カテゴリー「海外旅行」の144件の記事

2019年11月12日 (火)

№4241 タイ旅行での初の試みは

 今回の旅でいろいろな試みをした。一つは格安航空機に乗ったことだし、ドンムアン空港でSIMカードを買ったのも初の試みだった。

 いま海外に行くのに飛行機に乗ると、様々なサービスがある。座席の前の画面で映画を見みられるし、飛行機が現在飛んでいる位置も見ることができる。食事や飲料のサービスもついている。ところが、格安航空機にはそんなサービスは一切なかった。必要な人は、有料で買い求めていた。私は何もないのが気に入った。出発前にパンを買っただけだ。海外旅行での飛行機の中は、絶好の読書空間だ。今回はバンコク片道6時間半だったが、読書に集中できたのが良かった。

 SIMカードも初体験だ。日本国内にいるとあまり意識しないのだが、海外旅行にもスマホは必需品だ。以前はWi-Fi電波を使っていたのだが、Wi-Fiは電波が使える場所とそうでない場所があった。さらに、気ままにWi-Fiを使っていたら、高額料金を請求された。SIMカードは一度挿入するとそんな心配がなかった。しかも17バーツ(460円)で一週間使い放題だった。ただし、スマホにSIMカードを二枚入れる機種にする必要がある。

 空港には、SIMカードを売っている店がたくさんあった。ということは、海外旅行をする人には今や必需品ということだろうね。何より安いのがいい。今回の旅行でもYahooニュースや野球を頻繁に見ていたのだが、一切料金がかからなかった。ただ、今回は試みなかったのだが、テザリングしても大丈夫だったのだろうか。

 というのも、ホテルでのパソコンはWi-Fi電波を利用していた。このWi-Fi電波は出力が不安定なのだろうか、時々断線することがある。何が不自由かといって、書いていたブログ記事が、断線で白紙になってしまうことだ。記事が出来上がって「保存する」のボタンを押すと、ブログにアップできるのだ。それが、保存する段階で断線してしまったことがあった。それ以来、記事は一度「メモ帳」に書いて保存し、保存したメモ用紙をコピー&ペーストで貼り付けていた。

 それ以外でも今回の旅行で気がついたことを二、三書いてみる。もっとも夜遊びをしなかったっせいもあるが、危険を感じたことは一度もなかった。これをもって言えるかどうかはわからないが、バンコクは極めて安全な街なのではないだろうか。

 それと、私がイメージしていたとバンコクとは全く違って、きわめてよく道路が整備されていて、片側8車線の道路はほとんど渋滞することもなかった。それがパタヤまでの170㎞も続いていたのだから、全国的に相当道路は良くなっているのだろう。

 走っている車もほとんどが日本車だ。なかでもトヨタ車が圧倒的に多かった。日本ではほとんど見かけないが、意外とイスズの車も多く走っていた。タクシーの運転手に聞いたら、タイにはトヨタの大きな自動車工場があるのだそうだ。タイにとってのトヨタ車は、国民車といっていいのかもしれない。

 タイは、気ままに旅する自信がますますついた。まあ、これから何度タイに行くかはわからないが、何かあったらまた訪問したい。「タイフリーク」というほどでもないが、やはりタイを含め、ベトナム、カンボジア、ミャンマーなど東南アジアは、私の体質に合っている。

 今回の旅の記録に、皆さまも楽しんでいただけただろうか。

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2019年11月11日 (月)

№4240 バンコクの旅も終わる

 長いようで短かったバンコク訪問の旅であったが、もう終わった。今回は一ヵ所のホテルに滞在し、そのホテルを起点に行動した。移動のないこういう旅も、負担が少なく、なかなかいいものだった。

 前にも申し上げたが、ホテルがある場所はバンコクの安宿街で「カオサンロード」に近かった。最初、ホテルを出るにしても、再度ホテルに帰れるのかどうか心配だったが、場所がカオサンロードと分かってから、どこに行っても分ったので安心だった。かといって、バンコク市内の主要な場所には行かなかった。いたのは、主にカオサンロードの周辺だ。住み心地がいいのだ。

Dscn1370  一体ホテルはどうなっているのか、探検してみた。泊まったホテルは「ランブトリヴィレッジプラザ」といい、A棟からE棟まであった。各棟がそれぞれ100部屋ぐらいだったから、全部で500部屋もあったのかしらね。ホテルの部屋のカギをもらったら、出入りは自由だ。ただ、チェックインの時にデポジットとして1000バーツ預ける必要があった。まあ、チェックアウトのときに返ってくるから良いか。

