カテゴリー「会合」の14件の記事

2019年4月 6日 (土)

№4122 大宮で年一回の会合

 もう10年以上も続いているだろうか、大宮で年一回の会合があった。以前は大宮公園駅に集合してお花見をやっていたのだが、最近ではお花見を省略しての飲み会になってしまった。主催者のYouichiさんが足が悪いとのことで、歩けないという。それでも年一度お会いする楽しみはある。

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 会場は、これもいつも同じなのだが、「中華一番」という格安の中華料理屋だ。何しろ安いお店だ。どんなに食べても飲んでも2000円前後だし、昼休みの混んでいる時間でも、長居しても迷惑がられないのがいい。しかも、料理もしっかりしていて、ボリュームもあり美味しいのだ。この店の餃子など絶品だ。この日はいつもの6人だったが、餃子をお替りして4皿も食べた。

 どういう仲間かというに、同じ田舎に生まれた同郷の会である。長くYamazakiさんを中心に集まっていたが、彼が亡くなってもう2年7か月になるという。その代わりというわけではないが、奥さんが参加してくれている。彼女は秋田市内の出身だが、すっかり田舎の会に溶け込んでいる。

 年一回の会となると、どうしても病気の話になる。参加者は、すべて古希を超えているのだ。話題の中心にどっかり座っているTaguchiさんも、もう5~6年前になるだろうか、スキルス胃がんを患った。彼は無事生還したが、この日参加したKaoruさんの旦那Shigeruさんは、スキルス癌で還らぬ人になった。もう20年になるという。私も、女房の症状の報告をした。女房も、お陰ですっかり元通りの生活を送っている。

 そういえば、主催者のYouichiさんも癌だと言っていた。日本人の二人に一人が癌にかかる時代だ。癌だといって驚くに当たらない。早期発見、早期治療で直る時代になったのはありがたい。そういえば、Kaoruさんも数日前、道を歩いていて眩暈で倒れたのだそうだ。貧血ではないというから、早く医者に見てもらうように忠告した。

 病気の話だけではない。Taguchiさんの趣味の話に聞き入った。彼は最近オートバイを買い、あちこち乗り回すのを楽しみにしているという。さらには、カラオケ通いに老人介護施設の送り迎えと多忙な日々を送っているようだ。あまりの活発さに、目を見張った。そんな話をしているうちに、この店に2時間半も長居してしまった。

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 さていつものことだが、記念写真を撮って別れた。また来年も、元気な姿でお会いしたいものだ。

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 皆さんそのまま帰宅したようだが、私は再度大宮公園に行って桜見物をした。歩いて20分ほどだ。満開も過ぎたのだろうか、風に盛大な桜吹雪が舞っていた。これはこれで見事なものだった。

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2018年10月18日 (木)

№3956 代官山で年一回の食事会

 毎年10月の定例会になっているが、静岡に住む陶芸家であるわが友Akiちゃんの展示会が代官山の『無垢里』で行われている。このことは毎年記事にしている。2015年は10月9日の№2845で、2016年は10月20日の№3222で、そして2017年はやはり10月20日の№3590の記事になっている(太い赤線をクリックすると当該記事に行きます)。

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 ブログの便利なところは、過去の出来事があっという間に検索できることだ。毎年当該記事として書いているが、代官山の展示会に行く目的は、Akiちゃんの作品撤収のお手伝いのためである。展示会場は細い路地奥にある。撤収した作品を車に積み込むには、この路地を巧みに会場までつける運転技術だ。それを見込まれ、もう十数年もお手伝いに出かけている。

 何よりの楽しみが、撤収後の宴会だ。毎年仲間10人前後が集まり、近くの飲み屋で宴会をやっている。面白いことに、その宴会の会場は毎年違っている。というのも、代官山の飲食店の消長が激しいからだ。昨年の会場がよかったから予約に行くと、もうその会場は消滅していた。今年は初めてのことだが、展示会場の近くの中華料理屋さんで行うことになった。

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 宴会の案内をしたところが、今年は異例に参加者が多かった。14人が参加の申し込みをしてくれた。ほとんどが退職者だが、なかにはまだ現役という人もいた。大半の人には、一年一度、この会でしか会わない。それだけにこの代官山の食事会は、貴重な宴会となっている。

 清里に永住しているYoshiyukiさんは、毎年この会を楽しみに参加してくれている。彼の報告によると、いま、清里で羊と共生しているのだそうだ。羊を飼うのはいいのだが、刈った羊の毛が邪魔だ話していた。それを聞きつけた女房は、「ぜひその羊の毛を譲ってほしい」とお願いしていた。なんでも、織物に使いたいのだそうだ。

