カテゴリー「展示会」の21件の記事

2019年11月23日 (土)

№4252 ゴッホ展

 月一度は電話連絡をしている川崎の姉だが、このところ連絡をしていなかった。もちろん、姉は私が海外旅行をしていたことを知らなかった。「あなたは良いわね。兄弟姉妹の中で、あなたほど勝手気ままに生きている人はいない、うらやましいわ」と言っていた。

Sdscn1446  その姉こそ勝手気ままに生きているのだが、演奏会に行ったり絵画展に行くなど、上京してから本当に楽しそうに生きている。近所の男仲間を集めて、時々は麻雀大会なども開いているのだそうだ。その姉が、「先日、上野のゴッホ展に行ってきたの。あまり感激したので、再度鑑賞に行ってきたいと思う」と話していた。

Sdscn1447  姉がそんなに感激した「ゴッホ展」だが、私も上京を機会に行ってみようと思った。上野にある【上野の森美術館】で開かれていた。この美術館は初めてだ。駅の目の前にある美術館だったが、相当の雨にもかかわらず長蛇の列だった。やはりゴッホは人気のある画家なのだ。

 私は、こういう絵画展に行くことはめったにない。久し振りに入った展示会だったが、狭い美術館は黒山の人だかりだった。展示会は、ゴッホの絵への歩みに沿って展示されていた。最初にゴッホが絵に向かったのは、1882年ころだ。オランダのハーグで活躍していた時代が展示の最初だ。その当時の絵は、重苦しく暗かった。技術的にも稚拙だったのではなかったか。「ハーグ派」といわれる仲間のも展示されていた。

 ゴッホの絵が変わったのは、パリに出てからだ。ルノアールやモネに大きな影響を受けた。さらに、日本の浮世絵などにも影響を受けたのではないか。第二期「印象派に学ぶ」では、ゴッホの絵は重苦しいものから明るい色調に変わっていた。ゴーギャンと一緒に住んでいたこともある。そのころに精神に変調をきたしていた。

 1888年から90年に、ゴッホの絵はわれわれが知っているような「糸杉」や「ひまわり」は描かれた。この展示会に有名な「糸杉」は展示されていたが、残念ながら「ひまわり」はなかった。意外とゴッホの絵画を描いていた期間は短い。わずか10年だった。

 私が嫌いなのは、こういう有名な展示会になると黒山の人だかりだ。息苦しくなってしまう。展示会をひとわたり見て、早々に美術館を出てきた。

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2019年9月28日 (土)

№4196 「温故創新」手仕事3人展

S  前の記事でもお知らせしたが、女房が北海道の斜里町で「あったか手仕事3人展 温故創新 布・糸・原毛」の作品展を開く。その案内葉書が出来上がった。私は不勉強にして、女房にどんな友だちがいるのか知らない。3人展の仲間・伊東敏美さん、小山典子さんという方は初めて聞く名前だ。どういう付き合いなのだろうか。

 どうやら案内葉書を見る限り、伊東さんはフェルトの作家であり、小山さんはバックの作家のようだ。そして、女房は裂き織作家である。案内葉書を見ると、「関東在住の作家達が冬の訪れの早い斜里に暖かさを届けに参りました。どうぞ、ごゆっくり、お手にとってご覧ください」とのことだ。会期は11月1日(金)から4日(月)の4日間である。

 この作品展のために、女房はこの夏から作品作りに没頭している。大概女房の作品は、厚手のジャケットが多い。夏の暑い盛りに作品作りに汗を流していた。そしてその作品展に立ち会うために、この会期に北海道に渡るらしい。

 女房の作品の値段を見ると、年金生活者には買えないほど高い。作品作りを見ていると、一品物でえらく手がかかっている。値段は高いが、その作品のファンは確実にいるようだ。作品展の案内が来ると、初日真っ先に来店し、自分の気に入ったものを買っていく人が必ずいる。まあ、そういう人も、さすが知床の入り口斜里まではいかないだろうが。

 女房の言うには、「売れなくてもいいんだ。最低限交通費と滞在費が出ればいいのだから」と言っていた。それでもマフラーを10本ほど作っていたが、これが売れるとペイするのだそうだ。売れ残ったものは、この冬にかけてまた展示会があるので、そこに出品するのだそうだ。S_20190927105001  まさか行く人はいないと思うが、地図と連絡先は添付しておく。案内葉書の欲しい方は、ご連絡ください。