Dscn1368  私はE棟の4階に泊まったのだが、その上の5階にはプールがあった。私はほとんど泳がないのだが、様子だけは見てみた。バンコクの気温は30度前後で、動くには暑かったが、かといって汗を流すほどではなかった。

Dscn1369  それと気になったのがイスラム寺院だ。朝5時と夕方4時にはアザーンが流れる。屋上から見たら、ホテルの真後ろにあった。どうりで大きな声がするはずだ。それでも、最初の内は驚いて飛び起きたが、だんだんそれにも慣れてきた。終いには、目も覚めなくなってしまった。この寺院がどこにあるのか訪ねてみたが、入口がわからなかった。

 毎号報告したが、今回の旅は何のスケジュールもなく、気の向くままの思いつき旅行だ。朝起きて、さて今日はどうしようか悩む始末だった。そして一ヵ所に泊まって何よりよかったのが、疲れたら部屋に戻って横になることができたことだ。

 また、バンコク市内の移動は決してトゥクトゥクは使わなかった。メータータクシーは正確に料金を表示するのだが、トゥクトゥクは交渉次第でどんな料金になるのかわからない。運転手に料金交渉をしても、結局はタクシーの方が安かった。ただ、タクシーも気を付けなければいけない。運転手はメーターを倒したがらない。交渉で値段を決めたいようなのだ。ある場所に移動するのに、タクシー運転手は250バーツといったが、実際のメーターでは150バーツだった。

 食事も、一晩エビやカニを食べて大枚をはたいたが、あとは質素なものだった。何よりホテルの朝食が付いているので、これを十分食べるとそれで済んだ。アルコールもほとんどビールのみだ。お土産も買うことがなかったので、持って行ったお金の半分しか使わなかった。それも、空港に着いたらずいぶん残っていた。その残金でお土産を買った。

 それと心配だったのが、飛行機に乗るときの荷物の追加料金だ。成田では6000円も払い、何のために格安飛行機に乗るのかわからなかった。帰りの荷物は極力軽くしようと、洗濯物以外は入れなかった。読んだ本やガイドブックは、ホテルの部屋に置いてきた。ほとんど使わなかった一眼レフカメラだが、これが結構重い。このカメラは首にかけ、荷物の重量計算に入らない工夫をした。帰りの飛行機のチェックインで重量を計ったら、ザックを計らなかったせいもあったが、7㎏で済み追加料金はなかった。やはり6000円は大きいよね。

 それと驚いたのが、成田空港から自宅までの帰り道だ。カーナビだと、東関東自動車道経由で2時間かかると出ていたが、なんと1時間で帰ってきた。京葉道路から外環を通るとえらい近道になることが分かった。夜9時に成田を出て10時前に自宅に帰ったのだが、あまりに速い帰宅に女房はびっくりしていた。

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2019年11月10日 (日)

№4239 バンコク旅の最後はマーケット巡り

(昨晩10時に、無事帰国した。ただ、旅行の記事はもう3回ほど続けたい)
 いよいよタイ旅行も最後の日を迎えた。さて、今日はマーケット巡りをしよう。バンコクの郊外に、ダムヌン・サドワックという有名な水上マーケットがある。以前も一度訪れたが、再度行ってみよう。

 実は、昨日パタヤに同行したタクシーの運転手に、「明日はどうするんですか」と聞かれ、ダムヌン・サドワックのフローテングマーケットに行く話をした。「私が車で連れていきますよ」というので、値段を聞いてみた。最初1500バーツと言っていたが、「1000バーツでいいですよ」というのだ。彼も仕事が欲しくて必死だった。ところが私は一見の客、彼の生活の面倒まではみれない。ホテルの前の旅行会社に聞いたら、ダムヌン・サドワックマーケットツアーは600バーツといった。もちろん、この旅行社のツアーに乗ることにした。

 朝7時スタートだという。都合がいいことに、ホテルの朝食は6時からだ。6時半ころに朝食会場に出向き、スタートまでゆっくり腹づくりをした。ここの朝食はメニューも豊富で、お腹いっぱい食べられる。それにパンが美味しい。昨日は味噌汁までメニューにあった。デザートは、スイカとパイナップル、ドラゴンフルーツで締めた。

 この日のツアーに乗ったのは10人だった。ガイドに名簿用の名前と出身国を求められて、私も書いた。その名簿を見ると、二人は分からなかったが、あとはブラジル人が4人、スペインの女の子が3人のツアーだ。お互い話しかけることはないのだが、タイには多彩な観光客が来ているんだね。

