カテゴリー「健康」の99件の記事

2020年7月13日 (月)

№5085 またコロナ患者が増え始める

 一時収まったと思っていたコロナウィルス患者が、またジワリ増え始めている。連日、東京の感染者は200人を超えている。その多くは20代、30代の若い人のようだ。最近、ずいぶん自粛の縛りが解け始めている。その解除をあざ笑うかのように、患者が増えている。このコロナに対処するには、リーダーシップの力量が問われている。

 リーダーシップのタガが外れているのがアメリカとブラジルだ。政策でコロナウィルスを軽視したのが、結果に表れている。アメリカは一日6万人以上の新規感染者だというし、ブラジルはやはり5万人に迫る。

 アメリカでもはっきりしているのが、一時流行の中心だったニューヨークが、クオモ市長の指導で抑え込みに成功しつつある。それに対して、早々に自粛解除をしたテキサスやフロリダが、流行の中心になりつつある。面白いのは、患者が増えている州は、共和党知事のところが多いという。そもそもトランプは、新型コロナウィルス対策に失敗したのだ。「検査の結果、99%の人は感染していない」というが、アメリカには圧倒的に多い300万人以上の患者がいる。

 ブラジルでも、ついにコロナウィルスを軽視していたボルソナール大統領が感染した。彼はコロナウィルスを、風邪の一種のようなものと言っていた。本人が感染しても、相変わらず強気の記者会見をしていた。その際マスクを外して会見に応じたと、訴えられていた。本人が感染するのは勝手だが、他人にうつしてしまう心配に配慮がない。

 日本は意外と対策に成功しているといわれているが、世界的にみるとそうなのだろうが、目を東アジアにうつしてみると圧倒的に患者が多い。ベトナムや台湾のように患者ゼロを別にしても、中国や韓国が抑え込みに成功しているように見える。タイやシンガポールでも患者は少ない。それに比しても、日本の患者がここで増えてきたのをどう考えたらいいのだろうか。

 小池東京都知事が検査数が増えたから患者も増えたというし、安倍首相が重症化率が低いと、この事態を軽視化したような言い方だ。世界的に見てもそうだが、リーダーがタガを緩めると、あっという間に患者が増える。

 経済か自粛か、二律背反的に言われることが多い。けど冷静に考えてみると、命があっての経済である。経済に前のめりになっている結果、患者が増える現象が起きていないか。まずは徹底的にコロナを抑え込むことが、経済活性化の早道のような気もするのだが。中国を見ても、コロナ発生が起こると、徹底的に発生源を抑え込んでいる。日本では、新宿を封鎖などできるのだろうか。

【7月12日の歩行記録】8,975歩 6㎞

【7月12日のアクセス数】132アクセス 訪問者84人

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2020年6月19日 (金)

№5061 自粛の全面解除

 新型コロナウィルスの影響で、これまで様々な自粛が要請されていた。その自粛要請も徐々に解除されてきていたが、ついに今日全面解除されるという。内実は、都道府県をまたがっての移動がOK、接待を伴う飲食がOKということのようだ。とうとうというか、ようやく待ちに待った解除だ。

 ただ、新型コロナウィルスが完全に駆除されたというわけではない。事実、昨日も東京では41名の感染者が見つかっている。これは、完全にゼロになることはないということだ。いずれ、一歩前に進めようということのようだ。旅行も活発になるのか。この日の全日空の沖縄便が、残席6席とのことだ。全国の旅行地も、この日を待って様々なサーヴィスを用意されているとのことだ。

 この自粛の期間中、観光地は相当痛んでいるのではないか。各温泉の宿泊ホテルは、この間ほとんどお客がいなかったらしい。倒産したとか閉店したという声も聞く。自粛期間中もランニングコストがかかるので、相当窮地に追い込まれているとは容易に想像できる。また、自粛期間が解除になったからといって、翌日から客が戻るとは考えられない。3か月や半年間の忍耐がさらに続くだろう。

 接待を伴う飲食の解禁とはいっても、いま感染者が集中的に見つかっているのは、新宿のクラブやバーの20~30代の従業員だという。その方たちは、ほとんどが無自覚な感染者だという。世界的に見ても、この無自覚感染者から老人に感染するケースが多いらしい。そして重症になるのは老人だという。

