カテゴリー「国内旅行」の82件の記事

2019年4月16日 (火)

№4132 さて、竹ちゃんはどこにいる

 すでにご報告しているが、わが友竹ちゃんは日本縦断の旅を続けている。旅日記を事細かに彼のブログ(クリックするとブログを読める)に綴っている。今日のブログで、愛知県の伊良子岬に着いたとの報告だ。

 3月上旬に東京を出て、先ずは四国霊場巡りをしたようだ。四国には二人の友だちが一緒だったのかな。札所めぐりを半分ほどして、彼のみが九州に行った。そこから「日本縦断の旅」が始まった。スタートは、大隅半島の岬だ。基本は、歩いて日本縦断をするつもりのようだ。一日30kmを歩いて、6月下旬には北海道の宗谷岬到着と、スケジュールを立てていた。

 それにしても彼の凄いところは、テントを持ち歩き野宿をして歩くことだった。3月上旬のスタート時は、雨が降り続いて寒かっただろう。持っていく荷物にも制限があり、着替えなどそんなに多くなかったはずだ。しかも貧乏旅行で、ガマン我慢の連続のようだ。ふつうの足では、1時間4kmの歩行距離だ。4か月弱を一日8時間づつ歩き続けるなんて、常人のできることではない。

 彼は、私と同じ業界仲間だ。定年になって10年にもなるだろうか、会社を辞めてからは海外旅行のスペシャリストになった。私も何度も追跡したが、東南アジアからポルトガルのリスボンまで、半年以上をかけて貧乏旅行をしていた。帰ってきてからも、ネパール、ミャンマー、スリランカと席の温まる暇がなかった。そして、今回念願の日本縦断旅行だ。私がいくら旅行が好きといっても、彼のまねはできないね。

 旅行中は、ずっとブログで報告しているのも頭が下がる。しかも彼のブログには、写真がたくさん貼り付いているので、一緒に旅を楽しんでいるような気になるのが嬉しいね。

 それだけではない。旅の空で絶えず私のブログをチェックしてくれているようなのだ。先日、私のブログが10日間ほど断絶した。そしたら、さっそく彼からのメールが届いていた。どうやら九州で書かれたメールのようだった。

シンさん

ブログ更新されていないようですが…。

どうされました。
 もちろんすぐに返信したのだが、恐縮してしまった。彼のブログを読んでいると、追っかけファンが多いようだ。何より励みになるのが、彼のブログにコメントを入れることだ。そういう私はできていないが、このブログを書き終わったら、さっそく励ましのコメントを入れておこう。

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2019年3月13日 (水)

№4105 Takeちゃん日本縦断徒歩の旅に発つ

 以前もお話ししたが、わが友Takeちゃんが日本縦断徒歩の旅に出発した。3月5日のことである。古希が近いというのに、買った切符が「青春18きっぷ」というから恐れ入った。この切符があれば、日本中を旅できるようだ。ただ、有効期間は40日に限られている。

 彼の旅は、逐一彼のブログ「竹ちゃんの旅日記のブログ」で報告されている。旅に出た最初の記事は、高松駅で寝袋に入っている野宿の姿だった。この歳でよく野宿などするよねと、あきれ恐れ入った。

 今は四国八十八か所の札所めぐり巡礼をしているようだが、この後九州の渡り、佐田岬で日本縦断の旅を始めるらしい。極力荷物を少なくと、水・食料を含め13kgに抑えたという。徒歩での縦断のようで、それでも1日に30kmをこの荷物を背負って歩くのは大変だ。

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 今回の彼の旅については、教科書があったようだ。岩波新書で、石川文洋さんの『日本縦断 徒歩の旅―65歳の挑戦―』という本だ。石川さんは、宗谷岬から佐田岬まで120日間で歩く計画を立てた。予算は、一日1万円だという。

 Takeちゃんの凄いのは、100日で交通費も込みで30万円であげるつもりのようだ。それには、極力宿には泊まらずに野宿で、安く上げようというつもりのようだ。それにしても、2~3日前の豪雨の中の野宿は辛い。私のような軟弱者には耐えられないが、普通の人も古希近いと同じ感情を持つのではないかな。