Dscn1335_20191108223101  ダムヌン・サドワックは、バンコクから80㎞ほどのところにある。車で1時間半ほどかかった。このマーケットはバンコクでも最大で、地元の人というよりも観光客でごった返していた。どうやら、観光マーケットとして成り立っているようなのだ。船には、様々な商品が積んでいる。頭にかぶる傘と扇子、野菜や果物、お土産品など多彩だ。

Dscn1334 Dscn1341_20191110083401  観光市場なので、私もお金を落とそうと思いいろいろ見てみたが、欲しい物はなかった。仕方がない、お婆さんがやっている船に近寄って、ベトナムのフォンのようなものを食べた。水上マーケットだが、陸上にもさまざまなものが売っていた。特に衣料品などが多かった。私がこの旅行中に買おうと思っていた財布も見つかった。ARMANIの偽物だ。800バーツいうのを、500バーツにまけさせて買った。

Dscn1343 Dscn1359  今回のツアーはここのダヌアン・サドワックだけかと思っていたが、もう一か所のマーケットも行くという。トレーン・マーケットだという。車で20分ほど行ったところにそのマーケットはあった。なんとも世にも珍しいマーケットで、鉄道線路の上に物を並べて売っていた。列車が来たらどうするのだろうか。その答えはまもなく出た。

 ここのマーケットは観光用というよりも、地元の人のためのマーケットのようだ。日常雑貨や魚、肉、野菜などを売る店が続いていた。物珍しいものがあるか、一品一品見て歩いた。髭の生えた魚は鯰だろうね。果物のライチーも売っていた。一個試食させてもらったが美味しかった。このトレーンマーケットは300mも続いていただろうか。

Dscn1360  このマーケットを歩いて最後まで来たら、列車が近づいているとの放送があった。店員は、バタバタと商品片づけをやっている。さらには店頭を覆うテントの片づけを始めた。その片づけが終わったころに列車が見えた。このマーケットを知っているかのように、機関士は歩くようなスピードで運転したいた。観光客は、これに大喜びをして写真を撮っていた。

Dscn1363  鉄道線路の後ろには、広大な日用品の市場があった。まあ、このトレーンマーケットも観光客のためのものかもしれない。

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2019年11月 9日 (土)

№4238 ビーチリゾート・ラン島で昼寝

 今回のタイ訪問で、忘れ物をした場所があることに気がついた。今まで行ったことがない「パタヤ」に行ってみたい。パタヤは、アメリカがベトナム戦争当時、兵隊の慰安として開発したリゾート地だ。バンコクから約170㎞ほどあり、車で2~3時間ぐらいの距離だ。前に紹介したガイドブックによると、パタヤは「世界一下品なビーチリゾート地として悪名が高い」のだそうだ。ただ、パタヤの先にラン島という島があり、砂浜がきれいとのことだ。


Dscn1311  今日はパタヤを目指そう。パタヤが下品なのは夜の間だけであり、昼は何もなさそうだ。バンコクからパタヤに行くには、東バスターミナルに行きミニバスに乗るという。ホテルの前でタクシーを拾い東バスターミナルと言ったら、東バスターミナルは遠くて車で500バーツもかかるという。500バーツは大袈裟としても、かなり遠そうだ。その運転手が、「パタヤに行くんでしょう。往復2000バーツでどうですか」と聞いてきた。ガイドブックでも2000バーツは妥当と書いていたので、タクシーでパタヤに行くことにした。

Dscn1313  8時40分にタクシーに乗り、フェリーボート乗り場に着いたのが10時40分頃だ。やはり2時間かかった。この日はパタヤの街には寄らず、ラン島だけを目指すことにした。スピードボートが往復300バーツであり、それに乗ることにした。普通のフェリーだと時間がかかり、しかも着くビーチが島の反対側らしい。あまり言われた通りというのもしゃくだったが、まあ、それでいいだろう。

Dscn1315  ボートは、ものすごいスピードで海を駆け抜けた。約15分ほどで目指すラン島に着いた。この島は、大きなビーチだけでも7つもあるらしい。しかも、大きなビーチには中国人や韓国人の観光客が多く、騒がしいばかりという。今回着けたビーチは、7つのビーチのいずれにも入らない小さなプライベートビーチだった。観光客もあまり多くなかった。

Dscn1319  この日は、このビーチで思い切りのんびりしよう。お昼だったので、ビーチで昼食を摂った。それ以外にはやることがない。こういうことがあるだろうと思い、海水パンツを履いてきた。着ていたものを脱ぎ、裸になってデッキチェアーに横になった。デッキチェアーも100バーツしたが、仕方がないね。高いお金をかけて、昼寝をしに来たようなものだ。