 展示する作品の制作も大きなヤマを越えたらしい。「あとは送るだけ」とホッとしていた。

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2018年12月 3日 (月)

№4004 展示会の打ち合わせ

 夕食を食べてたら、OhnoのKayoさんがやってきた。毎年暮れにやっている展示会の打ち合わせのようだ。このブログで何度も紹介しているが、Ohnoさんは那須【あるるのいえ】の向かいの住人だ。

 土曜日朝早く那須に行って、今朝日曜日の早くに那須から帰ってきたといっていた。お父さんも一緒だったらしい。何か緊急の用事でもあったのだろうか。「いや、那須に薪を取りに行ってきたのよ」とのことだった。

 那須の家の軒下には、この冬用に大量の薪が積み上げられている。ところがお父さんの入院で、その薪はそんなに要らなくなったようだ。Ohno家の自宅の展示会には、会場に大きな囲炉裏があり、絶えず薪を燃やしている。その薪が必要だったのだ。

 お父さんは元気か聞いてみたら、「あんなに元気だったのに、今はしょぼんとしている。立ち上がると今でも眩暈がするようで、一人にはしておけないのよ。リハビリにも付き合ってあげたありして、おかげで大忙しになったわ」と話していた。

 入院以来、あれだけ大好きだったお酒も飲んでいないとのことだ。「やはり体調が悪いと、お酒を飲む気もしないようよ」とのことだった。

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 この晩は、女房と展示会の打ち合わせをしていたようだ。展示会の案内葉書も出来上がった。ご存知のように、女房は裂き織り作家だ。私が海外旅行中に、鬼のいぬまじゃないが、一生懸命作品の仕上げをしていたという。あまりにも熱中しすぎて、腱鞘炎にかかったと嘆いていた。

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 今朝、その作品が一枚仕上がった。女房の作品は大量生産できるものではなく、一枚一枚が手作りだ。この作品も、仕上げるまでに一か月ほどかかったそうだ。一品モノだけに、驚くほどの値段をつけている。それでも、ファンはいるようだ。

 Kayoさんがこの作品を見て、「ぜひ暮の展示会に出品してよ」と言っていた。女房はこの作品の売る宛があるらしく、渋い顔をしていたようだ。どうなるのか、私は知らない。

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2018年9月20日 (木)

№3928 織りと篭 ふたり展

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 女房とYokoさんの二人展、「織りと篭」の展示会が10月に始まる。会期は10月5日(金)から15日(月)までだそうだ。その案内はがきができ上がってきた。会場はえらい不便なところで、埼玉県小川町の家具スタジオ【木の香】である。この二人の展示会は、確か二度目になるのじゃないかな。

 キャッチコピーは、「糸から染めて織る 山々の恵みを編む 秋冬の装いを取り揃えました」というものだ。コート、ジャケット、スカート、パンツ、マフラー、帽子、ショルダーバック、手提げ、花かご、ブローチ、腕時計などが並べてあるという。

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 この展示会が始まったのは、ひょんなきっかけだった。Yokoさんの別荘が沼田にあって、一度泊りがてら遊びに行ったことがある。夜、お酒を飲みながら話していたら、Yokoさんと女房は同じ学校の卒業と分かった。しかも、ほぼ同じ時期に学校に通っていたという。

 さらに奇遇なことに、同時期に学校の寮に入っていたという。ただ、学生時代はお互い知らなかったらしい。そのまま長く付き合っていたのだが、沼田の別荘で学生時代の話をしていたら、分かったということだ。

 女房が染や織物をやり始めて、もう30年以上にもなるかしら。最初は古布の裂き織りをやっていたが、だんだん草木染めをやるようになった。今では、女房のファンが結構多い。近くのギャラリーで個展をやった時にも、並べていたもののほとんどは即日完売だったらしい。2週間の会期だったが、売るものがないと嬉しい悲鳴を上げていた。