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 那須の仲間Ogiさんが、本を出版したことも話題になった。彼女はフクロウの置物のコレクションをしている。2000点余りあるコレクションの中から、今回は900点余りを本で紹介した。11月には出版記念会をやるという。私もその記念会に出席を依頼されたが、残念ながら日本にいない。

 今朝8時に日本に帰ってきたばかりのYukaちゃんも、この食事会に参加してくれた。彼女は3ヶ月余りスペインに滞在して、今朝日本に帰ってきたと話していた。スペインには息子と二人で行き、アパートを借りて生活したそうだ。目的は、息子のサッカー武者修行とのことだったが、学校を休ませてまで行くその意気や盛んである。

 この宴会は6時半ころから始まったのだが、唯一現役のAmiちゃんが駆け付けたのは8時過ぎだ。ものすごく忙しいのだそうだ。ウ~~ム、かわいそうに。そういえば、Yukaもスペインに行くについて、長年勤めていた会社を辞めたのだそうだ。
 代官山の高価な中華料理店にもかかわらず、皆さん、その値段も知らずに結構バンバン酒を飲んでいた。後で確認したら、4合瓶の焼酎が8000円と知り、顔を青くした。まあ、それでも年一回の宴会だからしようがないか。

Simg_7014  皆、機嫌をよく帰っていった。もちろん酒は飲んでいないAkiちゃんだが、はたして無事静岡に帰り着いたのだろうか。

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2018年1月24日 (水)

№3689 退職仲間が増えた

 長年付き合いのあったKiyomiさんが、昨年12月末で早期退職をした。定年まで2年ほど残しての退職だった。いろいろなところで「ご苦労さん会」をしているようだが、われわれもこじんまりとではあるが、慰労会をやろう。

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 渋谷の東急百貨店のレストランを予約してくれたのは、Amiちゃんだ。参加者が女性中心ということで、週末の昼食会になった。静岡からわざわざAkiちゃんも参加してくれた。Kiyomiさんとの付き合いの長い女房も参加した。

 中途退職でもったいないようだが、30数年間も勤続し、ほとほと疲れてしまったようだ。さらに、彼女が通う武蔵小杉駅は最近物凄い混雑で、通勤でも疲れてしまったようだ。

 彼女はお母さんと二人であるマンションに住んでいるが、お母さんには「中途退職してもいいが、家のなかでゴロゴロして私の生活を乱すようなことはしないでね」と釘を刺されたらしい。彼女は物凄く親孝行で、お母さんが元気なうちに、できるだけ長く一緒に居たいらしい。

 さらに、仕事を辞めた後の人生設計もあるようだ。そうだね、経済的に自立できる見通しが立つのなら、早く辞めるという手もあるね。

 私にとって、また自由人が一人増えたのは喜ばしい。早速旅行話が持ち上がった。伊東にある健保の保養施設がものすごく評判がいい。景色もいいし、温泉もいい、料理も美味しいという話だ。まずは、5月の連休の後に保養所に行って2泊ぐらいしようよ。

 この日集まった中で現役は、Amiちゃん一人だ。彼女の都合に合わせてというので、伊東旅行の世話人になってもらった。集まるとすぐ遊びの話になる仲間がいるというのは楽しいね。

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2018年1月 5日 (金)

№3670 川崎の姉の家で新年会

 恒例になったが、川崎の姉の家で新年会を行った。この日は「仕事始め」だったせいか、参加者は少なかった。兄弟姉妹3人にうちの女房、川崎の姉の長男の5人だ。

 姉の家に行く途中にあるお寺で、弟の墓参りをした。彼も亡くなって、今年で10年になる。死んだ人の年月は、格別に早いような気がする。お花を手向け、線香を供えてきた。このお墓から姉の家までは、ものの30分ほどだった。

 横浜の姉の旦那Fumioさんは、この日を楽しみにしていたようだったが、朝歯痛が出て急遽欠席だ。姉一人で出かけてきた。

 川崎の姉と横浜の姉は、仲が良いのか悪いのかわからない。12月上旬も、川崎の姉の娘の運転で、一緒に京都の紅葉を楽しんできたようだ。横浜の姉の言うには、「もう絶対一緒に旅行にはいかない」と怒っていた。一緒にいると、わがままが過ぎるのだそうだ。とはいいながらも、絶えず一緒に行動する仲ではある。