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 本を読みながら、飽きたら寝るビーチライフを3時間も行った。あまり泳ぐ気もなかったが、海にも入ってみた。シャム湾の海水は、ちょうど心地良い暖かさだ。それにしても、海に浸かっている女性は大胆なビキニの海水パンツだ。目の保養にもなった。そんなバカなことを考えながらデッキチェアーに寝転んでいたら、汗で水たまりができるほどになった。


 デッキチェアーはいくらでもある。隣のチェアーに移動してさらに寝転んだ。そうこうするうちに帰る時間になり、再度スピードボートに乗った。タクシーの運転手は待っていてくれた。「パタヤを観光しますか」というが、疲れたのでそのままバンコクに帰ってきた。何のことはない、約1万円をかけて昼寝に行ったような一日だった。

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2019年11月 8日 (金)

№4237 アユタヤ再訪

 
 今回のタイ訪問に際し、ガイドブック『タイ旅行最強ナビ』を買って読んできた。その本の一項に、「タイでの移動はレンタルバイクがおすすめ!」という記事があった。そういえば、チャンマイでもサムイ島でも、レンタルバイクを借りて走り回ったことを思い出す。この日は、バンコク市内でもレンタルバイクで探訪しようと思った。

 街でレンタルバイク屋がないか探してみた。バイクの集まっている場所で聞いてみたが、「そんな話は聞いたことがない」という。さらに、旅行会社でも聞いた。そしたら、「バンコクではバイクのレンタルはやっていない。チェンマイとは違う」とのことだ。仕方がないな。それじゃ今日はアユタヤに行ってこよう。

 その旅行会社でアユタヤツアーがないか聞いてみたら、「アユタヤに行くだけなら550バーツ、夕食付アユタヤツアーは1600バーツ」だという。まあ、ツアーでなくても一人で行けると思い、タクシーでアユタヤ行きのバスが出ているという北バスターミナルに行った。タクシー代120バーツ、アユタヤ行バス代70バーツでアユタヤに行けた。何のことはない、ツアーでなくても一人で行けるんだ。

Dscn1275  私はアユタヤには、30年ほど前にタイに初めて来た時に訪れている。もうすっかり忘れてしまったが、たしか首のない仏像がたくさんあったことを思い出す。ここでもレンタルバイク屋を探していたが、見つからなかった。暑いので自転車で巡るのも疲れると思い、トゥクトゥクに乗ることにした。3時間で600バーツという。タイではどこでもそうだが、値段交渉が大事だ。400バーツまで下げさして、乗ることにした。トゥクトゥクの運転手は、おばさんだった。

 結局トゥクトゥクに乗って成功したのは、意外とアユタヤの遺跡群は広かったのだ。目的地まで行って、ゆっくり遺跡見学ができるのが良かった。ただ、私はガイドブックを宿に置いてきてしまった。トゥクトゥクのおばさんは運転するだけで、ガイドするというわけではなかった。もっとも、彼女はタイ語しか話せなかったので、私もタイ語は理解できなかった。宿に帰ってきてから、回った遺跡が何だったのか調べた。

Dscn1287  アユタヤ王朝は、1300年代半ばから1700年代半ばまでの400年にわたり栄えた王朝だ。盛時には海外との貿易も盛んだったようだ。日本人町もでき、有名な山田長政なども活躍した。この王朝は、チャオプラヤー川を通して物資のやりとりをしていた。遺跡の脇には、チャオプラヤー川が流れていた。数年前、このチャオプラヤー川が氾濫して、アユタヤの街が水没したニュースが流れた事が耳新しい。

Dscn1270 Dscn1271  遺跡を見て思ったのだが、傾いているものが多い。作られたお寺はレンガを積んだものが多く、長年の重量に耐えられずに傾いたものだろう。だが、80mの高さがあるという「ワット・プーカオ・トン」という塔は、どう見ても建築時から傾いていたのではないかと思われた。塔の先端が曲がってグニャグニャしていた。

Dscn1284  首のない仏像が並んでいるお寺もあった。アユタヤ王朝末期に、ビルマ軍と激しい戦闘があり、勝利したビルマ軍が首をちょん切ったものらしい。今から見たらなんと酷いと思うが、当時の戦闘はそれほど激しかったのだ。

Dscn1301 Dscn1304  大木の根に挟まれている仏頭もあった。「ワット・プラ・マハタート」寺院にあり、この寺も半分崩れていた。ビルマ軍との戦闘が最も激しかったところだという。