 Yokoさんも、藤やアケビの蔓で篭やバッグを作っている。彼女もファンが多いし、展示会も多く開いているようだ。篭の教室をやっていて生徒が絶えないという。横浜の姉も、彼女の篭を持っている。

 ただ、そんな不便なギャラリーに人は集まるものかしらね。そのことを話したら、「客は来なくてもいいの。お互い楽しめたらいいじゃないの」だって。

 興味のある方には、案内はがきを差し上げます。お申し出ください。

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2018年9月 8日 (土)

№3916 絵画展『武甲山20景』

Simg_6716  わが彩の国いきがい大学大学の仲間でもあり、ゴルフ仲間でもあるSusumuさんから、6月のコンペの際、「自分の絵画の個展をやるから、ぜひ来て下さ合い」と誘われ、ゴルフ仲間が誘い合って個展に行ってきた。

 会場は鴻巣の田んぼの真ん中にあるギャラリー【香文木】というところで、カーナビがないと行き着けないような辺鄙な場所だった。ただ、この会場は緑に包まれ、とても環境のいい場所だった。

 Susumuさんは彩の国いきがい大学の同期とはいっても美術工芸科に所属し、絵画や彫刻の達人が集まる教室だった。クラスの絵画展やスケッチ旅行などいつもやっている集団だ。

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 今回、彼は武甲山だけの絵20点を集めて『武甲山20景』のテーマで絵を並べていた。すべてが独特のタッチで描かれていて、彼の性格がよく表われている作品ばかりだった。もちろん、彼の了解を得て絵の写真を載せている。

Simg_6720Simg_6721  武甲山は、秩父市を見下ろす象徴的な山だ。ただ、この山は石灰岩が採れるとのことで、山肌が痛々しいほどざっくり削られている。私も時々秩父に行くが、なぜ秩父の人はあれを許したのか、いつも不思議に思っていた。

 ところが今日のSusumiさんの話で納得したが、秩父の人の多くは、武甲山で砕石される石灰岩のセメントで生計を立てているらしい。やむを得ず納得しているとのことだった。さらに説明を聞くと、武甲山で取れる石灰岩は純度が高く、価値も高いとのことのようだ。

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 Susumiさんはこの武甲山が好きで、秩父に何年も通い、様々な角度から武甲山をスケッチし続けてきたとのことだ。1300mほどある頂上にも何度か登った、と話していた。武甲山を愛する彼の姿が、絵からよく読み解けた。
 この個展会場には、今は亡きお父さんの絵や実のお兄さんの絵も飾られていたが、それぞれに上手だったね。私のような絵心のない人間にとっては、とってもうらやましい遺伝だ。

 この会場で一緒になったゴルフ仲間は、恐縮にもそばやうどんをごちそうになって帰ってきた。来週は、この仲間でのゴルフコンペが待っている。

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2018年8月 4日 (土)

№3881 那須で恒例の展示会

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Img_6478  向かいのOhno家の別邸で、恒例の「楽しうれし展」の展示会が始まった。8月3日から29日までのロング開催である。「あら草香しら」と題する展示会は、実は埼玉の自宅で年2回、6月と12月に行われている。那須での展示会は、スペシャルバージョンだ。もう5回目になるという。

 那須での展示会は、一つは那須でのOhno家の避暑的な意味もあるし、さらには来客に那須の涼しさを味わってもらいたいという狙いも秘めているようだ。

 奥さんが主役だが、お父さんの手伝いも欠かせない。普段はこの会場は、お父さんの大工の作業場になっている。この展示会のために、会場の片付けが必要だ。退院したばかりのお父さんも、奥さんと一緒に駆け付けていた。道の角には、お手製の立派な看板も立っている。

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 開店したばかりの展示会場は、扉が閉まっていた。涼しい那須でも、来客のために会場にエアコンを入れたようだ。この展示会を楽しみにしてくれている方も多いようで、8月3日の開場の前日には、すでに客が来ていた。誰にも触られていない、新しい商品を手に入れたいためらしい
Img_6485_3Img_6483_2Img_6484_2Img_6486_2Img_6487_2Img_6488_2  ちみにどんなものが並んでいるのか見てみた。例年とはあまり変わりないようだが、古布、洋服、小物、アクセサリー、籐製・革製・布製のバッグ、帽子などが並んでいた。

