カテゴリー「飲み会」の54件の記事

2019年2月15日 (金)

№4079 久し振りの本郷会

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 元いた業界の仲間で「本郷会」という仲良し会をつくっている。ほとんど飲み会だけなのだが、何年に一回かは旅行もする。会の運営は、事務局を引き受けてくれているYoda君に頼りっぱなしだ。昨年の9月も本郷会の予定があったが、残念ながら台風で流れてしまった。ほぼ一年ぶりの会かな。会場は、板橋の中華料理屋だった。

 私とほぼ同世代の会なので、気安く付き合える。ただ、同世代ということは、病気をしたり亡くなったりする人も出てきた。長くお付き合いのあったSawahataさんが亡くなったという報に接したのは、つい最近だ。彼は私と同じ年で、つい最近まで元気だったという。私は、年賀状をかわしていた。

 17~8人の会員で死亡者が出たのは初めてのことだ。この日は、一転して追悼会となった。彼のことで最も印象深かったのは、熱海旅行をした時の彼の踊りだ。それぞれの方が思い出話をしたのだが、異口同音に出たのが熱海の夜の思い出だった。私のブログにその記事が載っているはずと探してみたら、10年前の6月28日の記事にあった。会場で、その記事を読みたいという人がいたのでリンクする(赤字をクリックすると読める)。

 故人には合掌。

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 さて、この日のもう一つのイベントは、竹ちゃんの旅行計画の報告だった。これも私のブログで振り返るが、彼は2012年3月から9月にかけての6か月間、タイに上陸後ポルトガルまでの「ユーラシア大陸横断旅行」をしている豪の旅人だ。さて、今度はどんな大旅行の報告だろうか。

 今回は、125日間かけて「日本縦断&四国巡礼ー徒歩・野宿の旅」だそうだ。鹿児島の佐田岬から北海道の宗谷岬まで、歩いて踏破しようという計画が発表された。

2012_0601_082059p60100011  全長3420kmを一日8時間、30kmづつ歩いていくのだそうだ。基本的には、野宿や駅舎、寺院や東屋の下でテントを張って過ごすという。まるで尾畠春夫さんのような旅だね。そういえば、東京から大分までリヤカーを引いて帰るという尾畠さんは、今どこにいるのだろうか。

 追跡の記事があった。毎日どこを歩いているのか、だれかが記事をアップしているようだ。そして、いま静岡県の清水にいるとのことだ。これは尾畠さんのブログではなく、勝手連の追っかけブログとのことだ。

 貧乏旅行の竹ちゃんだが、一体、この間いくらかかるのだろうか。予算は19万円であげるつもりらしい。しかも、この旅行を彼のブログ「竹ちゃんの旅日記」として報告するという。ブログを開始するのは3月上旬らしい。楽しみに追跡したい。

  皆さんも時々覗いてみてください。

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2019年1月26日 (土)

№4059 田舎の同級生で新年会

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 恒例の行事になっているが、田舎の同級生で新年会を行った。例年は14~5人集まるのだが、今年は10人と少々寂しかった。会場は、神田のお蕎麦屋さんだ。この会場は、2~3年前にも一度利用したことがある。

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 同級会の新年会は、たいがいは私が世話人を務めているのだが、今回はKinちゃんが「私がやりましょう」とかって出てくれた。すべて彼まかせだ。

 どうしてもこうやって集まると、病気の話になるね。今回も常連のMutsukoの顔が見えない。どうしたのか聞いてみたら、脚立から落ちて腰の骨を折ったのだそうだ。そういえば、これも常連のToshioもどこかで落ちて、あばら骨3本ほど折ったと話していた。皆それぞれ歳を重ねているので、無理は禁物だね。

 病気といえば、今回幹事を引き受けたKinちゃんも小学校の頃は弱かった。ほとんど学校には来ていなかった。どうしたのか思い出してみると、腎臓病で欠席を余儀なくされていたという。それが今ではぴんぴんだ。