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 テーブルにはたくさんの料理が並んだ。ちょっと早いと思いながらも、私は初めて沢庵を樽から上げて持ち込んだ。味見をしたが、まだ少し早いようで、味が馴染んでいない。それに、ちょっとしょっぱかったかな。それでも、美味しいと好評だった。

 横浜の義兄は、何よりこの沢庵を楽しみにしているのだそうだ。もう2週間もしたら、美味しい沢庵に仕上がっているはずだ。仕上がったら、たくさんお送りすると約束した。

 この日は静かな新年会で、亡くなった両親や兄弟の話題になった。川崎の姉が、お正月の夢枕に24年前に亡くなった長兄が出てきた、と話していた。「元気か」と問うたら、「元気だよ」と答えたのだそうだ。そういえば、2~3年前のお正月にも、亡くなった弟の夢を見たという話を聞いた。

 久し振りに、お祖母さんや両親、兄弟の話が話題に上った。私にとってはお祖母さんはあまりいい思い出はないが、川崎の姉はずいぶん可愛がられたらしい。あの当時は長女・長男が大事で、末っ子は付録のようなものだった。私も、随分悪たれを叩いた覚えがある。

 「そういえば、男兄弟たちは皆大人しい良い子だったが、あなただけが暴れん坊だったわね」と、横浜の姉は回想していた。暴れると、裏の蔵に入れられた。「蔵に入れると、あなたは蔵のものを全てぶち壊して、手に負えなかったのよ」と話していた。

 親父の話題が出るのもいつものことだ。「良い振りこきだった割には、お金にだらしなかった」と、もう30年も前に亡くなった父親の評価だ。何かと話題の多かった父だった。こういう話題を共有できるうちの女房とも、一緒になってずいぶん長くなったね。

 まあ、お正月なればこその話だったかな。

 

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2017年12月 7日 (木)

№3641 ランチョンで会食を

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 Eimeiさんの紹介で、ある会社の社長W氏と会食会があった。会場は、神保町にあるビヤホール【ランチョン】である。このビヤホールは、私が現役時代にチョクチョク立ち寄った店だ。ビールも美味しかったが、何よりタンシチューが絶品だった。代替わりして、その味は消えてしまった。

 今回の会食の目的は、Wさんがある情報が欲しいとのことだった。もちろん、Eimeiさんも一緒だった。何しろ10数年も前の話なので、私は彼に有益な情報を提供できるかどうか、あまり自信はなかった。

 ただ、久々に業界話で盛り上がった。私は定年になってもう10年以上にもなる。あまり業界話をする機会もなかった。ただ、Wさんと話していてわかったのだが、業界事情はじり貧であまり変わっていないようだ。

 Wさんは某大手会社に勤務していたのだが、その会社の倒産を機に独立したのだそうだ。来年で40年になると話していたが、よくぞ40年間も頑張ったものだ。「山あり谷ありで、大変だったのよ」とのことだったが、その話に納得できた。

 業界の関係者のなかにも、結構共通の仲間がいた。倒産会社のWさんやTさんなどとは、私も仲良くさせていただいていた。倒産を機会に業界に散った人の中には、私の同期の人間もいた。彼は、わが社の常務にまで上り詰めた。

 3時間半もそのランチョンで話していたのだが、蕎麦を食べて帰ろうといつもの「ヤブ仙」に向かった。なんと、ばったりその店から出てきたTさんと出会った。「今まであなたのことを話題にしていたのよ」と話したが、こんな偶然もないものだね。

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2017年7月27日 (木)

№3505 仲間のご苦労さん会

Img_3855 仲間として長く付き合っていた方が定年になったというので、ご苦労さん会をやってきた。会場は、神楽坂にある【今井屋本店】という店だった。私は初めて行く店だったが、秋田の比内地鶏のヤキトリが美味しい店だそうだ。

 この日集まったのは、長い付き合いのあった7人である。幹事を引き受けてくれたのが、静岡のAkiちゃんだ。彼女も、この会のためにわざわざ静岡から車で駆け付けたという話だ。

 60歳定年というが、まだまだ若いね。今では少数派になっているのかもしれないが、定年となったから会社を辞めるという人はほとんどいないようだ。まあ、年金が65歳からだから、60歳で会社を辞めても困るだろうね。今回お祝いをされた人は、これからは会社と1年ごとの契約だそうだ。

 それにしても、私は60歳で会社をスパッと辞めた。そして10年半になるが、このスパッと辞めたのがよかったと思う。辞めた後、どんなに充実していたことか、考えただけでも幸福であった。