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 女房も何点か出品したようだが、初日にすでに売り切れてしまったらしい。さらに追加商品を作るか聞かれて、「埼玉では暑いから、制作意欲がわかない」らしい。

 初日から知り合いの方が何人か来ていた。埼玉からTomita一家が、お孫さんを連れて駆け付けていた。皆さんも那須を楽しみながら、展示会場を訪れてみてはいかがだろうか。

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2018年3月 4日 (日)

№3728 金沢文庫『運慶展』

 川崎の姉から電話があり、「あなたは、いま日本にいるの」と尋ねていた。失礼な、もちろん日本にいますよ。「日本にいるなら、金沢文庫で開かれている『運慶展』を見に行こう」とのお誘いだった。

 『運慶展』は、昨年の秋に上野の国立博物館で開かれていた。姉は、その展覧会をつい見逃してしまったそうだ。そしたら、神奈川の【金沢文庫】で開かれているというので、お誘いの電話だった。私も見たいと思ったので、二つ返事でOKを出した。

 自宅から神奈川には、ずいぶん便利になった。湘南新宿ラインがあるし、上野東京ラインでも乗り換えなしで横浜に行ける。金沢文庫は、横浜駅で乗り換えて20分ほどだ。

 金沢文庫駅前で待っていると、やがて娘の車に乗って川崎と横浜の姉がやってきた。展示会場はすぐというが、まずは腹ごしらえをしよう。レストランはなかなか見つからなかったが、行ったのは焼肉食べ放題という店だった。

 食べ放題ならというので、女3人に男一人だったが、ずいぶん食べたね。カルビやロースを何度もお代わりした。キムチやビビンバなども食べたら、お腹がいっぱいになった。さて、『運慶展』に行こうか。

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 レストランから車で5分ほどのところに、会場の金沢文庫があった。私は初めて訪れたのだが、金沢文庫というのは鎌倉時代の北条家の文書館だったらしい。国宝を含め、北条家の沢山の文書が残っているという。

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 その文庫内で開かれていた『運慶展』だが、私は勘違いをしていた。上野の展示物をそのままそっくり持ってきたのかと思ったら、そうではないようだ。関東近辺に存在する運慶やその弟子、慶派の作品を集めた展示会だった。実際、運慶の作品は2点ほどだった。

 展示仏像は、どちらかというと小さく作品が多かった。私は、運慶というと思い浮かぶのは東大寺の阿吽の像だ。上野の展示会には出たのかもしれないが、金沢文庫での展示会では、むしろ関東に広がる慶派の仏像が多かった。期待が大きかっただけに、少々残念だった。

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 この金沢文庫は、称名寺の境内の一部だったらしい。これも初めて知ったのだが、称名寺という寺は北条家の菩提寺とのことだ。お寺の建物も素敵だったが、境内全体が絵になるような景観だった。春は、この境内の桜を求めて、たくさんの観光客が訪れるという。

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 天気も良かったしポカポカ暖かく、思わず素敵なハイキングになった。

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2017年10月20日 (金)

№3590 展示会撤収のお手伝い

 静岡に住む陶芸家Akiちゃんが代官山で展示会をやり始めて、もう23回目になるという。10年以上にもなるだろうか、私はいつの間にかこの展示会撤収のお手伝いをするようになった。

Img_4420 展示会が行われている【無垢里】は、代官山の細い路地を入ったところにある。この小路を車で入るのには、高度なテクニックが必要だ。陶器は重いので、会場にどうしても横付けしたい。

 搬入は昼なので、何とか車を横付けできる。ところが、搬出は夕方なのでAkiちゃんのドライブテクニックでは、会場近くまで車を持っていくのは困難だ。搬出日の3~4ヶ月前から、「シンさん、この日は搬出日なので開けておいてね」との連絡が入る。

Img_4423 この会場【無垢里】は、オープンして22年になるという。オープン記念イベントとしてAkiちゃんの個展が始まったらしい。それからは、毎年必ずこの個展が開かれている。

 いつの間にか、撤収作業は私の年間スケジュールにがっちり組み込まれてしまった。

Img_4424 夕方5時半からの作品を古新聞紙に包んで箱に収める作業も慣れたもので、1時間程度で終わる。撤収作業には、これも例年のことではあるが、八ヶ岳に住むKudoさん、まっきぃも顔を出している。