 いずれ、ウィルス対策のワクチンや薬が開発されるまで、この戦いは終わらない。早いワクチンで今年の暮れころに治験が始まるというから、一般にワクチンが行き渡るには、さらに2~3年はかかると思わなければならない。そういう意味では、心の中の自粛はまだまだ続く。私も意識して、この事態に対処したい。

【6月18日の歩行記録】9,507歩 6.4km

【6月18日のアクセス数】154アクセス 訪問者81人

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2020年6月14日 (日)

№5056 姉からの電話

 最近、ちょくちょく姉から電話がかかってくる。別に何か用事があっての電話ではない。お互いの安否を確認するためだ。

 前にもお話したが、姉は昨年の暮れ誤嚥性肺炎で入院した。年末から年始にかけて生命が危ぶまれたこともあった。医師をしている息子は、1月を超えることはできないのじゃないか、と一時悲観的なことを言っていた。幸い、娘や家族の手厚い看護などもあり、危機を乗り越えた。ただ食欲がなく声が出ないなど、相変わらず元気がなかった。

 私も横浜の姉と一緒に、何度か病院に見舞いに行った。ところが新型コロナウィルス騒ぎで、見舞いの自粛が求められた。残念ながら、3月以降は見舞いに行けずにいる。

 姉は5月にある有料老人ホームに入園できた。その老人ホームも、この騒ぎで見舞いを断っているようだ。この間集中的に面倒を見ている娘も、見舞いができかねている。ただ元気になるとともに、姉はあちこちに電話をするようになった。漏れ伝わってくる話によると、姉はその老人ホームにも徐々に慣れ始めてきているという。

 「友だちもできて、囲碁やマージャン、歌など楽しくやっているらしいわよ」との情報が伝わってきた。姉の特異な性格で、どこに行ってもこだわりなく人の中に溶け込むことができる。東北人特有の引っ込み思案ということもない。秋田から関東に移住してもう4~5年になるが、どこに行っても友だちを作ってきた。その積極的な性格で、その老人ホームでもうまくやっていけると思う。

 とはいっても、やはり寂しさは隠せないのだろう。いろいろなところに電話をかけているようだ。秋田には、亡き兄の嫁さんが一人で住んでいる。その義姉にも電話したといっていた。本人はさておき、その義姉の生活を心配しての電話のようだった。人のことより自分の心配をしたらいいようなものの、暇でもあるのだろう、黙っていられない性格なのだ。

 その延長の中で、私にも電話がかかってくる。姉の心情を考えて、私も積極的にその電話にこたえていく。最近の電話でも、一度その老人ホームに見舞いに行きたいと言った。姉も心待ちにしているようだ。ただ、見舞いに行っても、玄関から中には入れないと言っていた。寂しいが、まあこの騒ぎが落ち着いたらゆっくり会おうと、電話で話した。

【6月13日の歩行記録】28歩 18m

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2020年5月27日 (水)

№5038 手術1ヶ月後の検診

 4月27日に手術して、丁度一ヶ月目になる。この間、読者の皆様からはいろいろと心配をいただいた。本当にうれしいことだ。

 さて、病院で一ヶ月目の検診を受けてきた。ほぼ通常に戻ったので、病院には車で出かけた。10時までに来るようにとのことだったが、9時半には着いた。自宅から1時間弱だ。この病院はウィルス患者を受け入れていないそうで、新型コロナウィルス患者はゼロとのことだった。

 待合室で30分は待つつもりでいたが、すぐにも呼ばれた。病室にはいつもの先生と事務の方だ。「その後どうですか」と聞かれたが、右手の震えは信じられないほどなくなったと報告した。以前はコーヒーカップを持つのも手が震えて、半分ほどこぼしていた。それが、今ではそういうことは全然なくなった。日常生活でも、ほとんど不便を感じなくなった旨の報告をした。ただ、手術をしなかった左手は以前のとおりである。

 病室で様々な検査をした。手が震えていないかどうかだ。手を前に伸ばしたり曲げたりしてみたが、右手の震えはなかった。さらに先生に報告したのは、手術後は右足に力が入らず、まっすぐ歩くことができなかった。それが、今ではだいぶ力が戻ってきて、歩いていて不便を感じなくなった。「だいぶ良くなった印象を受けます」と先生は話していた。

