川が流れている。JR御茶ノ水駅の改修工事がだいぶ進んでいた。どうやら、大きな駅ビルができるようだ。橋の上から見えるのが、湯島聖堂だ。この聖堂を見ながら信号を渡ると、間もなく神田明神に行きつく。

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 神田明神の山門はきらびやかだ。平日なのにもかかわらず、参拝客が多い。久しぶりだったので、私も参拝した。ここから歩いて10分ほどで、この日の目的地湯島天神に着く。

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Simg_8083  湯島天神は、多くの受験生の合格祈願の絵馬が飾られている。絵馬には、様々な合格祈願の文字が連ねられている。大学や高校の合格祈願の中で、意外と目立ったのが東大合格祈願の絵馬だ。本人が書いただけでなく、父母や親戚の書いたものもあった。

 まあ、それでも3月に入ると、入学試験シーズンも一段落と行ったところかな。孫の合格を祈願して、ここでも参拝してきた。

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Simg_8080  境内は多くの客で混雑していた。湯島の梅見物の客だ。境内には100本も梅の木があるだろうか、6分咲といったところだ。白梅だけでなく、紅梅やしだれ梅も見られた。

 この時期湯島天神の境内に来ると、猿回しの演技が見られる。毎年やっているが、一年を通してのものだろうか。

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 ぶらぶらしながら帰ってきた。途中でTwitterで情報発信もした。こういう気軽なのもTwitterの良いところかな。いけない、ハッシュタグ#をつけ忘れた。

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2018年3月25日 (日)

№3749 『将軍桜』が満開に

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 今日はポカポカの陽気であった。あちこちから満開になった花の便りが聞こえてくる。ただ、わが家の周りの桜は、まだ3分咲といったところか。ところが、近くの慶福寺の『将軍桜』は満開に咲いた。八重の見事な桜である。

Img_5531 この桜は、徳川家にまつわる桜である。徳川第3代将軍家光ゆかりの桜で、川越の喜多院から大正14年に移植されたものだという。植えられてから90年以上にもなるが、丹精が行き届いているせいか、元気な枝垂れ桜だ。

 この日は、お寺の境内で観桜会が開かれるとのことだ。甘酒、甘茶に豚汁、お蕎麦などがふるまわれるとのことで、朝から近所のおばさんたちが準備に余念がなかった。

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 さらに、夕方には法楽やシタールの演奏会もあるとのことだ。午後からはさぞ賑やかになることだろうね。私は朝お寺に参詣し、花見を楽しんできた。

 

 

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2018年3月20日 (火)

№3744 桜の開花宣言

 気象庁の発表で、先週の土曜日に開花宣言が出された。靖国神社にある標本木の桜が、5~6輪の開花が見られたのだそうだ。例年よりも9日も早い開花宣言だった。

 さて、わが住む街の桜はどうなっているのだろうか。近くには3つの桜の名所がある。観察に出かけてみよう。

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Img_5480 まずは、自宅の近くにある綾瀬川の土手である。この桜は植えてから約30年になるが、見事成木になった。満開になると、ピンクに染まる見事な桜並木である。

 花芽を見る仄かに赤くなっているが、開花にはまだちょっと早いようである。咲いている花はなかった。

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Img_5482 さらに、見沼代用水の桜並木だ。わが家のすぐそばを流れる見沼代用水は、利根川取水堰から東京の足立区まで延々85kmにのぼる人工の用水である。江戸時代に掘削された堰は、今ではコンクリートで固められている。

 この用水沿いに桜が植えられているが、植えられて20年ほどになるが、ここも見事な桜並木を形作っている。だいぶ花芽が膨らみだしてはいるのだが、まだ咲く段階には至ってないようだ。

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Img_5484 わが家の近くには、もう一か所桜の名所がある。元荒川の土手である。ここも満開になると、川面に映った桜がやはり見事である。川がピンク色になる。

 ただ、この土手の桜は植えてから60~70年にもなり、すでに老木と化している。腐っている樹も見受けられ、若木に植え替えられているのも目立つ。ここも花芽は膨らんでいるが、開花という段階まではあと4~5日だろうか。

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 ソメイヨシノはまだだが、花ズオウだろうか赤く染まった木があった。わが家の近くにある見沼代用水に土手には、連翹の黄色い花が咲き揃っている。

 春はそこまでやってきているね。

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2018年3月16日 (金)

№3740 神保町でプライムタイム

 歯科通院の日である。午前10時半の予約で、治療は30分で終わる。さて、今日は何をしようか。とりあえず神保町に出てみた。歩いて7~8分である。

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 何をさておき、【岩波ホール】にかかっている映画は何だろうか。チェックしてみた。『花咲くころ』という映画で、ジョージアのトビリシが舞台とのことだ。私は、昨年の秋にトビリシを訪れている。この映画を観よう。ただ、開始まで2時間ほどある。

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Img_5469 腹ごしらえをすることにした。これも、最近神保町に来ると立ち寄るカレーの【キッチン南海】である。この店は、いつ行っても客が行列している。この日も20人ほどが並んでいた。それでも回転率が良いので、10分ほど待つとは入れる。

 この店で注文するのはカツカレーだ。入店客の半分以上が、このカツカレーを注文している。ルーがたっぷりかかっていて、食べ応えがある。皿から零れ落ちている。Img_5470
 お腹がくちくなったら、向かうのが東京堂書店の二階、展望喫茶室である。250円のアイスコーヒー一杯で何時間でも粘れる。先日はコーヒー一杯で5時間ほどいた。静かなので、読書空間としては最適なのだ。

 映画『花咲くころ』は午後1時半に始まった。何なんだろうか、よく分からない映画だった。残念ながら、トビリシの風景も映っていない。消化不良のまま映画館を出た。

 夜は、友だちとの飲み会である。それまで、喫茶店で本を読んでいた。この日の目標である一冊を仕上げることができた。

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2017年12月23日 (土)

№3657 暮のアメ横散歩

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 上京の機会に、暮のアメ横を散歩してきた。最近のニュースにちょくちょく登場するが、アメ横は赤ちゃんパンダ人気で大賑わいだという。それでなくとも混んでいるのに、この人気でさぞかしや人出が多いことだろうね。

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 アメ横に入ってみたが、ニュースで取り上げられるほど混んでいるとは思えなかった。いつも通りの賑わいではないだろうか。いつもアメ横に行って思うのだが、外国人が多いね。特に中国語が横行している。お土産を買う観光客だろうね。

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 それでも、パンダ人気にあやかろうという店はあった。お土産屋、パンダクッキー、パンダお茶屋、パンダの帽子などだ。

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 せっかくアメ横に来たのだからと、私はパンダのマークがついたゴルフボールを買った。意外とこのアメ横には、ゴルフショップが多いのだ。

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 その足で、上野動物園まで行ってみた。赤ちゃんパンダの公開時間でなかったせいか、動物園の入口はいつも通りだった。

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