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 6回も干支を越してみると、われわれも年取ったが、子どもたちも歳を重ねている。今回参加した女性の子どもは、すでに50歳になったと話していた。今では子どもの話が話題ではなく、孫の話で盛り上がっていた。

 それにしても、元気な間は新年会をやり続けようとこもごも話した。蕎麦屋を出て、カラオケ組とお茶組に分かれた。私には、カラオケなどやる元気は残っていない。

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2018年12月18日 (火)

№4019 反省会グループで忘年会

 東京シニア自然大学NEXTには、講座の後に必ず飲み会をやっている「反省会グループ」がある。その有力メンバーから、「忘年会をやらないか」とのお誘いがあった。そういえば、最近忘年会とはとんと縁がないね。二つ返事でOKした。

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 会場は、新宿西口の飲み屋横丁にある「安兵衛」だ。たしか、昨年も同じ飲み屋で忘年会をやっている。昨年は、矢張り海外旅行で買ってきたアルメニアコニャックを差し入れた。今年も、矢張りキューバで買ってきたラム酒を差し入れよう。

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 会場に持ち込んで、店員の了解を得ようとした。昨年のアルメニアコニャックはOKだったが、今年は持ち込み料2000円だという。2000円も出して飲むような酒ではないので、この会場は諦めた。来年、NEXTの総会があるので、その後の懇親会に差し入れよう。

Img_7082  ラム酒は、思い出してもらいたいのだが、ハバナのヘミングウェーが通ったという酒場のフローズンダイキリというカクテルのベースの酒だ。この話はしてこなかったが、海外旅行の帰りにお土産に4本の酒を買ってきた。ラム酒3本にテキーラ1本だ。

 テキーラの試飲会の話は出ているが、まだ実現していない。私はラム酒もテキーラも、旅行時には飲まなかった。私自身、この試飲会を楽しみにしていた。

 そういえば、最近とんと忘年会の話がないね。まあ、あまり飲みたい気分でもないのだが。最近もある忘年会のお誘いがあったが、気が重いので断った。こういうものは一度断ると、再度のお誘いはないね。それを承知の上でのお断りだった。

 ただ、最近はこの「反省会グループ」の付き合いは大事にしている。大体同じ年代だし、話題も共通して気の置けない仲間だ。このグループの一人Kuniちゃんには前橋から参加は気の毒と、お誘いを入れなかった。その代わりKukiちゃんの旦那Bさんが珍しく参加していた。

 この日参加したメンバーのうち3人は、先週富山の「重力波研究所」を見学してきたようだ。話題はその研究所のことではなく、もっぱら地酒の話だった。おいおい、何のための研究所訪問だったのか、という話が出た。

 私の海外旅行も話題に上ったが、わが無手勝流の旅行談に皆さん呆れていた。さて、来年はどこに行くのか聞かれた。Kukiちゃんが、有力候補地を教えてくれた。そこを中心に研究してみよう。

 ところで、この日は級長も参加していたのだが、毒気を抜かれていて、酒を飲みながら水をごくごく飲んでいた。前からこういう飲み方をしていたら、誰にも文句を言われなかったのだが、喜寿になってようやく気が付いたのが級長らしい。2時間半ほど飲んで、無事解散した。

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2018年12月 4日 (火)

№4005 喉に引っかかっていた小骨が取れる

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 わが高校同期Takeちゃんの要請で、東京駅で飲み会をやった。当初、参加者は3人と言っていたが、会場に行ってみたら一人増えて4人になった。お酒を飲みながら、課題の解決方法を探った。

 4年ほど前まで、私は高校同窓会ゴルフコンペの事務局をやっていた。6年間にわたっての事務局だ。役割を十分に果たし終えて、次の担当者に円満に引き継いだつもりでいた。その担当者から、「私はあなたに嵌められたので、事務局を返上したい」と事務用具一式を私に送ってきた。送られてきても困ると、事後策を相談するための飲み会だった。

 同期のTakeちゃんが、このゴルフコンペの会長をやっている。早速、彼に解決方を依頼した。この日の飲み会にやってきたのは、Takeちゃんのほかに同窓会の新会長とその友達だった。その友達とは初対面だったが、前回私が欠席したコンペで彼は優勝したのだそうだ。