 さてそれではと、病室からリハビリ室に移動した。ここでまたさまざまな検査があった。10日目の検査と同じだ。まず行った握力検査でも、前とほぼ同じ結果が出た。さらに丸い図をなぞる検査でも同じだった。コップの水を右から左に移動する検査も、右手で水がこぼれなかったが、左ではだいぶこぼした。

 この検査結果を見て、「もういいでしょう。さらに3ヶ月後に再検査をしましょう」と30分ほどで終わった。精算して帰る段になって、経理窓口で驚いた。この日の会計は150円だという。先生を30分も拘束して、この値段とは申し訳ないような気がした。

【5月26日の歩行記録】9,053歩 6.1km

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2020年5月26日 (火)

№5037 緊急事態宣言の全面解除

 4月中旬から日本全土に発令されていた「コロナウィルス対策のための緊急事態宣言」が、この日全面解除された。特定地域を除いては5月連休明けに解除になったが、関東4県と関西3県、そして北海道の8都道府県はそのまま残っていた。そして関西の3県は先週解除になったが、残っていた関東4県と北海道もこの日解除になった。

 解除なったとはいっても、まったく以前と同じになったわけではないようだ。観光やコンサート、展示会などはさらに自粛を要請されている。スポーツなども以前と同じわけにはいかない。それでも、プロ野球は6月19日、当面は無観客試合で再開されるという。この間、スポーツ番組がなくて、寂しかった。

 様々な事業が、大きなダメージを受けている。今年は4000万人の外国人が来日を予想されていたが、3月は昨年比99%減だという。外国人をあてにしていたホテルや観光事業は、大打撃を受けている。さらに、百貨店や商店でも、観光客の減には大きな影響を受けているという。飲み屋さんやレストランなども、自粛の影響で客が来ないという。ほとんどの店が前年比90%減と話している。

 政府が補助金を出すといっているようだが、このお金は減少した売り上げにとっては雀の涙程度だ。冬の時代はまだまだ続く。この先一体どうなってしまうのだろうか。緊急事態宣言の解除とはいっても、この秋冬には第2次感染が心配されている。要するに、コロナウィルスの脅威は終わらない。

 いずれ、コロナウィルス対策の薬やワクチンが開発されるまでは、気を緩められないということだ。その薬やワクチンはどうなっているのか。いろいろな国で急ピッチに開発が進められているが、それでも開発までは年単位の時間がかかるらしい。なぜそんなに時間がかかるのか。その原因は、治験で副作用があるかどうかを見極めるのに時間がかかるということのようだ。やむをえないね。

 日本で開発された「アビガン」に対する期待もあった。ところが今になって、効果があるかどうかの検証ができないとのことのようだ。安倍首相が5月中の認証を言っていたが、それも無理との報道がなされた。

 このコロナウィルス騒ぎがなかったら、今頃オリンピックムードで盛り上がっていただろうに、今ではだれも東京オリンピックを話題にする人がいなくなった。この騒ぎの中で、果たして来年の開催は可能なのだろうか。オリンピックどころでない、明日どうやってご飯を食べていけばいいのか心配、という人も大勢いることだろう。

 幸い、私の退職生活は毎日が自粛のようなもので、特にこれといって影響がないのは、悲しいようで嬉しいことだ。

【5月25日の歩行記録】10,906歩 7.3km

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2020年5月 8日 (金)

№5020 手術10日後の検診

 本態性振戦の手術をしたのが4月27日だったから、この日で10日目だ。事前に10日後に再検診をすると通告されていた。今までこの「熊谷総合病院」へは車で通院していたが、この日は電車で行くことにした。那須往復したのに今更ではないが、運転に注意するためだ。

 というのも、この10日間意識に何の障害もなかったが、やはり手術して右側に若干の障害が残った。若干ではあるが右に力が入らない。先日は右足がこけて転んでしまったし、那須では牛乳パックをつかみ損ねてこぼしてしまった。お皿の食べ物もぶちまけてしまった。このブログを書くのも、変にキーボードに力が入り打ち間違うことが多い。それもこれも後遺症と思っている。

 そんなこともあり、この日の通院は車ではなく電車にした。ただ電車は遠回りになり、車で行く20分も多くかかる。その上に電車が遅れ、午前10時の約束にギリギリだった。車だとガソリン代が700~800円程度だが、この日は電車賃とタクシー代で2500円もかかった。やはり次回からは車にしよう。