 九州から再度四国に上陸し、紀伊半島を横断して東海道に向かうという。東北を北上して北海道に行く計画のようだが、彼の生まれ故郷は八戸だ。当然、実家にも立ち寄ることになるだろう。

 いずれ、詳細な旅の報告がブログに記載されている。目的地の宗谷岬には6月に着くという。彼のブログを楽しみに追いたい。

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2019年1月 2日 (水)

№4035 伊勢旅行から無事帰る

 2泊3日の伊勢・志摩旅行だったが、無事に帰ってきた。帰ってみると、2泊3日なんてあっという間だった。とにもかくにも遠かったので、まさに車に乗っていたことだけが深い印象に残った旅だった。

 それにしても、素敵なホテルだった。このホテルの温泉もよかったが、何より食事がよかったね。年越しの食事は懐石料理だった。1泊8,000円の宿泊費だったのだが、レストランに入り口には懐石料理12,000円と書かれていた。これだけでもお得だった。

Simg_7793Simg_7794Simg_7795Simg_7796Simg_7797Simg_7798  どんな懐石料理だったのか、カメラに収めてきた。同行の女性たちは何を喜んだかというに、年末年始の料理をしなくても済んだことだ。

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 夜は、またこのホテルのイベントがあった。ホテルのサービスで、年越しそばがふるまわれた。伊勢うどんと違って、さっぱりして美味しかった。そして、その後には、年越しのカウントダウンパーテーが、イベント広場で行われた。

 何しろ、このホテルの敷地は広い。敷地の中にはゴルフ場やテニスコート、プライベートビーチ、パターゴルフ場などもあった。カウントダウンを行ったイベント広場はすぐそばにあったが、ホテルがマイクロバスを用意してくれた。

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 その会場では薪を燃やし、どんと焼きをやっていた。火の中でお餅を焼いて、ふるまってくれた。無料のドリンクも用意されていた。私はスパークリングワイン、燗酒を飲み、最後にウーロン茶をいただいた。

 何より素敵だったのが、星空観察会だった。「星空のソムリエ」という方がいて、丁寧に星座を説明してくれた。幸い、この夜は雲や月がなく、よく星の観察ができた。オリオン座や冬の大三角形も見たが、久しぶりに天の川も見えた。ただ、天の川がはっきり出るのは、夏の間と言っていた。さすがカメラで星座は写せなかったが。流れ星には、皆大歓声だった。

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 12時が迫ってきた。2019年へのカウントダウンを皆で行った。こういう星空の下でのカウントダウンも印象深かった。その後に、「お楽しみ抽選会」があった。残念ながら、わが方は外れ籤だった。それにしても寒かったね。

 1月1日に帰ることになったが、正月だけは高速道が空いてだろうと高をくくっていた。とんでもない、あちこちで事故渋滞があった。お正月早々に交通事故というのも気の毒なものだね。おかげで、帰りも行きと同じ時間がかかった。2泊3日で、結局1,180kmの走行距離だった。まあ、よくも走った旅行だった。

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2019年1月 1日 (火)

№4034 大晦日の伊勢詣

 年賀状での新年の挨拶が済んで恐縮するが、大晦日の伊勢詣の話をしたい。伊勢は車で来たのは初めてだったので、ホテルのフロントで伊勢の見どころを教えていただいた。5~6か所の見物地点の教示をいただいた。

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 ホテルのすぐ近くに「横山展望台」があるのだそうだ。その展望台に行くと、英虞湾全体の展望が効くのだそうだ。車で10分ほどだった。なるほど、複雑に絡み合った英虞湾が良く見えた。周辺には、意外とゴルフ場が多かった。海には、阿古屋貝の棚が浮いていた。海から上がる朝日が良く見えそうだったが、元日は混むんだろうね。いずれ海の近くなので、明日はどこかで初日の出を拝もう。

 伊勢観光の中心は、何といっても伊勢神宮だ。伊勢神宮の外宮から拝観しようと、カーナビに従って向かった。ところが、行ったすぐ脇に伊勢神宮内宮があった。とりあえず、内宮から見学するか。

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Img_7777  大晦日なのでそんなに混んでいないだろうと、甘く見ていた。案に相違して、参道の『おかげ横丁』というんだろうか、物凄い人出だった。大晦日でこんなに混んでるとしたら、元日の初詣はどのくらい混雑するんだろうか。