 この間のいきさつを丁寧に説明した。前事務局長とのメールのやり取りも、コピーして持って行って読んでいただいた。そのコピーを読んで、参加者一同納得したようだ。そういういきさつならと、新会長とその友達で相談して、事務局を引く受け得るべく善処したいとのことだった。

 その友達というのは、同窓会の卓球部OB会に所属しているのだそうだ。新会長もそのメンバーとのことだ。「困ったときは相見互い」と、お互い男気を見せてくれた。事務用品も二人で引き取っていった。

 9月から私の喉仏に引っかかっていた小骨が取れた思いで、ヤレヤレ、安心した。

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2018年11月20日 (火)

№3991 名古屋の客を迎える

 旅行に出る前に女友だちのAmiちゃんから、「19日の月曜日は空いてる?」との電話をいただいていた。そりゃ空いているけど、旅行から帰ってすぐなので、時差ぼけが心配だった。何しろ、昼と夜が逆の国から帰ってきたのだ。

 ところが、帰国の日に眠いのを我慢したおかげで、ほとんど時差ぼけの心配がなく済んだ。もう夜はぐっすい眠れている。Amiちゃんの用事は、名古屋から来る客と一緒に酒を飲もうという話だった。今回は、長野からYoshiyukiさんも駆け付けてくれるそうだ。

 もう一つの飲み会のお誘いもあった。昭和18年生まれの人の会「一八会」の解散会だ。名古屋の賓客を前に、さすがにこの会は断った。ただ近い会場だったので、旅行の土産「HABANA CLUB」というラム酒を差し入れた。アルコール40度だったが、そのまま帰ったのでお酒はどうだったのだろうか。私も現地で飲んではいない。

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 この日の会場は、これはいつも同じ飯田橋駅前の「川端」である。夜6時の約束に若干遅刻した。すでに名古屋の客MasaakiさんとAmiちゃんは到着していた。私はまだ風邪が治り切っていなかったので、今日は少し控えようと思っていた。ところが、飲み始めたらそうもいかない。Amiちゃんはお茶だけだったが、3人は結構飲んだ。

 この日の参加者4人は、奇しき縁で繋がっている。Masaakiさんが結婚した時に、東京で「結婚を祝う会」を私とYoshiyukiさんが主催し、Amiちゃんはカメラマンとして加わった。それ以来の長い付き合いだ。今でも笑い話になるが、Masaakiさんは44度のお見合いの末に結婚したのだ。

 彼は「最悪の選択だった」と話しているのだが、どうしてどうして、そういうことはないようだ。悪口を言う女房に、実はべた惚れなのだ。悪口は、お惚気の別の言い方かもしれない。Amiちゃんとはそれ以来だから、もう31年来の付き合いだね。

 もう35年くらい前になるが、私は営業担当で名古屋を4年間回った。その当時、営業では名古屋は日本でも一番難しい地域、と囁かれていた。だが、私は名古屋はすんなり入り込め、今でも多くの友だちを持っている。ただ担当を離れると、名古屋に縁はなくなった。

 この夜の話しで、来年の5月頃に一緒に名古屋に行こうということになった。そのころには、犬山での鵜飼が始まるとのことだ。それは楽しみだね。結局、4時間余り飲んでいたのではないかな。

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2018年4月10日 (火)

№3765 田舎の仲間で同級会

 横浜に住むShigeruから何度か電話をいただいていた。「シンさん、そろそろ皆で集まらないか」との催促だった。私はそのうちね、と気のない返事をしていた。彼はとうとうかんしゃくを起こし、「シンさんが声をかけなきゃ、集まらないんだよね」と再電話が来た。しようがない、それじゃ声をかけるか。

 田舎の同期で関東に来ている人は、私の名簿を見る限り30人くらいいる。同期会をやるよと声をかけると、いつも集まるのは15名内外だ。昨年11月にも集まりがあった。私は海外旅行の帰途で、参加はできなかった。私がこの同期の連中と会うのは、ほぼ1年ぶりだ。