 あらかた箱に詰めたところで、駐車場から車を持ってくる。そして、バックで会場に着けるのだが、これが難事だ。サイドミラーを見ながら、電柱や塀、駐車している車にぶつけないように細心の注意を払う。1㎝の間隔しかない場所もある。今回も、何とかうまく寄せることができた。冷や汗ものである。

 荷物を車に積み込んでの搬出作業は、車を寄せることに比べたら楽なものだ。今年も、どうやら無事に終わった。

 これからが本番だ。毎年必ずやっているのが、展示会の打上げ会だ。撤収作業には加わらないが、この打上げ会に参加する人がいる。会場に着いてみたら、すでにMichiちゃんが飲んでいた。最近顔を見ないと思っていたら、自宅でガラスを踏み抜いてしまったのだそうだ。

 宴会早々、不気味な発言をする人がいた。まっきぃである。「のどに炎症があるので、医科歯科大でMRIを撮った。のどはなんていうことがなかったが、別に難病指定されている病気が見つかった」というのだ。何とか言っていたが、難しくて覚えていない。今は元気だが、心配だね。

 そのうちOkabe君、Aiちゃん夫婦も到着し、いつものにぎやかな会になった。こうやってお会いするのは年一回なので、どうしても近況報告になってしまう。そして、皆さんの無事を確認して、散開する。もう来年の展示会日程も決まっているというが、また来年の夏頃に連絡くださいね。

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 皆で記念写真を撮って、彼女は夜の東名高速を静岡に帰っていった。何も連絡がないから、無事に帰ったのでしょう。

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2017年10月 6日 (金)

№3576 女房の作品展の案内葉書

 9月17日号で、女房の展示会用の写真撮りの話をした。展示会の案内葉書が出来てきた。11月3日から8日までの6日間の展示会だ。実は、この展示会の間は、私は海外旅行で作品展の間はいない。贖罪の意味を含めて、ここで案内しておきたい。

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 会場は、隣の伊奈町にある【イノセントアートギャラリー&カフェ】である。展示会まで一ヶ月を切り、起きてから寝るまで、女房は展示会用の作品作りに没頭しているようだ。

 大物作品は出来上がり、あとは小物作品に取り掛かっている。3年ぶりの「作品展」を楽しみにしてくれている人も多い。時間のある方は、作品展を覗いてみてください。

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2017年9月17日 (日)

№3557 展示会の写真撮り

Img_4157 女房は、今年の11月初旬に2年ぶりの展示会を予定している。開催まで一か月半を切り、案内葉書のDM用写真を撮るのだそうだ。作った作品を撮るのにデジカメではなく、一眼レフに三脚を用意した。普段写真など撮ったことのない女房には、大騒動だった。

 私の持っている一眼レフカメラは、全自動モードや人物撮影・植物撮影モードでは写すべき対象が見えない。PモードやTvモード、Avモードにしてしかも特殊ボタンを押して、初めて画面を見ることができるカメラだ。

 よく説明したつもりでも、理解できなかったようだ。いつも夫婦喧嘩になるのだが、「あなたの説明の仕方が悪い」と叱られる。かといって、私が写真を撮ってあげようとすると「下手だからダメ」と却下されてしまう。

 まあ、自分で好きなように撮ったらどうだろうか。ところが、100枚ほど撮ってみたら大半がボケていた。老眼で目が悪く、写ったものがよく見えないのだそうだ。まあ、それでも何枚かはうまく撮れていた。

 撮れたものを指定して、プリントアウトしろとのことだ。ハイハイ、わかりました。ところが、私が今持っている写真用紙はL判しかなかった。「小さいのでもっと大きくプリントアウトできないか」という。それは用紙さえあれば出来ますよ。結局はL判で我慢したようだ。

 作品展の前にその作品を披露するのはフライイングだろうが、まあ、それでも2~3枚は紹介して構わないだろう。いずれ20枚ほどの作品ができたようだが、「これだけじゃ作品展にならない」とぶつぶつ言いながら、作品作りに精を出しているようだ。

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