 わが一行は、一軒一軒に興味を抱き、覗いて歩いていた。この調子じゃ、なかなか目的の内宮の参拝地には着きそうもないとやきもきした。まあ、それでも女一行を先導するには、ガマンガマンである。伊勢うどん屋がたくさんあったが、いずれの店も混んでいた。

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 ホテルで朝食をあれだけ食べてきたのに、少し小腹が空いてきた。これも伊勢名物の「赤福」の出店があった。ここでぜんざいを食べていこうよ。私は甘辛両刀使いで、甘いものにも目がない。お汁粉には、餅が二個ついていた。美味しくいただいた。

 このすぐそばが、伊勢神宮内宮の入口だ。先日も言ったが、私にとっては50年以来の二度目の参拝だった。五十鈴川を渡って、本殿までは意外と遠かった。私は先行して歩いていたのだが、後発の女組がなかなか追いついてこない。どうしたのか聞いてみたら、お札や孫の合格祈願を買っていたのだそうだ。

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 ようやく、伊勢神宮内宮の参拝がかなった。私は不勉強にしてよく知らなかったのだが、伊勢神宮は20年に一度遷宮をしている。前回は平成25年で、5年前だったそうだ。

 帰り道も、女性陣は遅々として前に進まない。この調子では、外宮を参拝する時間はなくなるね。ガソリンスタンドで給油しながら、店員に尋ねた。「内宮を参拝したら、外宮に行く必要はないのじゃないですか」。その言葉に甘えて、外宮はスルーした。

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Img_7788  次に向かったのが、二見ヶ浦の夫婦岩だ。あちこちに貼り札があったが、夫婦岩の間には初日の出は上がらないのだそうだ。結構勘違いをしている人だいるに違いない。

 この海岸沿いにあるレストランで、待望の伊勢うどんを食べた。うどんは腰がなく、タレはショッパイ醤油味だった。女房は、「伊勢うどんは一度食べたら十分」と、期待していたようだったが、がっかりしていた。
 ここまで来たら、2年前に開かれた《伊勢志摩サミット》のホテルを訪ねてみよう。車で40分ほどだった。

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Img_7792  サミットが開かれた『志摩観光ホテル』は、5つ星の超豪華なホテルだった。ランチワーキングが行われたテーブルが残っていた。参加した首脳の名前も残されていたが、わずか2年前なのにオバマを含め4人ほどがすでにその座を去ってた。

 サミットが行われた会場の近くにコーヒーラウンジがあった。ベラボーに高いコーヒーだったが、ここに来た記念で飲んできた。このホテルから、わがHotel NEMUはすぐ近くだ。

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2018年12月31日 (月)

№4032 年末年始はHotelNEMUで

 朝6時に自宅を出て、川崎でIchikawa親子をピックアップした。道は驚くほど空いていた。普段は1時間半から2時間かかるところを、1時間ちょっとの時間だった。このまま東名高速も同じ混み具合ならいいんだけどね。約10分で東名高速に乗った。

 しばらくは、ほとんど車が走っていなかった。ところがどっこい、海老名SAの付近まで来たら混み始めた。まあ、それでも厚木を過ぎるころにはスイスイ走った。御殿場から新東名高速道を使ったが、広い道で何ら問題がなかった。カーナビを見ると、目的地到着時刻は午後1時半と出ていた。

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 ところが、名古屋を過ぎたあたりから混み始めた。本格的な帰省ラッシュの混雑だ。車は遅々として動かない。まあ、これも想定の範囲内と、流れに任せた。お母さんも一緒だったので、折々に休憩時間をとった。そしてホテルに着いたのが午後3時頃だった。自宅からは540㎞だった。

 距離で見ると、秋田に帰省するほぼ同じ距離だった。私は長距離運転はほとんど苦にしないが、それでも9時間の運転に若干の疲れを覚えた。まあ、2日間はのんびりしよう。ホテルのある場所は志摩半島の奥で、伊勢志摩サミットが行われた近くであった。