 いつも最初に声をかけるのは、姉御肌のTeikoだ。彼女は、二つ返事で必ずOKする。さて、いつにしようかな。「私の店は月曜日が定休日なので、できれば月曜日が良いね」。私はalways OKだ。

 女性にはTeikoから、男どもには私が連絡をした。まだ仕事を持っている人もいて、平日は難しいという人が何人かいた。まあ、しようがないね。それでも出席を快諾した人は12名もいたから、まあよかった。

 桜の花は散ったが、上野界隈で御徒町の飲み屋を探した。この近辺には、結構安い飲み屋が多いのだ。料金は、食べ物代が2500円に飲み物代だ。女性も多いし、飲兵衛は私ぐらいのものだ。飲み物代もそんなにかからないはずだ。

Img_5656 今回の参加者は、男6人に女6人とちょうど半々だった。中には珍しい人が参加していた。Keikoさんだ。彼女は中学2年生の時に転校して、今は横浜に住んでいるらしい。小学校6年間は同級生だった。

 皆さんこの集まりを楽しみにしているようで、わざわざ木更津から駆け付けたMakotoもいた。この日は午後4時集合だったが、「バスでやってきたが、東京にはお昼頃に着いた」のだそうだ。

Img_5657 話題はいつも同じで、田舎の消息、親兄弟の動向、連れ合いの話題、さらには健康問題だ。幸い、この日集まった中で健康に障害がある人は誰もいなかった。

 久し振りに参加したToshioは、昨年長く続けていたパン屋さんをやめた。何でも40年近くもやっていたようだが、とっても体がもたなかったそうだ。機械も老朽化し、更新するとなると何百万円もかかることが分かり、思い切ってやめたのだそうだ。

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 3時間も話して飲んだのだが、話は尽きない。ひとまずこの飲み屋は退散しようよ。記念写真を撮って、店を出た。

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 「アメ横」を知らないという人がいたので、ぶらぶら歩きながら店を冷かした。まだまだ時間は早い。お茶を飲んで帰ろう。近くの喫茶店に入ったが、そこでも出る話題は田舎の話だった。いくら話しても尽きることはないね。

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2018年4月 1日 (日)

№3756 花より団子?

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 年一回のお花見がてらの飲み会であるが、いつから始まったのだろうか。少なくとも10年以上にはなるね。

 以前は、東武線の大宮公園駅に集まり、大宮公園のお花見をして大宮駅の周辺で飲み会をやっていた。それが、最近はお花見は省略して、直接飲み会場に行くことになった。

 この会長のYamazakiさんがお亡くなりになって、もう3年になる。さらに、永久幹事のHoriiさんも足を悪くして、長距離は歩けないという。結果として、お花見会が単なる飲み会に化してしまった。集まったのもいつもの常連の6人である。

 そもそもこの会が始まったのは、ふるさと会の埼玉支部会が母体であった。今も続いているそのふるさと会に欠席して長いが、この会だけはなぜかしら続いている。会長が亡くなっても、奥さんだけは参加してくれていた。その奥さんも、この日は都合が悪いとかで、欠席していた。

 こういう会が続くのは、幹事がまめかどうかにかかっている。Horiiさんは、皆の面倒をよく見る人だ。聞くところによると、田舎の同級会の永久幹事でもあるとのことだ。補佐するKaoruさんは、彼の同級生でもあるらしい。私の田舎は彼らの隣町で、学生時代に一緒のことはなかった。

 HoriiさんとKaoruさんは良いコンビだ。Kaoruさんの旦那が亡くなってもう20年近くにもなるが、近くに住んでいることもあって一緒のことが多いようだ。

 この会で朗報の発表があった。「Kaoruさんは明日婚約を発表します。念のために明日は4月1日です」。エッ、嘘それともホント。誰も信じる人はなかったが。

 最近の近況報告をして、中華料理屋での2時間は瞬く間に過ぎて行った。なんとなんと、2時間いて結構飲んで喰って一人1000円だという。安すぎないか。

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 そのあと、お茶を飲んでカラオケに行こうという話になったが、私は遠慮して、大宮公園のお花見がてら帰ってきた。