 何度も申し上げるが、本当にこの病院の対応はいい。午前10時に予約だが、担当の事務係員が待っていて主治医のところに案内してくれた。予約とはいえ、ほとんど待ち時間がないのだ。すぐに診療室に入った。

 担当の主治医にこの10日間の様子を報告した。若干のふらつきの報告をしたら、「それも想定の範囲内です。1か月ぐらいはふらつきが続きますが、徐々に良くなりますよ」とのことだ。しばらくこのような問診があった。

 問診が終わって、リハビリ室に移動した。そこで様々な身体検査をするという。まず行ったのが握力検査だ。手術の前と後で握力がどのくらい違うのかを計った。結果は手術前とほとんど差がないとのことだった。

Img202005071046371  さらに行った検査が、前にも紹介した図形を描くことだ。手術後とほとんど変わらず、まずまず真っ直ぐ描けた。

Img202005071046451  これは冗談ではなく描いた左手での曲線だ。左手で描いたのは子どもがいたずらをしたような曲線になっているが、まじめに描いたものだ。手術前は、右手も同じような状態だった。ちょっとわかりにくいかもしれないが、上の図と下の図でははっきり違っている。震えがかなり収まったのだ。

 さらに、このリハビリ室で行ったのがコップ一杯に入った水を他のコップに移す実験だ。右側の手で移した時にはほとんどこぼれなかったのが、左手だとこぼれてしまった。右手が大幅に改善された証拠だ。これを見た主治医の先生が、「ウム、順調に回復しているね」と納得していた。

 上の図を写真に撮ってブログにップしたいと申し出ると、「これはこの病院の宣伝にもなる」と即OKしてくれた。先生にはブログの話をしていたのだ。約1時間の検査だったが、無事終了した。帰りはタクシーではなく歩いて駅に向かった。

【5月7日の歩行記録】8,677歩 5.8km

 

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2020年5月 1日 (金)

№5013 かかりつけ医に行く

 このところ医療がらみの記事になるが、3ヶ月にいっぺんのかかりつけ医に行ってきた。このかかりつけ医には、毎回3ヶ月分、90錠を処方してもらっている。その薬が切れるからだ。

 前回は4種類の薬、前立腺肥大防止薬、糖尿病薬、それに本態性振戦の予防薬と花粉症の予防薬を処方してもらった。花粉症が終わった今、アレルギーの薬はもういらない。さらに、本態性振戦の薬はどうするのか、かかりつけ医に相談するつもりだ。

 病院に行って、まず血液検査を受けた。糖尿病の血糖値を検査するためだ。順番が来て病室に入った。このかかりつけ医と自分で決めている先生は、この大きな病院の医院長でもある。まだ40代の先生で、医院長を偉ぶることがない。私がこの先生に罹り始めて3~4年になる。気軽に何でも相談できるのが有難い。

 先生と面談したら、「もう手術は終わったのですね、熊谷の病院から27日に手術すると連絡がありましたよ」と言っていた。この先生には、熊谷の病院への「紹介状」を書いていただいたのだ。それにしても、そういう連絡が来るなんて親切なものだ。ただ手術の予約の連絡があったのみで、結果についてはまだ連絡はないようだ。手術が終わって3日目なので、さすが連絡はまだのようだ。

 このかかりつけ医には、これまでも何度も本態性振戦の相談をしていた。ただ、先生にも直すためのこれというアイデアはなかった。私がFUSの手術の相談をしたら、「保険適用になっているのだったら、ある程度の信用を得た処置なのだろう。手術を受けてみたらどうですか」と後ろを押してくれた。

 今回の面談で、手術の結果右手の震えがなくなったのを見て、「これはすごい、よかったですね」と言っていた。さて、ところで本態性振戦薬は今回はどうしようか。とはいっても、左手の処置はまだ済んでいない。左手の震えは、相変わらず収まっていない。いままで本態性振戦のアルチノール薬を一日15㎎処方してもらっていた。今回から10㎎に減らして様子を見ることにした。

 血液検査の結果、血糖値もやや低くなった。ただ、まだ糖尿病の危険水域内にはあるようだ。気を緩めずに、血糖値を下げる努力をするようにとのことだった。

【4月30日の歩行記録】8,098歩 5.4㎞

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2020年4月30日 (木)