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 早速、ホテルが用意していたミニツアーに乗った。近くの浜辺で夕日を見ようというツアーだ。ホテルのバスで5分くらい乗ったら、「夕日に染まる浜」に着いた。目の前は、真珠の養殖で有名な英虞湾だ。残念ながら雲が多く、夕日は望めそうにない。

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 浜辺では、ホテルは焚火と暖かいレモネードを用意してくれた。しばらくは、椅子に座って夕日を眺めていた。のんびりした風景だ。

 年末から年始にかけて、このホテルでは様々なイベントを用意しているという。年越しそば、新年カウントダウン、初日の出ツアー、餅つき大会等だ。そのイベントも楽しみたい。

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2018年12月30日 (日)

№4031 年末の国内旅行

 女房と友だちのIchikawaさんが秋ごろから話し合っていたようだ。「年末年始は健保の保養所で一緒に過ごそう」。今年の2月に、Ichikawa親子とわが夫婦で箱根に2泊旅行をした。その記憶があったようで、この年末も一緒に過ごそうということになったらしい。

 実は、女房とIchikawaさんは、来年の6月に北欧旅行をするのだそうだ。女4~5人の旅行のようで、もちろん私には声はかからない。先日も、その旅行仲間が、私が那須に行って留守の間に会っていたようだ。

 年末の旅行も、健保の保養所を中心に空きを探したようだ。伊東や箱根、軽井沢は皆予約でいっぱいだったという。当たり前だよね、年末年始の繁忙期には、利用者が集中するのは分り切っていた。

 そしたら、執念で探してきたのが健保の契約保養施設『HOTEL NEMU』だ。三重県の志摩市にあるのだが、Ichikawaさんが前に行ったときには、ものすごく豪華な食事だったらしい。私は健保組合員なので、1泊2食8000円で泊まれるという。女二人で決めたことに、私は反対できない。12月30日に出発して1月1日に帰る2泊3日のプランだ。

 カーナビで、そのホテルまで何㎞あるのか検索してみた。580kmくらいあるようだ。ただ考えてみると、目的地に行く12月30日は一年で一番の帰省ラッシュで、高速道路は動かないのじゃないかな。そういう恐れを抱きつつも、同行に同意した。

 そういえば、私は20代の初めに伊勢神宮に行ったきりで、その後行っていない。1月1日の初詣客で伊勢神宮は混み近寄れないだろうが、大晦日の31日ならそんなに混まないだろう。帰省ラッシュで高速はどのくらい混むのかはわからないが、急ぐ旅ではないからゆっくり行ってみるとしようか。

 女房には何時間かかるかとたびたび聞かれているが、そんなものは高速に乗ってみなければわからないよ、と答えている。まあ、この記事がアップになる午後7時ころには、着いているのじゃないかな。

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2018年7月 4日 (水)

№3850 MOA美術館へ

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 昨日の夕方に到着したAkiちゃんは、この保養所を盛んにほめていた。彼女には、この保養所は初めてだったのだ。何よりも、目の前に広がる伊東港に感激していた。さらにはこの建物、出てくる料理とほめまくっていた。

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 さて、今日はどこに行こうか。なんでも、MOA美術館は昨年リニューアルオープンしたらしい。そうか、それなら熱海だね。その前に、昨日訪ねたオープンガーデン訪問の続きで、オープンガーデンをもう2~3か所訪ねてみようか。

 カーナビは便利なもので、住所を入力するとどんなに難しい場所にも連れて行ってくれるのがありがたい。地図には、全部で18か所のオープンガーデンがあった。まずは①のオープンガーデンに行ってみよう。山道や細い道をたどりながら着いたオープンガーデンは、ご主人が出てきて、「もうやめました」とのことだった。

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   しようがない、それでは②のオープンガーデンを訪ねてみよう。その庭園では、ご主人が庭仕事をしていた。庭を見せてほしいとお願いしたら、「どうぞ。ただ、わが庭の自慢の薔薇はもう時期が過ぎました。ぜひ、来年の5月か6月にまたおいでください」とのことだった。

 そのご主人に、素敵なオープンガーデンは何番か尋ねたら、「それなら⑧番のお庭に行ってみたらいかがでしょうか」と言っていた。少々遠かったが、またカーナビに住所を入力して行ってみた。宛所には行けたが、残念ながら無人だった。ただ、花だけを見て帰ってきた。