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2018年3月24日 (土)

№3748 上福岡で飲み会

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 年に2~3回やっている飲み会がある。私は、この会には立て続けに2回欠席した。昨年の11月の会は、私が海外旅行から帰った日だった。それを心にかけていてくれた世話人のYodaさんは、ありがたいことに、私の都合を優先してくれた。

Img_5510 この日の飲み会の会場は、会員の一人Matsumuraさんのやっている上福岡の喫茶店だ。以前もこの会場で飲み会をやったのだが、テーブルには乗り切れないほどの料理が出た。この日も、手作りの家庭料理だった。ごぼうとコンニャクの煮物、ししゃもの唐揚げ、手作りのチャーシュー、カルパッチョ、沢庵などだ。最後は、大桶一杯の寿司までご馳走になった。

 この日は15名の参加と、大賑わいだった。ただ、会長のTakeshiさんは急用ができたとかで、2時間ほど遅刻をするのだそうだ。まあ、会長なしでとりあえずは乾杯しよう。

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 乾杯の音頭は、最長老のGunjiさんだ。この会は、いつもはムクツケキ男どもの会なのだが、この日は近くに住むというJushiさんとAyakoさんの美人二人も参加してくれた。

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 ちょうど2時間遅れで会長も到着した。あらためて乾杯しようよ。Jushiさんとは一度お会いしたことがあったが、Ayakoさんとは初対面だ。ただ、彼女のうわさはKumikoさんから何度もお伺いしていた。さらに、Gyuちゃんという共通の友だちもいることが分かった。

 Gyuちゃんとも、月に一度ほど会っているらしい。そういえば、1995年にGyuちゃんと二人でトルコ旅行をした。その話をAyakoさんにしたら、「Gyuちゃんから話を聞いていて、私もKumikoさんと一緒にトルコ旅行をしてきた」のだそうだ。私は東南アジアが好きといったら、彼女も同じだと言っていた。うまが合いそうだね。

 Ohoeさんとも久し振りにお会いした。この会以外では、とんと会うことがなくなった。彼は、昔私が所属していた会社でしばらくアルバイトをしていたのだそうだ。その話をくどいくらいしていたが、もう私には関係のないことだね。

 さらに、かつての同僚Takeちゃんの不在は寂しかった。彼は、今南米を一人旅行している最中だ。彼のブログをみると、いまチェゲバラの聖地ボリビアにいるようだ。

 会が始まってもう4時間も経った。そろそろお開きにしようではないか。皆で記念写真を撮り、一本締めをして別れた。

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2018年3月11日 (日)

№3735 ガンジーさんの結婚を祝おう

 小笠原のガイド・ガンジーさんとはすっかり打ち解けて、個人的な話も伺うようになった。ガンジーさんは文京区本郷の出身で、高校を中退して小笠原に移住し、もう30年にもなるらしい。

 あまりにも楽しく、結婚することなど夢にも思っていなかったという。ただ、48歳になり、そろそろ年貢の納め時かなと思ったようだ。小笠原旅行に来ていた八王子に住む女性と知り合い、結婚を決意した。その女性が、来週には来島する。ちょっと早目かもしれないが、われわれで結婚のお祝いをしようよ。

 東京シニア自然大学の仲間は、飲むことになると決断が速い。その話を聞きつけて、昨日衝立山に一緒に登った岐阜の女性二人も参加したいという。飲み会は賑やかなほどいいと、もちろんOKした。

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 夜8時の飲み会までは時間がある。ちょうど、われわれが泊まった宿の後ろにある【世界自然遺産センター】で、『ガラパゴスに学ぶ世界自然遺産との共生』というシンポジウムが開かれるという。