Dscn1282  この遺跡群を訪問しながら思ったのが、隣国カンボジアのアンコールワット遺跡だ。アユタヤの遺跡も規模が大きいが、アンコールワットの遺跡はこれに倍しているのではなかろうか。3時間じっくり拝見して、バンコクに帰って来た時には、もう午後6時を回っていた。

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2019年11月 7日 (木)

№4236 豪快に海鮮料理を

   私は気がつかなかったのだが、今回宿泊した場所はカオサン街の真ん中にあるホテルだった。カオサン街とは、バンコクの中でも安宿が集中することで有名だ。ただ、町はずれにあるために、今まで私は来たことがなかった。初めて訪れて驚いたのは、欧米系の外国人が多いということだ。しかも若者というよりも、私の泊まったホテルはおじさんおばさん系の人たちだ。

 私が受け入れられないのは、男も女も派手に刺青をしていることだ。私にとってはみっともないと思うのだが、そう思うのは日本人の潔癖症のせいか。体全体から手や足にまで刺青を彫っている。あの刺青は死ぬまで消せないと思うと、ゾッとしてしまう。

 私が今回泊まっているホテルは、カオサン街の中でも安宿というよりも中級型のホテルだ。ネットで見つけたホテルだが、今までバンコクで泊まっていたホテルに比べても静寂なうえ居住性抜群で、ホテルライフを楽しめる。何より良いのが、朝食のメニューが多いことだ。ただ、難もある。朝5時になると耳元でアザーンの大きな音がして、目が覚めてしまう。近くにイスラム寺院でもあるのだろうか。

 朝5時に目が覚めるといっても、日本とタイの時差2時間を考えると、日本では朝7時だと思いながら起きてしまう。起きたらすることがないので、本を読むかブログを書くかくらいのものだ。私の海外旅行は極めて健康的で、夜遊びに出かける元気もない。昨晩も夜9時半ころに(日本時間11時半)に消灯した。

 夕食を摂るのは、面倒なので、ホテルの前のレストランにする。ただそれだけでは寂しいと思い、カオサンロードをふらふら歩いてみた。なぜかしら、このところ夜になると雨が降る。傘を持ち歩かないので、濡れないようにホテルに帰ってきてしまう。ただ、昨晩は海鮮料理屋を見つけた。この晩は豪快に海鮮料理を食べようと、くだんの店を目指して出かけた。

Dscn1257  カオサンロードはものすごい人出だ。どの店も混んでいた。それにしても、入店客を見ると外国人が多い(とはいっても私も外国人なのだが)。なかには日本人らしきカップルもいるが、もちろん声は掛けない。

Dscn1259  いろいろな屋台も並んでいる。ドリアンを売っている店があった。ドリアンは果物の王様といわれているが、私は食べたことがない。美味しいものと不味いものが極端らしい。私が一度口にしたドリアンは、便所臭くて物凄い匂いだった。それ以来、敬遠している。

Dscn1260  さて、目的の店の店頭には、いろいろな魚が並んでいた。私が食べたかったのは、カニとエビだ。それでは足りないと思い、大きなイカを一匹注文した。それぞれ秤で計り値段を言っていたが、今晩は値段を気にしないで豪華にやろう。一人でこんなに食べられるか心配だったが、店頭のおばさんは「心配ないわよ」と安請け合いをしていた。

Dscn1264  料理を待つ間、タイのシンハビールを飲んだ。シンハビールは若干高いのだが、やはりタイに来たらシンハビールだね。日本でも飲めるのだろうが、バンコクで飲むから良いのだ。

Dscn1265 Dscn1266  やがて、エビやカニが焼き上がってきた。ナイフやフォークも用意されていたが、ここは豪快に手でむしって食べるのがいい。あっという間に、エビとカニの殻の山ができた。食べ終わったころに、イカが焼き上がってきた。もうそのころにはお腹が一杯だった。まあ、それでも折角だからとイカに手を付けた。矢張り全部は食べられなかった。3分の一くらい残したかな。値段も日本円で3200円と、なかなかのものだった。

Dscn1263  満足して、そのまま宿に帰った。

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2019年11月 6日 (水)

№4235 カンチャナブリ1日ツアー

 
 
 今回のタイ旅行の最大目的は、カンチャナブリ訪問だ。事前に『戦場にかける橋』のDVDも観てきた。カンチャナブリは、日本軍がタイで戦闘行動をした最大の場所である。主に英軍の捕虜を使い、クワイ川に鉄道の橋を作った。戦闘だけでなくマラリアなどでたくさんの死者を出した。