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 まあ、いいか。いざ、熱海のMOA美術館に行こう。この美術館は、もう何年前になるだろうか、川崎の姉と訪ねたことがあった。10年以上も前にことだろうね。それ以来である。やたらエスカレーターに乗って美術館の本館に行くのだが、果たして何台に乗ったろうか。数えている人がいて、7台のエスカレーターを乗り継いだようだ。

 到着したのが、ちょうどお昼時だった。美術館を見学する前に、お昼ご飯にしよう。美術館併設の蕎麦屋で私はとろろ蕎麦を食べた。おいしかった。

 今、この美術館では「琳派ー光悦と光琳」展をやっていた。この美術館には、国宝3点、重要文化財66点を含む重要美術品約3500点が所蔵されているという。尾形光琳、野々村仁清、本阿弥光悦などの作品も多数保存されているらしい。その一部が公開されていた。そういえば、今年の2月に箱根に行った時に、岡田美術館に立ち寄った。そこでも「光琳と乾山」展をやっていたことを思い出す。

 最後に、この美術館に併設されている甘味処であんみつを食べて帰ってきた。Akiちゃんを熱海駅に見送り、Kiyomiちゃんを自宅に送りとどけ、近くに住む川崎の姉で夕飯をごちそうになり、自宅に帰り着いた。

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2018年7月 3日 (火)

№3849 伊豆半島散策

 今回旅行参加予定5人のうち、3人は前日泊をした。残りの二人は今日到着の予定だった。そしたら朝一番にメールがあり、Amiちゃんが前日からの風邪でダウンしたとのことだ。今日の参加は勘弁を、とメールがあった。Akiちゃんは夕方到着の予定だ。

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 前日泊の3人で、伊豆半島をぶらぶらしてみようということになった。まあ、伊豆高原駅の周辺をドライブしてみよう。最初に行ったのが、大室山だ。大室山にはリフトで登ったが、山の頂上はガスで全く視界が効かなかった。

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 ただ、大室山に登って分かったのだが、私は小室山には登ったことがあるが、この山は初めてのことだ。火口跡がきれいに残っていた。なんでも14万年前の噴火跡とのことだ。異例の早い梅雨明けにもかかわらず、この山はガスが立ち込め、涼しかった。火口周辺散策は約30分とのこと、ぶらぶら歩いた。

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 山の上には色々な蝶が飛んでいた。ふつうにみられるアゲハチョウもいたが、見慣れない黄色い斑点の蝶を見かけた。自宅に帰って調べてみたが、ミヤマモンキチョウかしらね。7月上旬というのに、赤とんぼも群舞していた。

 山の頂上からかすかに見えるのが一碧湖だ。ずいぶん昔のことになるが、Amiちゃんの会社の保養所があり、何度か遊びに行ったことがある。今はなくなったらしいが、行ってみた。保養所はたくさんあり、どこかはわからなかった。

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 海岸に出てみよう。目指すのは、城ヶ崎海岸だ。この城ヶ崎海岸は、岩がごちごちしていて、想像以上に美しかった。それにしても海の色がきれいだったね。岩の端から海を覗いてみたが、怖かったね。
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 この海岸には、海から湧いてくるようにイワツバメが飛んでいた。あまりに早く飛ぶので、検討をつけてシャッターを押したが、うまく撮れたかしらね。巣があるようにも見えないし、餌もないようだ。なぜこの海岸に集まってくるのだろうか。この海岸は、自殺の名所でもあるという。

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 地図を見ていたら、伊豆高原周辺にはオープンガーデンが多いようだ。何軒か覗いてみようよ。最初に行ったのが”leaf garden”といって、薔薇を売り物にしているようだが、すでに薔薇の最盛期は過ぎたと言っていた。

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 庭の隅に白い花のようなものが咲いていた、家主に何かと聞いたら、「ハンカチの木だ」と言っていた。女房は「半夏生じゃないですか」と聞いていたが、まぎれもないハンカチの木だそうだ。ハンカチの木は、黄色い花が咲くんだね。

 ぶらぶら歩いていても、いろいろと発見はあるものだネ。

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2018年7月 2日 (月)