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 小笠原に来る途中、船の中で一緒だった高校生も参加するというので、聞きに行った。ガラパゴスから来た4人の高校生のお話を伺ったのだが、ガラパゴスは小笠原とよく似た環境にあるということだ。ただ違うのは、小笠原の海は暖かかったのに対し、赤道直下のガラパゴスの海はものすごく冷たいとのことだ。周りを寒流が流れているのだそうだ。

 このシンポジウムは盛況で、会場は島民でいっぱいだった。さらに、このシンポジウムの模様は、同時に母島でも共有できていた。一時休憩の後、ガラパゴス島のチャールズ=ダーウィン研究所の所長の講演があるという。われわれは飲み会があるというので、ここで中座した。

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 飲み会は、このセンターから歩いて5分ほどのところにある【ふくちゃん】という店で、ガンジーさんが予約してくれていた。ガンジーさんを囲んで、総勢9人で乾杯をした。残念ながら、われわれのグループの女性3人は参加しなかった。

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 島の珍しいものが、たくさん食卓に並んだ。なかでも、ウミガメのお刺身などこの島ならではの食材だ。冷凍してあったらしく、パリパリしていて美味しかった。話題の中心は、ガンジーさんの新婚生活についてだった。

 一緒だった岐阜の女性は、小笠原旅行から帰り、翌週には西表島に旅行に行くのだそうだ。そういえば、もう3年前になるが、わが西表島旅行も思い出に残るものだった。

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2018年2月 3日 (土)

№3699 ゴルフ仲間の新年会

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 遅ればせながら、ゴルフ仲間で新年会を行った。会場は、九段下の【網十】である。この日は、私は昨年の海外旅行で買ってきたアルメニアコニャックと、沢庵をお土産に持って行った。

 参加者は7人だ。サランラップと新聞紙で厳重に梱包した沢庵6本だが、結構重かった。これで、沢庵はいよいよ底をついた。川崎の姉からも「沢庵送れ」のメールが来ていて、受取人払いで一本送っておいた。

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 あらかじめ、お酒を持っていくとお知らせしていたので、何人かの差し入れもあった。Ishiさんは10年物の赤ワインを差し入れてくれたし、まっきぃは福井の幻のお酒【黒龍】を持ってきた。

 アルメニアコニャックはアルコール40度もある強い酒だが、口あたりが良いせいか、あっという間に飲み干してしまった。赤ワインも美味しかったね。だが、私は最近日本酒党を自負していて、もっぱら飲んだのは黒龍である。

 この日の一つの目的は、昨年11月に達成したまっきぃの「ホールインワン記念」の会でもあった。まっきぃからは、その時の様子が克明に報告された。ホールインワンは狙って入れられるものではない。ラッキィな要素が多分にある。

 この日の参加者でホールインワンを達成したのは、Ishiさんの3回、Hozumiさんの2回、それにまっきぃの1回だそうだ。まっきぃも「ホールインワンクラブ」に入会できたようだ。

 その話を機会に、話題はもっぱらゴルフの話に終始した。Ishiさんが言うには、「ゴルフは様々な要素が入り混じり、本当に面白いスポーツだ。例えば120ヤードを打つのに9番アイアン一本ではなく、7番アイアンで打ち方を工夫してもピッタリ寄る」と理論的な説明をしていた。なるほどね、と思いながら聞いていたのだが、アルコールから覚めたら、彼の説明は忘れてしまった。

 体のストレッチ・ケアの話もしていた。「年取ると体が硬くなる。ストレッチで体をほぐしてやらないと、飛ばなくなるのは当たり前」とストレッチ方法も教えてくれた。

 Hozumiさんは、「長いゴルフ人生で今が最高のコンデションだ。昨年のアベレージは80前後だが、唯一悔いが残るのは春のつぶらだで99も叩いたことが。あれがなければ、アベレージは70台だったのに」と嘆いていた。

 いずれ、再度つぶらだに挑戦したいという。それじゃというので、3月に日程を入れた。せっかくだから、3組の大コンペにしようと話は決まった。

 どうしても、ゴルキチが集まるとゴルフの話になってしまう。

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