 この鉄道は、タイとビルマを繋ぐ泰緬鉄道で、日本軍がインド侵略の重要戦略路線と位置付けていた。ただ、この鉄道はジャングルや険しい山岳を抜けるために難航した。そして最大の工事が、カンチャナブリのクワイ川に鉄道橋を作ることだった。工期は10か月と過酷な工事だった。捕虜の抵抗などもあり、難工事で死者も多かった。それが映画になって、多くの人を感動させた。

 カンチャナブリは、私も初めて訪れる。バンコクから約3時間の地にある。今回はツアーに乗ることにした。ツアーのガイドは英語でペラペラ話すので、半分ほどは理解不能だ。まあ、それでも困ったことはない。いずれカンチャナブリに連れていってくれるだろうと安心していた。

Dscn1202  カンチャナブリに着いたのは、午前10時頃だ。そこで、またガイドがこれからは自由行動で、11時には集合場所に集まるようにと話していた。この集合場所の前に、JEATH戦争博物館があった。博物館の前には、日本の機関車が飾られていた。ツアー同行の人たちはあまり関心がないようだったが、私は博物館に入場した。入場料は50バーツ(150円)ほどだ。

Dscn1206 Dscn1207  この博物館には、戦争の悲惨さを伝える多くの展示物が並んでいた。日本軍の武器となる鉄砲や機関銃、捕虜を働かせている現場の模型、骨と皮ばかりになっているマラリア患者の模型、なぜかしらないが実際の人骨まで飾られていた。30分ほどこの博物館にいたが、この博物館からもクワイ川にかかる鉄道橋が見えた。

Dscn1215 Dscn1221_20191106083301  さて、橋を見に行ってみよう。多くの観光客が、この橋を行き来していた。線路も現役のように立派だった。線路の脇にいた人に、この鉄道はまだ使われているのか聞いてみた。そしてら、「もう2分後に列車が到着しますよ」というのだ。それはチャンスと、列車の到着を待った。10両編成の泰緬鉄道の観光列車がやってきた。日に3本ほど走っているようだ。

Dscn1223  列車に乗っている日本人に声をかけてみた。泰緬鉄道に乗るツアーで、この列車に乗っているのだそうだ。私も乗ってみたいなと、少し羨ましくなった。列車が鉄橋を渡って去っていくのに、郷愁も覚えた。

 さて、11時の集合時間が来た。これからまたツアーバスに乗って、30分ほど移動するのだそうだ。どこかに行くと説明しているようだが、聞き取れなかった。そして着いたのが鉄道駅だ。これから1時間ほど泰緬鉄道に乗るのだそうだ。このツアーには、こういう特典もあったと初めて知った。

Dscn1238  そしてやってきたのが、さっきクワイ川を渡って去っていった列車だ。列車よりもバスの方がよほど早かった。この列車が向かうのは、ミャンマーとの国境の駅だ。クワイ川の流れに沿って列車は遡った。このクワイ川は、意外と大河だった。この川に沿って作られた鉄道工事は、相当に難航しただろうと容易に想像できた。

Dscn1243  係員が、「泰緬鉄道記念証」(Certificate of remembarance)を乗車した全員に配っていた。この鉄道に乗っただけでも、このツアーでは得をした気になった。目的地の駅で降りて、バスに乗り昼食会場に向かった。このレストランは、クワイ川のほとりにあった。昼食後、また2班に分かれた。その2班はどこに行くのかの説明がなされたようだが、私は理解していなかった。そして私が乗ったのは、滝見学のバスだった。どうやらもう一方のバスは、象見学コースだったらしい。そちらのほうが良かったね。

Dscn1255 Dscn1254_20191106084101  この日の最後は、戦争で犠牲になった人たちのお墓にお参りするツアーだった。広大な墓地には、それぞれ犠牲になった人のプロフィールが記されていた。22~3歳の人が多かった。この戦争で犠牲になって、まだわずか75年であると感慨深いものがあった。戦争などするべきじゃない、と今更ながら改めて深く思う旅だった。

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2019年11月 5日 (火)

№4234 チャオプラヤー川の船下り

 さて、今回の旅行は行き当たりばったりで、何の計画もない。ホテルで朝食を摂り街に出てみたら、旅行会社があった。そうだ、翌日のカンチャナブリ行きを頼もう。そういう適当なツアーがあるかどうか尋ねたら、朝7時に出て夜7時に帰って来るツアーがあるという。旅行代金は、昼食込みでそんなに高くなっかった。明日は『戦場にかける橋』の街カンチャナブリに行くことにしようと予約した。