 定年を祝うというのだから、この日集まった年代は還暦前後の人が多かった。どうしても、話題は健康問題に集中する。その後あまり業界人との付き合いがなかったので、ある方が亡くなったという話題にピンと来なかった。亡くなった人はどうも聞いたことがあるなとしばらく考えたが、最近まで年賀状交換をしていた人だった。

 ひとしきり、どこが悪い、そこが悪いという話で盛り上がった。私も自分の持病【本態性振戦】の報告をした。「自分はこの病気を持病とは考えず、自分の性格だと思うことにしているんだ」と話した。医者からもあまり深刻に考えないようにというアドヴァイスも頂いている。

 それにしても、ここの比内地鶏のヤキトリは美味しかった。まあ、値段もそこそこではあったが…。

 

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2017年7月20日 (木)

№3498 トークショーを拝聴

 ある知り合いからのお誘いがあり、トークショーを拝聴してきた。会場は、神保町の『東京堂ホール』である。少々人の集まりが心配なので参加してほしい、との要請だった。

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 ただ、行ってみたら60人ほどは入れる会場はいっぱいだった。内容も知らないで参加したのだが、どうやら単行本新刊の発売記念イベントだった。対談の相手は、岡崎武志さんと荻原魚雷さんだ。

Img_3823 私には、ご両人とも初めて知った人だった。荻原魚雷さんは『日常学事始』(本の雑誌社)を最近出版し、岡崎武志さんは『人生散歩術』(芸術新聞社)という本を出版するという。

 ご両人とも中央線沿線に住んでいるらしく、中央線沿線に住んでいる奇人の話になった。私には奇人という人種は縁がなく、それでも面白く話を聞けた。

 ちなみに、その場であげていた奇人は古今亭しんしょう、井伏鱒二、吉田健一、田村隆一、滝田ゆうなどだ。しいて女性の奇人といえばとして挙げていたのが佐野洋子だった。

 いずれ、気の張らない、肩の凝らないトークショーで、あちこちから笑いが出ていた。「自分は貧乏だが、貧乏とは思わない。周りに知り合いがいると、当然おごってもらえるものと思っている」との荻原さんの語り口に、シンパシーも沸いた。

 ただ、周りにこういう友だちがいると迷惑だろうね。1時間半ほどのトークショーだったが、荻原さんの本を買って帰ってきた。

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2017年7月19日 (水)

№3497 一八会に初参加

 6月に『一八会』ゴルフコンペに参加し、そこで一八会入会を決意した。この会は、私がもと所属していた業界の昭和18年生まれの方たちの親睦会だ。今では、昭和18年生まれだけではなく、業界の親睦会になっているようだ。

 年2回のゴルフコンペだけではなく、奇数月の18日には飲み会をやっているという。その飲み会にお誘いがあって、参加してきた。私にとっては、初めての参加だった。

Img_3820 会場は、九段下にある【網十】という飲み屋だ。この飲み屋には、現役時代に何度か通っていた。ただ、久し振りのことだったので、場所がわからずに近くの人に聞いてしまった。

 さて、どんな人が集まっているのだろうか。この日の参加者は10名だった。参加して分かったのだが、ほとんどの人とは顔馴染みで、初参加のわりには、場にすんなりと溶け込めた。

 この日の話題の中心は、Nさんだ。彼は数日前、佐々木譲を見出した名編集者として、朝日新聞に大きく取り上げられていた。私も注目してその記事を読んでいたが、誰もが同じ思いのようだった。ただ、本人はその記事を読んでいなくて、しかもそんな意識もないと謙遜していた。

 酒の話題の中心は本を巡ってのもので、私もその話題には積極的に入っていけた。むしろ、こういう話題で最近は話す人がいなかっただけに、和気あいあい、いつまでも尽きなかった。こういう会なら大歓迎だ。お酒も進んだね。

 秋には、軽井沢で泊まりのゴルフコンペをやるのだそうだ。私は、いつ早く参加を表明した。

 また新たな仲間が出来て、うれしい限りである。

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2017年6月18日 (日)

№3466 高校の同窓会総会

 毎年6月の第3土曜日は、高校の東京同窓会『東京雄水会総会』が開かれている。会場は、虎ノ門にある霞が関ビルの最上階だ。私はこの同窓会に参加し始めて、もう10年にもなるだろうか。

 きっかけは、60歳の還暦を迎えた高校の同期会だった。それまでは、ほとんど同窓会に参加することはなかった。この総会で多くの仲間を得、それ以来ズーッと参加している。この日の参加者は100名内外だった。