№5012 手術の後遺症

 さて、手術してからの後遺症はなかったのだったろうか。それがあった。ただ、耐えられないほどのモノではなかった。頭がフラフラしていて、まっすぐ歩くことができない。歩くと壁にぶつかるか転んでしまう。先生に言わせると、この現象も想定の範囲内で、一週間もたつと、この現象もなくなるというのだ。ただ、このまま電車で自宅に帰るというわけにはいかない。

 再度、女房に病院まで迎えに来てもらうことにした。午前10時の退院予定だったが。退院手続きもあるので、11時ころに迎えに来てもらうようにお願いした。それが、午前10時15分頃には退院手続きもすべて終わった。

 退院当日は、最後の試験でMRI検査をした。MRIの機械に1時間ほど入った。これで、今回の事前検査や手術でMRI検査は何度になるだろうか。私にはよく分からないが、レントゲンの影響はないのだろうか。その不安がありながら、朝のMRI検査は1時間ほどかかった。検査後に朝食を摂り、退院した。本当にあっけないほどだった。ただ、歩行は相変わらず頼りなかった。

 入院・手術代は、思ったよりも安かった。カードで支払った。お金が戻ってくるかどうかは分からないが、生命保険の手続きもした。診断書ができるまで2~3週間かかるといっていたが、次の病院での診断が5月7日という。その日までに診断書を書いてもらうように強くお願いした。連休もあるのでと、窓口は渋っていたが、果たしてどうなるんだろう。

 この病院は工事中で、入口が分かりにくい。女房は近くのスーパーの駐車場で待っていていた。200mほどあったのだが、そこまで行き着くのに悪戦苦闘した。まっすぐ歩けないのだ。ようやくたどり着いて、車に乗った。女房は丸坊主の姿を見て、「気持ち悪い!!」と叫んでいた。

 1時間ほどで自宅に着いた。しばらくベッドに横になっていたのだが、そのうちに起き出して散歩に出た。ふらふらしながら1時間ほど歩いてきた。これも根性だね。おかげで、その晩は充分に眠れた。 

 さて、それで手術の結果はどうだったのだろうか。軽々には判断できないが、晩御飯に3日ぶりにビールを飲んだ。以前はジョッキを持つと、中に入っていたビールがこぼれれるほど震えることがあった。しかし、この晩はビールを持つジョッキが震えることはなかった。ただ、あいかわらず右手に力が入らない。回復までに時間がかかりそうだ。

【4月29日の歩行記録】10681 歩 7.2km

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2020年4月29日 (水)

№5011 手術当日

 私は、今まで「手術」というものを経験していない。不安はなかったが、それでも若干の興奮もあり夜は眠れなかった。まあ、手術中寝ていればいいのでと思い、不眠の不安はなかった。ところがとんでもなかった。手術当日は、朝食も昼食も摂ってはいけないとのことだった。お腹は空いたが、我慢するしかないね。手術は午後1時からだ。3時間ほどかかるという。

 昨日頭をきれいに剃り上げたが、この日は念入りにさらに髪を剃った。剃ってくれた看護師は、もとは美容師だったらしい。昨日の看護師と違って、髪剃りには慣れていた。「これだけきれいに剃っても、先生からダメ出しが出るんですよね」と言っていた。髪があることが手術の邪魔になるというのだ。案の定先生がやってきて、髪が残している場所を指摘してさらに剃るように指示していた。100%丸坊主になった。

Img202004271122291  手術前に、一つの試験をした。紙の上に曲線と直線を書くことだ。実はこの検査は、受診した最初にも行っていた。その時も今回も変わらなかったが、曲線や直線をまっすぐ書くことができなかった。上の写真は、真面目に書いたものだ。この図で、手術がうまくいっているかどうかの試験をしていた。手術中も何度かこの図を書かされた。

 さて、午後1時にMRI検査室に入った。すぐに頭に大きな注射を4本打った。痛みを防ぐための麻酔薬の注射というが、これがものすごく痛かった。悲鳴を上げたが、「ガマン、ガマン」と諌められた。手術に立ち会った医者は、なんと5人もいた。それほど大袈裟な手術なのだ。

 注射を打った後、頭に金属が巻きつけられた。その金属をギリギリ絞っていった。何の金属かは分からなかったが、物凄く痛かった。そして、その周りに水を流した。私にはわからなかったが、多分そうなのだろう。いろいろなところで水漏れがあったようで、その修正をしてようやく水が漏れなくなった。