Dscn1170  さて、今回泊まったホテルから、バンコクの街を流れる大河チャオプラヤーが近いという。なぜか、私はこの川が大好きである。早速チャオプラヤーを見に行こう。歩いて5分ほどのところに、目的の川があった。相変わらず水量豊富である。川には、ホテイアオイが流れている。そうだ船に乗ろうと、勢いで船のチケットを買った。どこまで行くのか聞かれたが、別に目的があるわけではない。そしたらチケット売り場のおばさんが、適当な目的地を決めてくれた。

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 やがてツアーの船が来たので、乗った。乗ったすぐ近くに、王宮の壮麗な屋根が見えた。そうか、ここは王宮に近い場所なのだ。私は王宮に何度も行っているので、今回は行こうと思わない。そういえば、前回訪問した時に故プミポン国王が亡くなられたので、王宮を訪問して慰霊碑の写真に頭を下げたことがあった。


Dscn1180  船が進むと、やがて『暁の寺(ワットアルン)』が見えてきた。お寺の伽藍が光り輝いていた。この寺も、前回訪問した時は工事中で、全体に覆いが被されていた。今回はその覆いもなく、川から全体像が眺められた。私は読んでいないが、『暁の寺』は三島由紀夫の小説で日本人にもつとに有名な寺だ。

Dscn1183  さらに船は上流に進んだら、チャイナタウンに近いという降り場に着いた。そうだチャイナタウンを見てみようと、衝動的に船を降りた。降りてしばらく行くと、下町らしき雰囲気の街に出た。そこには、延々と小物売りの市場が続いていた。何を買うというでもなく、店を覗いて歩いた。そうだ財布を買おう、と思いながら見て歩いたが、適当なものはなかった。

Dscn1186  なぜかしらないが、世界各国のチャイナタウンというとどこでもそうだが、町の一角に金行がある。金の飾りやネックレスを売っている店がひと塊で並び、金ぴかに光り輝ている。私は金には興味がないので、やり過ごしてさらにディープな市場の奥を目指した。

Dscn1192  残念ながら目新しいものは見つからなかった。そうだと思い、薄汚れた中華料理屋で昼食に麺を食べた。ベトナムで食べるフォンのようなものだった。フォンは米粉だが、麺は小麦粉である。魚のすり身がいっぱい入っていたが、特段美味しいということもなかった。一杯150円ほどだった。

 昨日の晩バンコクに着いた時にはものすごい雨だったが、この日は晴れていた。南国なので、晴れるとどうしても暑くなる。街歩きには不適当と、また船に乗ることにした。船の乗り場まで歩いて帰ったのだが、もうへとへとだ。

Dscn1196 Dscn1198  さっきはスルーした『暁の寺』を、またじっくり見学して帰ることにした。この寺は、いつ見ても素晴らしい。寺に彫られている彫刻の像は、一体一体が違うと分かった。物凄い労力をかけて作られた寺なのだろうね。しばらく寺の階段に座り、往時を偲んだ。

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2019年11月 4日 (月)

№4233 タイのバンコクに旅立つ

 予告通り、タイのバンコク1週間の旅に出た。バンコクにはすでに5~6度行っているが、今回は従来にない様々な試みをしている。それもこれも、旅名人Takeちゃんのサゼッションによるものだ。
 まずは、初めてのことだが本格的に格安航空会社を使った。私が検索した格安航空券の6割くらいで買えた。ただし、荷物の機内持ち込みは有料とのことだ。普通は6000円だが、チケット購入時に荷物持ち込み代を払うと1500円で良いらしい。

 今回の旅行で余分なものは持って行かないことにして、荷物を極力軽くした。だが、チェックインカウンターで荷物を計ったら、15.4kgあった。仕方ない、泣く泣く6000円を払った。こんなことなら、予約時に荷物代を払っておくんだったね。無料の10kg以下に抑えるのは不可能だ。格安航空機を使うための勉強になった。

 普通、飛行機の搭乗手続きは2時間前だ。午後1時55分の飛行機だったが、私がチェックインカウンターの前に行ったのは出発3時間前の午前11時だ。そしたら、すでに長蛇の列だった。そう200mも並んでいたかな。まあ乗り遅れることはないだろうと、首長く待った。手続きが終わったのは、午後12時半ころだ。後ろには、まだ列が長く伸びていた。

 午後1時10分には搭乗口に来てくださいとのことだから、あまり時間はない。急いで荷物検査を受け、税関を通った。格安航空は、食事や飲み物のサービスがないというので、手続き後に昼食を摂り、飲み水を購入した。以前は、飲料水の機内持ち込みは禁止だったが、今はそんなことは言っていないようだ。