№3848 伊東の健保保養所へ

 今年の1月だったと思うが、Kiyomiちゃんの退職ご苦労さんの食事会があった。出席者は5人だった。話が盛り上がって、今度機会を見て伊東の健保保養所に泊まりに行こうと話しあった。伊東の保養所は食事が自慢で、行った人が誰もが褒めちぎっている。

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 わが健保保養所は、日光・箱根・軽井沢・京都にこの伊東がある。どこの保養所も素晴らしいが、中でもこの伊東の評価が高い。私は古い伊東保養所には泊ったことがあるが、4年前に建て替えられたこの保養所は初めてだ。

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 泊まってみて分かったのだが、伊東の駅から急坂を登ってすぐの保養所は、目の前には相模湾が広がっていた。指呼の間に初島が見える。海は静かで、ほとんど白波もたっていない。途中、湘南の海や熱海を通ってきたのだが、海ではサーフィンを楽しんでいる人が多かった。

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 皆は伊東で1泊を楽しむ予定だったが、Kiyomiちゃんとわが夫婦は暇だったので、2泊をするつもりで予定を立てたが、幸い、土曜日の忙しい日も予約が取れた。宿泊費も安いので、女房と二人で土曜日に自宅を出た。2時間半ほどで目的地に到着した。夕食は期待通りだった。

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 翌朝、部屋のカーテンを開けたら、目の前の海にはたくさんのヨットが浮かんでいた。何かの大会でもあるのだろうか。

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2018年3月12日 (月)

№3736 さようなら、小笠原

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 3泊4日の小笠原も、過ぎてみるとあっという間だった。父島は、島を離れるまで賑やかだ。二見港には、島民の半数と思えるほどの、船の見送り人がいた。

 島民に聞いたのだが、小笠原は船の発着する6日サイクルで動いているとのことだ。小笠原観光の客が滞在する間は、島はお祭りの様ににぎやかだし、その観光客が帰ったら、死んだように静かになるという。

 わずか2000人の島民に対し、驚くほど警官が多かった。その警官が船の発着時には港に来ていた。警官も暇なんじゃないの。なぜこんなに多いのか聞いてみたら、中国船による赤サンゴ密漁騒ぎ以来だというから、納得できた。

 一体、島の人たちの経済は何で成り立っているのだろうか。聞くところによると、観光業が6割、漁業が2割だという。われわれのような観光客が来ないと、島の経済は成り立たないのだ。

 そして、小笠原の喫緊の課題は、飛行場を作るかどうかということのようだ。先日、小池東京都知事が来島し、飛行場を作ると公約したという。問題は、飛行場建設に反対の島民が6割もいることだ。ただ、小笠原に行くのに24時間もかかるというのはいかにも不便だ。ヨーロッパにも、12時間もあると行く時代にだ。

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 午後3時半の定刻に、おがさわら丸は父島の岩壁を離れた。見ものは、それからである。10艘以上もいただろうか、プレジャーボートによる見送り風景が展開された。中には、船から飛び込む人もいた。毎度のことだが、この見送りには、小笠原観光をした誰もが感激してしまう。

 一番最後まで追いかけてきた黄色い船の先頭に立って見送ってくれたのは、ガンジーさんの助手のShun君だ。彼もわが小笠原ツアーの助手として活躍してくれた。大きな声で「ありがとう」と叫んだが、聞こえただろうか。

 最後に一つエピソードを。帰りの船は、また車座で飲み会をやった。雑魚寝をしている若者にも「一緒にやらないか」と声をかけた。その中に、若い女性がいた。信州大学生で、この4月には4年生になるという。卒業後に就職が決まったのか聞いてみたら、オーストラリアに留学したいと言っていた。公園学の勉強をするらしい。

 この帰りの船には、ガラパゴスのチャールズ=ダーウイン研究所の所長も乗っていた。私は参加しなかったが、その所長も含め、船の中で大交歓会があったようだ。信州大学のその学生も参加したらしい。そして言ったのが、「私、オーストラリアではなく、ガラパゴスに留学しようかしら」と真剣だった。

 出会いというのは、面白いものだ。

(小笠原旅行記はこれでおしまい)

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