 さて、いよいよ手術開始だ。固定された体が、MRIの機械に入れられていった。眼鏡のようなものがかけられ外は覗けたが、体は固定されている。MRI内で眠れるかなと思っていたが、とんでもないことだった。大きな異音が耳元でガンガンして、眠れるどころではなかった。原因基に超音波を照射しているようなのだが、もちろん私にはわからなかった。その照射温度は、50度から59度だと事前にい聞いていた。

 耐えられなくなったら押すようにと、緊急のボタンも渡された。ただ、そのボタンを押すほど耐えられないということもなかった。そして、手術途中にくだんの紙をわたされ、曲線と直線を書いていった。その紙を見ながら、手術の経緯をチェックしていた。三度ほど書いたのかな、「順調にいっている」というう声が聞こえた。その手術は、約1時間半で終った。時計を見たら、午後2時半だ。

Photo_20200429092901

 頭に巻いていた器具を取り外し、再度MRI検査をした。病室に戻ってきたのは、午後3時半ころだ。一人で歩くことはできないので、人生初めて車椅子に乗った。病室で、再度曲線と直線を書いた。手術前と違って大分真っ直ぐになった。これを見ていた手術立ち会った先生は、「だいぶ良くなったね」と話していた。これで手術は終わりだ。

 朝食と昼食を抜いていたのでお腹が空いていた。看護師の了解を得て、デコポンを食べた。ものすごく美味しかった。夕食後にもう一個デコポンを食べた。病院食はまずかったが、デコポンだけは美味しかった。夕食後も、買ってきたカリントウを悪いと思いながら、一袋平らげてしまった。

【4月28日の歩行記録】8,797歩 5.9㎞

  

 

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2020年4月28日 (火)

№5010 病気の有用な情報を入手

 手術も済んで、無事退院してきた。そのことを含め、追々記事を書き続けたいと思う。

 夕方の病院食を終えてしばらくしたら、夜間担当の若い医師が病室にやってきた。私の症状の診察をするためだった。彼は東京女子医大の医師で、夜間のみこの病院に勤務するという若い男性だった。彼と、この本態性振戦の話をしていたら、今まで知らなかった新しい情報を教えてくれた。

 そもそも私の病気が「本態性振戦」と分かったのは、還暦を過ぎて都立大久保病院の医師の診断を仰いでからだ。その医師は女医だったが、脳神経外科では日本でも権威と折り紙付きの人だった。その先生は、最初に私の脳のMRIを撮った。その画像を見ながらの診断では、「あなたはパーキンソン病ではなく、本態性振戦ですね」と言っていた。本態性振戦とは初めて聞く病名だった。

 先生の説明では、原因は分からないが、時々交感神経の接続がうまくいかない病気のようだ。「日常生活に支障がないなら、病気とは思わずに自分の性格と思い、うまく付き合うことですね。治療法はありません」と言っていた。それから10数年たっている。

 東京女子医大の若い先生が言うには、「この病気の治療法が、ここ10年ほどで劇的に進化しました。大久保病院で診断を受けたときにはそういう言い方しかなかったのでしょうが、今では治療法が開発されたのです。海外で開発された治療方法ですが、日本に入ってきたのは2013年とまだ7年しかたっていません」ということだ。

 FUSという医療機器だが、イスラエルで開発され、現在日本には9台導入されている。さらに、今年はもう3台の導入が予定されているらしい。ただ残念ながら、新たな導入先は関東の病院ではないらしい。

 私の本態性振戦は、右手と左手の両方に出ている。特に左手の方が強い。ただ、今回は利き手の右だけを手術するつもりでいる。物を書くにも、食器などを握るにも震えがひどいのだ。この治療法が保険適用になったのが左右のどちらか一方で、昨年の6月だという。保険適用がなされないと、200万円ほどの費用が掛かるらしい。200万円かかる左手は諦めた。

 その話を東京女子医大の先生に話したら、「今年の6月頃に法が改正になって、両方の手に保険が適用されるようになりますよ。ただ、手術するには一方の施術が終わってから、1年以上待つ必要がありますが」ということだ。ということは左手も諦める必要はないんだと、その話を聞いて嬉しくなった。

 さらにその先生が言うには、「事前の診察では、あなたの頭は超音波が通りやすいことが分かりました。明日の手術は、きっとうまくいきますよ」と太鼓判を押してくれた。二重に嬉しい情報だった。

【4月26日の歩行】手術のため歩いていない

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