 格安航空機だからといってバカにできない。どうだろうか、500人以上も乗れる大型機が満員だった。そうだよね、旅慣れた人はわざわざ高い航空券は買わない。私が買った航空券も、「格安」という航空券の6割程度のものだ。どうも、Takeちゃんが買う航空券はそれよりも安いというが、探しても見つからなかった。ただ、格安航空会社が通常の航空会社に比べて危険かというと、そんなことはない。格安航空会社に事故が多いなどとは聞いたこともない。

 本当に機内サービスはなかったが、まずい機内食を食べるよりも、むしろない方が煩わしくなくてよかった。食べたい人は、お金を払って有料で食べていた。私には、むしろ読書を中断されなくてよかった。6時間半の空の旅は、貴重な読書空間と読むことに集中した。おかげで500頁余りの文庫本一冊を上げることができた。

Dscn1166  今回バンコクで降り立ったのは、ドンムアン空港だ。今ではバンコクに新しい空港ができたが、格安航空会社は未だにドンムアン空港を使っているようだ。久し振りのドンムアン空港は懐かしかった。降りたってすぐに両替をし、SIMカードを買った。以前旅行中に携帯を使い、60000円も請求されたことがある。このSIMカードを使えばそんなことがない、と教えてくれたのもTakeちゃんだ。空港にはたくさんのSIMカード売っている会社があった。私は1週間使えるSIMを買ったが、460円くらいのものだった。

Dscn1168  さて、バンコクに入るのにはタクシーを使おう。タクシーの看板がかかっている会社にいくらか聞いてみたら、900バーツ(約2400円)ほどだという。ろころが別のタクシー乗り場で乗ったら、ホテルまで260バーツ(700円弱)だった。海外個人旅行は、値段でごまかされるので注意しなければと思った。

 タクシーでホテルまで45分ほどかかったが、バンコクは豪雨だった。着いたホテルは、意外なほど清潔で大きかった。まずは一安心。さて、今回はどんな旅になることやら。

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2019年10月12日 (土)

№4210 パスポートの更新

Sdscn1049  先日もご報告したが、海外旅行に行くのにパスポートの残期間が4ヶ月しかないので、新しく更新することにした。今度の渡航先は、パスポートの残期間6ヶ月以上は必要とのことだ。今は便利なもので、市役所でも更新できた。費用は16,000円とちょっと高かったが、必要経費として泣く泣く払った。新しいパスポートは旅券番号は変わっていたが、他は前とまったく同じだった。

Sdscn1050  ちなみに、私の机の中には前のパスポートが眠っていた。改めて、前のパスポートを引き出して、眺めてみた。一冊目は1998年7月17日から2008年7月17日までのものだった。そして二冊目は2010年2月3日から2020年2月3日までの有効期間である。このパスポートを見ていると、渡航先国のスタンプが押してあるのでいつ、どこに旅行したのかがわかる。第一冊目は7回の旅行の記録があったし、第二冊目は9回の海外渡航記録が残されていた。

 ただ、残念ながら近年は省力化の影響か、税関でのパスポートにスタンプの記録がなくなりつつある。やはり記録があると、振り返るのに便利だ。スタンプ記録を見ると、その時の旅行の記憶がまざまざと思い出される。2冊のパスポートには、ビザを取った記録も残っている。最初のビザは、2003年ベトナム渡航の際のビザであった。今はベトナム渡航には必要なくなったが、当時はビザが必要だったのだ。

Sdscn1052  第二冊目のパスポートには、3ヵ国のビザが貼ってあった。一つは2012年11月のカンボジア渡航のビザであった。その旅行は、ベトナムからアンコールワットに入った旅行の際のものだ。もうその時には、ベトナムのビザは必要なかった。二つ目のビザは、2015年のミャンマー旅行に必要だった。ミャンマー大使館に2度ほど通った。そして3つ目のビザは、2017年のアゼルバイジャン入国に必要だった。

 面白いことに、日本のパスポートは海外にて絶大な信用がある。日本のパスポートを持っていると、ほぼどこでもフリーパスなのはありがたい。ただ、日本人だからといって騙されたこともある。カンボジア出国の際、税関係員に1000円騙し取られた。お金を払わなければ出国させないという。まあ1000円ならいいかと払ったが、他の同行者にそんな請求はなかったのだから、騙されたのだ。

 ことほど左様に、パスポートは歴史を語っている。今度の新しいパスポートは10年の期間がある。さて、10年間海外旅行が続けられるものなのかどうか、不安もある。

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