Img_3575 総会に先立ち、わが同期の応援団長Endoh君のエールで、校歌斉唱をした。校歌はいつ歌ってもいいものだ。ある仲間が言っていたのだが、「成田為三が作ったわが母校の校歌は、日本一との評判だ」とのことだ。まあ、言い過ぎかもしれないが。

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 そのあとは、これも同期の校友会会長Rokuちゃんの「会長挨拶」があった。彼は会長を務めてもう5年になるが、はまり役である。

Img_3578 この総会の名物は、『記念講演』だ。たいがいは、高校を卒業し社会で活躍している同窓生が演壇に立つ。この日は、モントリオールオリンピックのレスリングで活躍した茂木優氏だった。演題は「私の心に生きる恩師の愛情」だった。

 彼は私の5年後輩だったが、生い立ちから高校の恩師との出会いまで、40分ほどの講演だった。しかし、話し始めたら終わらずに、50分ほど話してくれた。ただ、彼はまだまだ話し足りないようだった。

Img_3581 総会の楽しみは、そのあとに続く宴会だ。うれしいことに、古希を迎えたわが同期には椅子席が用意されていた。まあ、そういう年になったということだな。

Img_3583 この日の世話人は、わが「東雄句会」でも事務局長を引き受けてくれている素風さんたちだ。いろいろと趣向を凝らしてくれていたが、会場は飲み食いに忙しく、残念ながら聞いている人はいなかった。

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Img_3595 宴会の最後には、参加者が肩を組み合って再度校歌斉唱をした。宴会が終わったら帰るわけではない。そこは集まった秋田の酒豪連だ。近くに稲庭うどん屋に繰り出して、二次会を行った。この二次会も大賑わいだった。

 嬉しかったのは、5年下の後輩の女性連に「お若いですね」と褒められたことだ。まあ御愛想かとは思うが、私は年を取っている暇がないのは確かだ。

 この二次会で出てくる稲庭うどんも楽しみで、今年は誰も手を付けていないうどんを二杯も頂いてしまった。

 

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2017年1月 4日 (水)

№3298 親族で新年会

 川崎の姉が秋田から引っ越してきてからの恒例行事、親族集まっての新年会が川崎の姉の家であった。姉には3人の子どもがいるが、その子どもたち、甥や姪も集まった。わが夫婦と横浜の姉夫婦もやってきた。数えてみたら全部で12名の、大新年会となった。

 わが家から川崎の姉の家に行く途中に、弟の墓がある。新年の挨拶に、お花とお線香を持ってその弟の墓に詣でた。亡くなってもう8年になる。亡くなった人の過ぎるのは早いね。私より3歳年下の弟も、生きていたらさぞかし楽しかったろうに…。

 そこから姉の家までは、ほぼ30分ほどだ。すでに横浜の姉夫婦は到着していて、義兄のFumioさんは、何やら大工仕事をしていた。トイレと洗面所の修繕仕事のようだ。彼の大工仕事は大いに助かる。ちょっとした不具合も、彼にかかるとあっという間に直してくれる。

 台所では、女性たちがお正月料理作りに余念がない。私は朝お汁粉を食べただけだったので、お腹が空いた。けど、その料理がなかなか出てこない。皆さん口々に「お腹が空いたよ」と叫んでいた。

 ようやくテーブルに料理が並んだのは、午後1時を過ぎてからだ。「それでは、皆さんあけましておめでとうございます」との惣領の挨拶で、ようやく食事にありつけた。私は車で駆け付けたので、もちろんアルコールはご法度だ。アルコールのないお正月なんて、味気ないことこの上ない。

 それにしても、甥や姪は大きくなった。この日は参加しなかったが、横浜の姉夫婦には、昨年ひ孫が誕生した。この日参加した姪も結婚はまだだが、もうすでに同棲している人がいるのだそうだ。「ひ孫を期待」というと、「とんでもない」と断っていた。

 川崎の姉の二番目の息子の姪や甥も参加していた。男の子は、すでに180㎝を超えているのだという。長女も24歳と、すでに成人している。あんなに可愛かった甥や姪も、あっという間に大人になっていくと実感した。

 例年はテーブルに並ぶハタハタは、今年は残念ながらなかった。昨年末の秋田のハタハタ漁はどうだったのだろうか。代わりに、郷土料理のカスベが並んでいた。懐かしくてパクパク食べたのだが、若い子たちは敬遠気味だった。

 大賑わいだった新年会も、午後3時過ぎには次々と帰っていった。帰りには、それぞれの叔父や叔母からお年玉が渡された。彼らは、これが目的だったようで、ニンマリしていた。

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